ブレントは4月7日に138.21ドルをつけたあと、7月2日に68.53ドルまで下げ、開戦前の72.25ドルを3.72ドル下回った。そこから10週で130.80ドルに戻った。JPモルガンに予測を取り下げさせたのは、この往復である。
同社は2026年9月17日の顧客向け資料で、終わり方をどうモデル化すればよいか分からないと記した。予測を取り下げた理由は、先を読む力が落ちたからではない。自社が使ってきた物差しでは、もう測れないところまで来てしまったからである。この記事は、同社の前提と公表値を一次資料に当て直し、どこまでが計算で確かめられ、どこから先が確かめられないのかを1つずつ見ていく。
同社の物差しを直近の価格に当てると、織り込みはホルムズの通航量と同じになる
報道によれば、同社の9月時点の適正価格は1バレル90ドルで、供給の途絶が日量100万バレル増えるごとに原油をおよそ4ドル押し上げると置いている。報道が参照したブレントは106ドルで、適正価格を16ドル上回る分は、すでに途絶している日量1,000万バレルに加えて日量400万バレルの供給が追加で失われることを織り込んでいる、という意味である。
この計算は再現できる。106から90を引いて4で割ると4.00となり、同社が示した400万バレルと一致する。参照された106ドル台が観測されたのは2026年9月8日の106.12ドルで、適正価格との差16.12ドルを4で割ると4.03になる。物差しの使い方としてはこれで正しい。
問題は、同じ式を直近の価格に当てたときに出る数字である。米セントルイス連邦準備銀行の日次系列によれば、ブレントの直近は9月15日の130.80ドルである。適正価格との差は40.80ドルで、4で割ると日量1,020万バレルになる。すでに途絶している1,000万バレルと足すと、市場が織り込む途絶は日量2,020万バレルである。
米エネルギー情報局によれば、ホルムズ海峡の石油の通航量は2024年で日量2,000万バレルだった。織り込まれた途絶はその101.0%にあたる。世界の石油供給を日量1億300万バレルと置けば19.6%である。日量100万バレルにつき4ドルという比例の当てはめは、これ以上続けると海峡を通る量そのものを超える。しかも9月8日から15日までの1週間で、追加分は400万バレルから1,020万バレルへ2.55倍になった。
当サイトの見立てでは、終わり方をモデル化できないという表明の中身はこれである。前提が間違っていたのではなく、前提を当てはめる先の量が尽きた。
超えないはずだった4つの節目のうち、いま超えているのは原油だけである
政権が踏み越えたがらないと同社が想定した水準は、報道では4つ挙げられている。原油100ドル、ガソリン1ガロン5ドル前後、消費者物価の前年比4%、米10年国債利回り5%である。同社はその多くが超えられたとするが、一次資料に当てると様子が違う。
| 想定された節目 | 水準 | 直近 | 2026年の最高 |
|---|---|---|---|
| 原油 | 100ドル | 130.80ドル | 138.21ドル (4月7日) |
| ガソリン小売 | 5ドル/ガロン | 4.319ドル | 4.500ドル (5月11日) |
| 消費者物価 | 前年比4% | 3.40% (8月) | 4.25% (5月) |
| 10年国債利回り | 5% | 4.94% | 5.01% (9月16日) |
いま節目を超えているのは原油だけである。ブレントが8月以降に100ドルを超えた最初の日は9月3日で、まだ日が浅い。ガソリンの小売は9月14日で1ガロン4.319ドルにとどまり、5ドルまで0.681ドル・15.8%の開きがある。2026年の最高値だった5月11日の4.500ドルでも、5ドルに0.500ドル届かなかった。消費者物価の前年比は5月に4.25%をつけたあと8月には3.40%へ戻った。10年国債利回りが5%以上をつけたのは9月15日の5.00%と16日の5.01%の2日だけで、17日には4.94%へ下がっている。攻撃開始の直前1月30日の4.26%からの上昇は0.68ポイントである。
報道はガソリンを1ガロン4.37ドル、ディーゼルを過去最高の6.31ドルとしたが、米エネルギー情報局の週次では9月14日でそれぞれ4.319ドルと6.285ドルである。差はわずかだが、5ドルという節目までの距離を測るときには効く。
4つの節目の外で5ドルを超えているものが1つある。ディーゼルの小売で、9月14日は1ガロン6.285ドルと、5ドルを1.285ドル上回った。原油そのものよりも、船と製油所を経た製品のほうが強く上がっている。
物価と10年国債利回りは一度節目に届いてから退き、ガソリンは5月11日の4.500ドルを山に7月6日の3.777ドルまで下げてから再び上がった。どれも原油そのものと同じ形をしている。上がって、戻って、また上がる。どの数字が趨勢を示し、どれが行き過ぎなのかを見分ける手がかりが、どの指標にもない。
価格は一度完全に戻っていた。戻したのは9,384万バレルの放出だった
2026年のブレントを順に見る。攻撃開始の直前1月30日は72.25ドルだった。2月27日も71.32ドルで、ほとんど動いていない。日次で4ドル以上の上げが始まったのは3月2日で、71.32ドルから77.24ドルへ上がった。そこから一本調子で上がり、4月7日に138.21ドルの最高値をつけた。同じ日のWTIも114.58ドルで2026年の最高値だった。
ここまでは供給が止まったことの帰結として読める。読みにくいのはその後である。ブレントは7月2日に68.53ドルまで下げ、攻撃開始の直前の72.25ドルを3.72ドル下回った。WTIも7月6日に69.60ドルまで下げている。市場はいったん、この戦争を価格に織り込まなくなった。報道によれば6月に停戦合意が成立しており、6月中に紛争が収束して海峡が再開するという想定が置かれていた。その合意はまもなく崩れた。ブレントは7月2日から9月15日までに90.9%上がり、4月の最高値の94.6%まで戻っている。
値を戻したのは停戦合意だけではない。米エネルギー情報局の週次によれば、戦略石油備蓄は4月3日に4億1,333万バレルあった。7月3日には3億1,949万バレルである。91日で9,384万バレル、日量103万バレルを放出した。同じ91日でブレントは127.61ドルから68.68ドルへ下げている。
7月の値戻りは、市場が戦争の終わりを見通したから起きたというより、日量100万バレル規模の供給が備蓄から出続けたから起きた面が大きい。当サイトの見立てでは、一時的だという前提を支えていたのは見通しではなく、この放出である。
放出は9月に止まり、備蓄は44年ぶりの低水準で処理量16.4日分しかない
放出は7月以降も続いた。7月3日から9月11日までの70日でさらに3,453万バレル、日量49万バレルである。ただし第2弾は第1弾の37%の量、48%の速さにとどまり、それでも価格は下がらなかった。同じ期間にブレントは68.68ドルから130.80ドルへ上がっている。
週ごとに見ると、止まった時点がはっきり出る。4月10日から7月3日までの13週の平均は週722万バレルだった。直近2週は週80万バレルで、その11%である。日量に直すと103万バレルから11万4,000バレルになる。そしてその2週間に、ブレントは9月1日の96.02ドルから15日の130.80ドルへ上がった。
備蓄量は2億8,496万バレルである。1年前の4億573万バレルから1億2,077万バレル、29.8%減った。1982年以降の2,294週のうち、この水準を下回った週は9つしかない。最後に下回ったのは1982年11月5日で、44年前にあたる。過去最大だった2010年1月1日の7億2,662万バレルと比べると39.2%である。制度として下限が定められているわけではないが、1982年以降の実績の最低は2億7,050万バレルで、そこまでの余地は1,446万バレルしかない。米国の製油所が原油を処理する量は日量1,733万バレルなので、残りは16.4日分にあたる。
シェブロンの最高経営責任者マイク・ワース氏は今週、テキサス州オースティンのエネルギー会議で、これらの仕組みはいずれも価格と供給のリスクを和らげるのに役立ったが、それらはおおむね使い尽くされ、始まったときほどの余力は仕組みの中に残っていないと述べた。事態が和らぐ理由を示せればよいのだが、いまはそれを見いだすのが難しいとも語っている。同氏が余力と呼んだものの大きさが、この1億2,077万バレルである。
注意しておくと、空になったのは政府の備蓄だけである。民間の原油在庫は4億2,343万バレルで1年前比1.9%増、過去5年の9月平均の100.8%にある。減ったのは事業のための在庫ではなく、国が危機のために積んでいた分だった。戦略備蓄を含む石油在庫の総計は15億3,621万バレルで、1年前比9.0%減である。なお報道によれば、サウジアラビアの東西パイプラインを止めた攻撃が日量250万バレルを市場から締め出したと推定されている。ホルムズ海峡そのものについては、当サイトが9月に扱った報道で、現在の通航量が日量600万バレルから900万バレルと推定されていた。この経路の停止が日本の調達にどう跳ね返ったかはサウジの輸出3経路が止まったときの日本の調達で扱った。
効いているのは原油ではなく軽油と暖房油で、米国内の天然ガスは動いていない
何が上がったのかを分けて見ると、この危機の性格がはっきりする。攻撃開始の直前から直近までで、米湾岸のジェット燃料は1ガロン2.277ドルから4.705ドルへ106.6%上がった。ブレントは81.0%、ディーゼルの小売は73.4%、WTIは65.9%、ガソリンの小売は51.4%である。一方で米国の天然ガス価格の指標であるヘンリーハブは、1年前の100万BTUあたり2.89ドルに対して直近2.97ドルで、2.8%高にとどまる。
物差しをそろえて測り直す。ブレントの上昇58.55ドルを1バレル42ガロンで割ると、1ガロンあたり1.394ドルになる。ガソリンの小売は1.466ドル上がっており、原油の寄与の105.2%だから、ほぼそのまま転嫁されただけである。ディーゼルは2.661ドル上がっていて190.9%になる。強く動いているのはガソリンではなく、軽油と暖房油をまとめた留出油のほうである。
在庫がそれを裏づける。留出油の在庫は1億786万バレルで1年前比13.5%減、過去5年の9月平均の88.5%しかない。ガソリンの在庫は2億773万バレルで4.6%減、ジェット燃料は4,534万バレルで3.3%増である。需要の側も、消費に近い指標である国内向けの出荷量で見ると、ガソリンは4週平均で日量882万8,000バレル・1年前比1.0%減にとどまるのに対し、留出油は360万2,000バレルで3.3%減っている。ジェット燃料だけは180万バレル・4週平均177万8,000バレルで4.4%増えた。値上がりが最も強いところで、消費も最も削られている。
制約がどこにあるかは、もう1つの差が示す。ブレントとWTIの差は直近で23.78ドルあり、2024年から2025年の平均3.76ドルの6.33倍になる。9月の平均でも12.85ドルで3.42倍である。米国の原油生産は日量1,394万4,000バレルで、1年前の1,348万2,000バレルから3.4%増えた。製油所の原油処理は1,733万バレルで、1年前の1,642万4,000バレルから5.5%増である。製油所が集まる湾岸だけを見ても962万2,000バレルで、1年前の908万1,000バレルから6.0%増えている。足りないのは油田でも精製能力でもない。船で運ばれてくる原油のほうである。実際、米国の原油輸入は日量705万8,000バレルで、1年前の569万2,000バレルから24.0%増えた。輸出は483万1,000バレルで、1年前の527万7,000バレルから8.5%減っている。備蓄から出せなくなった分を、買い足して埋めている。
同じ理屈は天然ガスにも当てはまる。船に載せなければ届かない液化天然ガスの側では設備が大きく余っており、その構図はLNGの受入能力は取引量の2.5倍で扱った。米国内のガスが動かないのは、それがパイプラインでしか動かないからである。
この値上がりを米国の家計と企業が負担する額も概算できる。
| 品目 | 供給量 (日量) | 1ガロンの上昇 | 年間の負担 |
|---|---|---|---|
| ガソリン | 879万8,000バレル | 1.466ドル | 1,977億ドル |
| 留出油 | 350万1,000バレル | 2.661ドル | 1,428億ドル |
| 合計 | — | — | 3,405億ドル |
日本は4月に輸入の3分の2を失い、処理量を落とさず在庫で埋めた
日本の数字にも、往復がもう一度別の形で現れる。石油連盟の月次によれば、2026年4月の原油輸入は407万61キロリットルで、前年同月の1,186万8,419キロリットルから65.7%減った。ところが同じ月の製油所の処理量は1,040万2,187キロリットルで、減り幅は13.7%にとどまる。差を埋めたのは在庫で、月末の原油在庫は876万1,092キロリットルと22.0%減った。稼働率は70%である。
5月の輸入は38.4%減、6月は5.9%増、7月は17.0%増で、7月末の原油在庫は1,152万6,591キロリットル・前年同月比2.1%増まで戻った。供給が実際に止まった分は、少なくとも7月までの統計では往復を終えている。
| 期間 | 2026年の輸入 | 前年同期 | 増減 |
|---|---|---|---|
| 2026年4月 | 407万61 | 1,186万8,419 | 65.7%減 |
| 2026年5月 | 729万703 | 1,184万3,207 | 38.4%減 |
| 2026年7月 | 1,171万9,259 | 1,001万7,110 | 17.0%増 |
| 4〜6月の計 | 2,139万1,914 | 3,318万5,887 | 35.5%減 |
単位はキロリットル。石油連盟の石油統計から当サイトが増減を計算した。
減ったのは燃やす量ではなかった。4月のナフサ販売は193万7,572キロリットルで前年同月比35.6%減、3月もすでに25.5%減だった。4月から6月では631万3,288キロリットルと、前年同期の820万4,684キロリットルから23.1%減っている。同じ4月の燃料油全体の販売は974万1,749キロリットルで11.3%減、6月のガソリン販売は336万5,999キロリットルで7.1%減だった。石油化学の原料へ回す分が最も強く削られている。工場が先に止まる形は、2022年の欧州のガスでも起きたことと同じである。
価格の側は、2022年とは構造が違う。ブレントを円に直すと、1月30日は1バレル72.25ドル×154.34円で1万1,151円、直近は130.80ドル×153.71円で2万105円になる。80.3%の上昇である。ドル建ての上昇が81.0%だから、為替の寄与はマイナス0.4ポイントで、円はむしろわずかに強い。今回は円安と資源高が重なったのではなく、石油の価格だけが動いている。日本の原油輸入を日量240万バレルと置けば、1バレル8,954円の上昇は年7.84兆円にあたる。
確かめられていないことも書いておく。日本が実際に買う原油はドバイ原油の価格に連動しており、その日次の値は無料では取得できない。月次では2026年7月にドバイが77.13ドル、ブレントが83.73ドルで、6.60ドル安い。したがってこの円建ての試算は、やや重めに出ている可能性がある。8月以降の輸入量は石油連盟の公表が7月までのため未取得で、給油所の小売価格も資源エネルギー庁の調査ページから機械的に取得できなかった。電力の側で需要の振れをどう吸収するかは蓄電事業 体系解説にまとめてある。
2026年の原油で新しいのは、上がったことではない。一度完全に戻ってから、また上がったことである。戻したのは9,384万バレルの放出で、その元になった備蓄は44年ぶりの低水準にある。日量100万バレルにつき4ドルという比例の当てはめが、ホルムズを通る2,000万バレルという実際の量にまで達した以上、次に船が止まったときに価格を押し戻す側には、もう同じだけの備蓄がない。
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