1オンス4,900ドルという年末予想の根拠は、中央銀行の買いと金利の後退の2つに置かれている。公的統計で測り直すと、8月の15%高は金利では説明が付かず、統計そのものに5割を超える空白があった。

金が動くと、日本では決まって店頭価格の最高値が報じられる。ただ、その水準がどこから来ているのかを数字で追った記事は少ない。ゴールドマン・サックス・リサーチが8月に出した見通しは、その根拠を珍しく明示している。年末の予想は1トロイオンス4,900ドル。8月25日時点の約4,600ドルから6.5%高い水準で、7月中旬の安値からの15%の戻りが続くという読みである。支えとして挙げられたのが、外貨準備を分散させる中央銀行の買いと、2026年の米利上げ観測の後退、そして持ち高を守るために使われる金のコールという3つだった。

本稿はこの3つを1つずつ検算する。米セントルイス連邦準備銀行の統計、米証券取引委員会への提出書類、経済産業省の生産動態統計、金融庁EDINETを当たり、どの前提が数字で裏づけられ、どこに説明の穴があるのかを見ていく。中国人民銀行の保有量そのものや、非鉄製錬の利益構造は既報に譲り、ここでは「4,900ドルという予想が立つ仕組み」に絞る。

価格・中央銀行の買い・コールの建玉を並べ直す

ゴールドマン・サックスが示した3枚の図を、日本語で読み直す
ゴールドマン・サックスが示した3枚の図を、日本語で読み直す

対象の記事に添えられた図は3枚ある。1枚目が価格で、3月上旬の5,320ドル前後を頂点に7月まで下げ、7月26日の終値は4,130.3ドル。7月中旬に約4,000ドルまで沈んだ後、8月25日には約4,600ドルまで戻した。15%という戻り幅はここから来ている。

2枚目が中央銀行の買いで、季節調整した3か月移動平均と12か月移動平均を並べたもの。2023年1月の月137トンが山で、2024年10月には月18トンまで落ち込んだ。そこから持ち直し、2026年6月は月100トンに達している。前月の66トンから1.5倍で、6月に識別できた最大の買い手は中国人民銀行だった。2022年より前の平均は月17トンで、点線がその水準を示す。

3枚目がコールの建玉からプットの建玉を引いた差である。2024年は83万枚前後で静かに推移していたのが、2025年半ばから増え始め、2026年2月から3月にかけて278万枚まで膨らんだ。中東情勢を受けた利上げ観測がこの時期にあたる。いったん110万枚まで縮んだ後、円買い介入の局面から再び跳ね、直近は241万枚である。

3枚目の「円買い介入」という注記は、日本の読者にとって最も具体的な手がかりになる。米セントルイス連邦準備銀行の統計でドル円を追うと、2026年7月29日に163.86円と直近1年の最高値を付けた後、8月21日には158.91円まで3.0%の円高に振れている。金のコールが跳ねた時期と、円が急に強くなった時期が重なる。

実質金利は8月も上がっていた

同じ主張を、公的な統計と提出書類で測り直す
同じ主張を、公的な統計と提出書類で測り直す

対象の記事は、上昇を支えるもう1つの柱として「2026年の米利上げ観測の後退」を挙げた。金は利息を生まないため、金利が上がると債券に対して不利になる。この関係は教科書どおりで、疑う余地は小さい。問題は、その金利が本当に下がったのかである。

米セントルイス連邦準備銀行が公表する10年物の物価連動国債の利回りは、金の持ち高を測るうえで最も素直な指標にあたる。名目の金利から市場が織り込む物価上昇分を差し引いた、いわゆる実質金利である。2026年の月平均を並べると、1月1.91%、2月1.82%、3月1.91%、4月1.94%、5月2.04%、6月2.18%、7月2.35%、そして8月2.39%。7月31日には2.47%と直近1年の最高を付けている。

金が15%戻した8月に、実質金利は下がるどころか、月平均で7月をさらに上回った。つまり8月の上昇は金利では説明が付かない。10年物の期待物価上昇率も2.31%で年平均と変わらず、物価不安が買わせたわけでもない。動いたのはドルの側で、通貨全体に対するドルの指数は7月下旬の120.7前後から8月21日には118.06へ下げている。それでも、金利が逆風のまま15%上げた事実は残る。

対象の記事は「金利の逆風が弱まる」と書いたが、実測はまだそこに達していない。逆風が弱まる前に上げたのだとすれば、押し上げたのは金利以外の2つ、つまり中央銀行の買いと、オプションを通じた需給である。

統計に5割を超える空白がある

中央銀行の買いを、より長い一次資料で確かめる。米国最大の金上場投信が米証券取引委員会に出した年次報告書には、調査会社メタルズ・フォーカスが集計した世界の需給表が5年分そのまま載っている。転載ではなく提出書類の一部であり、誰でも参照できる。

公的部門の純購入は、2020年255トン、2021年450トン、2022年1,080トン、2023年1,051トン、2024年1,086トン。G7がロシア中央銀行の資産を凍結した2022年に2.4倍へ跳ね、そのまま高止まりしている。対象の記事が「2022年を境にした多年にわたる傾向」と書いた根拠が、この行に出ている。

同じ表で供給の側を見ると、鉱山生産は3,483トンから3,661トンへ、5年で5.1%しか増えていない。リサイクルを足した供給の合計も4,776トンから5,029トンで5.3%増にとどまる。2024年の公的部門の買い1,086トンは、同年の鉱山生産の29.7%にあたる。年に採れる金の3割近くを、価格を気にしない買い手が持っていく構図が4年続いている。

ここで対象の記事の数字と表の数字がかみ合わない点に触れておく。記事は2026年の中央銀行の買いを「月平均50トン」と予想する。年に直せば600トンで、メタルズ・フォーカスの実績である年1,000トン超、月に直せば90トン前後の3分の2にとどまる。どちらかが間違っているのではなく、数えている対象が違う。国際通貨基金に報告される準備資産の変動は各国が申告した分だけを拾うのに対し、調査会社の推計は市場での受け渡しから未申告分を割り出す。世界金評議会の集計では、未報告の買いが2025年の年間合計の57%を占めた。同評議会の集計でも2025年の中央銀行の買いは863トンで、3年続いた1,000トン超を初めて下回っている。

つまり、この市場で最大の買い手の行動は、半分以上が事後の推計でしか見えない。予想の前提を「月50トン」と置くか「月90トン」と置くかで、年に240トンの差が出る。240トンは2024年の日本の電気金の生産量の2.3倍にあたる。中央銀行の買いを根拠にした予想を読むときは、まずどちらの定義かを確かめる必要がある。

コールを売った側が買い手に回る仕組み

コールの建玉が伝えるオプションの話は、仕組みを分解しないと意味が取れない。ここは丁寧に追う。

コールは「決まった価格で買う権利」で、権利を売った側、つまり業者は、価格が上がるほど損をする。損を打ち消すために、業者は現物か先物を買って持ち高を中立に保つ。どれだけ買えば中立になるかを示すのが、権利の価格が原資産の価格に対してどれだけ動くかという比率で、これをデルタと呼ぶ。行使価格から遠く離れた権利のデルタは0に近く、行使価格に近づくと0.5、深く利益が乗ると1に近づく。

問題はその先である。デルタ自体が価格とともに変わる速さをガンマと呼び、これが行使価格の近くで最も大きくなる。価格が行使価格に近づくと、業者は保有量を急いで増やさなければならなくなる。業者の買いが価格をさらに押し上げ、押し上がった価格がまた買いを呼ぶ。この連鎖が対象の記事の言う「上昇の加速」である。

逆も同じ理屈で起きる。価格が下がればデルタが減り、業者は持っていた金を売って中立に戻す。売りが価格を押し下げ、押し下がった価格がまた売りを呼ぶ。だから記事は「両側に大きな振れ」と書いた。この仕組みが働くかぎり、上げも下げも穏やかには進まない。

取引所の建玉を集計した市場関係者の報告では、9月から12月に期限が来る金のコールは、4,700ドル・4,800ドル・4,900ドル・5,000ドルの4つの行使価格だけで約65,700枚が積み上がり、数量に直すと約660万オンス分にあたる。最も積み上がっているのが5,000ドルで、9月から12月までの4つの期限を合わせて22,000枚を超える。2026年12月に期限が来る15,000ドルから20,000ドルという極端な行使価格にも11,000枚超が積まれている。後者は上値の予想ではなく、通貨や財政の秩序が崩れる場合に備えた保険と読むのが自然である。

ゴールドマンの4,900ドルという予想は、この需給を織り込んでいない。予想を上回る可能性を高める一方で、下げ方も急になるということでもある。

変動率は既に一段高い土俵にある

「金の値動きが荒くなっているかもしれない」という記事の書き方は慎重だが、実測はもう一歩進んだ姿を示している。米国の取引所が算出する金上場投信の変動率指数を年平均で並べると、2019年12.39、2023年14.90、2024年16.04、2025年19.50、そして2026年は29.17。2024年の1.82倍で、2019年と比べれば2.35倍になる。1月29日には46.02という値も付けた。金の値動きの荒さは、既に構造として一段上がっている。

ただし足元は逆を向いている。2026年の月平均は3月の35.90が最高で、7月25.21、8月25.82と落ち着いた。価格が15%上げた8月に、変動率はむしろ下がっていた。オプション需給が上昇を増幅する局面なら変動率も跳ねるはずだが、8月はそうならなかった。コールの建玉が241万枚まで戻したのは8月の終盤で、増幅が価格に現れるのはこれからという読み方もできる。荒れる材料が積み上がった状態で、まだ荒れていない。それが8月末の位置である。

日本では1グラム11,376円が2倍になった

ここからは日本の実額で見る。経済産業省の生産動態統計に、非鉄金属の月報という区分がある。ほとんど参照されないが、日本国内の金の生産と販売がグラム単位で載っている。

2024年の電気金の生産は102,454,631グラム、つまり102.45トン。販売数量は100.38トンで、販売金額は1,141,983百万円、1兆1,419億8,300万円になる。販売金額を数量で割ると、平均単価は1グラム11,376円になる。オンスに直して当時の為替で割り戻すと1オンス2,336ドルとなり、需給表にあるロンドンの2024年平均2,386ドルとの差は2.1%に収まる。国内の製錬所の販売価格と国際価格が、輸送や純度の差の範囲で一致していることの確認になる。

現在の水準を同じ物差しに乗せる。1オンス4,600ドル、1ドル158.91円なら、1グラムはおよそ23,500円。2024年平均の11,376円に対して2.07倍である。日本の製錬所が2024年と同じ100.38トンを今の価格で売れば、売上は2兆3,590億円前後になり、実績の1兆1,419億円に対して1兆2,000億円を超える差が出る。

この差が決算に出ている。住友金属鉱山の2026年3月期は、売上収益1兆7,415億8,600万円に対し、親会社の所有者に帰属する当期利益が1,762億9,000万円。前期の164億8,700万円から10.7倍になった。三菱マテリアルは売上高1兆8,440億5,300万円と6.0%減らしながら、営業利益は605億200万円と前期の371億1,800万円から63.0%増えている。DOWAホールディングスは当期純利益624億5,800万円で前期の2.3倍。売上が減っても利益が増えるという形は、製錬という事業が数量ではなく金属価格で動くことを示している。この構造は非鉄製錬の決算を分解した既報でも同じ形で現れている。

もう1つ、この統計にしかない数字がある。粗銅を作るために消費した原料に含まれていた金の量で、銅鉱石から47.87トン、そして銅くずなどのスクラップから10.88トン。鉱石由来の22.7%に相当する量を、使用済みの製品から取り出している。日本には大きな金鉱山が残っていないのに、年100トンを超える電気金を作れる理由がここにある。世界の鉱山生産3,661トンに対して、日本の電気金102.45トンは2.80%にあたる。

金を持つ費用と、日本での実務

投資として持つ場合の費用も、提出書類に書いてある。米国最大の金上場投信は、運用会社への報酬が日々発生し、年率で純資産の0.40%。2025年9月期に実際に支払われた報酬は3億6,308万3,124ドルだった。逆算すれば期中の平均純資産は約908億ドルになる。同じ期間に新規の設定が1,780単位あり1,641万1,912オンスの金が預けられ、解約が1,276単位で1,176万7,161オンスが引き出された。差し引き464万4,751オンス、144.5トンの純増である。

第2位の金上場投信は、純資産が2024年12月末の329億5,547万ドルから2025年12月末には683億7,650万ドルへ、2.07倍になった。円建ての金価格が2024年平均から2.07倍になったのと同じ倍率だが、こちらは価格上昇に資金流入が乗った結果で、偶然の一致である。

日本で金を持つ場合の計算は、これらと少し違う。店頭で地金を買えば消費税がかかり、売るときには消費税を含んだ金額を受け取る。取引価格が上がるほど、この消費税分の受け渡しも大きくなる。売却益は原則として譲渡所得にあたり、年間50万円の特別控除がある。保有期間が5年を超えていれば、控除後の金額の2分の1だけが課税の対象になる。1回の取引で200万円を超える売却をすると、業者から税務署へ支払調書が出る。純金積立や上場投信を使う場合は扱いが変わるため、どの商品で持つかは税の面でも同じではない。値上がりだけを見て商品を選ぶと、手元に残る金額に差が出る。

4,900ドルが崩れるとしたら、どこからか

年末までの4か月で6.5%上げるという予想が外れる筋道を、ここまでの数字から3つに絞れる。

第1に、中央銀行の買いが細る場合である。世界金評議会の集計で2025年の買いが863トンと3年ぶりに1,000トンを割ったのは、既にその兆しにあたる。買いの半分以上が未報告である以上、細り始めても市場がそれを知るのは数か月遅れる。

第2に、実質金利がさらに上がる場合である。8月の月平均2.39%は、金が上げながら耐えた水準にすぎない。9月の米連邦公開市場委員会で利上げが実施されれば、実質金利はもう一段上がる。9月の利上げ確率は35.4%から55.7%へ上がっている

第3に、オプションの需給が逆に回る場合である。5,000ドルの行使価格に22,000枚超が積まれているということは、そこを超えられずに期限を迎えれば、業者が中立を保つために持っていた金を手放す局面が来るということでもある。積み上がったコールは、上へ抜ければ燃料になり、抜けなければ重しになる。

次に確かめる数字

追える指標を並べておく。中央銀行については、季節調整した3か月移動平均が2026年6月の月100トンから7月以降も二桁後半を保つか、そして世界金評議会の年間集計が2026年に再び1,000トンへ戻るかが最初の目盛りになる。金利では、10年物の物価連動国債の利回りが2.47%という直近1年の高値を超えるかどうかが分かれ目にあたる。オプションでは、コールからプットを引いた建玉の差が241万枚から2026年2月の278万枚を上回るか、そして変動率指数の月平均が25前後から3月の35.90へ向かうかを見る。

日本側では、生産動態統計の電気金の平均単価が2024年の1グラム11,376円からどこまで上がるか、住友金属鉱山の当期利益1,762億9,000万円が2027年3月期も維持されるか、そして銅くずから回収する金が10.88トンからどこまで増えるかが節目になる。値段が上がるほど、使用済みの製品から金を取り出す採算は良くなる。統計の回収量が動くとき、価格の上昇が国内の実務まで届いたことになる。