スケーリング則とは
読み: すけーりんぐそく Scaling Laws AI計算資源・大規模モデルの用語
スケーリング則 (Scaling Laws) は、AIの言語モデルの規模、学習データの量、学習に使う計算量を増やすほど、性能が規則的に高まるという経験則。米オープンAIの研究者らが2020年の論文で示し、AIへの設備投資の根拠の1つとされてきた。半導体の分野では、同じ言葉が微細化の法則を指す。
Postation 編集部 ・ 2026年10月3日 更新
スケーリング則の意味 — 3つの要素を増やすと、性能が規則的に高まる
スケーリング則が対象にする要素は3つある。1つ目はモデルの規模で、パラメーターの数で表す。パラメーターは、モデルが学習を通じて調整する内部の数値を指す。2つ目は学習データの量、3つ目は学習に使う計算量である。
性能は「損失」という数値で測る。損失は、モデルの予測が正解からどれだけ外れたかを表し、小さいほど性能が高い。オープンAIの研究者らの2020年の論文によると、3つの要素のどれを増やしても、損失は「べき乗則」に沿って下がる。べき乗則とは、一方の量を10倍にするたびに、もう一方が決まった倍率で変わる関係をいう。この関係を、縦軸と横軸をともに対数目盛りにしたグラフに描くと、右下がりの直線になる。
直線になる性質は、開発の実務で役に立つ。同じ傾きが続くと仮定すれば、小規模なモデルで傾きを測っておき、規模を10倍、100倍にしたときの損失を、開発する前に見積もれる。AIを開発する企業にとっては、半導体とデータをどれだけ用意するかを決める手がかりになる。
物理学や生物学でも、大きさと性質の関係をべき乗で表す法則をスケーリング則と呼ぶ。このページは、AIと半導体の2つを扱う。
2020年の論文 — 損失はべき乗則に沿って下がり、関係の一部は7桁を超えて成り立った
AIの言語モデルのスケーリング則は、ジャレッド・カプラン氏ら10人が2020年1月に公開した論文「ニューラル言語モデルのスケーリング則」で広く知られるようになった。カプラン氏は当時、米ジョンズ・ホプキンズ大学とオープンAIに所属し、ほかの9人はオープンAIの研究者だった。カプラン氏と、共著者のダリオ・アモデイ氏は翌2021年、米アンソロピックを共同で創業した。
論文によると、言語モデルの損失は、モデルの規模、データ量、学習に使う計算量のどれを増やした場合も、ほかの2つが足りていれば、べき乗則に沿って下がった。この関係の一部は、1,000万倍 (7桁) を超える幅で成り立っていた。層の数や1層あたりの大きさといった設計の細部を大きく変えても、性能はほとんど変わらなかったという。
論文は、限られた計算量の使い道についても結論を出している。大規模なモデルほど、少ないデータで学習が進む。このため計算量が限られているときは、モデルを思い切って大きくし、データは控えめにして、性能が伸びきる前に学習を打ち切るのが最も効率がよい、という内容だ。オープンAIが同じ年に公開した「GPT-3」のパラメーター数は、1,750億に上る。
2022年の修正 — ディープマインドが、規模とデータを同じ比率で増やす方法を示した
2年後、米グーグル傘下の英ディープマインドの研究者らが、計算量の使い道についてのこの結論を見直した。2022年3月に公開した論文では、パラメーター数が7,000万〜160億超のモデルを400以上用意し、50億〜5,000億トークンのデータで学習させて性能を比べた。トークンは、モデルが文章を区切って扱う単位である。
論文は、2020年の論文の後、業界がより大きなモデルの学習を競ってきたと振り返っている。そのうえで、当時の大規模言語モデルは、規模のわりに学習データが少なく、学習が足りていないと結論づけた。計算量を最も効率よく使うには、モデルの規模と学習データを同じ比率で増やす必要があるという。モデルの規模を2倍にするなら、学習に使うトークンも2倍にする。
研究者らは、この考え方に沿って言語モデル「チンチラ」を開発した。パラメーター数は700億と、同社の従来のモデル「ゴーファー」(2,800億) の4分の1に抑えた。その代わり、ゴーファーと同じ計算量で4倍のデータを学習させた。チンチラは幅広い性能評価で、ゴーファー、GPT-3 (1,750億)、「ジュラシック1」(1,780億)、「メガトロン・チューリングNLG」(5,300億) を上回った (かっこ内はパラメーター数)。幅広い分野の知識を問うテスト「MMLU」の平均正答率は67.5%で、ゴーファー (60.0%) を7ポイント余り上回った。
| 項目 | 2020年の論文 (オープンAI) | 2022年の論文 (ディープマインド) |
|---|---|---|
| 公開 | 2020年1月23日 | 2022年3月29日 |
| 主な結論 | 損失は、モデルの規模、データ量、計算量を増やすと、べき乗則に沿って下がる | 規模とデータは同じ比率で増やすのが最も効率がよい |
| 計算量の使い方 | モデルを思い切って大きくし、学習データは控えめにする | 規模を2倍にするなら、学習に使うトークンも2倍にする |
| 実験の範囲 | 関係の一部は1,000万倍 (7桁) を超える幅で成立 | 400以上のモデル。パラメーター数は7,000万〜160億超 |
| 同じ時期のモデル | GPT-3 (パラメーター数1,750億) | チンチラ (パラメーター数700億) |
2本の論文は、規模を大きくすれば性能が伸びるという点では一致している。違うのは、限られた計算量を規模とデータにどう振り分けるかである。パラメーター数の多いモデルが、常に性能で勝るわけではない。モデルの規模による区分や、近年主流になった方式は、体系解説「大規模モデルの構造」で説明している。
半導体のスケーリング則との違い — 同じ言葉が、微細化の法則を指す
半導体の分野でスケーリング則と言えば、トランジスタを小さくするときの法則を指す。代表例がデナードの法則で、トランジスタを微細化しても、面積あたりの消費電力は一定に保たれるというものだ。この法則は2000年代半ばに成り立たなくなり、以後の半導体の設計では、電力と熱が大きな制約になった。集積度が約2年で2倍になるというムーアの法則も、微細化に関する経験則である。
AIのスケーリング則が、モデルを大きくしたときの性能の伸び方を表すのに対し、半導体のスケーリング則は、トランジスタを小さくしたときの性能と電力の変化を表す。対象は別だが、2つはつながっている。スケーリング則に沿ってAIの性能を上げるには計算量を増やすことになり、その計算量は半導体の性能と数、動かす時間で決まる。微細化しても面積あたりの電力が下がらなくなったため、計算量を増やすほど消費電力と発熱も増える。AI向けの半導体とデータセンターで、電力と冷却が課題になるのはこのためだ。
投資家にとっての意味 — スケーリング則は、設備投資の根拠の1つになっている
スケーリング則が成り立つかぎり、計算量を増やせば性能は上がる。AIを開発する企業が、画像処理半導体 (GPU) とデータセンターに巨額の資金を投じる理由の1つはここにある。日本企業も、AI向けの計算資源に投資している。ソフトバンクグループはオープンAIに出資し (関連記事)、さくらインターネットはGPUを時間単位で貸し出す事業に投資している (関連記事)。
GPUで最大手の米エヌビディアは2025年2月、スケーリング則は3つあると説明した。モデルを作る段階の学習に加え、学習後の調整と、回答するときに計算を重ねる推論の段階でも、計算量を増やせば性能が上がるという内容だ。これは同社の説明で、2本の論文が確かめた関係とは別である。
スケーリング則は実験で観測された経験則で、物理法則ではない。2本の論文が確かめたのは、それぞれの実験の範囲内で成り立つ関係にとどまる。同じ傾きがその先も続くことを保証する理論はない。べき乗則では、損失を同じ割合だけ下げるのに必要な計算量が、そのたびに何倍にも膨らむ。性能の伸びが投資の増加に見合うかどうかは、計算にかかる費用の単価と、AIが生む売上高で決まる。投資の回収の仕組みは、体系解説「AIの収益構造」と、さくらインターネットの決算を使った検証で扱っている。
スケーリング則のよくある質問
スケーリング則は誰が提唱したのか
AIの言語モデルについては、ジャレッド・カプラン氏ら10人が2020年1月に公開した論文「ニューラル言語モデルのスケーリング則」で示した。著者は米オープンAIの研究者が中心で、損失がモデルの規模、データ量、計算量を増やすとべき乗則に沿って下がるという内容だ。
スケーリング則とムーアの法則の違いは何か
ムーアの法則は、半導体の集積度が約2年で2倍になるという経験則で、対象はトランジスタの微細化である。AIのスケーリング則は、モデルの規模、データ量、計算量を増やすと性能がどう伸びるかを表す。半導体の分野でスケーリング則と言えば、微細化しても面積あたりの消費電力が一定に保たれるというデナードの法則などを指す。
チンチラの論文は何を変えたのか
米グーグル傘下の英ディープマインドが2022年3月に公開した論文で、モデルの規模と学習データを同じ比率で増やすのが最も効率がよいと示した。パラメーター数700億のチンチラは、同じ計算量で4倍のデータを学習し、2,800億のゴーファーを上回った。
スケーリング則に限界はあるのか
スケーリング則は実験で観測された経験則で、同じ傾きがこの先も続くことを保証する理論はない。べき乗則では、損失を同じ割合だけ下げるのに必要な計算量が、そのたびに何倍にも膨らむ。
出典: カプランほか「ニューラル言語モデルのスケーリング則」(2020年1月、arXiv)、ホフマンほか「計算量を最も効率よく使う大規模言語モデルの学習」(2022年3月、arXiv)、エヌビディア公式ブログ「スケーリング則はAIをどう賢く、強力にするか」(2025年2月12日)
3段で深く知る — 基礎・高級・投資家視点
1行の定義から、体系解説の該当箇所へそのまま降りられる。抜粋は体系解説でこの語が出てくる箇所から引いた。続きはリンク先にある。
第II部 仕組み ③ 大規模モデルの構造 — パラメータの正体
…3.2 スケーリング則 — 規模がそのまま性能になる、ただし作法が変わった 2020年のGPT-3 (175B) が示したのは、「モデルを大きくし、データと計算を注ぎ込むほど、能力が law-like に伸びる」というスケーリング則である。 その後DeepMindのChinchilla研究 (2022) が「パラメータ1個あたり約20トークンのデータで訓練するのが計算効率上の最適」と示し、 さらに現在の主流はMoE (Mixture of Experts=専門家混合) へ移った。 総パラメータは巨大でも、1トークンの処理に使うのは一部の専門家だけという構造で、看板の数字と原価を切り離した。 表中の「約18分の1」「約3.2%」は本ページが総パラメータと有効パラメータの比から計算した値であり、 各社が主張している数値ではない。また実際の推論原価はこの比率どおりには下がらない。 KVキャッシ…
第III部 経済 ⑥ 計算資源提供事業の経済性 — GPU 1基の収支から読む
本節が本ページの核心である。計算資源提供 (GPUクラウド) は「GPUを買って時間貸しする」だけの単純な商売に見えるが、 収益性は稼働率・契約形態・電力原価・陳腐化速度の4変数でほぼ決まる。 以下は概算モデル (推定値は明記) と、業界内では常識だが対外的にはあまり語られない実務数値である。 6.1 GPU 1基の収支モデル (H100級・概算) この表の性格 — 外部機関の推計ではなく、本ページの試算である 取得原価はNVIDIAが公表していない。市場で報じられた水準を置いたものであり、一次情報は存在しない 稼働率は公開されない数字。事業者が開示しないため、ここでは幅を置いた仮定にとどまる 電力・冷却原価はGPUを実効1kW、PUEを織り込まない前提での概算。実際はサーバ側の消費とPUEが乗って1.2〜1.6kW相当になるため、下限は現実には出にくい したがってこの表に出典リンクは付け…
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