中国の学術サイト「愛思想」は2025年12月17日、龍谷大学の松島泰勝教授の論文を掲載した。琉球(沖縄)の帰属は1879年以来決まっていないと論じている。日本政府は「沖縄がわが国の領土であることに何ら疑いもない」との立場だ。
上海のシンポジウムと同じ日に論文を掲載
松島氏は琉球民族独立総合研究学会の発起人の一人だ。論文は中国語に訳されて愛思想に載った。同じ日、上海春秋発展戦略研究院と中国のニュースサイト「観察者網」が共催した国際シンポジウムが上海で開かれ、松島氏が基調講演をした。観察者網は12月22日、講演の内容を「琉球人として中国政府に心から感謝する」という題で掲載した。訳文は松島氏本人の確認を経ていないと、同サイトは断っている。
論文は、琉球が明・清と500年以上にわたり朝貢と冊封の関係を結んでいたことを根拠に、1879年に日本に併合されて以来、国際法上の帰属は決まっていないと主張する。そのうえで、琉球は日本ではなく中国に帰属すべきだと説き、冊封の関係から主権をもともと持つ中国には、琉球の独立を支える責任があると論じる。中国への帰属を説きつつ、最終的に目指すのは琉球の独立で、住民投票で選ぶ形として完全な独立国、自由連合国、自治州の3つを挙げた。そこに至る道筋として、中国を施政権者とする信託統治の案にも触れている。2025年10月の国連総会の委員会での中国代表の発言や、高市早苗首相の「存立危機事態」をめぐる答弁も取り上げている。
朝貢と冊封から沖縄県の設置まで
1372年、中山王の察度が明の洪武帝の招きに応じて弟の泰期を送り、明との朝貢関係が始まった。琉球の国王は代替わりのたびに中国の皇帝の使者を迎え、王に任じられた。これを冊封という。1609年に薩摩藩が侵攻した後、琉球は明や清への朝貢を続けながら薩摩の支配も受けた。
明治政府は1872年に琉球藩を置いた。1879年3月27日には琉球処分官の松田道之が兵300余人と警官160余人を率いて首里城に入り、琉球藩を廃して沖縄県を置くと通達した。清は宗主権を主張して抗議した。宮古・八重山両諸島を清に割譲する条約案も日清間で話し合われたが、清が調印せず成立しなかった。
日本政府は2006年11月10日の答弁書で、琉球について「遅くとも明治初期の琉球藩の設置及びこれに続く沖縄県の設置の時には日本国の一部であったことは確か」としている。
カイロ宣言とポツダム宣言に琉球の名はない
論文が根拠に挙げる2つの宣言を、条文で確かめた。1943年11月27日のカイロ宣言が中華民国への返還を定めたのは、「満洲,台湾及膨湖島ノ如キ日本国ガ清国人ヨリ盗取シタル一切ノ地域」だ。これとは別に、日本が「暴力及貪欲ニ依リ日本国ガ略取シタル他ノ一切ノ地域ヨリ駆逐セラルベシ」とも定めた。後者は返還先を定めた文ではなく、どちらにも琉球や沖縄の名は出てこない。米国務省の外交文書集には、カイロ会談の夕食会で琉球が話題になったとする中国側の記録が載っている。米国側に同じ記録はなく、琉球は宣言の本文にも入らなかった。
1945年7月26日のポツダム宣言は第8項で、「日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」と定めた。論文はこの項を根拠に、琉球は日本の主権が及ぶ範囲に入らないと主張する。ただ条文は、本州など4島のほかにどの島を日本に残すかを連合国が決めるとしているだけで、琉球を外すとは書いていない。
平和条約第3条と「潜在主権」
1951年9月8日に調印され、翌52年4月28日に発効したサンフランシスコ平和条約は、第2条で朝鮮や台湾、千島列島などに対する権利の放棄を定めた。琉球諸島は放棄する地域に入っていない。第3条は、北緯29度以南の南西諸島(琉球諸島と大東諸島を含む)などを、米国を唯一の施政権者とする信託統治の下に置くよう米国が国連に提案すれば、日本は同意すると定めた。提案が可決されるまでは、米国が行政、立法、司法の権力を行使する権利を持つとした。この提案は最後まで出されなかった。
講和会議で米国全権の一人だったジョン・フォスター・ダレス(のちの国務長官)は、調印前の9月5日の演説で、日本に「残存主権」を認めるのが最善だと述べた。日本では「潜在主権」と呼ばれてきた。論文は、条文に「潜在主権」の文言がないことを、日本の主権を否定する根拠としている。文言がないのは事実だが、そこから日本に主権がないと結論づけるのは松島氏の解釈だ。
1971年6月17日に調印され、72年5月15日に発効した沖縄返還協定は第1条で、米国が平和条約第3条に基づくすべての権利と利益を日本のために放棄すると定めた。
国連での訴えと政府の答え
松島氏は1996年、琉球の先住民族の代表としてジュネーブの国連先住民作業部会に参加し、琉球の脱植民地化を訴えたとしている。国連の公開資料では、この出席を確かめられなかった。2013年5月15日には琉球民族独立総合研究学会が発足し、松島氏と沖縄国際大学の友知政樹准教授(当時)が共同代表に就いた。
国連の自由権規約委員会(2008年、2014年)と人種差別撤廃委員会(2014年、2018年)は、沖縄の人々を先住民族と認め、その権利を守るよう日本政府に勧告した。人種差別撤廃委員会は2010年にも、沖縄の人々への差別に懸念を示している。琉球新報によると、政府は日本にアイヌ民族以外の少数民族はいないとの立場で、2016年4月27日には木原誠二外務副大臣が衆院内閣委員会で、勧告の「事実上の撤回、修正をするように働き掛けて」いると答弁した。
2025年10月9日の国連総会第3委員会では、中国の孫磊国連次席大使が日本に対し、沖縄の人々を含む先住民族への偏見と差別をやめるよう求めた。論文はこの発言を、中国が琉球の人々を先住民族と認めたものとして取り上げている。
首相答弁のあと、中国系メディアで沖縄の独立に触れる記事が約20倍に
高市首相は2025年11月7日の衆院予算委員会で、台湾有事が集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」になり得ると答弁した。中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報は11月19日の社説で、琉球の主権の帰属をめぐる歴史的、法的な争いが1879年から続いているとして、「琉球学」の研究が必要だと主張した。共同通信がメディア分析会社メルトウォーターのデータで調べたところ、中国や香港に拠点があるメディアで、「琉球」または「沖縄」と「独立」を近くで使った記事は11月に約600件となり、前年同月の30件程度から約20倍に増えた。
木原稔官房長官は12月1日の記者会見で、中国の報道について「コメントする必要はない」としたうえで、「沖縄がわが国の領土であることに何ら疑いもない」と述べた。中国外務省の郭嘉昆報道官は12月10日の定例会見で、日本がアイヌや琉球の人々など先住民族の権利を侵害していると述べた。この会見で、報道官が沖縄の帰属に直接触れた発言は確認できなかった。
県内で独立を支持するのは数%
琉球新報が2015年10〜11月に県内の20歳以上の1,047人に聞いた県民意識調査では、沖縄の今後の立場を「独立」と答えた人は2.6%だった。最も多かったのは「現行通り」の46.1%で、内政の権限を強める案が17.9%、連邦制が14.0%と続いた。沖縄タイムスの2022年の調査でも、独立は3%にとどまった。松島氏の論文も、完全な独立を明確に支持する人は約5%だとしつつ、自治州や特別県制など今より自治を広げる案まで含めれば、現状を変えることへの支持は約40%に上がると論じている。
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