① 半導体という物質 — なぜシリコンが選ばれ続けるのか
微細化の話に入る前に、材料そのものの性質を押さえる。半導体が「導体でも絶縁体でもない」ことに意味があり、 その中間性こそが外部からの制御を可能にしている。ここを飛ばすと、なぜ電気自動車が炭化ケイ素を選び、 なぜシリコンが光を出せないのかが理解できない。
1.1 導体・半導体・絶縁体を分ける唯一の指標
物質の中で電子は決まったエネルギー帯にいる。動けない帯から自由に動ける帯へ移るには、その間の隙間を飛び越える必要がある。 この隙間の大きさを バンドギャップ と呼び、単位は eV (電子1個が1ボルトで得るエネルギー)。 導体は隙間が無く常に電気が流れ、絶縁体は広すぎて流れない。半導体だけが、外から手を加えて流れる量を変えられる。
| 物質 | 区分 | バンドギャップ (eV) | 室温での運び手の密度 | 何を意味するか |
|---|---|---|---|---|
| 銅 (Cu) | 導体 | 0 (帯が重なる) | 約 10²³ /cm³ | 電子が常に自由。流す量を外から制御できないため、配線には使えてもスイッチにはならない |
| ゲルマニウム (Ge) | 半導体 | 0.67 | 約 2.4 × 10¹³ /cm³ | 世界初のトランジスタ (1947年) の材料。隙間が狭く、室温でも漏れ電流が大きいため主役を降りた |
| シリコン (Si) | 半導体 | 1.12 | 約 1.0 × 10¹⁰ /cm³ | ★ 隙間の広さが室温での安定と操作性の均衡点。加えて酸化膜が絶縁体として使える |
| ヒ化ガリウム (GaAs) | 半導体 | 1.42 | 約 2.1 × 10⁶ /cm³ | 電子が走る速さが Si の約5倍。高周波と発光に向くが、酸化膜が使えず集積度で負ける |
| 炭化ケイ素 (SiC) | ワイドギャップ半導体 | 3.26 | 約 10⁻⁸ /cm³ | 高温・高電圧でも壊れない。電気自動車の電力変換で Si を置き換える |
| 窒化ガリウム (GaN) | ワイドギャップ半導体 | 3.40 | 約 10⁻¹⁰ /cm³ | 青色発光と高速スイッチの両方を担う。青色LEDで2014年のノーベル物理学賞 |
| 二酸化ケイ素 (SiO₂) | 絶縁体 | 約 9 | ほぼ 0 | シリコンを酸素にさらすだけで作れる。この「自前で絶縁体を持てる」性質が Si 覇権の核心 |
表の最終行が、シリコンが半世紀にわたって主役であり続ける理由を示している。 シリコンは酸素にさらすだけで、バンドギャップ約9 eV の完璧な絶縁体を自分の表面に作れる。 ヒ化ガリウムは電子の走る速さで5倍勝るが、この自前の絶縁膜を持たない。 トランジスタは「絶縁膜を挟んで電界をかける」構造なので、絶縁膜の質が素子の質を決める。性能で劣る材料が勝ち続けた原因はここにある。
1.2 不純物を混ぜて電気の運び手を作る
純粋なシリコンはほとんど電気を通さない。そこへ意図的に別の元素を混ぜる操作を ドーピング と呼ぶ。 シリコンは4本の腕で隣と結合しているため、腕が5本の元素を混ぜれば電子が1個余り、3本の元素を混ぜれば空席が1個できる。 この不純物は、素材を イレブンナイン (99.999999999%) まで精製した後に、狙った濃度だけ入れる。 純度を極限まで上げてから汚すという一見矛盾した工程が、制御の前提になる。
| 型 | 混ぜる元素 | 腕の数 | 電気の運び手 | 濃度 | 何が起きるか |
|---|---|---|---|---|---|
| 真性半導体 (i型) | なし (純度 99.999999999%) | 4価 | 電子と正孔が同数 | 約 1.0 × 10¹⁰ /cm³ | 基準となる素の状態。イレブンナインと呼ばれる純度まで精製してから、必要な不純物だけを狙って入れる |
| n型半導体 | リン (P)、ヒ素 (As)、アンチモン (Sb) | 5価 | 電子 (負の電荷) | 10¹⁵ 〜 10²⁰ /cm³ | 結合に使われない電子が1個余り、それが電流の運び手になる。素の状態より10万倍から100億倍も流れやすくなる |
| p型半導体 | ホウ素 (B)、アルミニウム (Al)、ガリウム (Ga) | 3価 | 正孔 (電子の空席) | 10¹⁵ 〜 10²⁰ /cm³ | 結合に電子が1個足りず、その空席が隣から電子を引き寄せて移動する。空席の移動が正の電荷の流れとして振る舞う |
n型とp型を接触させた境界を pn接合 と呼ぶ。境界では余った電子と空席が打ち消し合い、 電気を通さない層ができる。ここに電圧を一方向にかけると層が薄くなって電流が流れ、逆向きにかけると厚くなって流れない。 これが整流であり、電子回路の最小の非対称性である。 この接合を3層重ねて中央の層で流れを制御すればトランジスタになり、 光を当てて電流を取り出せば太陽電池、電流を流して光を出せば発光素子になる。 本ページで後述する演算器も記憶素子も、すべてこの一点から派生している。
② 半導体の分類 — 微細化競争は4分類のうち1つだけの話
報道が扱う「2nm」「微細化」はデジタル半導体に限った競争である。市場も日本の強みも残り3分類に大きく分布しており、 この区別を持たないまま産業を語ると、投資判断も政策評価も的を外す。
2.1 用途による4分類 — 微細化が効くのはどこか
| 分類 | 何をするか | 代表例 | 主戦場の寸法 | 日本の主な担い手 | なぜそうなるか |
|---|---|---|---|---|---|
| アナログ半導体 | 連続的に変化する量をそのまま扱う | 電源制御 IC、増幅器、無線送受信、A/D 変換 | 180nm 〜 28nm が主戦場 | ローム、東芝デバイス、ルネサス | 微細化しても性能が上がらない。素子のばらつきと雑音が支配するため、成熟した製造工程で作り込む職人領域が残る |
| デジタル半導体 (ロジック) | 0 と 1 だけで演算する | CPU、GPU、AI 用演算器、マイコン | 2nm 〜 14nm が最前線 | ルネサス (車載マイコン世界首位級)、Rapidus (2nm 計画) | 微細化がそのまま速度と省電力に直結する唯一の分類。だから世界の投資と規制がここへ集中する |
| パワー半導体 | 大きな電力を切り替え、変換する | 電気自動車のインバータ、太陽光の変換装置、鉄道 | 微細化は無関係 (数百 nm 〜 µm) | 三菱電機、富士電機、ローム、東芝 | 求められるのは耐圧と放熱であって集積度ではない。設計・材料・実装の総合力で決まるため、日本勢が世界上位を保つ |
| 光半導体 | 電気と光を相互に変換する | LED、半導体レーザー、イメージセンサ、太陽電池 | 化合物半導体が主役 | ソニー (イメージセンサ世界首位)、日亜化学、浜松ホトニクス | シリコンは光を出せない。バンドギャップの構造が異なる化合物半導体が必須で、材料そのものが参入障壁になる |
パワー半導体と光半導体では、微細化が性能向上につながらない。求められるのは耐圧・放熱・光を出す能力であり、 いずれも材料と実装で決まる。日本勢が世界上位を保っているのがこの2分類であることは偶然ではなく、 露光装置の世代競争から切り離された領域だからである。 逆に言えば、先端露光装置を持てない国が現実的に狙える出口もここにある。
2.2 機能による6分類 — 半導体は世界に対して何をしているか
| 機能 | 代表デバイス | 身近な例 | 性能を決めるもの |
|---|---|---|---|
| ① 計測する | 各種センサ、増幅器 | スマートフォンの傾き検知、体温計、車の衝突検知 | 物理量 (温度・圧力・加速度・磁気) を電圧に変換する精度 |
| ② 記憶する | DRAM、NAND フラッシュ | メモリーカード、記録媒体、スマートフォンの保存領域 | 容量あたりの単価と、電源を切っても保持できるか |
| ③ 計算する | CPU、マイコン、AI 用演算器 | あらゆる機器の頭脳、生成 AI の推論 | 1秒あたりの演算回数と、消費電力あたりの性能 |
| ④ 電力を操る | パワートランジスタ、IGBT | 充電器、電磁調理器、電気自動車、鉄道 | 耐えられる電圧と、変換時に失われる電力の少なさ |
| ⑤ 光を出す | LED、半導体レーザー | 照明、光通信、光学ドライブ | 電力を光に変える効率と、出せる色 (波長) |
| ⑥ 光を受ける | イメージセンサ、太陽電池 | カメラ、太陽光発電、自動運転の目 | 暗い場所での感度と、光を電気に変える効率 |
2.3 素子数で世代を呼んだ時代と、呼べなくなった現在
| 世代 | 略称 | 素子数 | 年代 | 節目 |
|---|---|---|---|---|
| 小規模集積回路 | SSI | 100 以下 | 1958 〜 1960年代前半 | キルビーの試作品は素子わずか数個。集積回路という発想そのものが発明だった |
| 中規模集積回路 | MSI | 100 〜 1,000 | 1960年代後半 | 電卓とアポロ誘導計算機の時代。用途ごとに専用回路を組んでいた |
| 大規模集積回路 | LSI | 1,000 以上 | 1970年代 〜 | 1971年の Intel 4004 が 2,300 素子。ここで汎用の演算装置が1チップに載った |
| 超大規模集積回路 | VLSI | 100万 以上 | 1980年代後半 〜 | 日本の半導体産業が世界シェア5割を取った時代。DRAM が牽引した |
| 超々大規模集積回路 | ULSI | 1,000万 以上 | 1990年代 〜 | 分類語としてはここで止まった。以後は素子数でなく製造寸法で世代を呼ぶようになる |
| (呼称なし) | — | 数百億 〜 | 2020年代 | ★ 現代の AI 用演算器は 2,000億素子規模。ULSI の定義から4桁増えたが、新しい呼び名は付いていない |
素子数による呼称は超々大規模集積回路で止まった。以後は製造寸法で世代を呼ぶ習慣に移り、 その寸法の呼び名も物理的な長さを表さなくなった (本ページ後段のノード命名を参照)。 業界が自らの世代を数えられなくなっているという事実が、微細化の物差しが壊れた地点を示している。