第VII部 FSD | AI計算資源・大規模モデル 体系解説
FSDの解剖 — センサー・認識・判断・学習・安全・日本の制度
テスラのFSDを、8種のセンサー、hydraNetとベクトル空間の認識、正解データを作るデータエンジンとDojo、カメラだけの深度推定、エンドツーエンドの判断、安全の3枚の網、日本の制度まで一次資料で解剖する。
Postation の入口
「完全自動運転 (Full Self-Driving)」の名で売られている製品は、何を見て、何を考え、どう動き、誰がその安全を保証しているのか。本章はテスラの FSD を軸に、同じ問いをウェイモ・日産・ホンダ・モービルアイに当て、13の節で一次資料から解剖する。出発点は本誌の記事 (名前と当局の分類の食い違い) で、本章はその下の層 — センサーの物理、認識の座標系、判断の作り方、学習の環、安全の論証、日本の制度 — を扱う。数字の取得日は2026年9月13日で、取得先が 403 で原本を読めなかった値は「二次確認」と記した。
基=基礎知識篇 高=高級知識篇 投=投資者視点篇。上から順に読めば教科書、節だけ読めば辞典として使える。
1. 名前は会社が付け、レベルは当局が決める
自動運転は「認知・判断・操作」の3つを計算機が毎秒何十回も繰り返すことで成り立つ。この3つのうち、どこまでを機械が担い、どこからを人が担うかを段階で示したのがレベル分けで、国土交通省は官民 ITS 構想・ロードマップを基に、レベル1「運転支援」からレベル5「完全自動運転」までを定めている。分かれ目は監視の主体で、レベル2までは運転者が周囲を見張り、レベル3からはシステムが見張る。
テスラの FSD は、この物差しではレベル2に置かれる。置いたのはテスラではなく米運輸省道路交通安全局 (NHTSA) で、2023年2月のリコール報告 (23V-085、対象 36万2,758台) は FSD ベータを「SAE レベル2 の運転支援機能」と記し、2023年12月のリコール報告 (23V-838、対象 203万1,220台) はオートステアを同じくレベル2と記した。テスラ自身も年次報告書 (10-K、2025年12月期) に「運転者は運転操作に完全に関与し続ける責任を負う」と書いている。製品名の「完全」は商標であり、当局の文書には現れない。
| レベル | 国土交通省の呼び方 | 何を意味するか | 監視の主体 | 当局の文書に置かれた製品・サービス | 出典 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 運転支援 | 前後・左右のいずれかを車が制御 | 運転者 | 定速走行・車線維持の単機能 | 国交省「自動運転のレベル分けについて」 |
| 2 | 特定条件下での自動運転機能 | レベル1の組み合わせ | 運転者 | テスラ FSD (Supervised) — NHTSA リコール報告 23V-085 が「SAE レベル2 の運転支援機能」と記す。日産 プロパイロット2.0 (2019年) — 同一車線内でハンズオフ、監視は運転者 | NHTSA 23V-085 (2023年2月)・日産 技術説明 |
| 3 | 条件付自動運転 | 介入要求に運転者が応答する | システム (要求があれば運転者へ) | ホンダ レジェンド トラフィックジャムパイロット — 2020年11月11日に国交省が自動運行装置として型式指定。高速道路の渋滞時に限る | 国交省 報道発表 (2020-11-11)・ホンダ発表 |
| 4 | 特定条件下における完全自動運転 | 場所・天候・速度の条件の中で | システム | 永平寺町の電動カート (2023年5月21日運行、国内初の特定自動運行)。ウェイモの運転者のいない配車 (14都市)。テスラのロボタクシーも4都市圏で運転者なし | RoAD to the L4・waymo.com・テスラ 8-K (2026-07-22) |
| 5 | 完全自動運転 | 常にシステムが全ての運転 | システム | 当局の文書に置かれた製品は無い | — |
表1 レベルの定義は国土交通省「自動運転のレベル分けについて」。製品の配置は NHTSA の Part 573 リコール報告、国交省の報道発表、RoAD to the L4 の公表文書、各社の会社資料による。
日本の法律は、この分かれ目に2つの言葉を置いた。道路運送車両法の「自動運行装置」(2020年4月1日施行の保安基準で対象装置に加わった) はレベル3以上の装置を指し、国土交通大臣が場所・天候・速度などの「走行環境条件」を付けて型式を指定する。道路交通法の「特定自動運行」(2023年4月施行) は運転者がいない状態での自動運転、つまりレベル4を指し、都道府県公安委員会が運行の計画を許可する。米国には型式指定に相当する事前の承認が無く、当局は事故や苦情の後にリコール報告と調査で製品を分類する。名前とレベルの食い違いが米国で起きやすいのは、この制度の違いによる。
2. 8種の目と耳 — 測る方式と、測れない条件
自動運転車に載るセンサーは、大きく8種に分けられる。カメラ、ミリ波レーダー、LiDAR、超音波、衛星測位 (GNSS)、車輪と慣性の計測、事前に測った高精度地図、そして全部を束ねる中央計算機である。それぞれが違う物理で違うものを測り、得意な条件と苦手な条件が重ならないように組み合わせるのが設計の基本になる。
| センサー | 物理 | 測るもの | 得意 | 苦手 |
|---|---|---|---|---|
| カメラ (前方・後方・側方) | 可視光を撮像素子で受ける | 色・文字・形 — 信号の色、標識の文字、歩行者の向き | 情報の密度が最も高く、原価が最も低い。学習で「意味」を取り出せる | 距離は推定になる。逆光・霧・雪・砂ぼこりで像が消える (NHTSA EA26002 が調べている場面) |
| ミリ波レーダー | 電波を出し、反射の往復時間とドップラー偏移を測る | 距離と相対速度 | 雨・霧・夜に強い。速度を直接測れる | 角度の分解能が低く、形が分からない。金属以外は反射が弱い |
| LiDAR | レーザー光を出し、往復時間で距離を測る | 周囲の3次元の点群 (数十万点/秒) | 距離を「測る」。夜でも同じ精度。占有格子を直接作れる | 原価が高い。雨粒・雪・排気で誤反射。文字や色は読めない |
| 超音波センサー | 音波の往復時間 | 数メートル以内の障害物 | 駐車・低速で安価 | 遠くは測れない。風・温度で誤差 |
| GNSS (GPS) | 衛星の電波の到達時間差 | 地球上の位置 (数メートル〜補正で数センチ) | 地図と自車を結びつける | トンネル・高層ビルの谷で途切れる。単独では車線の中の位置を決められない |
| オドメトリー・慣性計測 | 車輪の回転数、加速度・角速度 | 直前の位置からの移動量 | GNSS が途切れても短時間は位置を保てる | 誤差が積み上がる。長く走ると地図や画像で直す必要がある |
| 高精度3次元地図 | 事前に測った道路の形 (車線の区分線・標識・勾配) | 「この先の道はどう曲がるか」の事前知識 | センサーの見えない先を知っている。日産・ウェイモ・ホンダが使う | 作る・更新する費用。道路工事で古くなる。テスラは使わない (会社の説明) |
| 中央計算機 | 推論用の半導体 (テスラは自社設計) | 上の全部を統合し、認識・判断を毎秒数十回回す | — | 電力・発熱・原価の制約が、載せられる網の大きさを決める |
表2 8種の役割分担。「苦手」の列は、第10節で扱う「仕様の不足 (壊れていないのに足りない)」の源になる。
推定するか、測るか
表の中で最も大きな分かれ目は、距離を「測る」か「推定する」かにある。LiDAR とレーダーは光や電波の往復時間で距離を直接測る。カメラは平面の像しか持たないため、距離は「この大きさに写る車は、この距離にある」という学習で推定する。人間の目が2つあるのと同じ原理 (視差) で推定を助けることもできるが、遠くになるほど視差は小さくなる。カメラだけの方式は、この推定の精度を学習の量と計算力で埋めようとする路線であり、LiDAR を載せる方式は測った値で埋める路線である。差は第3節の「仮想カメラの空間」に集中する。
| 事業者・製品 | センサー構成 | 高精度地図 | 出典 |
|---|---|---|---|
| テスラ FSD (Supervised) | カメラ8基 (2016年10月の会社発表・二次確認)。2021年半ばにレーダーとの併用をやめ、カメラだけの方式へ | 使わない (会社の説明) | NHTSA EA26002 (2026-03-18)・テスラ 10-K |
| ウェイモ 第6世代 (2024年8月) | カメラ13、LiDAR 4、レーダー6、外部の音響受信器。重なる視野で500m先まで昼夜 | 使う | ウェイモ ブログ (2024-08-19) |
| ウェイモ 第5世代 | カメラ29、LiDAR、レーダー | 使う | waymo.com「Waymo Driver」 |
| 日産 プロパイロット2.0 (2019年) | カメラ7、レーダー5、ソナー12 | 3次元高精度地図 (高速道路の形をセンチメートル単位で、全車線の区分線と標識) | 日産 技術説明ページ |
| ホンダ レジェンド レベル3 (2020年) | LiDAR・レーダー・カメラ | 高精度地図 | ホンダ発表 (2020-11-11) |
| モービルアイ (供給側) | 「単眼カメラの処理だけで正確に働き、冗長性のためにレーダーや LiDAR と組み合わせることもできる」。複数の LiDAR の代わりに自社の画像化レーダー | 製品により使う | モービルアイ 10-K (2025年12月期) |
表3 各社の構成。テスラのカメラ数は tesla.com が取得先で 403 のため、2016年10月19日の会社発表を報道の転載で確認した (二次確認)。レーダー併用の終了は NHTSA の調査文書 EA26002 の記述。
構成の違いは思想の違いである。テスラは2021年半ばにレーダーとの併用をやめ、カメラだけの方式へ移った (NHTSA EA26002)。理由は会社の説明では「人は目だけで運転している」であり、原価の面ではカメラ8基が最も安い。ウェイモは第6世代でカメラ13、LiDAR 4、レーダー6を載せ、重なる視野で500m先まで昼夜見えると説明する。日産のプロパイロット2.0はカメラ7、レーダー5、ソナー12に加え、高速道路の形をセンチメートル単位で持つ3次元地図を使う。地図は「センサーの見えない先を知っている」という第9のセンサーで、日産・ウェイモ・ホンダは使い、テスラは使わない。
供給側のモービルアイの説明が、この対立の実務的な答えを示している。年次報告書は自社の方式を「単眼カメラの処理だけで正確に働き、冗長性のためにレーダーや LiDAR と組み合わせることもできる」と書く。カメラだけで成り立たせた上で、レベルを上げるほど別の物理を「冗長性」として足す。冗長性は「同じものを2つ持つ」ではなく「違う物理で同じものを測る」ことで、片方が苦手な条件をもう片方が埋める。この考え方は第10節の ISO 26262 (故障) と ISO 21448 (仕様の不足) の両方に対応する。
3. 画像の束を1つの空間に集める — 鳥瞰図・占有格子
カメラの画像は、それぞれ「そのカメラの位置から見た平面」でしかない。8基の画像を別々に処理しても、車の周りに何がどこにあるかは分からない。現在の認識の中核は、全カメラの情報を車の真上に置いた1台の「仮想カメラ」から見た共通の座標系 — 鳥瞰図 (BEV) — に集めてから、物・空間・走路を取り出す構造である。
仮想カメラ — テスラの特許が書く座標系
テスラが2022年8月に出願した特許公開 (US20230057509A1) は、複数のカメラの画像を「調整できる仮想カメラ」の視点へ変換して物体を検出する方法を記す。仮想カメラの高さは対象で変え、歩行者には1.5m、車両には約20mの視点を別々に置く。歩行者は近くで低く、車両は遠くで広く見たほうが精度が出るためで、検出の枝 (ヘッド) も歩行者用と車両用で分ける。2024年2月出願の特許公開 (US20240185445A1) は、周囲を小さな立方体 (ボクセル) に割り、「質量を持つ物があるかないか」を格子ごとに出す占有格子の方法を記す。種類を決めなくても「そこに物がある」と分かるため、学習に無い落下物にも反応できる。
BEVFormer — 学術側の同じ構造
同じ構造を学術側で示したのが BEVFormer (Li ほか、2022年、arXiv 2203.17270) である。鳥瞰図の格子1つ1つが「問い合わせ (クエリ)」になり、注意機構で「どのカメラ画像のどの場所を見るか」を学習で決める。前の瞬間の鳥瞰図も足し合わせる (時間方向の統合) ため、いま隠れて見えない物も、直前まで見えていた位置から推定できる。公開の評価データ (nuScenes) で当時の最高の 56.9% (NDS) を出し、LiDAR を使う方式との差を縮めた。
走路の図 — 地図の有無が方式の分かれ目
物と空間が分かっても、「どこを走ってよいか」は別の問いである。走路は点と接続の「図」として出力され、高精度地図を持つ方式は事前の図と照合し、持たない方式はその場で図を作る。地図を持てば作動する場所を地図の範囲に限る代わりに精度が上がり、持たなければどこでも作動する代わりにその場の推定に頼る。日産が「高速道路の本線」に、ホンダが「高速道路の渋滞時」に走行環境条件を限れたのは地図があるからで、テスラが「どこでも (監視付き)」を掲げるのは地図が無いからである。
4. hydraNet — 1つの背骨から多数の頭へ (backbone・neck・head)
第3節は特許と論文から認識の座標系を見た。ここからの4つの節は、テスラが2021年8月19日の技術説明会 (AI Day) で自ら示した網の構造を、部品の名前ごとに解剖する。テスラの自動運転は規則の集合ではなく、「カメラの生データ (光) を、どうやって3次元空間の理解と車の制御に変えるか」という1本の処理の流れである。その入口が hydraNet (ヒドラネット) で、1つの入力から複数の課題 (走路の検知、信号の検知、車両の検知など) を同時に処理する多課題のニューラルネットワークにあたる。名前はギリシャ神話の多頭の蛇ヒドラから取られた。
入力 — 1280×960、12ビット、HDR、RGB
車体の周りの8基のカメラが出す生の光のデータが入力になる。2021年の会社説明では、解像度は1280×960、色深度は12ビットで、毎秒36枚を処理すると示された。12ビットは1画素あたり4,096段階の階調を持ち、8ビットの256段階の16倍にあたる。この幅が HDR (ハイダイナミックレンジ) で、トンネルの出口のように明暗差の激しい場面でも白飛び・黒つぶれを起こさずに RGB (赤・緑・青) の画素の情報を保つ。車両の分解報道は HW2 から HW3 までの撮像素子を1280×960 (120万画素) と記し、HW4 ではより高い解像度の素子に替わった (二次確認)。
backbone — CNN と regnet
入力された画像はまず CNN (畳み込みニューラルネットワーク) の backbone (背骨) に入る。ここで画像から縁 (輪郭) や模様のような基本の特徴を取り出す。テスラはこの背骨として regnet (レグネット) を採用し、自社向けに調整したと説明した。regnet はフェイスブック AI 研究所 (現メタ) の Radosavovic らが2020年に示した設計で、個々の網を1つずつ設計する代わりに「網の集団を生む設計空間」を設計し、良い網の幅と深さが量子化した1次関数で説明できることを見つけた。同じ計算量で当時の EfficientNet を上回り、GPU 上では最大5倍速い。車載の計算機で毎秒36枚を処理する制約に合う理由がここにある。
neck — BiFPN
背骨から取り出した特徴は、網の neck (首) と呼ばれる部分に送られる。ここで使われるのが BiFPN (双方向特徴ピラミッドネットワーク) で、グーグルの Tan・Pang・Le が2020年の EfficientDet で示した設計である。背骨は解像度の高い (細かい) 特徴と低い (大局の) 特徴を階層で出すが、それを上から下へ、下から上へと双方向に、重みを付けて混ぜ合わせる。これによって「遠くの小さな標識」と「近くの大きなトラック」のように大きさの違う物を、同時に高い精度で認識できる。
head — 課題ごとの枝
首を通って統合された特徴は、最後に複数の head (頭) に分岐する。それぞれの頭が「走路の線を引く」「信号の色を判定する」「歩行者を箱で囲む」といった専用の課題を担う。背骨と首の計算は全課題で共有されるため、課題を1つ足しても計算は頭の分しか増えない。会社の説明では、共有した特徴を保存しておき、頭だけを個別に学習し直す運用も示された。第3節で見た特許の「歩行者用と車両用の別の枝」は、この頭の分岐にあたる。
| 段 | 会社の呼び方 | 元になった設計 | 役割 |
|---|---|---|---|
| 入力 | 1280×960・12ビット・HDR・RGB | カメラ8基の生データ (2021年の会社説明: 毎秒36枚)。HW2〜HW3 の撮像素子は1280×960 (120万画素) と分解報道が記す | 12ビットは8ビットの16倍 (4,096 対 256) の階調。トンネルの出口のような明暗差で白飛び・黒つぶれを抑える |
| backbone (背骨) | CNN・regnet | Radosavovic ほか「Designing Network Design Spaces」(CVPR 2020、arXiv 2003.13678、フェイスブック AI 研究所 = 現メタ) | 縁・面・模様の特徴を階層で取り出す。良い網の幅と深さは「量子化した1次関数」で説明でき、同じ計算量で EfficientNet より GPU 上で最大5倍速い |
| neck (首) | BiFPN | Tan・Pang・Le「EfficientDet」(CVPR 2020、arXiv 1911.09070、グーグル) | 重み付きの双方向特徴ピラミッド。解像度の高い (細かい) 特徴と低い (大局の) 特徴を上下に混ぜ、遠くの小さな標識と近くの大きなトラックを同時に拾う |
| head (頭) | 課題ごとの枝 | 会社の設計 (2021年の説明) | 走路・信号と標識・車両と歩行者・深度など、課題ごとに専用の出力を持つ。背骨と首の計算を全課題で共有し、頭だけを個別に学習し直せる |
表6 hydraNet の4段。会社の呼び方は2021年8月19日の説明 (公開動画による二次確認)、元になった設計は各論文の原文 (arXiv) による。
5. vector space — 2次元の画像を、3次元と時間の4次元へ
カメラの画像はあくまで2次元だが、運転は3次元の空間で行われる。テスラはこの2次元の画像を、真上から見下ろした3次元の鳥瞰図、すなわち vector space (ベクトル空間) へ変換する。2021年の説明で示された旧方式は、カメラごとに検出した結果を後から縫い合わせる方法で、複数のカメラにまたがる大型トラックのような物で破綻した。新方式は、縫い合わせを画像の段階ではなく特徴の段階で、しかも学習で行う。
Transformer — 8基の画像を1つの空間に
8基のカメラの画像を1つの3次元空間に結ぶために、テスラは Transformer (2017年に Vaswani らが示し、自然言語処理を一変させた注意機構) を採用した。鳥瞰図の格子1つ1つが「この位置には何があるか」を問い合わせ、8基の特徴のどこを見るべきかを注意機構が学習で決める。これによって「前のカメラに映っていた車が、横のカメラへ移った」という視点のずれを学習で吸収し、継ぎ目の無い3次元空間ができる。第3節の BEVFormer が学術側で同じ構造を示し、テスラの特許 (US20230057509A1) は「調整できる仮想カメラ」としてこの視点の置き方を記している。
時間と空間 — RNN、IMU、kinematics
運転には「空間」だけでなく「時間 (記憶)」の概念が欠かせない。トラックの陰に隠れた歩行者を覚えておく、一時停止の標識を通り過ぎた後も覚えておく、といった判断は1枚の画像では成り立たない。テスラは空間の3軸に時間の軸を足した4次元 (時間と空間) の認識を組み、2021年の説明では、鳥瞰図の特徴を時間と距離に応じて「特徴の待ち行列」に積み、時系列を扱う RNN (再帰型ニューラルネットワーク、会社の呼び方では空間 RNN) がそれを読む「動画の部品」を示した。ここに車の動きを合わせるのが IMU (慣性計測装置) で、速度・加速度・角速度の運動データ (kinematics) を待ち行列に添える。過去の鳥瞰図を自車の移動量で位置合わせしてから重ねるため、記憶を保ちながら滑らかな軌跡を予測できる。
6. labeling — 車両群から正解データを作るデータエンジンと Dojo
網を賢くするには、膨大な「正解データ」が要る。テスラの最大の強みは、このデータの収集と正解の自動生成 (labeling、ラベル付け) の仕組みにある。第9節の「学習の環」はこの仕組みを環として描くが、ここでは環を回す3つの部品 — データの出どころ、正解を作る計算機、正解そのもの — を分けて見る。
データはテスラの工程車両と、顧客の自動運転から来る
学習データは、社内の試験走行車 (テスラの工程車両) だけでなく、世界中を走る数百万台の顧客の車 (お客さんの自動運転) から集まる。2019年4月22日の説明会で示された「影の走行 (シャドーモード)」は、網が出した判断を車に実行させずに人の運転と比べ、食い違った場面だけを記録する仕組みで、2021年の説明では「引き金 (トリガー)」と呼ぶ条件を車に配り、条件に当たった短い動画だけを吸い上げる運用が示された。人でも戸惑うような稀な場面 (エッジケース) の動画が、こうして毎日大量に集まる。土台の大きさは第12節の数字が示す: FSD (Supervised) の有効な加入は148万件、累計走行は100億マイルを超える。
Dojo (テスラのサーバー) と ground truth data
集められた動画は、学習専用の大型計算機に送られる。テスラが2021年8月19日に発表した Dojo (道場) は、そのために自社で設計した超大型計算機で、D1 と呼ぶ独自の半導体 (TSMC の7nm、トランジスタ500億、16ビットの浮動小数点で毎秒362兆回) を25個ずつ1枚の「訓練タイル」に並べ、120枚で約1.1エクサ FLOPS の ExaPOD を組む構想だった。ここで網が自動で高精度なラベル付け (自動ラベル付け) を行い、人が1枚ずつ塗る代わりに、複数の車が同じ場所を走った動画を後から3次元で再構成して「完璧な正解」にあたる ground truth data (正解データ) を作る。2022年の説明では、人手で500万時間かかる作業を12時間で処理すると示された (二次確認)。この膨大な正解を hydraNet に戻し続けることで、網は急速に賢くなる。
| 日付 | 出来事 | 出典 |
|---|---|---|
| 2021-08-19 | AI Day で Dojo を発表。自社設計の D1 チップ (TSMC 7nm、トランジスタ500億、BF16 で毎秒362兆回)、25個を1枚に並べた「訓練タイル」、120枚で約1.1エクサ FLOPS の ExaPOD を示す | テスラ AI Day 2021 の発表 (二次確認) |
| 2023年7月 | Dojo が稼働 (会社の説明)。同じ年の年次報告書は「車両群が集める膨大な実走データで網を学習させ続けるための計算機を開発中」と記す | テスラ 10-K (2023年12月期)・報道 |
| 2024年8月〜 | テキサス工場の学習用クラスター Cortex (エヌビディア製 GPU) を主力と説明し始める | テスラ 10-K (2025年12月期)・8-K (2026-07-22) |
| 2025-08-07 | ブルームバーグが Dojo の開発チームの解散を報道。責任者ピーター・バノン氏が退社、約20人が独立して DensityAI を設立 | ブルームバーグ (2025-08-07)、TechCrunch (2025-08-07) |
| 2025-08-11 | マスク氏が X で認める:「すべての道が AI6 に収束すると分かった時点で Dojo を止めた。Dojo 2 は進化の袋小路だった」。直前の7月にサムスン電子と AI6 の製造で165億ドルの契約 | TechCrunch (2025-08-11)、テスラ 10-K (2025年12月期: サムスンとの協業) |
| 2026-01-19 | マスク氏が X で「AI5 の設計が固まったので Dojo 3 の開発を再開する」と表明。学習用の計算機は Cortex 1 (90MW 超) と Cortex 2 (115MW 超) が稼働中 | 報道 (2026-01-19)、テスラ 8-K (2026-07-22) |
表7 Dojo と学習用計算機の年表。2021年の発表値は公開動画による二次確認。2025〜26年の経緯は報道とマスク氏の投稿の転載による。
年表が示すとおり、Dojo は2021年の構想どおりには進まなかった。2025年8月7日にブルームバーグが開発チームの解散を報じ、8月11日にマスク氏は「すべての道が AI6 に収束すると分かった時点で Dojo を止めた。Dojo 2 は進化の袋小路だった」と認めた。2025年12月期の年次報告書に Dojo の語は無く、学習用の計算機はテキサス工場の Cortex (エヌビディア製 GPU) で、サムスン電子と AI の推論・学習向け半導体を米国で製造する協業を結んだと記す。2026年1月19日には「AI5 の設計が固まったので Dojo 3 の開発を再開する」と表明したが、第9節の8-K が示す稼働中の学習資源は Cortex 1 (90MW 超) と Cortex 2 (115MW 超) である。「Dojo のサーバー」という言葉は、2021年の構想と現在の実体を分けて読む必要がある。
7. depth — カメラだけで距離を測る (pose CNN・depth CNN・DispNet・flowNet)
テスラは高価な LiDAR (レーザー測距) を使わず、カメラだけで物体までの距離 (depth、深度) を測る「視覚だけ」の路線を取る。第2節で見たとおり、カメラの像は平面で、距離は推定になる。その推定を、正解の距離を1つも与えずに学習させる方法が、この節の中身である。
7-1. pose CNN と depth CNN
動いている車から静止した風景の距離を測るため、網を2つに分ける。カメラ (自車) がどれだけ動き、どれだけ回ったかを推定する pose CNN (姿勢・運動の推定) と、画素ごとの奥行きを予測する depth CNN (深度の推定) である。2つを同時に学習させる方法は、Zhou・Brown・Snavely・Lowe が2017年の CVPR で示した「動画からの深度と自己運動の教師なし学習」(arXiv 1704.07813) にある。深度と自車の動きが正しければ、時刻 t の1枚を幾何の計算で動かして「時刻 t+1 に見えるはずの1枚」を合成できる。合成した1枚と実際の1枚の差を誤差として2つの網へ戻すだけで、人が付けた正解の距離は一度も使わない。論文が記すとおり、2つの網は学習のときだけ視点の合成で結ばれ、学習が終われば深度の網は1枚の画像だけで距離を出せる。単眼カメラからでも3次元の距離感を割り出せる根拠がここにある。
7-2. DispNet、flowNet
この深度の推定の根底には、学術で名の知られた2つの網の設計が応用されている。1つは DispNet (視差の網) で、Mayer らが2016年の CVPR で示した。左右2つのカメラの像のずれ (視差) から深度を割り出す網で、大規模な合成データで学習できることを示した。もう1つは flowNet (フローの網) で、Dosovitskiy・Fischer らが2015年の ICCV で、時間の経過による画素の動き (オプティカルフロー) を CNN で直接推定できることを示した。DispNet の論文は flowNet の考え方を視差へ広げたものにあたり、2つは同じ系譜にある。視差から距離を、フローから動きを、それぞれ学習で取り出す設計が、自己教師あり学習 (self-supervised learning) と組み合わさって、深度の予測の精度を押し上げてきた。
7-3. auto Pilot (オートパイロット) からの継承
これらの深度とオプティカルフローの技術は、もともと高速道路での追従走行などを担う従来の auto Pilot (オートパイロット) の時代に培われた。オートパイロットは2015年10月のソフトウェア7.0で始まり、2019年4月22日の説明会では動画だけで深度を自己教師あり学習した結果が示された (二次確認)。2021年5月にはレーダーとの併用をやめてカメラだけの方式へ移り (NHTSA EA26002)、2022年10月には超音波センサーの廃止も発表した。基礎の CNN で深度を把握する土台があったからこそ、それを Transformer による vector space へ発展させ、市街地の走行を目指す FSD へ引き上げることができた。ただし第10節が示すとおり、視界そのものが消える場面 (逆光・霧・砂ぼこり) では推定の入力が無くなり、この土台の限界が当局の調査の対象になっている。
8. 判断の作り方は3つ — 部品を並べるか、1つの網で通すか
認識が「何がどこにあるか」を出した後、「どう動くか」を決めるのが判断である。作り方は大きく3つあり、上から下へ、人が設計する境目が減り、学習が決める範囲が広がる。
① モジュール型 — 規則の手書きから始まった
古典的な方式は、認識・予測・計画・制御を別の部品として設計し、決められた形式 (物体の箱、走路の線) で受け渡す。初期は「赤信号なら止まる」のような規則を人が書いたが、現実の道路は「雪で区分線が見えない」「鳥が落ちてくる」のような想定外の連続で、規則は書き切れなかった。部品ごとに検査でき、誤りの所在を特定できる長所は残るため、ウェイモの説明 (認識→予測→計画) や日本のレベル3 (走行環境条件の中で作動) はこの型を土台にしている。短所は、前の部品の誤りが後ろへ積み上がることと、境目の形式に入らない情報が捨てられることにある。
② 統合型 — 部品を残したまま「計画のため」に学習させる
UniAD (Hu ほか、2023年、arXiv 2212.10156、CVPR 2023 最優秀論文) は、認識・予測・計画を1つの網の中に置き、共通の問い合わせ (クエリ) で結んだ。全部品を「最終目標は自車の計画」に向けて同時に学習させ、部品の間を通るのは箱ではなく特徴 (数値の列) なので、捨てられる情報が減る。論文の題名 Planning-oriented (計画指向) はその意味で、認識のための認識ではなく、計画のための認識へ並べ直した。
③ エンドツーエンド — 境目を人が決めない
エンドツーエンドは、センサーの入力から操作 (舵角・加減速、または軌道) の出力までを1つの網で学習する。人の運転映像を大量に見せ、「この場面ならこう動く」を直接覚える模倣学習が土台で、規則を手で書かず、境目で情報を捨てない。テスラは年次報告書 (10-K、2024年12月期) で自社の路線を「視覚だけの構造とエンドツーエンドのニューラルネットワークを、数十億マイルの実走データで学習させる」と書き、v12 以降をこの型と説明する。
270本超の論文を整理した総説 (Chen ほか、2023年、arXiv 2306.16927、IEEE TPAMI 掲載) は、この型の急所を4つ挙げる。なぜその操作をしたか説明しにくいこと (解釈性)、相関を因果と取り違えること (因果混同 — 例: 「前の車のブレーキ灯」ではなく「自車の直前の減速」を減速の理由として学んでしまう)、見たことのない場面で振る舞いを保証しにくいこと (分布の外への一般化)、そして学習データの偏りである。急所の詳しい系譜と、英ウェイブが世界モデルと言語でブラックボックスを検証する4つの部品は本誌のウェイブの記事で扱った。
世界モデル — 稀な場面を「作る」
模倣学習の弱点は、稀な場面のデータが稀にしか無いことにある。世界モデルは映像・文字・操作から「次の場面」を生成する網で、GAIA-1 (Hu ほか、2023年、arXiv 2309.17080) は「歩行者が飛び出す」のような場面を文字の指示で作り、学習と検証に使う。実走で集めるのではなく生成で補う発想で、ウェイモは実走2億マイル超に対し模擬走行200億マイル超と説明する。生成された場面が現実と同じ分布かは別の問いで、第13節に残る。
9. 車載の推論と、地上の学習の環
判断の網は2か所で動く。車の中では「推論」(学習済みの網を毎秒数十回走らせる) が、地上の計算機群では「学習」(網の重みを更新する) が回る。前者は電力・発熱・原価の制約が厳しく、後者は電力 (MW) で計算力を数える規模になっている。
車載 — 自社設計の推論用半導体と「蒸留」
テスラの年次報告書 (10-K、2025年12月期) は「視覚ベースの技術で自社のニューラルネットワークを学習させ、自社設計の推論用半導体で加速する」と書く。車載の計算機は世代で呼び分けられ、2026年4〜6月期の株主向け資料 (8-K 添付) は、新世代 AI4 向けに作った v14 の振る舞いを旧世代 AI3 の構成へ「蒸留」した v14 lite を出したと記す。蒸留は、大きな網の出力を教師にして小さな網を学習させる方法で、旧世代の車に新しい振る舞いを配るための技術である。
地上 — 電力で数える学習の計算力
同じ資料は、学習用の計算機群 Cortex 1 が 90MW 超、Cortex 2 が 115MW 超で稼働し、2026年上半期に敷地内の計算力を2倍超にしたと記す。年次報告書はテキサス工場の Cortex を拡張し、AI の推論と学習に使う半導体を米国で製造する協業をサムスン電子と結び、Cortex 2 を建設中と書く。計算力を FLOPS ではなく MW で示すのは、この規模では電力が制約になるためで、第IV部 設備編で扱ったラック・冷却・受電の問題がそのまま自動運転の学習にも当てはまる。
環 — 走らせるほど学習が進む、という設計
エンドツーエンドの学習は、①保有する車両群が場面を集め、②人が介入した・迷った場面だけを吸い上げ、③大きな網が後から (未来も見て) 正解を付け、④地上で学習し、⑤無線更新で車へ配る、という環で回る。①の太さは車の台数で決まり、FSD (Supervised) の累計走行は2026年5月時点で100億1,068万マイル (tesla.com の掲載値、取得先が 403 のため二次確認) に達した。年ごとの走行は2021年の約600万マイルから、2022年 8,000万、2023年 6億7,000万、2024年 22億5,000万、2025年 42億5,000万マイルと増え、これが②以降の入力になる。
③の自動ラベル付けは、人が画像を1枚ずつ塗る工程を置き換える。2022年の会社説明 (AI Day、二次確認) は、人手で500万時間かかる作業を12時間で処理すると示した。環のどこにも「人が規則を書く」工程が無いのがこの設計の特徴で、環が回る速さは②で何を吸い上げるかの選別と、④の電力で決まる。車の台数が多いほど①は太くなるが、②と④が細ければ環は回らない。ウェイモはこの環に模擬走行 (200億マイル超) を足し、実走 (2億マイル超) の100倍の場面を作っている。
10. 安全は3枚の網 — 故障・仕様の不足・運用
「安全」は1つの数字ではなく、3枚の網で張られる。①電気・電子系が壊れたとき (ISO 26262、機能安全)、②壊れていないのに設計の性能が足りないとき (ISO 21448、意図した機能の安全性 = SOTIF)、③走らせ方・監視・止め方 (UL 4600、安全の論証をセーフティケースに束ねる) の3枚で、ウェイモが2020年に公表した3層 (ハードウェア・運転行動・運用、arXiv 2011.00054) も、日本の制度も同じ形に並ぶ。
② 仕様の不足 — カメラだけの方式の弱点が現れる網
NHTSA の調査は、この②の網に当たる。2024年10月17日に開いた予備評価 (PE24031、対象 241万2台) は、まぶしい日差し・霧・舞い上がる砂ぼこりで視界が落ちた場面での衝突4件 (うち歩行者死亡1件) を調べ、2026年3月18日に技術分析 (EA26002、対象 320万3,754台、事案9件・負傷2件・死亡1件) へ格上げした。調査文書は FSD を「視覚ベースのカメラだけに頼る」システムと記し、問題を「視界の低下を検知して運転者に警告する劣化検知の失敗」と定めた。センサーは壊れていない。設計どおりに動いているのに、入力が消えた条件で「見えていない」と言えないことが問われている。
③ 運用 — 運転者の監視をどう保つか
2023年12月のリコール (23V-838) は、オートステアの作動中に運転者が注意を保っているかの確認と、それを促す表示が不十分だとして、無線更新 (2023.44.30) で警告と制限を強める是正を行った。レベル2の安全は「システムが正しく動くか」だけでなく「運転者が監視をやめないか」に依存し、これは③の網の問題である。レベル4のウェイモは運転者の代わりに遠隔の支援・車両の管理・現場対応・安全の統治を運用の層に置き、運転者のいない走行2億2,060万マイルで、人の運転と比べて負傷を伴う事故が82%、重傷以上の事故が94%少ないと公表している (2026年3月時点、自社の集計)。
11. 日本は制度が先に責任の主体を決めた
日本の自動運転は、技術より先に制度が整った。2020年4月1日施行の保安基準は「自動運行装置」を対象装置に加え、国土交通大臣が付ける走行環境条件の外では作動しない (作動中に条件を外れるときは運転者へ引き継ぎを求め、応じなければ安全に停止する) こと、運転者が引き継げる状態にあるかを監視すること、作動の状態を記録する装置を6か月または2,500回分保持すること、サイバーセキュリティの対策、自動運転車であることを示す表示を求めた。同じ年の11月11日、国土交通省はホンダ レジェンドのトラフィックジャムパイロットに世界初のレベル3の型式指定を出し、走行環境条件を高速道路の渋滞時に限った。
レベル2では日産が2019年のスカイラインからプロパイロット2.0を載せ、ナビゲーションで目的地を設定して高速道路の本線に合流すると経路走行を始め、運転者が前方に注意して直ちにハンドルを操作できる状態にある限り同一車線内でハンズオフができる。対面通行路・トンネル・急カーブ・料金所や合流地点ではハンズオフができない、と作動しない条件を明示するのが日本の製品の特徴で、これは保安基準の走行環境条件と同じ発想である。
レベル4では、2022年改正の道路交通法が「特定自動運行」の許可制度を設け、2023年4月に施行された。運行の主体である特定自動運行実施者、遠隔で監視する主任者、事故のときの措置を法律が定め、都道府県公安委員会が計画を許可する。福井県永平寺町では2023年3月30日に国土交通省がレベル4の車両を国内で初めて認可し、5月11日付で福井県公安委員会が国内初の特定自動運行を許可、5月21日から町道の約2kmを7人乗りの電動カートが走り始めた。米国のロボタクシーが事故の後に当局の調査で分類されるのに対し、日本は「誰が責任を負うか」を先に法律で書いた。
| 企業 | 証券コード | FSD の解剖で見える位置 | 出典 |
|---|---|---|---|
| ホンダ | 7267 | 2020年11月11日、レジェンドのトラフィックジャムパイロットが世界初のレベル3の型式指定。高速道路の渋滞時に運転の主体がシステムへ移る | 国交省 報道発表・ホンダ発表 |
| 日産自動車 | 7201 | 2019年のスカイラインからプロパイロット2.0。ナビと連動した経路走行と同一車線内のハンズオフ (レベル2)。エンドツーエンドの英ウェイブと2027年度の搭載計画 | 日産 技術説明・本誌 ウェイブ記事 |
| ティアフォー | 2026年上場 | 自動運転の基本ソフト Autoware を開いて開発し、永平寺町を含む国内の実証・運行に車両とソフトを供給。上場時の届出書は営業赤字の半分が補助金の対象 | 本誌 #4253・autoware.org |
表4 日本の関係企業。証券コードは東証。本章は株価・目標株価を扱わず、制度と技術での位置だけを示す。
開発の基盤では、ティアフォーが自動運転の基本ソフト Autoware を開いて開発し、国内の実証と運行に車両とソフトを供給している。2026年の上場時の届出書は、営業赤字の半分が補助金の対象という構造を示しており、本誌が届出書の全文から分解した。日本の自動運転は、制度・レベル3の型式指定・レベル4の特定自動運行・開かれた基本ソフトの4つを持ち、足りないのは第9節の「環」を回す車の台数と学習の計算力である。
12. 実績を測る物差しは2つ — 監視の要否と、運転者のいない距離
第1節の結論を数字で確かめる。企業を比べる物差しは「運転者の監視が要るか」と「運転者のいない状態で何マイル走ったか」の2つで、製品名や加入者数ではない。
| 事業者 | 監視 | 距離・回数 | 時点 | 出典 |
|---|---|---|---|---|
| ウェイモ | 運転者なし (rider-only) | 2億2,060万マイル (フェニックス 8,060万、サンフランシスコ湾岸 6,710万、ロサンゼルス 5,180万、オースティン 1,580万、アトランタ 540万)。累計乗車 2,000万回超・14都市 | 2026年3月 | ウェイモ Safety Impact・waymo.com |
| 百度 アポロ・ゴー | 運転者なし | 完全無人 1億9,000万km 超 (累計 3億km 超のうち)。累計乗車 2,000万回超・26都市 | 2026年2月 | 百度 2025年12月期 決算発表 (2026-02-26) |
| テスラ ロボタクシー | 運転者なし | 38万マイル超 (オースティン・マイアミ・オーランド・タンパ) | 2026年7月22日 決算説明会 | テスラ 8-K (2026-07-22)・説明会の発言 |
| テスラ FSD (Supervised) | 運転者が監視 | 100億1,068万マイル (うち市街地 37億6,120万)。有効な加入 148万件 (前年比 +56%) | 2026年5月 / 2026年6月末 | tesla.com の掲載値 (二次確認)・テスラ 8-K |
表5 運転者のいない走行と、監視付きの走行を分けて並べた。テスラの100億マイルは tesla.com の掲載値で、取得先が 403 のため報道の転載で確認した (二次確認)。
同じ会社の中でも2つは並存する。テスラは監視付きの FSD (Supervised) で100億マイルを走らせ、有効な加入は148万件 (前年比 +56%)、利用権などの前受収益は2026年6月末で40億5,000万ドル (2025年12月末 38億7,000万ドル) に達した一方、運転者のいないロボタクシーの累計は38万マイル超で、監視付きとの差は約2万6,000倍、桁が4つ違う。サンフランシスコ湾岸ではカリフォルニア州の許可の下で安全運転者が同乗する。ウェイモは運転者のいない走行が2億2,060万マイル、百度は完全無人が1億9,000万km超で、無人の距離ではこの2社が先行する。
採算は別の物差しになる。アルファベットのその他の事業 (Other Bets、ウェイモを含む) は2026年4〜6月期に売上3億8,200万ドル・営業損失17億9,900万ドルで、前年同期 (3億7,300万ドル・12億4,600万ドル) より損失が広がった。GM は2024年12月にクルーズのロボタクシー開発への資金提供をやめ、10〜12月期に5億ドルの費用を計上した。運転者のいない距離を伸ばすほど運用の層 (第10節③) の費用が積み上がる構造で、第III部の収益構造と同じく、技術の進み方と採算の進み方は別に測る必要がある。
13. 根底に残る5つの問い
解剖の最後に、一次資料からは答えが出ない問いを5つ残す。読者がこの分野の発表を読むとき、どの問いに対する答えなのかを見分ける物差しになる。
問1 カメラだけで足りるか
争点は「見えるか」ではなく「距離を推定で決めてよいか」と「入力が消えたとき、消えたと言えるか」の2つに絞られる。前者は学習の量と計算力で埋まりつつある (BEVFormer、占有格子)。後者は NHTSA の EA26002 が問うている劣化検知そのもので、モービルアイが「冗長性のために別の物理を足す」と書くのはこの問いへの供給側の答えである。
問2 エンドツーエンドの安全を、どう論証するか
UL 4600 のセーフティケースは「安全である」と論証する文書を求める。境目を人が決めない網は、なぜその操作をしたかを説明しにくく、論証の根拠を出しにくい。世界モデルで場面を生成して検証する方法 (GAIA-1、ウェイブ) は答えの候補だが、生成した場面が現実と同じ分布かは未検証である。
問3 レベル3の引き継ぎは成り立つか
レベル3は「システムが見張り、要求があれば運転者へ返す」段階だが、監視をやめた人が数秒で運転へ戻れるかは人間の側の問題である。ホンダが走行環境条件を高速道路の渋滞時に限り、日本の保安基準が運転者の状態の監視を義務づけたのは、この問いへの制度側の答えである。米国では型式指定に相当する事前の承認が無く、この段階を飛ばしてレベル2とレベル4に二極化している。
問4 責任の主体は誰か
日本は特定自動運行実施者を法律で定め、運転者がいなくても責任を負う主体が消えないようにした。米国は州の許可 (カリフォルニア州は2023年10月にクルーズの許可を即日停止した) と当局の事後の調査で対応している。どちらが早く商用の距離を伸ばすかと、どちらが事故のとき責任を明確にできるかは、別の問いである。
問5 学習の環は、採算の環になるか
環が回るほど学習は進むが、④の計算力は MW で数える設備投資で、③の運用の層は距離に比例して費用が積み上がる。前受収益40億5,000万ドルと、その他の事業の営業損失17億9,900万ドル (四半期) は、同じ技術の2つの採算の形である。技術の解剖と採算の解剖は、別の章で別に測る。
出典 (取得日 2026-09-13)
- NHTSA Part 573 Safety Recall Report 23V-085 (2023年2月、FSD ベータ、対象 362,758台)・23V-838 (2023年12月、オートステア、対象 2,031,220台、是正 2023.44.30)
- NHTSA ODI Resume PE24031 (2024-10-17)・EA26002 (2026-03-18) — 視界低下時の衝突と劣化検知の調査
- テスラ 10-K 2024年12月期・2025年12月期、10-Q 2026年6月期、8-K (2026-07-22) 添付 Exhibit 99.1 — 視覚だけの構造、推論用半導体、Cortex 1/2、v14 lite、前受収益、加入件数
- 米特許公開 US20230057509A1 (調整できる仮想カメラ、2022年8月出願)・US20240185445A1 (占有格子、2024年2月出願) — Google Patents
- Li ほか BEVFormer (arXiv 2203.17270)、Hu ほか Planning-oriented Autonomous Driving / UniAD (arXiv 2212.10156)、Chen ほか End-to-end Autonomous Driving: Challenges and Frontiers (arXiv 2306.16927)、Hu ほか GAIA-1 (arXiv 2309.17080)、Webb ほか Waymo's Safety Methodologies and Safety Readiness Determinations (arXiv 2011.00054)
- ISO 26262 (道路車両 — 機能安全)、ISO 21448 (意図した機能の安全性)、UL 4600 (自律製品の評価のための安全規格) — 規格の題名と範囲
- 国土交通省「自動運転のレベル分けについて」、報道発表「自動運転車の安全基準」(2020年)、報道発表「世界初 レベル3 自動運行装置の型式指定」(2020-11-11)、ホンダ発表 (2020-11-11)
- 警察庁「自動運転」(特定自動運行の許可制度、2023年4月施行)、RoAD to the L4「国内初のレベル4自動運転移動サービスのための認可・許可取得」(永平寺町)
- 日産自動車 技術説明「プロパイロット2.0」(カメラ7・レーダー5・ソナー12・3次元高精度地図・作動条件)
- ウェイモ ブログ「Meet the 6th-generation Waymo Driver」(2024-08-19)、waymo.com「Waymo Driver」、Safety Impact データハブ (2026年3月時点)
- モービルアイ 10-K 2025年12月期、百度 2025年12月期 決算発表 (2026-02-26)、アルファベット 2026年4〜6月期 決算発表、GM 2024年10〜12月期 決算発表 (2025-01-28)、カリフォルニア州 DMV 声明 (2023-10-24)
- Radosavovic ほか Designing Network Design Spaces / RegNet (CVPR 2020、arXiv 2003.13678)、Tan・Pang・Le EfficientDet / BiFPN (CVPR 2020、arXiv 1911.09070)、Vaswani ほか Attention Is All You Need / Transformer (2017、arXiv 1706.03762)
- Zhou・Brown・Snavely・Lowe Unsupervised Learning of Depth and Ego-Motion from Video (CVPR 2017、arXiv 1704.07813)、Mayer ほか A Large Dataset to Train Convolutional Networks for Disparity, Optical Flow, and Scene Flow Estimation / DispNet (CVPR 2016、arXiv 1512.02134)、Dosovitskiy・Fischer ほか FlowNet (ICCV 2015、arXiv 1504.06852)
- テスラ AI Day (2021-08-19): hydraNet・regnet・BiFPN・Transformer・空間 RNN・kinematics・自動ラベル付け・Dojo D1 — 公開動画と技術解説による二次確認。テスラ 2019年4月22日の説明会 (影の走行・自己教師あり深度)、AI Day 2022 (自動ラベル付けの処理時間)
- Dojo の経緯: ブルームバーグ (2025-08-07)、TechCrunch (2025-08-07・2025-08-11・2025-09-02)、マスク氏の X 投稿 (2025-08-11、2026-01-19) の報道転載、テスラ 10-K (2023年12月期・2025年12月期)
- 二次確認: テスラのカメラ8基 (2016-10-19 の会社発表、報道の転載)、FSD (Supervised) 累計走行 100億1,068万マイルと年別 (tesla.com/fsd/safety の掲載値、報道の転載)、自動ラベル付けの処理時間 (AI Day 2022 の会社説明) — いずれも原本の取得先が 403