第V部 検証 | AI計算資源・大規模モデル 体系解説

AIクラウド決算の読み方 — 実例で確かめる

AI計算資源事業の理論値を、さくらインターネットの決算実例で検証。GPUクラウドの売上・原価・稼働率を公表資料と突き合わせ、体系解説の数式が実企業でどこまで成り立つかを確かめる。

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第V部 検証 — 実企業の決算で確かめる

⑨ 実例で確かめる — 計算資源を貸す商売は、いくら稼いでいくら消えるのか

ここまでの章は構造と原理の話だった。最後に実在する1社の決算書で答え合わせをする。 「AIで稼ぐ」を説明する記事は多いが、収益実額を裏取りできる事例はほとんどない。 本章が さくらインターネット (3778) を教材に選ぶのは、国費の交付先であり、 GPUを貸す事業の売上を区分開示しており、その結果が損益計算書に出ているという 3条件をすべて満たす国内でほぼ唯一の上場企業だからである。 数値はすべて同社の決算短信と決算説明資料 (2026年4月27日) による。

なぜ他社ではなくこの1社なのか (上場他社の開示を実際に当たった結果)

  • 富士通NEC日立製作所: GPU・AI計算基盤を独立した報告区分として開示していない。 富士通ではシステムプロダクト、NECではITサービス、日立ではデジタルシステム&サービスという大区分に埋没する
  • ABEJAAI insideHEROZ: 単一セグメント、または区分軸がGPU・インフラと無関係。 決算短信と有価証券報告書の全文に「GPU」の記載が1件もない社もあった
  • ソフトバンク: AI計算基盤とAIデータセンターは現状「その他」に内包され内訳は非開示。 開示されているのは投資額であって売上ではない。2027年3月期から「クラウド・AI」という束で開示予定
  • KDDI: データセンターの売上高は管理会計値として開示しているが、 GPU専業の区分ではなく、その事業単体の損益も非開示
  • NTTデータグループ: データセンター事業の売上と損益を開示している数少ない例。 ただし内容はコロケーション中心でGPUクラウドの売上ではなく、2025年9月に上場廃止している
  • 結果として、GPUを貸す事業そのものを売上区分として開示し、かつその損益影響が全社の 損益計算書で読み取れる上場企業は、確認できた範囲でこの1社だけだった。 投資額 (どれだけ突っ込んだか) を開示する社は多いが、それがいくら稼いだかを開示する社はほとんどない

9.1 過去最高の売上と、営業赤字が同時に起きる

2026年3月期 (2025年4月から2026年3月) の連結業績は、売上高が過去最高を更新しながら営業赤字に転落した。 これがAIインフラ事業の実像である。

項目2025年3月期2026年3月期備考
売上高31,41235,301過去最高。GPUインフラとクラウドが牽引 (+12.4%)
営業利益4,145△403黒字から赤字へ転落
経常利益4,060105営業赤字だが黒字。理由は後述 (9.3)
当期純利益2,937216前期比 92.6%減
売上高営業利益率13.2%△1.1%1年で14ポイント超の悪化

売上の内訳を見ると、注力領域は確かに伸びている。GPUを貸す事業は前期比20.3%増だった。 伸びていないから赤字になったのではないという点が重要である。

サービス区分売上高 (百万円)前期比内容
クラウドサービス15,324+9.4%従来型のクラウド・レンタルサーバ
GPUインフラストラクチャーサービス8,144+20.3%ベアメタル型のGPU貸出。H200・B200を投入
その他サービス8,776+19.6%官公庁向けの大口案件等
物理基盤サービス3,056△7.2%ハウジング・専用サーバ。縮小が続く

9.2 なぜ赤字になったのか — 増収分を、償却が上回る

同社が開示する営業利益の増減要因を並べると、原因は1行で読める。 GPU事業の増収 1,372百万円に対し、減価償却費とリース料の増加だけで 2,781百万円。 増えた売上の約2倍の重さで、設備の償却が利益を押し下げている。

要因営業利益への影響 (百万円)区分
クラウドサービスの売上増+1,317増加要因
GPUインフラの売上増+1,372増加要因
その他サービスの売上増+1,437増加要因
減価償却費・リース料△2,781減少要因。GPU投資の重さがそのまま出る
販売用のサービス原価等△1,984減少要因
サーバー保守費用△1,650減少要因
人材投資△1,139減少要因
データセンター賃料△446減少要因
電力費△106減少要因

これは⑥5.1節のGPU 1基の収支モデルが示した構造の、実企業での確認である。 GPUは買った瞬間から償却が始まり、稼働率が上がる前に費用だけが先に立つ。 売上原価率は64.2%から77.5%へ、売上総利益率は35.8%から22.5%へ悪化した。 なおGPU事業単体の損益は開示されていない (単一セグメントのため注記が省略されている)。 本ページはここを推定で埋めない。

9.3 国費は決算書のどこに現れるか

ここが⑧ソブリンAIと接続する。 同社は経済産業省のクラウドプログラムで合計 最大575億円の助成認定を受けている (68億円 + 6億円 + 501億円。投資計画 約1,130億円のおよそ半分)。 その国費は、決算書の2か所に現れる。

現れる場所金額 (百万円)意味
営業外収益の補助金収入160 → 617クラウドプログラムによる補助金。営業赤字を経常黒字に反転させた直接の要因
投資キャッシュフローの国庫補助金等収入+12,346現金として流入。設備取得の支出 (△36,336) を部分的に相殺する
有形固定資産の取得による支出△36,336前期 △17,657 から約2倍。投資キャッシュフローは △24,643
認定を受けた助成の総額最大 575億円。68 + 6 + 501 の3件。投資計画 約1,130億円に対し約半分

結果として何が起きたか。営業損失 403百万円でありながら、経常利益は 105百万円の黒字である。 短信は理由を「営業外収益としてクラウドプログラムによる補助金収入の計上等により」と明記している。 つまり国費が、営業赤字を経常黒字へ反転させている。 ⑧で追った「誰の口座に、いくら」という問いの答えが、1社の損益計算書の中で完結して見える珍しい例である。

読み違えないための注意

  • 投資キャッシュフローの国庫補助金等収入は現金の流入であって、そのまま利益になるものではない。補助金で取得した資産の会計処理を伴う
  • 減価償却費は全社の数字であり、GPU分だけの償却額は開示されていない
  • 本章は1社の事例であり、業界全体がそうだと一般化するものではない

9.4 規模別に見た、現実に取れる収益化の型

「AIで稼ぐ」の話は、収益実額を裏取りできるものと、原理的にできないものが混在している。 本ページは裏取りできるものだけを扱う方針を取る。以下は型ごとにその可否を並べたものである。

規模収益化の型裏取りの可否と根拠
個人APIの従量課金を前提に採算を組む◎ 各社の公式価格表が一次情報。入力と出力で単価が違い、バッチとキャッシュで大きく下がる
個人銘柄として取る (投資家視点)◎ 開示資料が一次情報。ただし本ページは特定銘柄の売買を推奨しない
個人アプリ・情報販売の収入✕ 収益実額は原理的に裏取り不能。本ページでは扱わない
中小公的な補助制度を使って導入し、コストを下げる◎ 公募要領が一次情報。ただし制度名も要件も年度で変わるため、必ず現物を確認する (9.4末尾の注記を参照)
事業会社計算資源を貸す◎ 本章の実例。売上は立つが利益は別問題であることが決算で読める
事業会社国費を取る◎ 交付先と金額が公表される。⑧の一覧を参照
事業会社裏方の部材で取る◎ 有価証券報告書・決算説明資料で数値が追える

個人の副業としての生成AI活用や、アプリ販売の収入額を並べた記事は多いが、 それらは第三者が検証できる形で開示されない。本ページが扱わないのはそのためである。 逆に、APIの単価・企業の決算・国費の交付先はいずれも公開情報であり、誰でも同じ数字に辿り着ける。

中小企業の補助制度について、探す前に知っておくべきこと (2026年8月時点)

  • 「IT導入補助金」という制度はもう存在しない。令和7年度補正予算事業から 「デジタル化・AI導入補助金」へ名称が変わった (正式な事業名は 中小企業デジタル化・AI導入支援事業)。 旧名で検索すると、更新の止まった過去年度の事務局サイトに辿り着くことがある
  • AI専用の枠は存在しない。公募要領はAIを独立した枠にせず、 「ソフトウェア (AIを含む)」としてITツールの定義の中に入れている。 つまり「AIの補助金」を探しても専用制度は見つからず、一般の枠で申請することになる
  • 国の中小企業向け補助金のうち、名称にAIが入るのはこの1本だけである
  • 補助率と上限額は枠ごとに異なり、年度ごとに改定される。 本ページは金額を掲載しない。申請時は必ずその年度の公募要領の現物で確認すること

9.5 この事例が示すこと

同社は2027年3月期に、GPU事業の売上を 8,144百万円から 18,400百万円へ2.26倍に伸ばす計画を示している。 それでも会社予想の営業利益は 1,500百万円、売上高営業利益率にして 3.3% である。 計算資源を貸す商売は、売上の絶対額が伸びても利益率は薄いという構造が、 会社自身の見通しの中にも織り込まれている。 ⑥の4変数 (長期契約・電力確保・稼働率の開示・陳腐化の織り込み)で 事業者を評価すべきだと述べたのは、まさにこの薄さゆえである。

出典: さくらインターネット 2026年3月期 決算短信 / 同 決算説明資料 / 経済産業省 クラウドプログラム 認定実績

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