日本のIT人材不足を政府データから解剖する。中位シナリオは先端55万人の不足と従来型10万人の余剰を同時に示す。有効求人倍率1.43倍、技術者の所属先72対28、単価が本人に届く45パーセントまで検証する。

日本のIT技術者が足りないという話は、数字とともに語られる。2030年に最大79万人。この数字はほぼ常に単独で引用され、どのシナリオの値なのかは省かれる。

出所である経済産業省の試算を開いて内訳を見ると、別の数字が並んで書かれている。中位のシナリオで、先端の技術に携わる人材が約55万人不足する一方、従来型の業務に携わる人材は約10万人余る(経済産業省 / 日経クロステック)。差し引いた約45万人だけが「人手不足」として流通している。

同じ調査の中に不足と余剰が同居している。そして余ると試算された側を大量に抱えているのが、発注元から作業者までに何社もの委託を重ねる構造である。この構造は建設業と同じ形を持ち、公正取引委員会の実態調査では最大6次までの委託が報告されている(公正取引委員会)。

本稿は、この配置を4つの検証可能な数字で押さえる。技術者の所属先の比率、単価が本人に届く割合、書面が交わされない契約の形、そして2026年1月1日に施行される法改正の中身である。最後に、層を削る実験を実際に行った企業の公表値を4年分並べ、層がどれだけの速さで戻るかを確認する。

不足と余剰が同居し、労働市場の実測値はどちらとも噛み合わない

同じ政府調査の中に、不足と余剰が並んで書かれている
同じ政府調査の中に、不足と余剰が並んで書かれている

まず数字の性質を確定させる。79万人は3つのシナリオの上限値である。IT需要の伸び率を高く置いた高位で約79万人、中位で約45万人、低位で約16万人。上限と下限で5倍の幅がある。そして試算の公表は2019年4月であり、2026年の議論に7年前の需要の伸び率の前提がそのまま使われている。

中位シナリオの内訳が、この記事の出発点になる。先端の技術に携わる人材が約55万人不足し、従来型の業務に携わる人材が約10万人余る。後者は学び直しが進まなかった場合の試算である。人工知能やクラウドや大量のデータを扱う技能は足りず、仕様書に沿って書く工程を担う技能は余る。

労働市場の実測値を重ねると、さらに輪郭が出る。厚生労働省の集計で、2025年11月時点の情報処理・通信技術者の有効求人倍率は1.43倍だった。全職業は1.12倍である(厚生労働省)。全職業より高いが、逼迫が激しい業種の水準ではない。79万人という語感と、1.43倍という実測値の間には落差がある。

記者の観察として書けば、この落差の説明はひとつしかない。不足しているのは人数ではなく、特定の技能を持つ人がどこに配置されているかである。

72対28 ― 技術者はどこに所属しているのか

技術者はどこに所属しているのか
技術者はどこに所属しているのか

配置の話に入る。情報処理推進機構の国際比較で、日本のIT人材は情報技術の会社側に72パーセント、それを利用する企業側に28パーセントが所属している。米国はほぼ逆で、会社側が34.6パーセント、利用する企業側が65.4パーセントである。カナダ、英国、ドイツ、フランスも利用する企業側の比率が5割を超える(情報処理推進機構)。

この比率が「見つからない」の正体になる。製品を自ら所有して設計する技能は、製品を持つ企業の中でしか育たない。作るものを決める工程に立ち会わなければ、設計の判断を経験できない。技術者の7割が受託する側に置かれていれば、その経験を持つ人の絶対数が少なくなる。人口の減少とはまったく別の理由で、同じ結果が出る。

同じ国の中に、ほぼ交わらない2つの市場ができている。受託の側では技能の証明が資格と経験年数になり、人材紹介の仕組みが整っている。製品を持つ側では技能の証明が動いている製品になり、紹介の仕組みに載っていない人が多い。

採用の実務で起きていることは、この構造の当然の帰結である。受託の側を対象に作られた紹介の仕組みを使えば、受託の側の形をした候補者が返ってくる。仕組みが壊れているのではなく、正しく動いた結果である。資格の一覧は充実していて、設計の判断を経験していない候補者が並ぶ現象は、選別の失敗ではなく母集団の性質を反映している。

月80万円の単価が本人に45パーセントで届くまでと、保護が最も薄い契約の形

月80万円の単価が、本人の年収430万円になるまで
月80万円の単価が、本人の年収430万円になるまで

経済の側を数字で追う。技術者を客先に常駐させる契約では、中間の取り分が月単価の20から40パーセント、平均で25から30パーセントとされる。層が増えれば掛け算で積み上がる。

1層で30パーセントとして計算する。発注側が月80万円、年960万円で契約する。中間の取り分24万円を引いて、在籍する会社の取り分が月56万円。そこから社会保険料の会社負担12万円と間接費8万円を引くと、本人の月給は36万円前後、賞与を含めた年収で約430万円になる。

契約額と本人の年収の差は年約530万円である。同じ技能で製品を持つ側に移った場合、外資系では株式報酬を含めて1,000万円から2,000万円の範囲が一般的で、技術系の職種では30歳前後で1,000万円を超える例が多い。国内の大手受託企業と比べて5年から8年早い到達になる。

この比率は層の数で決まる。1層あたり25から30パーセントが乗る前提で3層を重ねれば、発注額の半分以下しか作業側に届かない。公正取引委員会の調査が確認した最大6次という深さを当てはめれば、比率はさらに下がる。

技術者が自分で確認できる目安がひとつある。月給を0.45で割ると、発注側が払っている単価の概算が出る。層が深いほどこの比率は下がるため、割り戻した額が実際より低く出る。その差は本人の能力ではなく構造の厚みであり、交渉で埋まる幅ではない。

実態調査が見つけた、最も保護が薄い契約の形
実態調査が見つけた、最も保護が薄い契約の形

その構造の厚みを、公正取引委員会は別の角度から測っている。同委員会は2021年10月から2022年6月にかけて、資本金3億円以下のソフトウェア業2万1,000社を対象に実態調査を行った。回答は事業者4,739件、個人で受ける技術者540件、勤務する技術者1,776件。

申告された行為の割合は、不当に安い代金の設定が15.7パーセント、給付内容の不当な変更が14.2パーセント、代金の減額が13.5パーセントだった。1割台という数字は、業界の実感より低く見える。その理由が同じ報告書に書かれている。回答者の約49パーセントが、独占禁止法と取引に関する法律の知識を十分に持っていなかった。違反が違反として認識されていない状態で集めた割合である。

そして最も実務に効く発見が、契約の形による差にある。仕様を先に固める進め方では、発注書を必ず受け取っている割合が約80パーセントだった。反復して作る進め方では50から60パーセントにとどまり、38.0パーセントが書面の補完がないと回答している。

この差の意味は重い。反復して作る進め方は、仕様が動くことを前提にしている。ところが法の保護は、書面に残った内容を基準に働く。層の深い委託の中で反復型の案件を受けると、変更の要求が無償の作業として積み上がりやすい。近代的な進め方を採ったつもりで、最も保護の薄い契約に入るという組み合わせが実際に存在する。

現場で使える確認事項として、反復型の案件に入るときは、繰り返しの単位ごとに何を成果物とするかを書面で残しているかを先に聞く。残していない場合、変更の要求と追加の要求の境目が記録に存在しないことになる。

2026年1月1日、法律から「下請」という語が外れる

2026年1月1日、法律から「下請」という語が外れる
2026年1月1日、法律から「下請」という語が外れる

構造を動かす制度の変更が、すでに日付とともに確定している。2025年5月16日に成立し、23日に公布された改正法が、2026年1月1日に施行される。下請代金支払遅延等防止法は中小受託取引適正化法に改称され、略称は取適法になる(政府広報オンライン)。

言葉の入れ替えに見えるが、「下請」という上下関係を前提にした語を法から外すという判断が入っている。多重の委託構造を論じる文脈で、この改称は象徴として軽くない。

改正の中身は6つに整理できる。「下請」等の用語の見直し、価格を据え置く取引への対応、手形などによる支払いの禁止、運送の委託を対象に追加、従業員の数による基準の追加、そして執行の面的な強化である(公正取引委員会)。

このうち構造に最も効くのは、従業員の数による基準の追加である。これまでの適用は資本金の額だけで決まっていた。技術者を数十人から数百人抱えながら、資本金を意図的に小さく保つ形は、この業種では珍しくない。資本金だけを基準にしていた間、そうした業者は規制の届かない位置にいた。人数の基準が加わると、その位置が消える。中間の層の採算が法の側から締まる。名称の変更より、この1点のほうが構造を動かす。

協議に応じる義務も直接に効く。受託する側から労務費の上昇を理由に増額を求められた場合、委託する側は協議に応じなければならない。協議をせずに価格を据え置くこと自体が、新たな禁止行為の一類型とみなされうる。従来は「据え置き」が交渉の不在として処理されていたが、今後は不作為が違反になる。

手形などによる支払いの禁止は、運転資金の負担を上の層へ戻す。層が深いほど下の層が資金を立て替える構造だったため、この変更は下の層の資金繰りを直接に改善する。執行の面的な強化は、個別の申告を待たずに業種や取引の面で調べる方式で、申告した者が特定される恐れを下げる。

経過措置は示されていない。2026年1月1日以降に実施されるすべての委託取引が、改正後のルールで扱われる。委託する側は、自社が新しい基準で適用対象に入るか、支払いの方法が手形などになっていないか、増額の要請を受けた記録と協議の記録が残っているかを確認しておく必要がある。受託する側は、労務費の上昇を根拠にした増額の申し入れと、据え置きへの回答を書面で求めることが使える。産業別の組合に個人で加盟する道もあり、情報労連の傘下には情報サービスと情報通信の労働者が勤め先の組合とは別に加入できる組織がある。

自動化が最初に届く層と、余ると試算された層が重なる

自動化が最初に届く層と、政府が余ると試算した層が重なる
自動化が最初に届く層と、政府が余ると試算した層が重なる

もうひとつの力が下から働いている。

委託の層を置き換わりやすさで並べると、順序が明確に出る。何を作るかを決める発注元は置き換わらない。全体の設計と責任を持つ元の受注者も置き換わりにくい。人を集めて配る中間の層は、技術的な付加が薄いため法改正で採算が締まる。そして仕様どおりに書く最下層は、単純な移行処理、定型の一括処理、上流に関与しない実装が中心であり、自動化が最初に届く。

ここで2つの独立した予測が同じ層を指している。政府の試算は、学び直しが進まなければ従来型の人材が2030年に約10万人余ると述べた。自動化の波は、仕様どおりに書く工程から先に届く。余ると試算された層と、最初に置き換わる層が一致している。

この重なりが中間の層に二重の圧力をかける。下からは配るべき作業そのものが減り、上からは従業員の数による基準で規制の対象に入る。人を配って差益を取る形が、両側から成り立ちにくくなる。多重の委託構造が依存していた土台が動くという意味で、この2つは同じ方向を向いている。

採用する側にとって、この重なりは機会になる。書く工程を失う技術者は、業務の知識と発注側の事情を持ったまま市場に出る。消える価値は書く速度と指示どおりに動く正確さであり、残る価値は業務の知識、発注側の事情、そして設計の判断である。後者は層の中にいても蓄積されている。特定の業界の業務手順や、発注側の組織がどこで意思決定するかという知識は、外から採用しても手に入らない。学び直しの受け皿を先に用意した会社が、同じ人材を安く早く採れる。

層を削った実験と、層が戻った記録 ― 次の採用で効く順序

層を削った実験と、層が戻った記録
層を削った実験と、層が戻った記録

層を削るとどうなるかを、実際に大規模に試した記録が公開されている。都市伝説ではなく、同じ会社の公表値である。

2022年の買収前の従業員数は約7,500人で、買収後は約1,500人まで減った。およそ8割の削減である。ただし削られたのは技術者ではない。2023年1月時点で常勤の技術者は550人を下回ったが、削減の比率は信頼と安全の部門や人事や管理の部門ではるかに大きかった。目的は「管理の層を減らし、技術者と経営の距離を縮める」と説明されている(Forbes)。

報じられていないのは、その4年後の内訳である。2026年時点で事業の管理に携わる人数は828人、技術に携わる人数は722人。管理が社内で最も多い区分に戻り、技術はそれを下回る位置に落ちている。

層は一度削っても、事業が続けば再び増える。管理の人数が技術の人数を上回る状態は、削減の4年後に復活した。層の厚さは経営者の意思だけでは決まらず、組織が大きくなるほど戻る方向に力がかかる。

日本の構造に移して使える点と、移せない点を分けておく必要がある。使える点は、削るべきが技術者ではなく、技術者と発注側の間で判断を持たない層だという点。そして効果が人数ではなく意思決定の距離から出るという点である。移せない点は、1社の内側の層と会社をまたぐ委託の層では、削る手段がまったく違うという点である。前者は経営判断で動くが、後者は契約と法の側からしか動かない。だから2026年1月の改正が効いてくる。

採用側と技術者側が、それぞれ次に確認する項目
採用側と技術者側が、それぞれ次に確認する項目

採用する側が次の募集で変えられる手順は5つある。紹介の仕組みを通さずその外側から探すこと。資格ではなく判断した経験を測ること。受託の側の相場ではなく製品を持つ側の相場で提示すること。2026年1月の法改正で条件が透明になる層に先に接触しておくこと。そして自動化で職を失う層をそのまま流出させないことである。

2つ目の測り方には具体的な形がある。「何を作るよう言われたか」ではなく「何を変えるか、なぜそう選んだか」を聞く。設計の判断を経験していない候補者は、後者に答えられない。資格の一覧では区別がつかないが、この質問ひとつで分かれる。

3つ目は提示額の設計に直結する。400万円台に合わせた提示は、400万円台の市場に入札していることを意味する。同じ職務記述で1,000万円台を提示すれば、応募してくる母集団そのものが変わる。金額を上げることが目的ではなく、探している市場を指定する行為として機能する。

技術者側が確認できることも具体化できる。面談で聞ける質問は3つある。発注元から自分までに何社入るか。設計の判断は誰が持っている工程か。発注書は毎回書面で交わされているか。この3つで、入る先の層の深さと契約の保護の厚さがほぼ分かる。

移る側が最初に変えるべきは経歴の書き方である。作業の一覧ではなく判断の記録を書く。「担当した」ではなく「この条件でこう選び、その結果こうなった」と書く。同じ経験でも、判断の言葉で書き直すと製品を持つ側の選考基準に載る。

ひとつだけ注意がある。層の外に出れば給与は上がるが、設計の責任も自分に移る。年収だけを目的に移ると、入った先で判断を求められて行き詰まる。層の中で判断の経験が積めなかったことは構造の結果だが、外に出た後にそれを埋める作業は本人のものになる。