蓄電事業のビジネスモデル — 3つの市場と長期オークション、収支の組み立て
卸電力の裁定、需給調整市場、容量市場、長期脱炭素電源オークション。4つの収入を制度の数字で読み、市場連動型と固定収入型の2つの事業の形、初期費用と運転維持費、融資が付く条件までを収支の式に落とします。
収支の式は1本で、どの項を固めるかが事業の形を分ける
蓄電事業の収入は、容量 (kWh) に比例する項と、出力 (kW) に比例する項に分かれます。値差で稼ぐ裁定は容量に、待機と供給力への対価は出力に比例します。初期費用の大半を占める電池は容量に比例して高くなるので、出力に比例する収入が厚いほど短時間型が、値差と長時間の要件が効くほど長時間型が有利になります。国の検討会の試算は、この式の最初の項だけでは事業にならないことを示しました。建設費が1kWhあたり6万円で値差だけを取ると、20年の IRR はマイナス0.7%です。
以下、4つの項を順に制度の数字で見ます。自分の前提で計算するには収支シミュレーターを使ってください。
① 卸電力の裁定 — 4時間の値差は全国で7〜11円
日本卸電力取引所のスポット市場は、翌日の電気を30分単位の48コマで取引します。下限は1kWhあたり0.01円で、太陽光が余る昼にこの下限に張り付くコマが出ます。4時間型の蓄電池が1日1回、安い4時間に充電して高い4時間に放電したときに取れる値差を、2025年度の全コマから計算したのが次の表です。
| エリア | 年度平均 | 0.01円以下のコマ数 | 夕方 − 日中 | 4時間値差 |
|---|---|---|---|---|
| システムプライス | 11.06 | 269 | 6.13 | 8.10 |
| 北海道 | 11.70 | 473 | 7.83 | 10.77 |
| 東北 | 11.39 | 501 | 7.26 | 9.46 |
| 東京 | 12.45 | 105 | 4.77 | 7.25 |
| 中部 | 11.36 | 179 | 5.32 | 8.26 |
| 関西 | 10.65 | 281 | 5.29 | 8.66 |
| 中国 | 10.21 | 369 | 6.09 | 8.54 |
| 四国 | 8.85 | 809 | 5.65 | 8.66 |
| 九州 | 9.81 | 983 | 7.04 | 9.44 |
2025年度 (2025年4月〜2026年3月)。単位は円/kWh、「0.01円以下」は年間17,520コマのうちの数。夕方−日中 = 16〜21時の平均 − 9〜15時の平均。4時間値差 = 日ごとの高い8コマの平均 − 安い8コマの平均を年度で平均。日本卸電力取引所の公式CSVから当サイトが計算し、年度平均が資源エネルギー庁の資料の値と一致することを確かめた。九州の4時間値差は2023年度10.85円、2024年度11.13円。
値差が大きいのは、再エネが多く連系線が細い北海道・東北・九州です。ただし値差の全額が手元に残るわけではありません。往復効率が90%なら、放電1kWhのために1.11kWhを買うので、買値が7円のとき損失分だけで約0.8円が消えます。託送料金や再エネ賦課金 (充放電の損失分に課される) も差し引きます。米国の先行例では、同じ地域に蓄電池が増えるほど昼の安値が上がり、値差は縮みました (米国とG7の章)。
② 需給調整市場 — 初期の高値は、上限価格の引き下げで縮んでいる
需給調整市場は、送配電事業者が周波数と需給のずれを直す調整力を調達する市場です。対価は、指令に応じて出力を増減できる幅 (ΔkW) を30分間空けて待つことに払われます。応答の速さで5つの商品に分かれ、蓄電池は最も速い一次調整力と二次調整力①を得意とします。
| 商品 | 応動時間 | 継続時間 | 取引開始 | 上限価格 (円/ΔkW・30分) | 蓄電池との相性 |
|---|---|---|---|---|---|
| 一次調整力 | 10秒以内 | 5分以上 | 2024年度 | 10円 (2026年9月〜。15円から引き下げ) | 蓄電池が最も得意。指令を待たず周波数の変化に自動で応じる |
| 二次調整力① | 5分以内 | 30分 | 2024年度 | 10円 (同上) | 中央の指令に追従。蓄電池の応札が多い |
| 二次調整力② | 5分以内 | 30分 | 2024年度 | 7.21円 | 経済的な出力配分の指令に追従 |
| 三次調整力① | 15分以内 | 30分 | 2022年度 | 7.21円 | 需要予測の誤差に対応 |
| 三次調整力② | 60分以内 | 30分 | 2021年度 | 設定なし | 再エネの予測誤差に対応。前日に調達 |
2024年度に一次調整力の取引が始まった当初は、募集量の約8割が集まらず、上限に近い価格でも約定しました。蓄電池の事業計画の多くはこの時期の単価を前提にしましたが、制度は3つの方向で変わりました。2026年3月14日から週間取引が前日取引 (スポット市場の後、30分コマ) になり、募集量が減り、上限価格が2回下がっています。審議会の資料は、14円を超える約定が量では約3%なのに調達費用の約17%を占め、その高値帯に蓄電池が多いと指摘しました。調整力の費用は託送料金を通じて電気の利用者が負担するので、高値が続けば制度の側が動きます。
出所: 電力安定供給ワーキンググループ 第1回 資料8・第4回 資料6、電力需給調整力取引所 2024年度・2025年度の取引実績。
③ 容量市場 — 4年後の供給力を約束し、kW に対価を受け取る
容量市場は、4年後に電気を供給できる能力を電力広域的運営推進機関が入札で確保する市場です。蓄電池は、期待容量が1,000kW以上で、1日1回以上・連続3時間以上の運転ができれば、安定電源として参加するのが基本です。約束した時間に動けなければ減額されます。2029年度向けの入札では蓄電池の応札が169万kW (全体の1.0%) に増えました。2027年度向けは8万kWでした。
| 実需給年度 | 北海道 | 東京 | 中部 | 北陸〜四国 | 九州 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2024年度 | 14,137 | 14,137 | 14,137 | 14,137 | 14,137 |
| 2025年度 | 5,242 | 3,495 | 3,495 | 3,495 | 5,242 |
| 2026年度 | 8,749 | 5,834 | 5,832 | 5,832 | 8,748 |
| 2027年度 | 13,287 | 9,555 | 7,823 | 7,638 | 11,457 |
| 2028年度 | 14,812 | 14,812 | 10,280 | 8,785 | 13,177 |
| 2029年度 | 14,972 | 15,111 | 12,388 | 12,388 | 15,112 |
メインオークションのエリア別約定価格 (円/kW・年)。出所: 電力広域的運営推進機関。2029年度の指標価格は10,075円。蓄電池の調整係数 (運転継続時間に応じて評価を割り引く係数) の具体値は本ページでは扱っていません。
価格は年度で3,495円から15,111円まで動いており、20年の収支の柱にするには振れが大きい収入です。運転開始から最初の受渡年度までは収入がないことにも注意が要ります。
④ 長期脱炭素電源オークション — 20年の固定収入と引き換えに、市場収入の約9割を返す
新設の脱炭素電源に、固定費の水準の容量収入を原則20年間与える入札です。応札した価格がそのまま約定価格になります。蓄電池にとっては、市場の変動から切り離された返済の原資になるので、大型案件の融資の前提として使われています。引き換えに、卸電力や需給調整市場で得た収入の約9割 (領域によって95%・90%・85%) を事後に還付します。落札した容量は容量市場のメインオークションから控除されます。
| 回 | 蓄電池などの募集枠 | 蓄電池の応札 | 蓄電池の落札 | 落札率 | 要件 | 上限価格 (円/kW・年) |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 第1回 (2023年度) | 蓄電池・揚水で100万kW | 455.9万kW | 30件・109.2万kW | 24% | 1万kW以上・3時間以上 | 55,308〜74,690円 |
| 第2回 (2024年度) | 3〜6時間75万kW・6時間以上75万kW | 695.6万kW | 27件・137.0万kW | 20% | 3万kW以上・3時間以上 | 56,545〜93,883円 |
| 第3回 (2025年度) | リチウムイオン40万kW・それ以外40万kW | 273.1万kW | 19件・125.1万kW | 46% | 3万kW以上・6時間以上 | 76,205〜80,657円 |
| 第4回 (2026年度) | リチウムイオン40万kW・それ以外40万kW・揚水など40万kW | 結果は翌年度に公表 | — | — | 6時間以上 | 70,675〜74,417円 |
出所: 電力広域的運営推進機関の約定結果と募集要綱。落札件数は落札電源の一覧から当サイトが数えた。個別案件の約定価格は公表されていない。
回を追うごとに要件は厳しくなりました。最低容量は1万kWから3万kWへ、運転継続時間は3時間から6時間へ上がり、第3回からは電池セルの製造国を1か国30%未満とする制限と、制御機器のセキュリティ認証 (JC-STAR★1) が加わりました。資源エネルギー庁は、電池の値下がりを見込んで実現が難しい金額で応札し、下がらなければ違約金を払って退出する案件があると記し、違約金の引き上げを検討するとしています。落札案件の一覧は長期オークションの落札と補助金で確かめられます。
事業の形は、市場連動型と固定収入型の間に並ぶ
| 形 | 収入の固め方 | 向く事業者 | 日本の実例 |
|---|---|---|---|
| 市場連動型 (マーチャント) | 固めない。卸・需給調整・容量の3市場で毎日稼ぐ | 自社で市場取引の力を持つ電力・ガス。高圧2MW級を多数持つ事業者 | 多奈川蓄電所は市場収入だけを返済の原資にする融資を受けた (発表では国内初) |
| 補助金活用型 | 初期費用を補助金で下げ、市場連動で回す | 早期に運転を始めたい事業者 | 国の補助は82件・907.6億円。交付決定の前に発注できない |
| オフテイク型 | 運用権を長期の固定料金で売る | 資金を出す側 (ファンド・外資・リース)。買う側は電力・ガス | 広原蓄電所は東京ガスとの20年契約を担保に融資を受けた |
| 長期オークション型 | 20年の固定収入。市場収入の約9割は還付 | 3万kW以上・6時間以上を建てられる資金力のある事業者 | 3回の合計で76件・371万kWが落札 |
| 運用受託型 | 設備を持たず、他社の蓄電所の運用で手数料を得る | アグリゲーター | 東京ガスの運用予定は107.6万kW。関西電力系の E-Flow など |
融資が付いた案件は、返済の原資をどう示したか
| 案件 | 規模 | 返済の原資 | 貸し手 |
|---|---|---|---|
| 広原蓄電所 (宮崎市) | 30MW・120MWh | 東京ガスが20年間、固定の利用対価を払って運用権を100%持つ契約を結び、その収入を返済の原資にした | 三菱UFJ銀行 |
| 多奈川蓄電所 (大阪府岬町) | 99MW・396MWh | 卸・需給調整・容量の各市場の収入だけを返済の原資にする形。発表では国内初 | 三菱UFJ銀行 (2025年3月31日契約) |
| 姫路蓄電所 (兵庫県) | 15MW・48MWh | 出光興産・レノバ・長瀬産業の共同事業。系統用では国内初のプロジェクトファイナンスと発表 | 三井住友ファイナンス&リース (2023年8月) |
| 高圧14か所の束 | 全国14か所 | 小さな蓄電所を束ねて1つの担保にし、市場収入だけで返す形の融資 | リコーリース (2026年4月に一部実行) |
出所: 各社の発表資料。
費用 — システムは1kWhあたり6〜8万円、その外に連系と運転維持の費用がある
この単価に、受変電設備、系統連系の工事費負担金、制御用の専用線は含まれていません。資料は、補助金を使わない海外製の案件には1kWhあたり2〜4万円の水準もあると記しています。運転を始めてからは、託送料金 (試算の前提は特別高圧の全国平均で月503.80円/kW と 0.88円/kWh)、発電側課金 (月75.13円/kW)、充放電の損失分にかかる再エネ賦課金が毎年出ていきます。これらは当サイトのシミュレーターの運転維持費には入っていないので、上乗せして確かめてください。
国の補助金の交付決定
| 年度 | 件数 | 交付決定額 (億円) |
|---|---|---|
| 令和4年度補正 | 15 | 173.5 |
| 令和5年度 | 3 | 24.5 |
| 令和6年度 | 27 | 346.5 |
| 令和7年度 | 37 | 363.2 |
| 合計 | 82 | 907.6 |
出所: 環境共創イニシアチブの交付決定の一覧を当サイトが集計 (合計は円単位で足してから丸めた値)。令和7年度補正の補助率は、リチウムイオン電池で出力1,000kW以上30,000kW未満が3分の1以内、30,000kW以上が2分の1以内。東京都には対象経費の3分の2以内・上限20億円の助成がある。
🏭 系統用蓄電所 設備台帳
稼働中・建設中の設備を所在地・出力・容量・電池メーカー・運用者で絞り込む。🏆 上場企業ランキング
稼働中の蓄電容量を上場企業ごとに合算した順位表 (証券コード付き)。⚡ 長期脱炭素電源オークションの落札
落札案件・補助金の交付決定と、関連する上場銘柄。🤝 アグリゲーター一覧
特定卸供給事業者の届出一覧と、蓄電企業データベースとの対応。本章は制度と市場の説明で、特定の事業や銘柄への投資を勧めるものではありません。制度は改正されます。事業の判断の前に、各節に示した一次資料の最新版をご確認ください。
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