米サンフランシスコで8月15日、等身大のヒト型ロボット同士の格闘戦が初めて開かれた。機体は中国EngineAIのT800で、操縦者の代表枠は操縦シミュレーター世界3位の日本勢が確保した。

主催したのは、サンフランシスコのロボット興行会社REK (Robot Entertainment Kombat)である。これまで同社の試合は身長1.27mの小型機ユニツリーG1で行われてきたが、今回初めて等身大の機体同士がリングに上がった。機体は深センのEngineAIが量産するT800で、遠隔操縦の腕を競う日本の操縦者と米国の操縦者が対戦する国際戦になった。ロボットは中国製、操縦系は英国製、興行は米国、操縦者は日本。1つのリングに4か国の分業が乗っている。本稿は機体の仕様と興行の経済を一次資料から読み、日本株への波及までを追う。円換算は2026年8月7日の為替(1ドル=157.54円、セントルイス連邦準備銀行の公表値)による概算である。売買の推奨や評価は示さない。

日本代表はクリーンヒット14.3回、精度で米国勢の上に立った

出場枠の決め方が新しい。REKは操縦シミュレーターをSteamとMeta Questで無料配信しており、パソコンとVR機器があれば誰でもランキング戦に参加できる。主催者の発信によれば、日本からは国内予選で1位を確保した操縦者が代表に選ばれた。世界順位は3位だが、1回の試合で有効打を当てる平均回数は14.3回で、世界1位と2位の米国勢を上回る。つまり腕前の物差しが「精度」なら日本代表が世界の頂点にいる状態で、8月15日の実機での対戦を迎えた。

シミュレーターから実機への道筋は既に固まっている。最初の選手権は週末だけで3,670試合が行われ、優勝者にはサンフランシスコで実機を操縦する権利が与えられた。家庭のゲーム環境が実機興行の予選会場を兼ねる構図で、選手層の裾野はロボットの保有台数と切り離されて広がる。

操縦は格闘ゲームとは違う、人間が意図を送り機体が技を出す

T800の仕様と太平洋の両岸で分かれた興行の設計
T800の仕様と太平洋の両岸で分かれた興行の設計

REKの操縦系はロンドンのReflex Arc社が開発した。操縦者はVRヘッドセットと腕の動きを読み取るコントローラーを着け、繰り出したい技の「意図」を送る。実際の打撃や足運びは、機体に覚え込ませた動作が実行し、転ばないための姿勢制御も機体側の学習済み制御が受け持つ。人間がモーター1つ1つを動かすのではなく、意図と実行を人間とAIで分担する設計である。同社は操縦の指示が機体の動きに変わるまでの遅れを縮めることに開発を集中しており、社名の由来も脊髄反射の神経経路にある。

この設計は、遠隔操縦とヒト型ロボットの自律の距離を扱った前稿で見た論点を実地に移した形でもある。完全自律にはまだ遠いが、人間の判断と機体の運動学習を組み合わせれば、興行として成立する速さと迫力には既に届いている。

T800の仕様は膝のトルク450Nm、頭脳はNVIDIAの275TOPS

機体そのものの数字を並べる。T800は身長173cm、電池込みで75kg。胴体に29の自由度、3本指の手に片側7つの可動関節を持ち、関節のピークトルクは450Nm、歩行の最高速度は秒速3m(時速10.8km)に達する。電源は交換式の全固体電池で、高負荷の連続動作は約4時間。頭脳にはNVIDIAのJetson AGX Orin (AI処理275TOPS)とインテルのN97を積む。興行の宣伝では「6フィート(約183cm)級」とうたわれるが、メーカー公表の身長は5フィート8インチ相当である。

価格は発売時の約2万5,000ドル(約394万円)から現在は4万ドル(約630万円)へ上がり、競技仕様は5万ドル(約788万円)前後。REKは輸送・関税・改修や予備部品まで含めた自社運用機の費用を1体およそ10万ドル(約1,575万円)と説明している。参考として、ユニツリーの最上位機H2プラスの表示価格が10万ドルである。EngineAIの工場は15分に1体のペースで組み立てる量産体制を敷いており、格闘という過酷な用途は、量産機の耐久試験を観客の入場料で賄う仕組みとも読める。

深センは自律AIで純金ベルト、サンフランシスコは人間操縦の興行

同じT800を使いながら、太平洋の両岸で興行の設計は正反対に割れた。EngineAI自身が主催する深センのURKLは7月16日に開幕し、10か国から200を超えるチームが参加。試合中の人間の操縦は禁止で、機体は自前のAIだけで戦う。賞金総額は1,000万元(約2.2億円)、王者には純金10kgのベルトが贈られ、決勝はドバイで開かれる。開幕戦では飛び蹴りで頭部を失った機体が、制御系が胴体にあるため戦い続けて勝つという一幕が世界に流れた。

一方のREKは人間の操縦を興行の中心に置く。入場料60〜80ドル(約9,500〜1万2,600円)、1試合は60秒5ラウンド制で、2025年9月の旗揚げ戦は約3,400枚の入場券を売った。Twitch共同創業者のジャスティン・カン氏や現役の総合格闘家が操縦者に名を連ね、13歳の操縦者が経験者を破る番狂わせも起きている。11月11日からはロサンゼルスを皮切りにラスベガス・オースティン・マイアミ・ニューヨークを回る全米巡業を予定し、サンフランシスコのバンネス通りには約560平方メートルの常設店舗を開いた。昼はロボットの販売と修理、夜は試合という「道場兼販売店」である。中国が機体の性能を国家的な見本市として競うのに対し、米国は人間の腕前を売る格闘興行として組み立てた。設計の違いはそのまま、機体を「作る国」と「使う国」の分業を映す。

競合はユニツリー、価格は93万円から1,575万円まで公開で並んだ

対戦相手になり得る機体には、既に公開価格が付いている。最大手の杭州ユニツリーは2025年7月、身長1.21m・25kgの小型機R1を5,900ドル(約93万円)で発売して価格の常識を壊し、2026年4月には等身大級のH2を2万9,900ドル(約471万円)で投入、最上位のH2プラスには10万ドル(約1,575万円)の表示価格を掲げる。REKが現行興行の主力に使うG1は1万6,000ドル(約252万円)。上海のAgiBot(智元ロボット)が売る身長173cmの遠征A3は4万5,000ドル(約709万円)で、REKは既にこのA3も1体保有している。テスラのOptimusや米フィギュアの機体は市販されておらず、性能と価格を公開の場で見比べられるのは中国勢だけという状態が続く。格闘興行は結果として、ヒト型ロボットの出来と相場を観客の目の前に並べる公開のショールームを先に作った。EngineAIのT800はこの価格帯の中で、格闘という耐久試験を宣伝に変えた機体である。

EngineAIにはアップルの組立大手が出資している

機体を供給するEngineAIは2023年設立の深セン企業で、創業者の趙同陽氏はEVメーカー小鵬汽車のヒト型ロボット開発を率いた人物である。2026年4月のシリーズBで約2億ドル(約315億円)を調達し、累計調達は3.5億ドル(約550億円)超、企業価値は15億ドル(約2,360億円)と報じられる。出資者にはアップル製品の組立大手である立訊精密、電子商取引の京東、河南省の政府系資本が並ぶ。スマートフォンの精密量産を担ってきた企業がヒト型ロボットの量産に資本を入れる構図は、中国のヒト型ロボットが台数目標に対して需要を欠くと指摘した前稿の裏面でもある。需要の空白を、格闘興行という「見せる用途」が先に埋め始めた。

米国側の市場の温度は開示書類で測れる。米SECの全文検索で「humanoid robot」をこの語形で含む開示書類は、2023年は1件だったが、2024年20件、2025年52件、2026年は8月15日までで102件に増えた。上場企業が投資家への説明にヒト型ロボットという言葉を使う頻度は、3年前の100倍を超えた。

日本の産業用ロボット受注は2025年に41%増、押し上げたのは外需である

日本の産業用ロボット受注と関連株の実数
日本の産業用ロボット受注と関連株の実数

日本側の実数は内閣府の機械受注統計にある。産業用ロボットの受注額は2023年5,926億円、2024年5,910億円と横ばいだったが、2025年は8,338億円と前年比41%増えた。2026年も1〜5月の累計で4,584億円と、単純な年率換算で約1.1兆円のペースを保つ。ただし内訳を見ると国内の民間需要は年1,500億円弱で動いておらず、増加分はほぼすべて外需である。米中の自動化投資が、日本のロボット産業の受注を押し上げている。

企業別の体力は有価証券報告書の実数で比べられる。ファナック(6954)は売上8,578億円・営業利益率21.4%、空圧機器のSMC(6273)は22.6%と高い。一方でヒト型ロボットの関節に不可欠な精密減速機のハーモニック・ドライブ・システムズ(6324)は売上596億円・営業利益率4.3%と足元は薄いが、売上の6.7%にあたる40億円を研究開発に投じ、需要の立ち上がりを待つ姿勢が数字に出ている。安川電機(6506)は8.7%、ナブテスコ(6268)は6.7%で、T800の膝が示した450Nmというトルク水準は、この減速機・モーター群の技術領域そのものである。

作るのは日本、使うのは中国。ソフトバンクは8,000億円で次の手を打った

産業用ロボットの勢力図は、作る側と使う側で主役が違う。国際ロボット連盟(IFR)は日本を世界最大のロボット供給国と位置づけ、世界生産の46%が日本製である(2022年)。日系企業の売上高で数えれば世界シェアは65.9%に達する(NEDO集計)。一方、導入台数では中国が世界の54%を占め(2024年)、ヒト型の量産と価格の主導権も深セン・杭州勢が握り始めた。作る力の頂点に日本がいて、使う市場と次世代機の主導権が中国へ寄る。この非対称が、日本側の打ち手の出発点になる。

打ち手は2つ動いている。第1に資本である。ソフトバンクグループ(9984)は2025年10月8日、スイスABBのロボティクス事業を53.75億ドル(約8,187億円)で買収すると発表した。ABBはファナック安川電機と並ぶ産業用ロボット世界4強の一角で、買収完了は2026年半ばから後半、欧州・中国・米国の競争法審査を経る。同社はこの買収を「フィジカルAI」戦略の中核に置いており、保有株を組み替えてAIへ資金を寄せる動きと同じ線上にある。完了すれば、AI投資を背にした日本国籍の世界大手がファナック(6954)・安川(6506)の隣に現れる。国内2強にとって、顧客網とAIの組み合わせを競う新しい相手が生まれることになる。第2に共通基盤である。2024年12月に設立されたAIロボット協会(AIRoA)には早稲田大学やトヨタ自動車などが参加し、NEDOは2025〜29年度に205億円を投じてロボットを動かすAI「ロボット基盤モデル」用のデータ基盤整備を委託した。機体の量産で先行を許した分を、動作データとAIの共通基盤で取り返す設計である。

関節の数だけモーターがあり、モーターの数だけ磁石が要る

T800は胴体29+両手14の可動部を持ち、そのほぼすべてに高トルクのモーターが入る。モーターの心臓部はネオジム磁石で、耐熱性を上げるにはジスプロシウムなどの重希土類が要る。中国は2025年4月にサマリウム・ジスプロシウム・テルビウムなど中重希土類7品目を輸出許可制にしており、ヒト型ロボットの増産は磁石材料の供給網を直撃する論点になった。製錬・精製の脱中国も動いている。双日はJOGMECと共同で豪ライナス社に出資し、重希土類の対日供給枠を確保、2025年10月にジスプロシウムとテルビウムの輸入を始めた。2026年3月には供給枠を生産量の最大75%へ、対象を6品目へ広げている。

銘柄レアアース×ロボットでの役割直近通期 (有価証券報告書)
信越化学工業 (4063)ネオジム磁石を国内生産する化学最大手売上2兆5,740億円・営業利益率24.7%
大同特殊鋼 (5471)重希土類の使用を抑えた熱間加工ネオジム磁石を駆動モーター向けに量産売上5,781億円・営業利益率7.3%
TDK (6762)磁石・磁気センサー・小型モーター。研究開発費2,897億円は売上の11.6%売上2兆5,048億円・営業利益率10.9%
双日 (2768)豪ライナスの重希土類を日本へ。2026年3月に供給枠75%・6品目へ拡大売上2兆7,574億円
豊田通商 (8015)インドでレアアースの分離・精製事業を運営売上11兆5,619億円・営業利益率4.7%

格闘興行そのものは小さな市場である。ただし、そこで壊れて交換される関節・減速機・磁石は、工場で10年使われる産業用ロボットの何倍もの速さで消耗する。「見せるロボット」は部品にとって最も回転の速い実験場になる。

確かめられる点

検証は公開情報の日付で追える。第1に、8月15日の対戦の勝敗と機体の損傷はREKの配信記録で確認でき、11月11日開幕の全米巡業が実際に5都市で開かれるかが興行の持続力の試金石になる。第2に、深センURKLのドバイ決勝(2026年末〜2027年初頭)と純金ベルトの授与。第3に、内閣府の機械受注統計は毎月中旬に公表され、産業用ロボットの外需が1.1兆円ペースを保つかを翌月には検証できる。第4に、ハーモニック・ドライブ・システムズと安川電機の中間決算で、ヒト型ロボット向けの引き合いへの言及があるか。第5に、双日の重希土類輸入量と、中国の輸出許可の運用。第6に、ソフトバンクグループによるABBロボティクス事業の買収が競争法審査を経て2026年内に完了するかである。

リングの上で壊れ合う2体のロボットは、見世物であると同時に、量産・操縦・部品・材料という4つの市場の耐久試験でもある。日本の投資家にとっての観戦席は、受注統計と有価証券報告書の中にある。