ヴァーレの2025年度年次報告書は、この金属の市場をひとことで割っている。世界の56%はクラス2であり、電池には使えない。残る44%を巡って、めっきも合金も同じ列に並ぶ。同じ書類に「硫酸ニッケル」という語は一度も出てこない。

ニッケルは1つの市場ではない。2つの鉱石が2つの製品系列に分かれ、片方は鉄鋼へ、もう片方だけが電池へ向かう。値段の指標は電池側の製品に付いているのに、供給の伸びは鉄鋼側で起きている。この食い違いが、同じ「電化の金属」でありながら銅とまったく違う値動きを生んでいる。

Bernstein がまとめた製造経路は、この分岐を1枚に収めている。ただし示されているのは工程であって、値段ではない。どの矢印にいくら費用がかかり、どの矢印が実際に使われているのかは、企業が当局へ出す書類のほうに書いてある。

電池へつながるのは6つの経路のうち2本だけ

製造経路は鉱石の種類から始まる。硫化鉱とラテライト鉱で、ラテライト鉱はさらにリモナイトとサプロライトに分かれる。

硫化鉱は選鉱と製錬を経てニッケルマットになり、各種の精製でクラス1 (ニッケル分99%超) に届く。リモナイトは高圧硫酸浸出でニッケル・コバルト硫化物になり、湿式精製で同じクラス1へ合流する。この2本だけが、化学品 (ニッケル分20〜80%) を経て電池へつながる。

残りは行き止まりである。リモナイトからカロン法で作る酸化ニッケル焼結体 (75〜78%) は合金へ、サプロライトからロータリーキルンと電気炉で作るフェロニッケル (15〜45%) は合金とステンレス鋼へ、高炉・電気アーク炉で作るニッケル銑鉄 (2〜15%) はステンレス鋼へ向かう。

ニッケルの製造経路を工程ごとに分解した図
ニッケルの製造経路を工程ごとに分解した図

含有率の幅が、この分岐の意味を決めている。ニッケル銑鉄1トンに入るニッケルは中央値で85キログラム、クラス1は990キログラム以上。同じ「1トン」でも中身が11倍以上違う。ニッケル銑鉄を電池向けに使おうとすれば、まず9割以上を占める鉄を取り除く工程が要る。

製品ニッケル分1トンに含まれるニッケル主な行き先
クラス199%超990キログラム以上化学品を経て電池
酸化ニッケル焼結体75〜78%765キログラム合金
化学品20〜80%500キログラム電池
フェロニッケル15〜45%300キログラム合金・ステンレス鋼
ニッケル銑鉄2〜15%85キログラムステンレス鋼

「99.8%」と「99%」は別の規格である

クラス1の定義は、資料によって2つある。製造経路の図はニッケル分99%超と書き、市場の解説はしばしば99.8%以上とする。この0.8ポイントの差は誤差ではない。

99.8%はロンドン金属取引所の受渡規格である。同取引所のニッケル先物は、純度99.8%以上で登録銘柄の精製金属を対象とする。一方の99%超は、製品分類としてのクラス1の下限にすぎない。

ヴァーレの年次報告書はこの区別をさらに明確にする。同社はクラス2を「ニッケル分が99%未満のニッケル銑鉄とフェロニッケル」と定義し、クラス1を「ニッケル分が高く不純物の少ない製品」と書く。取引所に受け渡せるかどうかと、電池に使えるかどうかは、別々の関門である。

クラス2が世界の56%、電池向け前駆体は需要の15%

規模を数字で押さえる。ヴァーレの2025年度年次報告書は次のように書く。

Much of the world nickel production is composed of Class II nickel products (56% of the global market in 2025), which include nickel pig iron (NPI) and ferronickel (with nickel content under 99%)

世界市場の56%がクラス2である。残る44%がクラス1で、電池が使えるのはこちら側に限られる。

需要の側はさらに偏っている。同じ報告書が挙げる主な用途の内訳を、そのまま並べる。

主な用途世界消費に占める比率
ステンレス鋼63%
電池向け前駆体15%
非鉄合金・合金鋼・鋳物14%
ニッケルめっき5%
その他3%
等級別の市場構成と、主な用途の内訳
等級別の市場構成と、主な用途の内訳

電池はニッケル需要の15%でしかない。電化の物語の中心にいるように語られてきたが、量では6分の1にも届かない。しかもクラス1の44%という供給側の枠と、電池向け前駆体の15%という需要側の枠は一致しない。クラス1の多くは、めっきや合金といった昔からの用途へ流れている。

ヴァーレ自身は例外である。同社は「2025年に精製ニッケル販売の81%がステンレス鋼以外の用途向けで、ニッケル生産者の業界平均は37%」と書く。業界平均の2.19倍まで非ステンレス向けに寄せた会社が、それを差別化の材料として書いている。裏を返せば、生産者の平均像は今も鉄鋼向けである。

等級の壁を越える3本の道が、余剰を運ぶ

分かれているだけなら、値段も分かれるはずである。実際には分かれていない。理由は転換にある。

第1に、ニッケル銑鉄をマットへ転換し、そこから硫酸ニッケルへ進む道。第2に、リモナイトを湿式製錬して混合水酸化物にし、正極材の前駆体へ進む道。第3に、クラス1の地金を溶かして硫酸ニッケルにする逆流の道である。

ヴァーレの年次報告書も、この動きを観測として書いている。生産能力の増加は「混合水酸化物と、ニッケル銑鉄をニッケルマットへ転換してさらに電池向け材料および取引所に受け渡せるクラス1ニッケルへ加工する経路」で見られた、と記す。

等級の壁を越える3本の転換経路と、それぞれの費用
等級の壁を越える3本の転換経路と、それぞれの費用

費用の水準が、どの道が開くかを決める。インドネシアのニッケル銑鉄の現金支出ベースの生産費用は1トン当たり約1万5,350ドル、混合水酸化物は約1万7,800ドル (コバルトの副産物分を除く)。差は2,450ドル、16.0%である。そしてクラス1や中間製品から硫酸ニッケルへの転換費用は1トン当たり3,500〜5,500ドルで、これは足元のニッケル価格1万6,632ドルの21.0〜33.1%にあたる。

硫酸ニッケルの上乗せ幅が転換費用を超えれば、地金は電池へ流れる。上海有色網は、硫酸ニッケルの精製ニッケルに対する平均上乗せ幅が11月に1万元へ迫り、塊から硫酸ニッケルへの転換費用は5,000〜7,000元だと書く。上乗せ幅が費用を上回った局面では、この逆流が開いていたことになる。

2026年4月には、インドネシアが鉱物基準価格の算定を改めた。ニッケル銑鉄の金属価格連動率を17%から30%へ引き上げ、鉱石価格は全体で5〜6%、リモナイト級では8〜10%上がった。結果として生産費用はニッケル銑鉄で1トン当たり約500ドル、湿式製錬で2,500ドル超上がっている。湿式製錬の費用増は約1万7,800ドルの14.0%にあたり、ニッケル銑鉄より重い負担になった。電池向けを狙った設備のほうが、政策変更で強く押されている。

銅は最高値の目前、ニッケルだけが半値のまま

転換の道が両向きに通っているから、クラス2の余りはクラス1の指標価格に届く。それが値動きに出る。

品目2026年7月前年同月比最高値最高値との差
1万3,543ドル/トン+38.6%2026年6月 1万3,552ドル−0.1%
ニッケル1万6,632ドル/トン+10.6%2022年3月 3万3,924ドル−51.0%

同じ電化の金属として語られながら、銅は史上最高値を目前にし、ニッケルは高値の半分で止まっている。2022年3月の時点でニッケルは銅のおよそ3.8倍の値段だった。いまは1.23倍である。

世界価格と米国の生産者物価で見た、等級の分断
世界価格と米国の生産者物価で見た、等級の分断

米国の生産者物価を重ねると、分断はさらにはっきりする。

系列2026年7月前年同月比最高値との差
ニッケル・同合金236.32+11.9%−3.9%
ステンレス・合金鋼498.10+20.0%−41.1%
鉄鋼・合金鉄製造331.08+24.6%−14.8%

地金は最高値から51.0%下だが、ニッケル・同合金の生産者物価は3.9%下にとどまる。同じ金属で47ポイントの差が開いている。取引所で値が付く地金は過剰の影響をまともに受け、加工されて製品になった段階では値段が保たれている。

日本のフェロニッケル生産量は6年で82%減った

クラス2の側に立った設備がどうなるかは、日本の統計に出ている。経済産業省の生産動態統計からフェロニッケルの生産量を取り出す。

生産量前年比
2017年31万2,324トン
2018年33万9,844トン+8.8%
2019年33万7,790トン−0.6%
2020年23万4,505トン−30.6%
2021年24万3,275トン+3.7%
2022年19万3,467トン−20.5%
2023年9万3,848トン−51.5%
2024年5万9,757トン−36.3%

2018年の山から2024年までで82.4%減った。2022年から2024年の2年だけでも69.1%減である。ニッケルの世界価格が同じ期間に51.0%下がったのに対し、日本の生産量はそれをはるかに超えて縮んだ。値段が下がったから減ったのではなく、インドネシアの安いニッケル銑鉄に置き換えられて減った。

日本のフェロニッケル生産量と、大平洋金属の連結業績
日本のフェロニッケル生産量と、大平洋金属の連結業績

会社の決算はもっと直接的である。フェロニッケル専業の大平洋金属の連結売上高を、有価証券報告書から5期並べる。

決算期売上高親会社株主に帰属する当期純損益
2022年3月期571億2,900万円+113億6,800万円
2023年3月期348億5,200万円−50億2,600万円
2024年3月期155億2,100万円−10億7,400万円
2025年3月期131億7,500万円−16億6,700万円
2026年3月期94億1,400万円+26億1,000万円

4年で6.1分の1、83.5%の減少である。同社のニッケル事業の売上高は86億6,000万円で連結の92.0%を占め、そのほとんど全てがフェロニッケル製品にあたる。監査法人が監査上の主要な検討事項に挙げているのも、フェロニッケル製品の売上高の期間帰属である。1つの製品に業績のすべてが乗っている。

同社は手をこまねいてはいない。有価証券報告書には「エマルションフロー溶媒抽出技術を用い、LIBグレードの硫酸ニッケル及び硫酸コバルトの製造プロセスを確立した」と書かれている。製造経路の図で言えば、右端から左端へ渡ろうとしている。

同じ日本で、クラス1の側は目標を5年前倒しで超えた

対照は住友金属鉱山である。同社は硫化鉱の製錬に加えて、フィリピンで湿式製錬を2か所回している。パラワン島のコーラルベイが2005年4月、ミンダナオ島のタガニートが2013年9月に生産を開始した。

世界で湿式製錬を商業規模で回し続けている事業者は限られる。技術としては1950年代からあるが、腐食と詰まりで立ち上げに失敗した案件が並ぶ分野で、20年以上動かし続けている実績は数えるほどしかない。

会社2026年3月期 売上高純損益前期比
住友金属鉱山1兆7,416億円1,763億円+9.3%
大平洋金属94億1,400万円26億1,000万円−28.5%

売上規模の差は185倍。同じ金属を扱いながら、置かれた等級が業績を分けた。製錬が逆ざやでも利益が膨らむ仕組みは別稿で分解したが、ニッケルについては構造そのものが違う。

湿式製錬を持つ会社とフェロニッケル専業の距離、および目標の達成状況
湿式製錬を持つ会社とフェロニッケル専業の距離、および目標の達成状況

住友金属鉱山が自ら掲げた2030年度の目標と2025年度の実績を並べると、達成の度合いに落差がある。

  • ニッケル生産量 目標10万トン/年 → 実績10.4万トン/年 (達成率104%)
  • 銅権益生産量 目標30万トン/年 → 実績21.7万トン/年 (達成率72%)
  • リチウムイオン電池リサイクル処理量 目標1万トン/年 → 実績0万トン/年

鉱石から採る側は5年前倒しで目標を超え、使い終えた電池から回収する側は0のままである。同社の記載によれば電池リサイクルプラントは建設中で、完成予定は2026年中頃。都市鉱山という言葉が語られてから何年も経つが、この会社の実績欄はまだ空白のままだった。

テスラの年次報告書に「ニッケル」は9年間ずっと2回のまま

企業がこの金属をどう扱っているかは、当局へ出す書類の語数に出る。テスラの年次報告書を9期分、全文で数えた。

提出日ニッケルコバルトリチウム正極
2026年1月29日20160
2025年1月30日22140
2024年1月29日22140
2023年1月31日22140
2022年2月7日22160
2021年2月8日22180
2019年2月19日32300

9期を通じて2回のままである。しかも出てくる2回はどちらも定型の列挙で、「nickel and copper」と「nickel and/or other metals」にすぎない。独立した記述は一度もない。

変化は別のところに現れた。2026年1月29日提出分で、コバルトが0回になった。それまで9期続いた「nickel, cobalt and/or other metals」という並びから、コバルトだけが落ちている。リン酸鉄系の採用が広がるなかで、会社がリスク要因として挙げる金属の顔ぶれが変わった。

当局へ出す書類に、この金属がどう書かれているか
当局へ出す書類に、この金属がどう書かれているか

ヴァーレの側はもっと徹底している。年次報告書の全文で「matte」は61回、「briquette」は19回、「nickel pig iron」は9回出てくる。ところが「sulphate」も「sulfate」も0回である。電池向けの化学品の名前が、世界最大級のクラス1生産者の年次報告書に一度も書かれていない。

日本側の書き方も特徴的である。住友金属鉱山の有価証券報告書は「電池材料」が99回で最も多く、湿式製錬については「低品位酸化ニッケル鉱湿式処理」という日本語を当てたうえで「HPAL」を15回使う。同じ工程を、ヴァーレは書かず、住友金属鉱山は自社の言葉で定義してから書く。製造経路の図に描かれた1本の矢印の裏に、この距離がある。

過剰の4分の3は取引所の外に溜まっている

需給の数字にも読み方がある。ヴァーレは2025年の需給を約42万3,000トンの供給過剰とし、取引所在庫は10万4,000トン増えたと書く。

増えた在庫は過剰の24.6%にすぎない。残る31万9,000トンは、取引所の倉庫の外に留まったことになる。クラス2の製品は取引所に受け渡せないため、統計上の過剰と、市場が価格として見る在庫は一致しない。

この乖離は、投資家が使う指標の意味を変える。取引所在庫だけを見ていれば市場は締まって見え、生産と消費の差だけを見れば緩んで見える。同じ年の同じ市場について、2つの見方が同時に成り立つ。中間製品は加工が必要なため通常は割り引いて販売される、とヴァーレも注記している。

何を見れば等級の壁が動くか

第1に、硫酸ニッケルの精製ニッケルに対する上乗せ幅である。この幅が転換費用 (1トン当たり3,500〜5,500ドル、または5,000〜7,000元) を超えている間は、クラス1の地金が電池側へ吸い出される。逆に幅が縮めば、地金は取引所の倉庫に戻る。壁の高さを測る温度計がここにある。

第2に、インドネシアの鉱物基準価格の運用である。2026年4月の改定で湿式製錬の費用が2,500ドル超上がった。電池向けの中間製品を狙った設備ほど重い負担を受けており、次の改定でどちらに寄せるかが供給の伸びの方向を決める。

第3に、日本の生産動態統計である。フェロニッケルの生産量が5万9,757トンから下げ止まるか、さらに削れるか。クラス2の側で日本が最後に残した設備の稼働は、この統計に現れる。

住友金属鉱山の電池リサイクルプラントも同じ表に載ってくる。処理量が0から動き出せば、製造経路の図には描かれていない4本目の道、つまり使い終えた電池からクラス1へ戻る経路が、実績のある工程として加わることになる。