明が滅んだ1644年を中華文明の断絶ととらえる歴史観が、2025年の終わりに中国のネット上で急に広がった。清朝を外来の政権と位置づける主張に対し、浙江省の共産党宣伝部は12月17日、歴史を政治の道具にすることへの警戒を呼びかけた。
1644年は、李自成の反乱軍が北京を攻め落として明の崇禎帝が自ら命を絶ち、満州族の清が山海関を越えて北京に入った年だ。中国のネットでは、この年を境に中華文明が途切れたとする見方が「1644史観」と呼ばれる。支持者は清朝による統治を、漢民族に対する「植民地支配」とみなす。アヘン戦争以降に近代化で後れを取り、列強に侵略された原因も、清朝の統治にあると主張する。
清朝を全面的に否定する主張、紅楼夢の読み解き動画から広がる
きっかけは、短編動画アプリ「抖音(ドウイン)」で歴史を扱う投稿者の動画だった。投稿者は古典小説「紅楼夢」を、明の滅亡を嘆き清を批判する作品として読み解き、短期間で多くのフォロワーを集めた。明を理想化し、清を低く評価する投稿が相次ぎ、アルゴリズムによるおすすめ表示で若い利用者の目に触れる機会が増えた。明を美化する層はそれ以前からネットにいたが、2025年末の議論で一気に表に出た。
中国の歴史教育では、清朝も正統な王朝の1つとして教えられる。これに対し、ネット上の支持者は断片的な情報をつなぎ合わせ、政府の見解とは異なる歴史像を描いている。
浙江省の党宣伝部が批判、中央メディアも転載し、動画は削除
当局はすぐに動いた。中国共産党浙江省委員会宣伝部のSNSアカウント「浙江宣伝」は2025年12月17日、「1644史観」を取り上げた論評を出した。歴史が政治的な思惑や感情論に利用されることを警戒すべきだと主張した。この歴史観は、中国史の連続性を崩そうとする海外の一部の議論と軌を一にし、中国を「統一された多民族国家」とする党の見解を否定する勢力に口実を与えると批判した。「大漢族主義」(漢民族中心主義)や偏狭な民族主義も戒めた。
論評は米国の歴史学の学派「新清史」も名指しした。新清史は1990年代から2000年代に米国で広がった学派で、清朝を中央ユーラシアにまたがる多民族の帝国ととらえ、満州族としての独自性を重んじる。中国政府や官製メディアは、分離独立の主張に根拠を与えるとして批判してきた。清朝を否定する「1644史観」と、清朝が満州族の王朝だったという面を強調する新清史は、向きこそ逆だ。それでも論評は、中国史が途切れずに続いてきたという見方を崩す点で、両者は同じだと位置づけた。
浙江宣伝の論評は、中国中央テレビと国営ラジオのサイトにも転載された。党中央宣伝部系の光明日報のサイトは、紅楼夢は明の滅亡を嘆いた作品だとする読み方を退ける記事を載せ、中国社会科学院の中国社会科学報も1面で批判した。きっかけの動画はすでに削除され、運営会社も関連する投稿の取り締まりに乗り出した。
若者の就職難で不満は内向きに、習指導部の「中華民族」の一体性と相いれず
この歴史観が広がる背景には、社会の閉塞感があるとみられる。改革開放以降の高成長の時代が終わり、16〜24歳の都市部の失業率は2023年6月に21.3%と過去最高になった。国家統計局は同年8月、統計の見直しを理由に若年失業率の公表を一時停止し、2024年1月に在学生を除く新しい方式で再開した。「豊かになる」という共通の目標で社会をまとめる力が弱まり、不満の矛先が、自分たちは何者かを問う内向きの議論に向かっているとの見方がある。香港のニュースサイト「香港01」は、社会の不公平や格差への不満を背景に挙げている。
「1644史観」は、習近平指導部の民族政策ともぶつかる。指導部は「中華民族の偉大な復興」を掲げ、漢民族と55の少数民族を1つの「中華民族」として団結させる政策を強めている。満州族が建てた清朝を「他者」として切り離す主張は、諸民族が融合して一体の「中華民族」をなすとする党の見解と相いれない。
共産党は2021年、毛沢東時代の1945年、鄧小平時代の1981年に続く3度目の「歴史決議」を採択した。習氏の「新時代」を、毛、鄧両氏の時代に並ぶ節目と位置づけ、歴史の解釈は党が決めるという立場を改めて示した。清朝の正統性を否定する議論は、党が描く歴史の流れに疑問を投げかけることにもなる。共産党はこれまでも、最低限の暮らしで満足する「寝そべり族」やフェミニズムをめぐる議論など、ネット上で広がった風潮が一定の規模を超えると、締めつけてきた。今回も、批判の論評から動画の削除までが短い期間で進んだ。
中国の世論は一枚岩でなく、日本もリスクの見積もりに織り込む必要
この論争は、日本にとっても無関係ではない。中国では、反日や反米といった外に向かうナショナリズムに加え、自国の歴史の解釈をめぐる内向きで排他的な議論も力を持ち始めている。中国の世論は一枚岩ではない。日本の企業や政府は、その亀裂も織り込んでリスクを見積もる必要がある。
中国東北部(旧満州)とその歴史は、日本の近代史と深く関わる。中国国内でこうした歴史の見直しが勢いを増せば、日中間で歴史認識をめぐる新たな火種になる可能性もある。当局が国内の不満を外へそらそうとすれば、この議論が反日感情をあおる材料に持ち出されるおそれもある。
この歴史観の支持がどこまで広がっているかを、数字で測るのは難しい。論争の多くはSNSや一部のネットメディアが舞台で、当局の検閲も常にかかるため、表に出た主張が社会全体の意見をそのまま映しているとは限らない。共産党機関紙の人民日報や理論誌「求是」は、調べた範囲ではこの問題を取り上げていない。
「1644史観」をめぐる論争は、就職難で行き詰まった若者の不満が、習近平指導部の掲げる「中華民族」の一体性とぶつかり始めたことを映している。清朝を否定する声が広がるほど、党が描く途切れのない歴史と、ネット上の若者が求める物語とのずれは大きくなる。
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