波動歯車を実用化した長野県のハーモニック・ドライブ・システムズの営業利益は、2024年3月期が1億円、2025年3月期は1億円に満たなかった。同じ2年で、この機構を使う中国ユニツリーの粗利率は44%台から6割超へ上がった。

人型ロボットの値下げ競争が、部品の供給網を組み替え始めた。ユニツリーは人型R1を発売時の3万9,900元(約5,900ドル・約93万円)から2万9,900元(約4,400ドル・約70万円)へ下げ、モルガン・スタンレーは2026年6月24日、中国の人型ロボット出荷予想を2万8,000台から5万台へ倍増させた。値下げの震源と、圧力を受ける側の実額を、上場書類と有価証券報告書で確かめる。本稿の円換算は2026年8月7日の為替(1ドル=157.54円、1ドル=6.7474元、セントルイス連邦準備銀行の公表値)によるドル経由の概算である。売買の推奨や評価は示さない。

3万元を切ったR1と、5万台へ倍増した出荷予想

値下げはユニツリー1社ではない。値下げ競争を報じたPandailyによれば、松延動力は補助金の適用後でおよそ9,000元(約21万円)の小型機を出し、星塵智能はケーブル駆動の産業用T1を8万9,900元(約210万円)で発売した。中国の工業情報化省は年間の生産の目安として10万台超を掲げている。証券会社の予想より政策目標のほうが2倍大きいという需給の絵は、価格を下げる方向にしか働かない。

ユニツリーは2026年8月、上海市場へ株式を上場した。上場価格が示す時価総額はおよそ90億ドル(約1兆4,000億円)で、2025年の調整後純利益は6億元(約140億円)と開示されている。値下げをしながら利益を伸ばした計算になり、この両立が部品側への圧力の正体になる。

値下げの原資は9割の内製にある

本家の営業利益率とユニツリーの粗利率の対比
本家の営業利益率とユニツリーの粗利率の対比

上場書類に基づく報道の数字を並べると、値下げの構造が見える。四足ロボットの平均単価は2022年の2万2,300元(約52万円)から2025年1〜9月の1万2,100元(約28万円)へ約46%下がり、人型は2023年の7万3,200元(約171万円)から6万2,200元(約145万円)へ約15%下がった。1体145万円は、日本の工場で使われる協働ロボットの本体価格の下側に届き始めた水準にあたる。同じ期間に粗利率は44%台から6割を超えるまで上がっている。値下げと粗利の上昇が両立した。

これを可能にしたのが内製率である。モーター、減速機、制御器はいずれも9割超を自社で開発・生産し、外部から買う部品は総コストの14〜18%にとどまる。量産の拡大が部品の調達交渉力を強め、原価の構造を最適化したと同社自身が説明している。安く売っているというより、安く作れる構造を先に作った会社が価格を決めている。

この構造は後発には真似できない。2022年以降に興った人型ロボットの各社は、ユニツリーが四足で8〜10年かけて積んだ機構部品の内製経験を持たず、外部の減速機に頼るしかない。値下げ競争の圧力は、内製できない会社を経由して部品側へ流れ込む。

波動歯車という機構の中身

波動歯車の構造と仕様
波動歯車の構造と仕様

圧力を受けている部品の代表が波動歯車減速機である。構造は3部品しかない。楕円のカムと薄肉玉軸受でできたウェーブジェネレータが入力軸につながり、薄い弾性カップのフレクスプラインを楕円に変形させ、内歯を持つ剛体のサーキュラスプラインと上下2か所で噛み合わせる。カップの歯は外輪より2枚少なく、入力が1回転するたびにカップは歯数の差のぶんだけずれる。歯数200枚なら入力100回転で出力1回転になり、1段で50分の1から160分の1の減速を作れる。

遊びがほとんど出ないため、位置決めの精度は角度の秒単位で決まる。重さは0.1から3.0キログラム、伝達効率は85%以上、騒音は50デシベル以下という水準が製品分類の目安で、人型ロボットは肩・肘・手首・股・膝・足首の関節に1体で十数個を使う。多自由度の手指にも小型品の採用が広がっている。薄肉カップの歯切りと熱処理の管理が精度と寿命を決め、これが長年の参入の壁だった。

本家の営業利益は2年間ほぼゼロだった

この機構を1970年代から実用化してきたのがハーモニック・ドライブ・システムズ(6324)である。有価証券報告書の時系列は厳しい。2023年3月期に売上715億円・営業利益102億円(14.3%)だったのが、2024年3月期は売上558億円・営業利益1億円(0.2%)、2025年3月期は売上556億円で営業利益は1億円に満たず、率にしてほぼ0%になった。2026年3月期は売上596億円・営業利益26億円(4.3%)へ戻したが、100億円を稼いだ水準からは遠い。

利益の消失を中国の値下げ競争だけに帰すことはできない。産業用ロボットと半導体製造装置の投資の谷が2024年前後の需要を直撃しており、市況の下りと中国勢の台頭が重なった形になる。それでも、需要が人型ロボットという新しい出口で戻り始めた局面で、価格の決定権が発注側に移っているという事実は、回復の傾きを規定する。研究開発費は40億円、設備投資は48億円で、投資は続いている。

RV減速機で世界の産業用ロボットの関節を支えてきたナブテスコ(6268)は、直近通期で売上3,079億円・営業利益207億円(6.7%)だった。中国の双環伝動が国内シェア25%超とされるRV領域はナブテスコの主戦場であり、値下げ圧力は波動歯車とRVの両方に及んでいる。

領域を越え始めた中国の部品各社

供給網の再編は具体的な形を取り始めた。人型向け波動歯車で唯一量産黒字とされる蘇州の緑的諧波は、スウェーデンのSKFと高精度軸受の合弁を組んだ。SKFの発表によれば出資はSKFが6割を握り、産業現場での連続稼働に耐える精密部品を開発する。発表を受けてSKFの株価は4%上がった。減速機の中国最大手が、軸受という自社の弱点を欧州の技術で埋めに来ている。

逆方向の侵入も起きた。RV減速機で国内首位の双環伝動は、子会社の環動科技を通じて緑的諧波の本丸である波動歯車へ参入した。小型駆動装置の兆威機電は深センに8億元(約190億円)を投じて手指駆動装置の生産拠点を建て、B20と呼ぶ多自由度ハンドの事業化を狙う。Pandailyの報道では、中大力徳がユニツリーと2027年までに人型およそ11万台分・32億元(約750億円)の長期供給契約を結んだとされ、供給網の固定化が始まった規模を示している。

この一連の動きが示すのは、中国の人型ロボットで「この部品はこの会社」という序列がまだ固まっていないという事実である。序列が固まる前に領域を広げた会社が次の基準を作る。自動車からはBYD、長安、小鵬、小米が参入しており、車で起きた値下げ競争と部品側の利益圧縮が、ロボットで再演される条件はそろっている。

円に直すと市場は700億円台、部品の需要は年60万個の桁になる

規模の感覚を円でそろえる。モルガン・スタンレーの予想どおり2026年に5万台が出荷され、平均単価を人型の6万2,200元と置くと、中国の人型ロボットの年間市場はおよそ31億元、円でおよそ720億円になる。日本の上場企業1社の四半期売上にも満たない規模で、供給網の再編が先に走っている。市場が小さいうちに部品の序列が決まり、序列が固まってから市場が大きくなるというのが、この業界の時間の並びである。

部品の需要は台数の掛け算で見える。人型1体が関節に使う減速機を12〜16個と置くと、5万台で年60万〜80万個、工業情報化省の目安どおり10万台なら年120万〜160万個の需要が生まれる計算になる。この算術は台数と搭載数の仮定に依存するが、どちらの仮定も本稿に示した公表値の範囲にある。減速機の単価が数万円の桁であることを踏まえると、部品市場は完成品市場より先に、日本の部品会社の売上に対して意味のある大きさへ届く。

成長の傾きも記録しておく。モルガン・スタンレーは2026年の予想を年初から2回引き上げて倍増させ、政策目標はさらにその2倍にある。予想の引き上げが繰り返される局面では、部品の発注が完成品の出荷に先行する。日本側の受注にそれが表れるとすれば、完成品の統計より半年ほど早い。

関節を回すのはレアアース磁石である

減速機の隣には、もう1つの素材の急所がある。関節のモーターはネオジム磁石を使い、その供給は中国が分離精製の工程を握る。中国は2026年1月6日、日本向けの両用品目の輸出管理強化を公表し即日実施した。人型ロボットの生産が計画どおり10万台へ向かうなら、磁石の需要はロボット側からも積み上がる。

日本側では、ネオジム磁石を製造する大同特殊鋼(5471)が営業利益率7.3%、磁石と磁性材料のTDK(6762)が10.9%で研究開発費の売上比11.6%、モーター最大手のニデック(6594)が9.1%にいる。磁石の供給網はレアアースの調達分散と一体で動く。

日本の関連上場企業の現在地

有価証券報告書を収録している企業から、人型ロボットの機構部品に関わる会社の直近通期を並べる。

証券コード会社名領域売上営業利益率外国法人等持株比率
6324ハーモニック・ドライブ・システムズ波動歯車596億円4.3%未取得
6268ナブテスコRV減速機3,079億円6.7%41.4%
6954ファナック産業用ロボット8,578億円21.4%51.4%
6506安川電機ロボット・サーボ5,421億円8.7%26.3%
6273SMC空圧・駆動8,425億円22.6%58.0%
6481THK直動案内2,404億円6.0%29.6%
6479ミネベアミツミ軸受・モーター1兆6,644億円6.2%37.5%
6594ニデックモーター2兆6,078億円9.1%26.5%

部品を作る側の利益率が1桁に並ぶなかで、ロボットを作って売るファナックSMCは2割台を保っている。外国法人等の持株比率はSMCが58.0%、ファナックが51.4%と過半に達しており、海外の投資家はこの構図の上流よりも、価格を決められる側に張っている。ハーモニック・ドライブ・システムズは収録を本稿に合わせて追加したため、株主構成などの一部指標は未取得である。

日本の投資家がこの表を使うなら、見る場所は3層に分かれる。第1層は人型ロボットの受注が業績に直接届く減速機の2社で、確かめる開示は受注残と中国売上の比率、そして値付けが守れているかを示す利益率の推移になる。第2層は完成側の高利益率の会社で、人型が工場に入るなら既存の産業用ロボットと競合するのか補完するのかが論点になる。第3層は磁石とモーターの素材側で、ロボットの台数よりレアアースの輸出管理という政策の変数に振らされやすい。

裏返しの危険も同じ表から読める。中国の完成車と部品各社が内製と国産化を進めるほど、中国市場の中の日本製部品の取り分は削られる。ハーモニック・ドライブ・システムズの営業利益がゼロ近傍まで沈んだ2年間は、その圧力が実額に出た期間でもある。成長の傾きと取り分の縮小が同時に進む市場では、台数の予想だけを見て部品側の業績を予想することはできない。

確かめられる点

数字で追える確認点は3つある。ハーモニック・ドライブ・システムズの次の半期報告書で、人型ロボット向けの受注が売上と利益率をどこまで押し上げるか。上場したユニツリーの四半期開示で、粗利6割と値下げの両立が続くか。モルガン・スタンレーの5万台と工業情報化省の10万台のどちらに実績が寄るか。

序列が固まっていない供給網で勝ち残った減速機の会社は、次の時代に中国を代表するロボット用歯車の供給元と呼ばれることになる。その座を巡る競争の帰結は、波動歯車を半世紀かけて磨いてきた会社の利益率がどの水準で下げ止まるかと、同じ問いの裏表になっている。