世界の海底ケーブルでは年に約200件の障害が起きる。原因の86%は漁労と投錨で、その多くは海岸に近い浅い海域に集中する。日本の国際通信の99%はこの経路を通り、太平洋側の陸揚げ局は2つの半島に集まっている。

海底ケーブルの切断は、深海で起きるわけではない。国際海底ケーブル保護委員会(ICPC)の集計で2023年の修理は136の管轄区域で206件、最も長い修理には947日を要した。錨を引きずったことによる損傷だけで年間のおよそ30%、件数にして約60件を占める。慶應義塾大学の土屋大洋教授が2025年4月に刊行した『海底の覇権争奪』は、19世紀の電信と大英帝国、20世紀のインターネットと米国という覇権と通信網の重なりを軸に、この物理網が国際政治の道具であり続けてきた歴史を追う。本稿はその論点を出発点に、切断が起きる水深という工学的な条件、台湾で実際に起きた事案、日本の陸揚げ局が抱える地理の偏り、そして通信各社の投資余力を有価証券報告書の実数で確かめる。

障害の86%は漁労と投錨、深海ではなく浅い海で起きる

海底ケーブルの障害統計は、脅威の所在を素朴に示す。世界で年およそ200件の障害が発生し、そのうち86%が漁労と投錨によるものである。自然災害や機器の故障は残りにすぎない。理由は単純で、水深が浅いほど漁具と錨が海底に届くからである。大陸棚の上を通る区間は、底引き網の重りや停泊船の錨が物理的に接触しうる範囲にある。

この条件は、海域ごとに脅威の濃淡を生む。東シナ海と黄海は大陸棚が広がり、水深200メートルより浅い海域が中国大陸沿岸から日本の西側まで連続する。一方、日本列島の東側は海溝が近く、岸から離れればすぐに水深1,000メートルを超える。同じ1本のケーブルでも、アジア域内を結ぶ区間は浅い海の上を長く走り、北米へ向かう区間は早々に深海へ落ちる。防護の難しさは、この地形の差に規定される。

さらに、ケーブルの位置は秘密ではない。航行の安全のために海図へ記載され、公開の地図でも経路が示される。錨を降ろしてはならない場所を知ることは、錨を降ろせば切れる場所を知ることと同じである。防護の議論が監視体制の強化に向かうのは、位置を隠すという選択肢が最初から存在しないためである。

海底ケーブルの障害はどこで起きるか
海底ケーブルの障害はどこで起きるか

台湾で起きた事案、2023年の馬祖から2025年の台南沖まで

想定ではなく実例がある。2023年2月2日と8日、台湾本島と馬祖列島を結ぶ2本の海底ケーブルが、中国の漁船と正体不明の船舶によってそれぞれ切断・破損した。離島の通信は大きく制約され、復旧までの期間、住民は限られた無線回線に頼った。

2025年に入ると事案は本島側へ移る。1月3日には基隆港の外海で、カメルーン籍の貨物船「順興39」による国際海底ケーブルの破壊が疑われる事件が起きた。2月には乗組員全員が中国人のトーゴ船籍の貨物船「宏泰58」が、台南沖およそ9キロメートルの海域で錨を下ろしたままジグザグに航行し、通信用の海底ケーブルを切断した。中国の国務院台湾事務弁公室は、台湾人2人が密輸のために船を操っていたと主張し、台湾側はこれを批判している。

これらの事案に共通するのは、平時と有事の区別がつかない形をとることである。船籍は第三国、乗組員の国籍と船の所有関係は錯綜し、錨を降ろす行為そのものは事故としても説明できる。攻撃と過失の境目が曖昧な手段は、報復の根拠を与えないまま相手の通信を削る。年200件という平時の障害統計が、この曖昧さの隠れ蓑になっている。

陸揚げ局が2つの半島に集まる、日本固有の地理

日本側の条件は、経路の入口に現れる。太平洋を横断して北米へ向かうケーブルの多くは、千葉県の南房総市(千倉・丸山)と三重県志摩市の2つのエリアに集中して陸揚げされる。房総半島と志摩半島が選ばれてきたのは、太平洋へ最短で出られ、北米への経路に有利だからである。合理的な選択の積み重ねが、結果として集中を生んだ。

集中は復旧の速度にも効く。1本のケーブルが切れた場合、他の経路へ迂回できれば通信は維持される。ところが陸揚げ局そのものが被害を受ければ、そこへ集まる複数のケーブルが同時に使えなくなる。海の中の1点ではなく陸の1点が脆さの中心になるという構図は、総務省の有識者会議が2026年6月に防護の課題をまとめ、監視体制の具体的な基準づくりを提言した理由と重なる。

分散は動き始めている。ソフトバンクは陸揚げ局の集中を避けるため、北海道苫小牧市と福岡県糸島市に新しい陸揚げ局の整備を進める。三菱総合研究所は2025年9月の提言で、権威主義国に依存しない経路の整備と、日本の主権が及ぶケーブル船隊の確保を挙げた。船隊の側の動きは政府の敷設船支援として予算の形になっており、その中身は別稿で検証している。

日本の海底ケーブルの構造的な弱点と対策の対応関係
日本の海底ケーブルの構造的な弱点と対策の対応関係

切断されても残る経路をどう設計するか

土屋教授の著作が示す最も鋭い問いは、全部が切れる想定ではない。有事に大半のケーブルが切断され、特定の国とつながる経路だけが残った場合、そこを通る情報は選別されうるという指摘である。通信が完全に途絶えれば異常は誰の目にも明らかになるが、一部だけが残れば通信は「つながっている」ように見える。届く情報と届かない情報の差を、受け手の側から検証する手立ては乏しい。

工学的な対策は3つの層に分かれる。第1に経路の分散で、陸揚げ局を増やし、太平洋側とアジア側で異なる方向へ出口を持つ。第2に迂回の設計で、1本が切れても別の経路へ自動で流れる冗長性を確保する。第3に復旧能力で、自国の管理下にある敷設船と修理体制を持つ。日本が現在取り組んでいるのはこの3つすべてであり、敷設船への支援は第3の層にあたる。衛星通信は補完にはなるが、容量の桁が違う。国際通信の99%という数字は、代替手段が存在しないことの別の表現である。

計算資源を国内に置く動きも、この文脈で読める。データを国外のデータセンターで処理すれば、その往復はすべて海底ケーブルを通る。国内で処理すれば通る必要がない。国内データセンターの立地が増えることは、電力の問題であると同時に、切断されうる経路への依存を減らす措置でもある。AIの計算需要が国際通信量を押し上げる一方で、その一部を国内に留める投資が同時に進むのは、偶然ではない。

防護を担う各社の体力、有価証券報告書で測る

対策の実行主体である通信各社の投資余力を、EDINETの実数で確かめる。

企業 (証券コード)海底ケーブルとの関わり2026年3月期 (EDINET)
ソフトバンク (9434)陸揚げ局の分散へ苫小牧・糸島に新規整備売上収益7兆387億円・営業利益1兆426億円・設備投資7,453億円
KDDI (9433)敷設船2隻を運航し保守を担う。陸揚げ局を保有売上収益6兆719億円・営業利益1兆991億円・設備投資6,837億円
NEC (6701)ケーブル製造の世界3社の一角。敷設船の自社保有へ売上収益3兆5,827億円・営業利益3,599億円
NTT (9432)系列のNTTワールドエンジニアリングマリンが敷設船を運航系列各社で国際通信網と陸揚げ局を保有

設備投資の規模は各社とも7,000億円前後で、陸揚げ局1カ所の新設や敷設船1隻の建造(300〜350億円)は、単年の投資計画のなかに収まる大きさである。技術も資本も不足していない。制約は採算の側にある。冗長な経路と使わない予備の設備は、平時には収益を生まない費用として計上される。政府が取得費の半分を補助する制度設計をとるのは、この平時と有事の採算の差を公費で埋めるためである。

製造から敷設までの国産の担い手は、NECと傘下のOCC、部材では海底向け光部品で世界首位級の湖北工業、光ファイバーの古河電気工業フジクラが並ぶ。ただし中継器の光増幅にはエルビウム、反射光の遮断にはテルビウムを含む結晶が要り、テルビウムは中国が2025年4月に輸出許可制の対象とした中・重希土類7種に入る。経路を国産で固めても、素材の上流には別の依存が残るという構図は変わらない。

観察点を3つに絞る。第1に、総務省の有識者会議が示す監視体制の基準が、どこまで具体的な数値と設備の要件に落ちるか。第2に、苫小牧と糸島の陸揚げ局が稼働し、太平洋側2エリアへの集中がどれだけ緩むか。第3に、平時の障害統計と意図的な切断を区別する仕組みが作られるかどうかである。年200件の障害のうち何件が事故で何件がそうでないかを、事後に判定する枠組みは現在のところ存在しない。海図に記された線の上で、区別のつかない行為が積み重なっている。