米中のAI関連投資は7対1なのに設置量は6割という数字を分解する。誰を数え何を数えたのか、稼働率3割という実態、そして電力と土地を国家が先に用意した構図までを、日本の系統制約と並べて読み解く。

ゴールドマン・サックスの2026年の中国見通しが、ひとつの逆説を提示した。米国の大手4社が投じるAI関連の設備投資は7,500億ドル規模に達するのに対し、中国の主要4社は1,000億ドル程度で7分の1にとどまる。ところが2025年6月時点で、中国に設置されたデータセンターの容量は米国のおよそ6割に達している。同じ報告は、輸出が22.2パーセント伸びる一方で小売の売上高が前年比4.1パーセント減という、技術は上を向き内需は下を向くという分裂も示した。

7分の1の投資で6割の設置量。この対比は、中国の効率の高さを示す数字として広く引用された。だが、逆説として成立するのは、両者が同じものを測っている場合に限られる。実際には、誰を数えたのかと、何を数えたのかという二点で、比較の土台がずれている。そのずれを取り除いた先に残るものこそが、技術の伸びが家計に届かない理由を説明する。

本稿は、報告が挙げた数字の出どころを確かめたうえで、中国のAI用データセンターを実際に建てている主体と、設置された設備がどれだけ回っているのかを検証する。そして電力と土地という、資金では買えない部分を国家が用意した構図を示し、日本が直面している制約と並べる。株価や時価の数字は扱わない。

まず、元の数字を確かめる

ゴールドマン・サックスの推計は、年ごとの推移で示されている。米国側は、アマゾンのクラウド部門、マイクロソフト、グーグル、メタ、そしてオラクルを合わせた設備投資が、2022年の1,560億ドルから2025年に4,430億ドル、2026年に7,640億ドル、2027年には1兆180億ドルへ膨らむとされる。中国側は、アリババテンセントバイトダンスバイドゥの合計が、2022年の80億ドルから2025年に570億ドル、2026年に1,020億ドル、2027年に1,230億ドルへ増える見通しになっている(Dealroom)。

対象となった記述が挙げた7,500億ドルと1,000億ドルは、この2026年の数値におおむね対応する。2027年時点では差はおよそ8倍に開き、購買力の違いを調整しても縮まらないと同社は述べている。数字そのものは、報告の内容として正確だ。

問題はここから先にある。米国側で数えられているのは、世界中に展開する少数の巨大な計算資源の運営会社である。中国側で数えられているのは、民間の技術企業4社にすぎない。この2つの集合は、対応していない。

元の数値と、比較の土台のずれ
元の数値と、比較の土台のずれ

中国のAI用データセンターを建てているのは、その4社ではない

中国で計算資源の設備を実際に抱えている主体をたどると、民間4社の外側に大きな塊がある。

国有の通信事業者である中国移動中国電信は、AI用のデータセンターの相当部分を運営すると見込まれている。もともとデータセンターの役務市場は通信事業者の比率が高く、2016年時点で55.6パーセントを占めていた。資金の出どころも民間とは異なる。中国のAI用データセンターの整備は、超長期の特別国債を含む国の債務によってまかなわれる部分が大きいと報じられている。5年間で2,950億ドル規模の整備を検討しているという報道もある(Yahoo Finance)。

民間4社が投じていないわけではない。アリババは3年間で3,800億元という当初の計画を上回る見通しとされ、テンセントは四半期の設備投資が319億元、前の四半期から63パーセント増えたと報告されている。だが、この民間分だけを取り出して米国の運営会社の合計と比べれば、中国側の投資は構造的に小さく出る。

もうひとつ、金額を押し下げる要因がある。輸出規制により、中国のデータセンターは国産の演算装置へ切り替えを進めている。ファーウェイをはじめとする国内企業が、AI用の演算装置など中核技術の8割以上を供給しうるとされる。輸入品を前提とした価格でも、国内で調達すれば同じ設置量に対する支出は変わる。金額の比較は、そのまま能力の比較にならない。

誰の帳簿を見ているのか
誰の帳簿を見ているのか

設置された容量と、実際に回っている計算資源は別物である

ここからが、この逆説の核心になる。設置量という指標は、据え付けられた設備の規模を測るものであって、その設備がどれだけ使われているかを測るものではない。

中国では2023年と2024年の2年間で、500件を超える新しいデータセンターの整備計画が公表された。中央政府がAIの基盤整備を国の優先事項に据え、地方政府に知能計算センターの建設を急ぐよう促した結果である。ところが、建設中を含めた250か所を超える施設の稼働率は3割前後にとどまるという報告が相次いだ。数千億元規模の事業で、利用率が3割を下回る例も報じられている(MIT Technology Review)。

この状況は、中国政府自身が認めている。国務院は2025年5月の通達で、新規のAI計算資源の事業に対して事前の需要の裏づけを義務づけた。さらに、補助の対象となる要件に「演算装置の稼働率が50パーセント以上であること」を加える方針が示されている。稼働していない設備が積み上がっている事実を、規制の側から追認した形になる。

数字を並べ直すと、逆説は解ける。設置された容量が米国の6割であっても、そのうち実際に計算を行っているのが3割程度であれば、供給されている計算資源は米国の2割前後の水準にとどまる。7分の1の投資で6割の能力を得たのではない。7分の1の投資で6割の箱を建て、その多くがまだ空のまま置かれている。

設置量と稼働率を掛け合わせると、逆説は解ける
設置量と稼働率を掛け合わせると、逆説は解ける

資金では買えない部分を、国家が先に用意した

とはいえ、6割の箱を短期間で建てたこと自体は事実であり、これは軽くない。世界のどこでも、データセンターの建設を止めているのは資金ではないからだ。止めているのは電力と土地、そして系統への接続を待つ時間である。

中国はこの制約を、国家の計画で外しにかかった。東部で発生する計算需要を西部の設備で処理する「東数西算」と呼ばれる国家事業がそれにあたる。2022年に全面的な建設段階へ入り、8つの国家級の拠点が指定され、新たに着手された事業は60件を超えた。2025年までに、8つの拠点と10万メガワット級の設備の整備が進んでいる。西部の安い電力と広い土地へ計算資源を寄せることで、東部の電力制約と用地の制約を同時に外す設計になっている。

日本の状況を並べると、この差の意味がはっきりする。東京では1,028メガワットのデータセンターがすでに稼働している。一方で、東京電力パワーグリッドに対して接続を申し込んでいるデータセンターの容量は9,500メガワットに達する。設置済みの9倍を超える需要が、系統につながるのを待って滞留している。送電線の大規模な増強や新しい幹線の整備には数千億円と10年単位の年月が要る(グリラボ)。日本で計算資源の整備を止めているのは資金ではなく、電力を運ぶ設備が間に合わないという時間の問題である。

中国が短期間で箱を建てられた理由は、演算装置の調達力でも設計の巧みさでもない。土地の収用、電力の割り当て、送電網の整備という、企業の努力では動かせない部分を、国家が先に片づけたからだ。同じことを民間の判断に委ねている国では、この段階で年単位の待ちが発生する。

国家が外した制約と、日本が抱えている制約
国家が外した制約と、日本が抱えている制約

建てても家計に届かない構造

ここで、報告が示したもうひとつの数字に戻る。輸出が22.2パーセント伸びる一方、小売の売上高が前年比で4.1パーセント減る。技術の分野が伸びているのに、家計の支出が縮んでいる。この分裂の一因は、いま見てきた投資の性質そのものにある。

地方政府がAIの基盤整備へ走った背景には、不動産の不振がある。地域の経済を支えていた柱が崩れ、代わりの成長の源を探した地方の担当者にとって、AIの基盤は新しい景気対策として都合がよかった。だが、この投資が地域にもたらす雇用は、建設の期間に集中する一時的なものが中心で、稼働後の運営には多くの人手を要さない。

資金の出どころが国の債務であることも効いてくる。将来の税で返す債務によって設備を建て、その設備の稼働率が3割にとどまるなら、投じた資金は家計の所得へ回らないまま、返済の義務だけが残る。設備投資が所得を生み、所得が消費を生むという循環が、この経路では途中で切れている。国務院が稼働率の要件を持ち出したのは、財政の側から見れば当然の反応だ。

技術による効率化が内需を圧迫しうるという報告の懸念は、この構造の延長線上にある。生産の効率が上がっても、その成果が賃金として分配されなければ、消費は増えない。政策の重心を生産の側から消費と家計の所得配分へ移すべきだという指摘は、投資の中身を見た後では、抽象的な提言ではなく具体的な処方に見えてくる。

数字を読む側が、実務で使える見方

ここまでの検証を、判断に使える形に落とす。

計算資源の規模を比べるとき、設置容量という指標を単独で使うと必ず誤る。見るべき数字は3つ重なっている。据え付けられた容量、そのうち電力と冷却が供給されて動かせる容量、そして実際に計算に使われている割合である。稼働率が3割なら、設置容量の比較は3割の重みしか持たない。国務院が要件に据えようとしている50パーセントという水準は、この分野の実務における一つの目安として使える。

投資額を比べるときは、誰の帳簿を見ているかを先に確かめる。中国の場合、民間4社の数字は全体の一部でしかなく、国有の通信事業者と地方政府の事業体、そして国の債務による整備が別に存在する。公開されている企業の数字だけを足し合わせて国同士を比べる手法は、この国では成立しない。

そして日本の事業者にとっては、制約の所在がまったく違うことを認識しておく必要がある。資金や演算装置の調達より前に、電力の受け入れ枠と接続までの時間が計画を縛る。東京で9,500メガワットが待っている状況では、立地の選定そのものが競争の要点になる。脱炭素の電源が豊富な地域へ分散していく流れは、環境への配慮というより、系統の空きを探す動きである。

投資は7分の1、設置量は6割という対比は、効率の物語として読むと本質を外す。数えた対象と測った指標を揃え直せば、そこにあるのは、電力と土地と時間という制約を国家が力ずくで外した記録であり、外した後に残った空の箱の記録でもある。