NIOの旗艦セダンET9は、減衰器一体の電動ポンプが4輪を1ミリ秒周期で押し引きし、前方カメラが0.5秒先の路面を読む。段差で車体が動かない映像は本物だが、比較相手の方式と、月100台という販売台数は映像に映らない。

2026年に広く拡散した映像では、NIOのET9が試験用の段差の列を車体をほとんど揺らさずに越え、後に続くBMW i7とアウディA8が上下に揺れる。ET9の足回りSkyRideは電気油圧式の作動器と前方の路面を読むカメラで各輪を毎秒約1,000回調整するとされ、「印象的な技術だが、比較の条件には議論がある」という論評が付いた。本稿はこの1本の映像を、乗り心地の物理、装置の中身、欧州勢との方式の違い、比較試験が議論になる力学的な理由、そしてこの装置が何台の車に載ったかという商売の数字に分けて確かめる。数字は、NIOが米証券取引委員会に提出した決算、供給者ClearMotionの公開情報、日本の懸架部品メーカーが金融庁EDINETに提出した有価証券報告書、経済産業省の生産指数、米連邦準備銀行の物価指数で示す。

車体を揺らさないとはどういうことか — 1/4車両モデルで読む

自動車の乗り心地は、1輪分を切り出した「1/4車両モデル」で考えると見通しがよい。車体 (ばね上質量) は、ばねと減衰器を介して車輪 (ばね下質量) に載り、車輪はタイヤの剛性を介して路面に接する。車体の固有振動数はおよそ1〜1.5Hz、車輪のそれは10〜15Hzで、路面の凹凸はこの2つの振動をそれぞれ励起する。受動式の足回りは、ばね定数kと減衰係数cを固定して両者の妥協点を探す。セミアクティブ式は減衰係数cだけを電子的に変えるもので、力を出すことはできず、動きを「逃がす」か「止める」かを選ぶだけである。フルアクティブ式はこれに作動器を足し、車体を能動的に押し引きして路面の入力を打ち消す(本稿の図1)。

フルアクティブサスペンションの仕組み
フルアクティブサスペンションの仕組み

図1 — 左は1/4車両モデル、中はSkyRideの信号の流れ、右は受動からフルアクティブまでの4段階

理想の制御は「スカイフック」と呼ばれる。車体を空中の一点から仮想の減衰器で吊るように制御すれば、路面がどう動いても車体は静止する。実際の作動器は車体と車輪の間にしか力を出せないため、車輪の動きを測って車体側の力を逆算する。ここで2つの数字を区別する必要がある。1つは「帯域」で、装置がどこまで速い振動に追従できるかを表す。車体の揺れ (約1Hz) だけを抑えるなら数Hzで足り、車輪の跳ね (約12Hz) まで抑えるには数十Hzが要る。もう1つは「制御周期」で、指令を出す細かさを表す。SkyRideの「毎秒1,000回」は制御周期の数字であり、時速60kmなら1ミリ秒に進む1.7cm刻みで段差の輪郭を追える細かさを意味する。追従の上限を決めるのは油圧の作動器側の帯域で、これは数十Hzの領域にある。

SkyRideの中身 — ClearMotionの作動器、ZFの操舵、925Vの電源

NIOが公開する数字は次のとおりである。SkyRideは「世界初の統合型油圧フルアクティブサスペンション」で、路面の凹凸の情報を1ミリ秒以内に処理して応答し、各減衰器に一体化した独自の電気油圧ポンプが車高を1秒で50mm動かす。車高は+40mmから−50mmの範囲で調整でき、乗降時には2秒で50mm下がる。前方の立体視カメラが路面の高さを約0.5秒先まで読み、制御器へ送る。4輪は完全に独立して制御され、6方向の姿勢調整ができる。車両の電源は最高925Vで、600kWの充電と765Aの電流を受け入れる。後輪は最大8.3°切れ、最小回転直径は10.9mである。

作動器の供給者は、米マサチューセッツ州のClearMotionである。2012年にマサチューセッツ工科大学から生まれ、2017年にボーズの音響式サスペンション事業を買収し、2022年にNIO Capital (NIO創業者の李斌氏が主宰する投資会社) が3,900万ドルの資金調達を主導した。2023年12月23日のNIO Dayで、NIOはClearMotionの製品「ClearMotion1」を300万個、車両にして75万台分を発注したと発表し、同社は江蘇省常熟に年産150万個の工場を2024年4月に稼働させた。解説記事によれば、ClearMotionの作動器はブラシレスモーターで毎秒1,000回のトルク調整を行い、車内の動きを従来比で約75%減らすとうたう。操舵は独ZFのステアバイワイヤで、2025年2月17日にNIOとZFが共同で公表した。低速では0.6回転で据え切りができ、ET9はNIOのNT3.0世代で最初の量産車として、世界で最初期のステアバイワイヤ量産車になった。

先読み0.5秒の意味を距離に直すと、時速60kmで8.3m、時速100kmで13.9m先の路面を見ていることになる。段差の高さと到達時刻が分かれば、車輪が乗る瞬間に合わせて減衰器を緩め、車体側の力を用意できる。反応型の装置は段差に乗ってから力を出すため、最初の衝撃は必ず車体へ入る。先読み型は「反応」を「準備」に変える装置で、これがカメラなしの高帯域装置 (後述のポルシェ) との違いになる。

欧州勢の3方式と、比較相手BMW i7の方式

フルアクティブに近い足回りは欧州勢が先に量産している。並べると電源電圧が方式を決めていることが分かる(本稿の図2)。

5つの方式の比較
5つの方式の比較

図2 — 電源電圧、作動器、追従速度、先読みの有無を5つの方式で並べたもの

ポルシェのActive Ride (パナメーラのハイブリッド、タイカンの2モーター車) は、各減衰器に電動ポンプを直結して減衰器内の油量を変える電気油圧式で、400Vの電源から動力を取る (タイカンは800Vから400Vへ降圧)。解説記事は追従を毎秒13回、1輪あたりの補助力を約10kN (2,248ポンド) と伝え、カメラを使わない反応型である。メルセデス・ベンツのE-Active Body Controlは48Vの電源で油圧ポンプと各輪の油圧ストラットを動かすハイドロニューマチック式で、ステレオカメラの先読みを持つ。アウディA8の予測型アクティブサスペンションは48Vの電気機械式で、ベルト駆動と波動歯車装置でモーターのトルクを約200倍の1,100N·mへ増やし、各輪を0.5秒で±8.4cm動かす。常用の消費電力は10〜200W、瞬間最大で6kWと公開されている。

この電力の数字が、方式の分かれ目を示す。力を速く出すには電圧と電流の積が要り、48Vでは大電流になって配線とモーターが太る。だからアウディは減速比で力を稼ぎ、常用を数十Wに抑えて瞬間だけ6kWを出す。ポルシェが400V、ET9が925Vから動力を取れるのは、電動化で車両に高圧の電源が載ったからで、フルアクティブが電気自動車で先に量産に乗った理由はこの電源の余裕にある。

映像の比較相手BMW i7の足回りは、電子制御ダンパーとエアばねの組み合わせで、減衰力と車高は変えられるが力を出す作動器を持たないセミアクティブ式である。同じ段差で車体が動くのは方式の差であり、性能の優劣ではない。問われるべきは「同じフルアクティブ同士でどれだけ違うか」で、ポルシェやメルセデスとの同条件の比較は公開されていない。

段差の間隔とホイールベース — 比較試験が議論になる力学

NIOの実演は2023年12月のNIO Dayから続く。試作車の前部に4段のシャンパンタワーを載せて段差を越えてもこぼれない映像、2024年冬の試験場で車体を上下に振って雪を落とす「犬のしぐさ」、2024年7月の天板でサッカーボールを跳ねさせる映像、そして2024年12月のメルセデス・マイバッハS580との比較である。マイバッハとの比較では後席のテーブルに積み木を9段積み、マイバッハの塔は崩れ、ET9の塔は残った。批判は段差の間隔に集まった。段差がET9の車軸間距離 (3,250mm) に合わせて置かれていれば、前後輪が同時に段差に乗り、車体は平行に上下するだけでピッチ (前後の傾き) が出ない。車軸間距離が違う車では前輪が先に上がり、次に後輪が上がるため、同じ速度でも車体は前後に揺れて見える(本稿の図3)。

比較試験の争点 — 段差の間隔と車軸間距離
比較試験の争点 — 段差の間隔と車軸間距離

図3 — 左は段差の間隔と車軸間距離の関係、右はNIOが公開した実演の時系列と、映像で見えないもの

NIOの李斌CEOは「段差の半分はET9の車軸間距離、半分はマイバッハの車軸間距離に置いた」と反論し、疑う側に再現試験を求めた。第三者による同条件の試験は公開されていない。BMW i7とアウディA8の映像についても、撮影者、段差の高さ、通過速度、タイヤの空気圧、乗員数、比較車の減衰モードは分からず、これらは1つでも結果を大きく変える。乗り心地の国際規格ISO 2631は車体の変位ではなく座席の加速度で評価するため、車体が動かなくても作動器が高周波で押し引きすれば加速度は残り、それは映像には映らない。

それでも技術の差は実在する。前後輪が同時に段差に乗る条件で車体の上下動を消すには、車輪が持ち上がる量を車体との間で吸収する「力」が要り、セミアクティブのi7には原理上その手段がない。映像が示しているのは「ET9はi7より良い足回りを持つ」ではなく、「フルアクティブはセミアクティブにはできないことをする」という、方式の違いである。

何台に載ったか — 月100台のET9と、75万台の契約

技術の評価と商売の評価は別の数字で決まる。ET9は2024年12月21日に発売され、価格は電池込みで78万8,000元 (2026年8月28日の為替1ドル6.726元、1ドル159.97円で約1,870万円)、999台限定の初回版が81万8,000元、電池を月1,128元でレンタルする方式なら66万元である。納車は2025年3月末に始まり、CnEVPostの集計では2025年の月次納車は3月89台、4月810台、5月682台、6月307台、7月85台、8月92台、9月90台、10月127台、11月118台、12月198台で、年間2,598台、NIOブランドの年間納車178,806台の1.5%だった。2026年も5月153台、6月125台、7月98台と月100台前後で推移し、2026年5月までの累計は3,272台である(本稿の図4)。

ET9の販売台数とClearMotionの契約
ET9の販売台数とClearMotionの契約

図4 — 上はET9の月次納車、右上は2026年に加わったES9、下はClearMotionの契約・工場・資金

75万台分という2023年の受注はET9の生産期間全体の数量として発表されたもので、月100台の実売では意味を持たない。数字が動いたのは2026年5月27日に発売された旗艦SUVのES9である。価格は49万8,000元から62万8,000元で、上位2仕様に「48V統合油圧フルアクティブサスペンション」を標準で載せた。発売から5日間で3,108台、6月に8,595台 (NIO全体の21%)、7月に6,315台を納車し、発売30日で1万台目を納めた。ClearMotionは2026年6月、自社の作動器を積んだ車が1万台を超えたと発表し、これはET9とES9の合計である。常熟工場の年産150万個は1台4個として年37.5万台分にあたり、ES9の立ち上がりで初めてこの数字に意味が出た。ClearMotionは2024年4月にポルシェとの技術協業を公表し、累計で約3億7,000万ドルを調達している (2025年1月にはインドのSona BLWが400万ドル出資)。ET9は、創業者が主宰する投資会社が出資した供給者の技術を世に出す「見本」であり、収益は同じ足回りを載せたSUVで回収する構図にある。ES9の足回りが「48V」と表記されている点は、925VのET9とは電源系が異なることを示し、同じ供給者でも仕様が別であることに注意が要る。

NIOの決算 — 粗利率18.4%、営業損益はほぼ均衡

NIOが2026年9月1日に米証券取引委員会へ提出した第2四半期の決算によれば、4〜6月期の納車は107,658台 (前年同期比49.4%増) で、NIOブランド60,945台、ONVO 29,124台、FIREFLY 17,589台である。売上高は321億3,690万元 (69.1%増)、車両売上は290億5,820万元 (80.1%増)、粗利率は18.4% (前年同期10.0%)、車両粗利率は18.5% (同10.3%) だった。研究開発費は21億4,490万元で28.7%減、販売管理費は44億2,450万元で11.6%増、営業損失は3億4,720万元、調整後の営業利益は2億690万元、純損失は5億2,800万元、調整後の純利益は2,610万元である。現金と投資の残高は567億元 (84億ドル)、第3四半期の予想は納車108,000〜111,000台、売上332億8,500万〜340億5,100万元である。年次報告書 (Form 20-F、2026年4月10日提出) によれば2025年12月期の営業損失は140億4,100万元、純損失は149億4,300万元で、2024年の営業損失218億7,400万元から縮んだ。李斌CEOは「NIOブランドは中国の35万元超の乗用車市場で首位」と述べ、ES8が発売335日で14万台に達したと説明したが、決算資料にET9への言及はない。旗艦セダンは会社の業績にとって数字の上では存在しない大きさである(本稿の図5)。

足回りの経済 — SEC・EDINET・e-Stat・FRED
足回りの経済 — SEC・EDINET・e-Stat・FRED

図5 — 上はNIOの決算、中は日本の懸架・ばね・油圧4社、下は国内生産指数と米国の部品物価

日本の懸架部品4社 — 減衰器・ばね・油圧の決算と生産指数

フルアクティブの作動器は米国の新興企業が供給しているが、減衰器とばねの量産で世界の上位にいるのは日本企業である。カヤバ (証券コード7242、旧KYB) の2027年3月期第1四半期 (2026年4〜6月) は売上高1,262億円 (前年同期比10.7%増)、営業利益108億円で、緩衝器を扱うAC事業の売上は888億円 (11.5%増)、うち四輪車用油圧緩衝器が668億円 (10.7%増)、二輪車用が144億円 (23.9%増、東南アジア・インド・中国で好調) である。通期の予想は売上高4,890億円、営業利益240億円 (31.3%減) で、前期にあった知多鋼業の完全子会社化に伴う負ののれん発生益がなくなる。同社は2026年10月1日に1株を3株へ分割する。懸架ばねの世界大手日本発條の2026年3月期は売上高8,168億7,900万円、営業利益457億8,400万円 (5.6%) で、前期の521億6,000万円から減益、設備投資476億7,500万円、研究開発費246億7,600万円、従業員18,121人である (有価証券報告書 S100YD4O)。アイシンは営業利益2,287億9,600万円、純利益1,716億9,700万円で前期から増益、従業員113,292人 (S100YAWO)。セミアクティブダンパーを持つAstemo (旧日立Astemo) は日立製作所の持分法適用会社で、日立本体の2026年3月期は売上高10兆5,867億8,100万円、純利益8,023億6,800万円である (S100YGBO)。

経済産業省の鉱工業指数 (2020年=100) は、この産業の中で何が伸びているかを示す。懸架制動装置部品の生産は2018年の113.3から2025年に140.0、2026年1〜3月期に153.7へ上がり、普通乗用車の生産 (2025年114.2、2026年1〜3月期116.7) を大きく上回る。ばねは115.8から118.2へ、油圧機器は96.9 (2018年124.1) と低迷が続く。台数がほぼ横ばいの中で懸架・制動部品が36%増えているのは、電子制御ダンパー、エアばね、電動ブレーキといった1台あたりの部品の高度化が、数量ではなく単価で伸びていることを示す。米労働省の生産者物価指数 (FRED) では自動車部品製造が2019年1月の113.9から2026年7月に133.6へ17.3%上がり、操舵・懸架部品は104.3から115.4へ10.6%の上昇にとどまる。米国の自動車販売は年率1,676万台 (2026年7月) で、2019年初とほぼ同じ水準である。

投資家が見る数字

追える点は3つある。第1に、ES9の月次納車が6,000〜8,600台の水準を保つかで、ClearMotionの常熟工場の稼働と、フルアクティブが「見本」から「量産部品」になるかがここで決まる。第2に、NIOの第3四半期決算 (11月公表) で車両粗利率18.5%が保たれるかである。旗艦2車種の粗利がNIOブランドの平均を押し上げているなら、その比率は決算の中で確認できる。第3に、カヤバの2027年3月期上期で、二輪用と四輪用の緩衝器の伸びが中国の新興電気自動車メーカー向けを含むかどうかである。電子制御ダンパーの需要は、日本の生産指数の中で最も速く伸びている部品群であり、フルアクティブの上陸は日本の減衰器メーカーにとって競合であると同時に、同じ油圧の技術の延長でもある。

映像が示す技術は本物である。ただし映像が伝えないのは、比較相手が力を出せない方式の車であること、その車を作った会社がこの旗艦を年2,600台しか売れなかったこと、そして同じ供給者の作動器が、電源系を48Vに変えたSUVで初めて月8,000台の規模に達したことである。毎秒1,000回の制御は、月100台では技術の展示で終わり、月8,000台で部品産業になる。