第II部 仕組み | AI計算資源・大規模モデル 体系解説

LLMの仕組み — トークン化・注意機構MoE

大規模言語モデルの動作原理を解説。トークン化と埋め込み、注意機構とTransformer自己回帰生成、幻覚が起きる仕組み、MoEの動作原理、パラメータの正体まで出典つきで一段ずつ分解する。

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第II部 仕組み — モデルは何をしているのか

② AIの仕組み — なぜ次の1語が当たるのか

前章で見たとおり、AIの正体は掛け算と足し算の堆積である。ではその演算は何を計算しているのか。 本章は言葉が数値になり、文脈が行列になり、確率から1語が選ばれて戻ってくるまでを追う。 ここを押さえると、後章のトークン原価・KVキャッシュ・MoEの経済性が、比喩ではなく物理として読める。

1トークンが出るまでの処理の流れ 入力文をトークンに分け、埋め込みと位置情報を与え、Transformerブロックを繰り返し通し、ロジットから確率を計算して1トークンを選び、それを末尾に足して再び戻る自己回帰の流れ。KVキャッシュは繰り返しのたびに再利用され、増え続ける。 入力文「AIの仕組みを教えて」 ① トークン化 AI 仕組 みを 教えて 単語ではなく統計で決めた切れ目 ② 埋め込み + 位置情報 数百〜数千次元のベクトル列 ③ Transformerブロック × N層 注意機構 (全トークン対の関連度) 系列長の2乗に比例 前向き層 (FFN) パラメータの多くを占める KVキャッシュ 過去トークンの計算結果を保存し、 次の1トークンで再利用する 生成が進むほど増え続ける ④ ロジット (語彙数分のスコア) まだ確率ではない ⑤ 温度で割って softmax → 1個選ぶ ここが「同じ質問でも 答えが変わる」原因 出力トークン 1個 末尾に足して、また①へ (自己回帰)
図1: 1トークンが出るまでの縦断面。回答が1文字ずつ出るのは演出ではなく、 1トークンごとに③を全層通し直しているためである。長文脈が高くつく理由 (注意機構とKVキャッシュ)、 同じ質問で答えが変わる理由 (⑤) は、いずれもこの1枚の別の位置にある。以降の各節はこの図の部分拡大にあたる。

2.1 トークン化と埋め込み — 言葉が数値になるまで

モデルは文字を読まない。読むのは語彙表の番号である。 そして課金単位である「トークン」は単語ではなく、統計的に決めた切れ目にすぎない。 日本語が英語より割高になりがちなのは、この切れ目の作られ方に理由がある。

方式仕組み実務上の含意
文字単位1文字を1トークンにする語彙は小さいが系列が伸び、注意機構の計算量が2乗で膨らむ
単語単位空白で区切る未知語に弱い。空白で区切らない日本語では成立しない
BPE2015頻出する文字ペアを繰り返し統合して語彙を作るGPT系の基礎。Sennrichらが機械翻訳向けに提案
SentencePiece2018生テキストから直接学習し、空白も記号の一つとして扱う日本語・中国語の実質標準。事前の分かち書きが要らない
バイト単位BPE文字ではなくUTF-8のバイト列にBPEを適用する未知語が原理的に発生しない。OpenAIのtiktokenが採用

番号になった語は、次に数百から数千次元の座標へ置き換えられる。「意味を理解している」の実体はこの座標であり、 層を通るごとに文脈を織り込んで位置が動く。多義語の曖昧さが解けるのは、入口ではなく層の途中である。

段階数値の形何を表すか誤解しやすい点
トークンID整数1個語彙表の何番目かを指す番号IDの大小に意味はない。1000番が999番より「大きい」わけではない
入力埋め込み数百〜数千次元の実数列その語の初期的な意味を表す座標この時点では語義が未確定。「銀行」の多義はまだ解けていない
位置情報加算または回転何番目のトークンかを表現する原論文は正弦波。現行の主流はRoPE (回転)、ほかにALiBi
文脈化表現層を通った後のベクトル文の中でのその語の意味ここで多義が解ける。「川岸」か「金融機関」かが確定する
出力ロジット語彙数分のスコア次に来る各トークンの点数まだ確率ではない。softmaxを通して初めて確率になる

出典: Vaswani et al. 2017 (Transformer) / Sennrich et al. 2015 (BPE) / Kudo & Richardson 2018 (SentencePiece) / Su et al. 2021 (RoPE) / tiktoken

2.2 注意機構とTransformer — 「どの語を見るか」を計算で決める

「文脈を読む」は比喩ではない。実体は全トークン対の関連度を並べた行列を作り、その重みで平均を取る操作である。 2017年の1本の論文が提示したこの機構が、以後の全ての大規模モデルの土台になった。 注意機構が系列長の2乗で効くという性質が、そのまま長文脈の原価に直結する。

構成要素役割計算の性質なぜ必要か
Q/K/V射影各トークンを「問い合わせ・見出し・中身」の3役に変換する行列積どの語がどの語を参照すべきかを、学習可能な形にするため
スケール付き内積注意全トークン対の関連度を出し、重み付き平均を取る系列長の2乗に比例根号dで割るのは、内積が大きいとsoftmaxが飽和して勾配が消えるため
多頭化参照の観点を複数並列に持つヘッド数分の並列行列積1組の重みでは、係り受けと共参照のような別種の関係を同時に表せない
因果マスク未来のトークンを見えなくする上三角を負の無限大にこれが無いと答えを見ながら答える形になり、次トークン予測の学習が成立しない
前向き層 (FFN)各位置で独立に非線形変換する行列積2回パラメータの多くを占める。知識の貯蔵庫として働くとの研究がある
残差接続と正規化入力を出力に足し込み、分布を整える加算層を数十段積んでも勾配が消えないようにするため
因果マスク付きの注意重み行列 行が生成中の位置、列が参照先。濃いほど強く参照している。右上の三角形は未来のトークンにあたり、因果マスクにより参照できない。 参照先のトークン → 生成中の位置 銀行 1.00 0.30 0.70 銀行 0.15 0.10 0.75 0.10 0.05 0.50 0.35 0.08 0.05 0.42 0.15 0.30 0.05 0.05 0.25 0.10 0.35 0.20 右上の三角形 = 未来 因果マスクで負の無限大にされ、 参照できない。これが無いと 答えを見ながら答える形になる 「文脈を読む」の実体 比喩ではなく、全トークン対の 関連度を並べたこの数値行列を 計算し、重み付き平均を取る操作 計算量が2乗で効く理由 埋めるマスの数は三角形の面積。 文が2倍になればマスは約4倍になる
図2: 行が生成中の位置、列が参照先。色が濃いほど強く参照している。 これは概念図であり、実測した注意重みではない (数値は説明のために置いたもの)。 実際のモデルでは、この行列がヘッド数 × 層数だけ並列に存在する。

長い文脈を扱うコストは、演算量とメモリの2方向から効いてくる。 「128k対応」という仕様表の1行の裏側には、次の3つの制約が同時に存在する。 原価側からの扱いは③3.5節 (文脈長とKVキャッシュ)を参照。

コスト項目何に依存するか効いてくる場面対策技術
注意の演算量系列長の2乗 × 次元長文脈を入れるほど効くFlashAttention (計算順序の工夫で高速化)
KVキャッシュ量2 × 層数 × ヘッド数 × 次元 × トークン数 × バイト数同時接続数を増やすほど効くMQA・GQA (ヘッド間でKVを共有)
メモリ断片化可変長リクエストの混在高負荷のサービス運用で効くPagedAttention (仮想記憶と同じ考え方)

出典: Vaswani et al. 2017 / FlashAttention / GQA / PagedAttention (vLLM)

2.3 自己回帰生成 — 1トークンずつ、確率から1個選ぶ

回答が1文字ずつ出てくるのは演出ではない。モデルは1トークン出すたびに全層を通し直している。 同じ質問で答えが変わるのも、温度という設定が効くのも、すべてこの工程の④で起きている。

工程何をするか律速するもの利用者から見た現れ方
① プリフィル入力文全体を一括で通し、KVキャッシュを作る演算が律速最初の1文字が出るまでの待ち時間になる
② 前向き計算全層を1回通す重みの読み出し (メモリ帯域) が律速生成が刻まれる速さそのもの
③ 確率へ変換ロジットを温度で割ってsoftmaxにかける無視できる温度を上げると分布が平らになる
④ サンプリング貪欲法・top-k・top-pのいずれかで1個選ぶ無視できる同じ質問でも答えが変わる理由はここ
⑤ 追加して繰り返す出したトークンを末尾に足して②へ戻るKVキャッシュが増え続ける長く書くほど1トークンあたりが重くなる
復号方式挙動長所注意点
貪欲法 (温度0)常に最大確率のトークンを選ぶ再現性が高い単調になり、同じ表現を繰り返しやすい
温度サンプリング分布を平らに、または尖らせる多様性が出る高くしすぎると文が破綻する
top-k上位k個の候補から選ぶ破綻を抑えられる分布の形を無視するため、候補が偏る場面で不利
top-p (核サンプリング)累積確率がpに達するまでの候補から選ぶ分布に応じて候補数が動く開放的な生成での実務標準
投機的復号小型モデルが下書きし、大型モデルが一括検証する出力分布を変えずに速くできる下書きが外れ続けると利得が消える

出典: 核サンプリング (top-p) / 投機的復号

2.4 学習時と推論時、計算の中身は何が違うのか

①1.5節では訓練と推論を「別の商売」として区別した。 ここでは同じ区別を計算とメモリの中身から見る。要点は、学習ではメモリの大半が重み以外に消えること、 そして推論では重みが1ビットも動かないことである。後者は情報漏洩の議論で最も誤解される点でもある。

観点学習時推論時
通す方向順伝播 → 損失 → 逆伝播 → 重み更新順伝播のみ
正解データ元の文そのもの。次の1語を隠して当てさせる (自己教師)なし
保持するもの全層の中間活性 + 勾配 + 最適化器の状態KVキャッシュのみ
メモリの内訳Adam系では重みのほかに勾配と2種のモーメントが乗り、重みの数倍規模になる重み + KVキャッシュ
パラメータ勾配降下で少しずつ動く1ビットも動かない
演算とメモリの交換再計算により中間活性の保持を減らせる量子化によりメモリと帯域を減らせる

出典: Chinchilla (計算最適な配分) / InstructGPT (後訓練) / LoRA (部分学習)

2.5 MoEの動作原理 — ルーターが専門家を選ぶ

③3.2節の系譜表が示すとおり、総パラメータと有効パラメータの乖離は MoEによって生まれる。ただし「専門家」は人が分野を割り当てたものではない。 ルーターが学習の結果として勝手に作った分業であり、医療担当や法律担当が居るわけではない。

部品動作設計上の勘所
ルータートークンごとに各専門家の点数を出し、上位k個を選ぶ選択が離散なため勾配が通りにくく、学習が難しい
専門家前向き層を複数個に分けたもの。注意機構は共有するのが一般的人が分野を割り当てたものではない。ルーターの学習結果にすぎない
負荷分散特定の専門家に偏らないよう補助的な仕組みを置く偏ると容量からあふれたトークンが捨てられ、品質が落ちる
共有専門家常時使う専門家を別に置き、共通知識を集約する専門家どうしが同じことを重複して覚えるのを防ぐ
専門家並列専門家をGPU間に分散して置くトークンを該当GPUへ送る全対全通信が、新たな律速として現れる

そして本ページで最も実務的に重要な誤解がここにある。MoEで安くなるのは演算であって、GPUメモリではない。 総パラメータ分の重みは常時メモリに載せておく必要があり、この一点が中小事業者にとっての参入障壁になる。

MoEのルーティングと、総パラメータ・有効パラメータの違い トークンごとにルーターが専門家を選ぶ。トークンが違えば選ばれる専門家も違う。演算は選ばれた専門家の分だけで済むが、全専門家の重みは常時メモリに載せておく必要がある。 トークン 仕組 みを …以降も 1個ずつ ルーター 上位2個 を選ぶ 専門家 (FFNを分割したもの) 8個 専門家 1 専門家 2 専門家 3 専門家 4 専門家 5 専門家 6 専門家 7 専門家 8 総パラメータ = メモリに常時載せる 選ばれなかった専門家の重みも降ろせない 有効パラメータ = 演算するのはここだけ 演算量だけが有効パラメータに比例して下がる つまりMoEで安くなるのは演算だけで、必要なGPUメモリは減らない
図3: トークンが違えば選ばれる専門家も違う (図では2個のトークンが別々の専門家に振られている)。 「専門家」は人が分野を割り当てたものではなく、ルーターの学習結果にすぎない。 選ばれなかった専門家の重みもメモリからは降ろせないため、総パラメータ分のGPUメモリは常に必要になる。 概念図であり、実際の専門家数と選択数はモデルにより異なる。
観点密結合 (dense)MoE
1トークンで動く重み全部選ばれた上位k個の専門家だけ
演算量総パラメータに比例有効パラメータに比例 (ここが安くなる)
必要GPUメモリ総パラメータ分総パラメータ分 (減らない)
通信テンソル並列の集約全対全通信が追加される
学習の難しさ素直負荷分散とルーターの偏りを管理し続ける必要がある

出典: Shazeer et al. 2017 / Switch Transformer / DeepSeekMoE / DeepSeek-V3 技術報告

2.6 なぜ幻覚が起きるのか — 設計上の必然と、直せる部分

幻覚 (もっともらしい嘘) は単一のバグではない。発生源が複数あり、対策ごとに効く相手が違う。 「検索を繋げば直る」「温度を下げれば直る」という理解は、いずれも半分しか当たっていない。

発生源何が起きているか必然性効く対策
生成設計そのもの尤もらしさを最大化する装置であり、真偽を検証する機構を内蔵していない外部検証・検索の併用
学習データの希少事実訓練データに数回しか現れない事実は統計的に学べない検索で外から補う
評価と報酬の設計「わからない」と答えるより、当てずっぽうの方が採点で得をしてきた棄権を許す評価設計
知識の非対称性「AはB」で学んでも「BはA」を答えられない (逆転の呪い)データ拡張
文脈の取りこぼし長い文脈の中央部にある情報が使われにくい重要な断片を前後端に置く
サンプリングのゆらぎ温度が0より大きいと低確率のトークンも選ばれうる温度とtop-pを下げる

対策側から見ると、何が減らないかのほうが実務では重要になる。 温度を下げても知識不足由来の誤りは1件も減らない。ここを取り違えた品質改善は空振りに終わる。

対策何が減るか減らないもの実務上の代償
検索併用 (RAG)知識不足に由来する誤り検索が外れた時の作話、検索結果の誤読遅延の増加と検索基盤の運用費
引用の強制検証できない主張引用先を誤って要約する幻覚出力が長くなる
温度を下げるゆらぎ由来の誤り知識不足由来の誤りは一切減らない多様性が失われる
棄権を許す当てずっぽう有用性とのつり合いが崩れうる評価指標の作り直しが必要
検証器・自己整合性算術と論理の誤り事実誤りの全般トークン消費が数倍になる

出典: 幻覚サーベイ (Ji et al.) / Why Language Models Hallucinate (2025) / 逆転の呪い / Lost in the Middle

2.7 埋め込み検索とRAG — 外部知識を注意機構に届ける経路

RAGは「モデルに検索させている」のではない。検索した文章をプロンプトに貼り付けているだけである。 この一点を理解すると、失敗の大半がモデル側ではなく検索側で起きている理由が分かる。 応用層での位置づけは⑤5.1節 (第3層: 私有データ)を参照。

工程処理品質を落とす主因実務の勘所
① 分割文書を数百〜千トークン単位に切る文の途中で切れて意味が壊れる見出し単位で切り、前後を重ねる
② 埋め込み化各断片をベクトルに変換する学習ドメインと語彙がずれる日本語を含む文書での実測で選ぶ
③ 索引近似最近傍探索の索引を作る再現率と速度が交換関係にある全文一致検索と併用する
④ 検索質問ベクトルに近い断片を上位k件取る質問と文書で語彙がずれると当たらない質問の書き換えとハイブリッド検索
⑤ 再ランキング取った候補を精度の高いモデルで並べ直す遅延が増える上位50件を5件に絞る使い方
⑥ 文脈へ注入プロンプトに貼り付ける中央に置くと使われにくい重要な断片を前後端に置く

出典: RAG 原論文 / MTEB (埋め込みの共通評価)

2.8 誤解の解体 — 通説と実際

投資判断と業務設計を最も歪めるのは、技術の難しさではなく広く流通している通説である。 以下はいずれも、そのまま信じると意思決定を誤るものを選んだ。

世間で言われること実際判断への影響
AIは検索して答えている検索していない。学習で得た確率分布から次の語を選んでいるだけで、検索するのは道具を繋いだ時だけ情報源の担保は製品側の設計責任になる
パラメータ数が多いほど賢い速度と原価を決めるのは有効パラメータ、性能を決めるのは学習計算量とデータと後訓練総パラメータでの製品・銘柄比較は誤る
文脈長は長いほど良い長いほどKVキャッシュと演算が増え、中央部の情報は使われにくい長文脈対応は「長文で高精度」を意味しない
会話するとAIが学習する推論中にパラメータは1ビットも変わらない情報漏洩の実リスクは、ログ保持と再訓練利用の契約条項の側にある
幻覚は改良すればゼロにできる較正されたモデルには一定率の誤りが不可避との議論がある検証工程を含めて業務を設計する必要がある
大規模化で能力が突然生まれる不連続な採点尺度が跳びを作っている可能性が指摘されている「次世代で突然できる」前提の事業計画は危うい
オープンなモデルは中身が全部わかる公開されるのは重みが中心で、学習データと配合は非公開が通例再現性と法的リスクの評価軸が変わる
トークンは単語のこと統計で決めた切れ目であり、日本語では1文字が複数トークンになることもある課金見積りを誤る。自社文書で実測するしかない

出典: 創発は幻か (Schaeffer et al.) / 創発的能力 (Wei et al.) / 較正と幻覚の不可避性

この章から導かれる、実務で効く7つの帰結

  • MoEで安くなるのは演算だけ。GPUメモリは総パラメータ分いるため、小規模事業者にはむしろ敷居が高い
  • トークナイザは事前学習後に変更できない。語彙表の設計はモデルの寿命まで付いて回る
  • 語彙表の大きさは出力層の行列の大きさそのもので、1トークンあたりの計算量に直結する
  • RAGの失敗の大半は検索側で起きるのに、実務では「モデルを替える」で対処されがち
  • 埋め込みモデルの乗り換えは索引の全件再構築を伴い、事実上のロックインになる
  • 長文脈は「入る」ことと「使いこなす」ことが別物で、中央部の情報は取りこぼされる
  • 「幻覚率」は各社が定義と評価集合を自分で決めているため、評価集合の公開なしに社間比較は成立しない

日本語のトークン倍率は規範となる一次情報が存在しないため、本ページでは倍率を数値で示さない。 自社文書での実測 (tiktoken 等) を推奨する。

③ 大規模モデルの構造 — パラメータの正体

「1750億パラメータ」「1兆パラメータ」のパラメータとは、モデル内部の重み行列を構成する数値1個1個のことである。 単位のB (Billion) は10億個。訓練とは、この膨大な数値の集合を、データに合うように少しずつ調整し続ける作業に他ならない。

3.1 規模の3区分 — 小型・中型・大型

パラメータは「個数」だが、実務ではそのままメモリ必要量に換算される (FP16なら1個2バイト。175Bモデルの重みだけで350GB)。 これがモデル規模と必要GPU数を直結させる。

区分パラメータ数実務上の意味代表例
小型 (10B未満)〜100億個スマートフォン・PC単体で動く。特定用途の微調整に向くGemma 2B/4Bクラス・Phi-3 mini (3.8B)・日本語特化モデル群
中型 (10B〜100B)100億〜1000億個GPU 1〜8基で推論可能。企業内設置の現実解Llama 70B・Qwen 72B
大型 (100B超)1000億個〜GPU多数基が必須。最高性能はこの領域からしか出ていないLlama 3.1 405B・DeepSeek-V3 (671B)。GPT-4級やGemini等の閉鎖型は規模を公表していない

10B・100Bという境界に公式の定義はない。本ページが説明のために置いた便宜的な区分である。 なおモデルファミリー名だけでは区分できない点にも注意がいる。たとえばGemmaもPhiも10Bを超えるモデルを含むため、 上表ではサイズを明記した。

3.2 スケーリング則 — 規模がそのまま性能になる、ただし作法が変わった

2020年のGPT-3 (175B) が示したのは、「モデルを大きくし、データと計算を注ぎ込むほど、能力が law-like に伸びる」というスケーリング則である。 その後DeepMindのChinchilla研究 (2022) が「パラメータ1個あたり約20トークンのデータで訓練するのが計算効率上の最適」と示し、 さらに現在の主流はMoE (Mixture of Experts=専門家混合) へ移った。 総パラメータは巨大でも、1トークンの処理に使うのは一部の専門家だけという構造で、看板の数字と原価を切り離した。

モデル総パラメータ有効パラメータ方式含意
GPT-32020175B175B (全部使う)密結合 (dense)規模の効果を大規模に実証した事例。スケーリング則の定式化自体はKaplanら (2020年1月) が先行
Llama 3.1 405B2024405B405B密結合重み公開の密結合としては最大級。15.6兆トークンで訓練
DeepSeek-V32024671B37BMoE (ルーティング専門家256中8 + 共有専門家1)総671Bでも1トークンあたり37Bしか動かさない。活性パラメータ比は約18分の1 (本ページの計算)
Kimi K220251T (1兆)32BMoE (専門家384中8 + 共有1)総パラメータ1兆時代へ。有効32Bで、総数に対して約3.2% (本ページの計算)

表中の「約18分の1」「約3.2%」は本ページが総パラメータと有効パラメータの比から計算した値であり、 各社が主張している数値ではない。また実際の推論原価はこの比率どおりには下がらない。 KVキャッシュの読み出しとメモリ帯域が別途効くためで、DeepSeek-V3とKimi K2はいずれもMLAという機構でKVキャッシュ側を圧縮している。

出典: Kaplan et al. 2020 (スケーリング則) / Chinchilla (計算最適な配分) / Llama 3 技術報告 / DeepSeek-V3 技術報告 / Kimi K2 技術報告

あまり語られない要点 — 「総パラメータ」は看板の数字になった

  • 推論原価と応答速度を決めるのは有効パラメータ (1トークンあたり実際に動く量) とメモリ帯域
  • 「1兆パラメータ」でも有効32Bなら、推論の重さは中型モデル並み。逆に密結合405Bは看板より遥かに重い
  • モデル比較の見出しの数字だけで優劣・原価を判断すると、ほぼ確実に誤る

3.3 訓練の3段階 — 事前学習・教師あり微調整・強化学習

「訓練」は1つの工程ではなく、性質の違う3段階の積み重ねである。計算量の9割以上は第1段階に集中する。 公表例では、DeepSeek-V3の全訓練が H800 GPU で約279万GPU時間・約558万ドル (うち事前学習は約266万GPU時間・約533万ドル。1 GPU時間あたり2ドルという同社の仮定での換算) と、 工夫次第で最前線級を1桁安く作れることを示し業界に衝撃を与えた。 ただし同社はこの金額に先行研究・アブレーション実験・アーキテクチャやデータの試行錯誤の費用を含まないと明記している。 公表された最終ランの費用であって、開発全体の費用ではない。

段階使うデータ計算量の比重得られる能力例え
① 事前学習 (Pre-training)ウェブ・書籍等 数兆〜十数兆トークン全体の90%以上言語と世界知識の獲得。「次の1語を当てる」だけを延々と解く教科書を全部読む
② 教師あり微調整 (SFT)人手で作った模範問答 数万〜数百万件数%指示に従う形式・口調・作法の獲得模範解答で答案練習
③ 強化学習 (RL)人間の選好比較 (RLHF)・検証可能な正解 (RLVR)数%「良い答え」への好みの獲得。推論能力の引き上げはこの段階が主戦場採点者に鍛えられる

出典: InstructGPT (3段階の原典) / Tulu 3 (検証可能な報酬によるRL) / DeepSeek-V3 技術報告 (訓練コスト)

3.4 開放型と閉鎖型 — 企業ではなく、モデル単位で分かれる

この区分を「開放型の企業と閉鎖型の企業」で説明する記事が多いが、2025年以降それは成り立たない。 OpenAIは2025年8月にgpt-oss (総117B) をApache 2.0で公開し、GoogleはGemmaを公開している。 現在の標準は同一企業が旗艦モデルは閉鎖型、小型モデルは開放型に置く二正面戦略であり、 分かれ目は企業ではなくモデルにある。

開放型 (オープンウェイト) のモデル

  • 訓練済みの重みファイルを公開。誰でも自前のGPUで動かせる
  • 戦略: 普及で標準を握り、周辺 (クラウド・支援サービス) で回収
  • 企業の機密データを外部に出さず社内設置できる点が採用理由の筆頭
  • 例: DeepSeek-V3・Llama・Qwen・Gemma・gpt-oss。 DeepSeek は重み公開に加え論文で技術詳細まで開示
  • 注意: 公開されるのは重みが中心で、学習データと配合は非公開が通例。 ライセンスもOSI準拠とは限らない (Llamaは独自のコミュニティライセンス)

閉鎖型 (API提供のみ) のモデル

  • 重みは非公開。APIとアプリ経由でのみ利用させる
  • 戦略: 最高性能を維持し、利用料 (購読+従量) で直接回収
  • 模倣されにくく価格決定力が強い一方、最前線の維持に巨額の再投資が必須
  • 例: GPT系の旗艦・Claude・Gemini。 パラメータ数も公表されないため、規模での比較自体ができない

3.5 文脈長とKVキャッシュ — 「128k対応」の物理的裏側

文脈長 (コンテキスト長) は、モデルが一度に把握できるトークン数の上限である (128k は 131,072 = 約13万トークン)。 長文脈が高価な理由は明快で、モデルは過去の全トークンについてKVキャッシュ (Key/Value の中間計算結果) をGPUメモリに保持し続ける必要があり、 文脈が長いほど・同時利用者が多いほど、このメモリ消費が線形に膨らむ。 長文脈対応とは性能の話である以前に、GPUメモリという原価の話なのである。

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