減速機 — 波動歯車と遊星ローラーねじ、そして準直接駆動
回転関節には波動歯車、直動関節には遊星ローラーねじ。どちらも作るのが難しく、1体に何十個も入るため、証券会社の採点でも上位に並ぶ部品です。歯が2枚だけ少ない歯車がなぜ大きく減速できるのか、ねじがなぜ重い脚を支えられるのかを、図と式で説明します。
入門は要点と図だけ、標準は仕組みまで、研究は式と論文の水準まで表示します。選んだ深さはこの端末に残ります。
波動歯車は、歯が2枚少ない薄い歯車をたわませて大きく減速する
- 部品は3つだけ — 楕円のウェーブ・ジェネレータ、たわむフレクスプライン、硬いサーキュラ・スプライン
- 減速比 = フレクスプラインの歯数 ÷ 歯数の差 (2)。歯200枚なら100
- 歯のかみ合わせにすき間 (バックラッシ) がほとんど無く、位置が正確
普通の歯車で100分の1に減速するには、大きさの違う歯車を何段も重ねる必要があります。波動歯車 (学術的な名前は波動歯車装置) は、たわむ金属の歯車を使うことで、これを1段で実現します。ハーモニック・ドライブ・システムズの技術資料によると、1段で30分の1から320分の1まで減速できます。部品は3つしかありません。モーターにつながる楕円のウェーブ・ジェネレータ、外側に歯を刻んだ薄い金属のカップのフレクスプライン、内側に歯を刻んだ硬い輪のサーキュラ・スプラインです。
楕円のウェーブ・ジェネレータがフレクスプラインを内側から押し広げると、楕円の長い方の2か所だけで歯が外の輪とかみ合います。フレクスプラインの歯は外の輪より2枚少ないので、ウェーブ・ジェネレータが1回転してかみ合う場所が1周するあいだに、フレクスプラインは歯2枚分だけ逆向きにずれます。歯が200枚なら、1回転で全体の100分の1だけ回ることになり、減速比は100です。
同時にかみ合う歯は総歯数の約30%に達し (同社の技術資料)、1枚の歯にかかる力が小さく、歯と歯のすき間 (バックラッシ) が非常に小さいので、関節の位置を正確に決められます。小さく軽く、中心に穴を開けて配線を通せる点も、関節に向いています。一方で、たわみ続けるフレクスプラインの疲れと、薄い部品の精密な加工と熱処理が難しく、作れる会社は長く限られてきました。
研究サーキュラ・スプラインを固定し、フレクスプラインから出力を取る一般的な使い方では、入力 (ウェーブ・ジェネレータ) に対する出力の回転は次のとおりです。
設計で注意が要るのは、ねじりのこわさが一定でないこと (小さなトルクでは柔らかく、大きなトルクで硬くなる)、行きと帰りで角度がずれるヒステリシス、フレクスプラインの疲労寿命です。力の制御では、このねじれを関節側のエンコーダーで測って補正します。米国法人のカタログは、歯のかみ合いそのもののすき間はゼロとしつつ、継手による数秒角のすき間と、約1分角のヒステリシスが残ることを示しています。
テスラは2022年9月の説明会で、オプティマスの回転アクチュエーターの減速機に波動歯車を使い、直動アクチュエーターは遊星ローラーねじ (逆遊星型) で動かすと説明しました。どの会社の部品かは公表していません。
遊星ローラーねじは、ねじ山のあるころを線で接させて重い荷を支える
- 回転を直線の動きに変えるねじの一種。膝や足首の直動関節に使う
- 玉が点で接するボールねじより、ころが線で接して荷を分け合う
- 同じ大きさで重い荷に長く耐えるが、作るのが最も難しいとされる
モーターの回転を直線の動きに変える代表的な部品がねじです。ボルトを回すとナットが進むのと同じ原理で、摩擦を減らすために、ねじ軸とナットの間に玉を転がすのがボールねじ、ねじ山を刻んだ小さなころを惑星のように回すのが遊星ローラーねじです。
玉は丸いので、軸とナットに点で接します。ころは細長いので、線で接します。接する面積が大きい遊星ローラーねじは、同じ太さでより重い荷を支え、着地の衝撃にも強く、長持ちします。人型ロボットの膝や足首は、体重に加えて歩くたびの衝撃を受けるので、この性質が生きます。そのかわり、ねじ軸・ころ・ナットの3つのねじ山をそろえて精密に削る必要があり、量産できる会社は限られます。投稿が引用した証券会社の採点では、遊星ローラーねじは14点で、「製造の壁」は満点の3、「生産能力の融通」は最低の1でした。
数字で比べると、差は荷重と寿命に出ます。スウェーデンのエウェリックスのカタログで同じ寸法 (軸の直径25ミリ・リード5ミリ) を比べると、荷重の目安となる基本動定格荷重は、ボールねじの19キロニュートンに対して遊星ローラーねじは68.4キロニュートンと約3.6倍でした。同社は寿命が最大10倍になると説明しています。一方、効率は実用の値でどちらも0.8強とほぼ同じで、「遊星ローラーねじの方が効率が高い」わけではありません。
研究ねじが1回転する間にナットが進む距離をリードと呼び、推力 F と入力トルク T の関係は F = 2π × T × 効率 ÷ リード です。リードを小さくすると同じモーターで大きな推力が出せるが、速さは落ちます。ボールねじは玉の直径がリードの約7割までに限られるため (スウェーデンのエスケーエフの技術資料)、リードを小さくすると玉が小さくなり荷重に弱くなります。遊星ローラーねじはこの制約が小さく、減速機を別に入れずにモーターとねじだけで大きな推力を得やすいことも、関節の部品を短くできる理由です。
減速の方式は4つ。人型ロボットは用途で使い分け、準直接駆動という選択肢もある
- 波動歯車は小さく正確、遊星歯車は安く丈夫、サイクロイドは重い荷に強い
- 産業用ロボットの根元の大きな関節にはサイクロイド減速機が使われてきた
- 減速比の小さい遊星歯車で逆駆動性を取る「準直接駆動」も有力
| 方式 | しくみ | 得意なこと | 弱み | 人型での使い道 |
|---|---|---|---|---|
| 波動歯車 | 歯が2枚少ない薄い歯車をたわませる | 小さく軽い・1段で大きく減速・すき間が小さい | 薄い部品の疲れ・加工が難しい・逆駆動性が低い | 肩・肘・手首・腰など、軽さと正確さが要る回転関節 |
| 遊星歯車 | 中心の歯車のまわりを小さな歯車が回る | 安い・丈夫・効率が高い・逆駆動性を取りやすい | 1段の減速比は小さい (数分の1〜10分の1程度) | 準直接駆動の脚の関節、手指の小型の減速機 |
| サイクロイド系 (RV 減速機など) | 曲線の歯の円板を偏心させて揺らし、ピンとかみ合わせる | 重い荷と衝撃に強い・こわさが高い | 大きく重い・高い | 産業用ロボットの根元の関節に多く、手首に使う例もある。アジリティの Digit 5 は脚に自社のサイクロイド減速のアクチュエーターを使う |
| ねじ (ボール・遊星ローラー) | 回転を直線の動きに変える | 大きな推力・荷を関節から離れた場所で押し引きできる | 直線の動きしか出ない・遊星ローラーは加工が難しい | 膝・足首・手首の直動関節 |
どの方式を選ぶかで、関節の性格が変わります。波動歯車で大きく減速すれば、小さなモーターで正確に力を出せますが、外から押されたときに逃げにくくなります。遊星歯車で小さく減速して大きなモーターを使う準直接駆動は、衝撃に強く力を感じ取りやすい代わりに、関節が太く重くなります。人型ロボットでは、腕の先のように軽さと正確さが要る関節と、脚のように衝撃に耐える関節で、方式を変える設計が一般的です。どの方式が主流になるかは、まだ決まっていません。
波動歯車を実用化したのは日本の会社。いま中国勢が安さと量で追う
- ハーモニック・ドライブ・システムズは1970年代から波動歯車を実用化してきた
- その営業利益は2年続けてほぼゼロになった (市況の谷と価格競争が重なった)
- 中国の緑的諧波は国内首位を名乗り、売上高はハーモニックの約4分の1
波動歯車は、米国の発明家 C. W. マッサーが1955年に特許を出願した仕組みです。日本には1964年に技術が導入され、1970年に長谷川歯車と米国のユーエスエム社の合弁でハーモニック・ドライブ・システムズが設立されました。2000年に発表されたホンダの ASIMO も、関節にハーモニックの減速機を使っていました。同社は産業用ロボットや半導体製造装置の関節向けに長く首位を守ってきましたが、2024年3月期と2025年3月期の2年間、営業利益がほぼゼロに落ちました。産業用ロボットと半導体製造装置の投資の谷に、中国勢の値下げが重なったためです。2026年3月期は営業利益26億円まで戻し、2026年8月7日には2027年3月期の予想を売上高745億円・営業利益85億円に引き上げました。
中国の緑的諧波は、波動歯車で国内首位・世界2位を名乗っています。2020年の上場時の説明書によると、2018年に中国ブランドの産業用ロボットに使われた波動歯車での台数の割合は62.55%でしたが、同じ年の世界のロボット向けでは6.16%でした。2025年の売上高は5.71億元で、同社の年報がハーモニックの売上高を人民元に直した25.08億元の約4分の1です。
投稿は「緑的諧波は中国の60%超・世界の35%を握り、価格はハーモニックの40〜60%」と書いていますが、60%は2018年の中国ブランドの産業用ロボットに限った割合で、世界35%と価格の比率は一次資料で確認できませんでした。投稿の「テスラのオプティマスの全関節にハーモニックの波動歯車が使われている」は、テスラが回転アクチュエーターに波動歯車を使うと説明したことまでは確認できますが、どの会社の製品かは両社とも公表していません。直動の関節はねじで動くので、「全関節」も正確ではありません。
重い荷を受ける関節の減速機では、日本のナブテスコが1985年に前身の帝人製機で開発した RV 減速機 (偏心した歯車を揺らす方式) の大手です。同社は、中大型の産業用ロボットの関節用の精密減速機で世界の約6割を占めると推計しています (基準の年は示していません)。
遊星ローラーねじと直動の部品では、ドイツのシェフラー、中国の恒立液圧・三花智控・緑的諧波が業界地図に並び、日本ではねじと直動案内の大手のTHKと日本精工が関節の部品に取り組んでいます。日本精工は人型ロボットの関節の部品を2028年に発売する計画を公表しました。詳しくは部品の価値と供給網の章で扱います。
この章の確認
フレクスプラインの歯が160枚の波動歯車の減速比はいくつですか。
歯数の差は2枚なので、160 ÷ 2 = 80。モーターが80回転すると関節が1回転する (向きは逆)。
遊星ローラーねじがボールねじより重い荷に強いのはなぜですか。
玉が点で接するボールねじに対し、ねじ山を刻んだころが線で接し、接する面積が大きいから。荷が多くの接点に分かれ、同じ大きさで重い荷と衝撃に長く耐える。
準直接駆動の長所と短所を1つずつ挙げてください。
長所: 逆駆動性が高く、衝撃に強く、モーターの電流から関節の力を推定できる。短所: 同じ力を出すのに大きなモーターが要り、関節が太く重くなる。
この章の出所
- 人型ロボットの部品への投資を論じた英語の投稿 (ゴールドマン・サックスの採点表と業界地図の画像を引用) (2026年9月)
- ハーモニック・ドライブ・システムズ 技術資料 (波動歯車の原理) — 原典
- ナブテスコ 精密減速機 (サイクロイド減速機) — 原典
- ハーモニック・ドライブ・システムズ 決算資料・有価証券報告書 — 原典
- 緑的諧波 上場時の説明書 (招股説明書) (2020年8月25日) — 原典
- 緑的諧波 2025年年報 (更正後) (2026年7月10日) — 原典
- 日本精工 ロボット用アクチュエーターの発表 (2025年) — 原典
- THK 人型ロボットと直動案内機器についての解説記事 — 原典
一次資料との照合: 2026-09-24。企業の数字は各社の開示、技術の数字はメーカーの技術資料と論文から取りました。二次情報 (報道・証券会社の資料を引いた投稿) の値は、その旨を本文に書いています。
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