習近平国家主席とプーチン大統領が2026年5月20日に署名した約1万8,000字の声明に、半導体の語はない。日本は核物質、遺棄化学兵器、再軍事化の3つの条項で取り上げられ、政府は翌日、再軍事化の指摘には根拠がないと反論した。

プーチン氏の国賓訪問 (5月19〜20日) の最終日に署名され、中国外務省が5月21日に公開した声明の全文は、空白を除いて1万7,936字ある。この中に「半導体」「チップ」「集積回路」「計算能力 (算力)」の語は1回も出てこない。第1部には、2001年の善隣友好協力条約を第25条に基づいて延長することが明記された。当サイトの旧版を含め、会談の直後には半導体と人工知能 (AI) の「技術同盟」を見出しに掲げた解説があったが、両国が署名した文書に書かれていたのは別のことだった。声明の原文と成果文書の一覧、中国税関総署の貿易統計、日本政府の反論と制裁、三井物産の有価証券報告書で、会談の中身を数字で検証する。

半導体の文字なし、技術の条項はAIの原則とソフトウエア、原子力が中心

声明は5つの部に分かれる。経済協力を扱った第2部で技術協力を正面から取り上げた条項は主に3つある。1つ目は、自動車、船舶、民間航空機の分野で協力を広げ、デジタル経済、AIなどの情報通信技術、越境電子商取引、鉱物資源の採掘でも協力を続けるという条項だ。両国の国内法と発展の優先課題に配慮するというただし書きが付く。2つ目は、ソフトウエア分野で協力の枠組みを探り、オープンソースの成果を重点産業で実用化するという条項だ。3つ目は原子力で、核融合、高速炉、使用済み燃料を再利用する核燃料サイクルの協力を段階的に進めるとした。このほか第2部では、知的財産の保護と建設業のデジタル化の条項でもAIに触れている。

第3部の科学技術イノベーションの条項は、基礎科学、応用科学、先端技術の協力の基盤を固め、共同研究の公募を定期的に行い、大型研究施設を相互に開放すると明記した。分野の名前も数値目標もない。第4部でAIは国際協力の原則として扱われる。AIを覇権維持の地政学的な道具にすることに反対すること、ロシアは中国が提案した世界人工知能協力組織の設立を歓迎すること、特定通常兵器使用禁止制限条約の自律型致死兵器システムに関する政府専門家会合などでAIの軍事利用について協力を深めること、の3点だ。「人工知能」の語は本文に12回出る (第2部に3回、第4部に8回、第5部に1回) が、計算基盤の規模や半導体の調達に触れた箇所はない。

成果文書の一覧も同じことを示す。中国政府の公式サイトが5月20日夜に公開した一覧は42件で、首脳が署名した共同声明が1件、両国が共同で発表した多極化に関する声明が1件、首脳が署名に立ち会った協力文書が20件、会談の場で発表された文書が20件だ。立ち会った20件のうち、政府や研究機関が結んだ技術協力の文書は、ロシアの国営原子力企業ロスアトムと結んだ3件で、中国科学技術省との核融合の科学技術協力、中国科学院との科学技術協力、中国国家原子力機構との原子力の平和利用に関する人材育成の各覚書だ。ほかに清華大学、北京大学、ハルビン工業大学がロシアの大学と結んだ研究や人材育成の協定が3件ある。経済の文書は、両国の商務当局による開放的な貿易と多国間主義に関する共同声明、主要な工業製品の持続的な貿易に関する覚書、税関職員の研修と配合飼料の検疫に関する2件、満州里とザバイカリスクを結ぶ標準軌 (1,435mm) の鉄道を複線化する協定だ。会談の場で発表された20件では、科学技術省と経済発展省のイノベーション分野の協力覚書、国家エネルギー局とエネルギー省のグリーン電力証書の協力覚書、中露基礎科学研究院の2026〜2030年の共同発展ロードマップが技術に関わる。残りは報道機関と大学の協定が大半を占める。半導体、AIの計算基盤、電池、鉱物資源を題名に含む文書は1件もない。

エネルギーは原発2か所と石油・ガスの一般論、パイプラインの名前なし

二国間のエネルギー協力を扱った条項は第2部に2段落ある。石油・ガス、石炭、原子力の平和利用、グリーン電力証書を含む再生可能エネルギーで企業間の協力を後押しし、国境をまたぐエネルギーインフラを安定的に運用し、生産国と消費国の対話を広げるという一般論が1段落。残る1段落は原子力に関するもので、田湾原発と徐大堡原発の建設を予定どおり完成させて運転を始め、核燃料サイクルの前段 (ウラン濃縮や燃料製造を指す) の工程と原発の共同建設をひとまとめの案件として検討するとした。金融の条項は自国通貨による決済を引き続き進めると記したが、貿易額の数字は声明のどこにもない。

「天然ガス」「パイプライン」「シベリア」の語は声明になく、42件の成果文書の題名にもガス輸送の案件はない。シベリア経由の新しいガスパイプラインの計画は、今回の文書には盛り込まれなかった。声明がエネルギーで打ち出したのは、建設中の原発2か所の完成と、企業間の協力を後押しするという一般論にとどまる。

中露貿易は2025年に6.9%減、2026年1〜8月は28.4%増に

習氏は会談後の共同記者発表で、両国の貿易額が3年連続で2,000億ドルを超え、2026年1〜4月は前年同期比で約20%増えたと述べた。中国税関総署の国・地域別の貿易統計で確かめると、2025年の中露貿易は2,281億ドルで前年比6.9%減、中国の輸出が10.4%減、輸入が3.9%減だった。2026年1〜4月は852億ドルで19.7%増、中国の輸出が23.1%増、輸入が17.0%増で、習氏の「約20%」は税関総署の数字と一致する。会談後も伸びは続き、1〜8月は1,850億ドルで28.4%増、中国の輸出が30.7%増、輸入が26.5%増となった。

期間輸出入額前年 (同期) 比中国の輸出中国の輸入
2024年2,448.2億ドル+1.9%1,155.0億ドル (+4.1%)1,293.2億ドル (0.0%)
2025年2,281.0億ドル-6.9%1,033.1億ドル (-10.4%)1,248.0億ドル (-3.9%)
2026年1〜4月852.4億ドル+19.7%378.3億ドル (+23.1%)474.1億ドル (+17.0%)
2026年1〜8月1,850.5億ドル+28.4%846.8億ドル (+30.7%)1,003.7億ドル (+26.5%)

出所は中国税関総署の国・地域別の貿易統計 (米ドル建て、元の表は100万ドル単位)。示した期間はいずれも中国の輸入が輸出を上回り、差は2025年が約215億ドル、2026年1〜8月が約157億ドルだった (編集部の計算)。ロシアが中国の貿易総額に占める割合は2025年が3.6%、2026年1〜8月が3.7%だ。なお、公表された2024年と2025年の総額から前年比を計算し直すと6.8%減になり、税関総署が公表した6.9%減と0.1ポイントずれる。前年比は改定後の前年値で計算されているとみられ、ここでは公表された前年比を使う。

声明は日本を3か所で批判、政府は再軍事化の指摘に反論

声明は米国とイスラエルを名指しで批判し、日本にも3か所で触れた。第4部の核不拡散の条項は、日本が民生用の需要に見合わない大量の核物質を長く保有していると強い懸念を示した。そのうえで、日本の右翼勢力が非核三原則の見直しや、同盟国との核共有の要素を含みうる拡大抑止、独自の核武装を図っていると警戒し、核拡散防止条約の義務を守るよう日本政府に促した。同じ第4部は、旧日本軍が中国に遺棄した化学兵器を早く全て廃棄するよう日本に求めた。

第5部は、日本が「再軍事化」を加速させ、地域の平和と安定を深刻に脅かしていると批判した。東京裁判の開廷から80年にあたることを挙げ、日本政府に対し、第2次世界大戦の結果をすべて認め、「新型軍国主義」と「再軍事化」を拒むよう求めた。「日本」の語は本文に7回出る。

日本政府は翌21日に反論した。時事通信の英文配信によると、尾﨑正直内閣官房副長官は記者会見で、日本が再軍事化を加速させているとの主張には全く根拠がないと退け、日本は第2次大戦後一貫して自由、民主主義、法の支配を守り、世界の繁栄に貢献してきた平和国家としての歩みを続けると述べた。中国の周辺国への軍事的・経済的な圧力は国際社会の深刻な懸念であり、ロシアのウクライナ侵略は国際社会の根幹を揺るがす暴挙だとも述べた。首相官邸の会見記録に発言の本文はなく、冒頭発言なしの記載と動画だけで、発言は記者の質問に答えたものとみられる。

安保理決議のない制裁に反対する声明、日本はロシア産原油を運ぶ35隻に初の制裁

声明の第4部は、貿易での一方的制裁と二次制裁に反対し、国連安全保障理事会の承認がなく国際法に反する制裁は実施も支持もしないと明記した。核・生物・化学兵器の各条約に基づく輸出管理の義務は守る一方、輸出管理を他国の技術や経済の発展を妨げる手段に使うことには反対するとした。声明は日本の制裁を名指ししていないが、日本の対ロシア制裁は安保理決議に基づかない独自の制裁であり、声明の文言は日本の措置にも向く (編集部の読み)。

日本政府は2026年10月2日の閣議了解で、ロシアの33団体と9個人の資産凍結、第三国のトルコとアラブ首長国連邦 (UAE) の4団体への輸出禁止、ロシア産原油を運ぶ35隻の船舶への役務取引と資本取引の規制を決めた。船舶を対象にした制裁は日本として初めてで、修理や保険などの役務の提供を許可制にし、ロシアが原油の輸出で得る資金を減らす狙いがある。ロシア外務省のザハロワ情報局長は「非友好的」と反発し、対抗措置を検討すると表明した。これに先立ち日本政府は2025年9月12日、ロシア産原油の取引価格の上限を1バレル60ドルから47.6ドルに引き下げた。輸出禁止の対象にはロシアの2団体と、中国、トルコ、UAEの第三国の9団体 (中国6、トルコ2、UAE1) を加えた。制裁対象の企業・団体の一覧は当サイトの制裁データベースにまとめた。

日露貿易は80億ドル、中露貿易の3.5%

財務省の貿易統計をロシアNIS貿易会がドル換算した速報によると、2025年の日露貿易額は約79億9,000万ドルで前年比1.3%増と、4年ぶりに増えた。輸出は約24億6,000万ドル (13.5%増) で、自動車、食料品、化学製品、機械、ゴム製品が前年を上回った。輸入は約55億3,000万ドル (3.4%減)。魚介類と非鉄金属が増えた一方、エネルギー価格の低迷で液化天然ガス (LNG) と石炭が減った。ロシアのウクライナ侵攻前の2021年は約220億ドルで、2025年はその36%にとどまる (編集部の計算)。

中露貿易の2,281億ドルと比べると、日露貿易は3.5%にとどまる。中国はロシアとの貿易を2026年1〜8月に3割近く増やした。日露貿易は制裁下で低い水準にとどまる。日本が輸入するLNGの価格と調達の構造は別の記事で扱った。

三井物産のサハリン2投資は588億円、ロシア向け投融資と保証はグループ全体の約1.5%

ロシアのエネルギー事業に出資する日本の上場企業のうち、三井物産は有価証券報告書に金額を開示している。2026年3月期の報告書によると、同社は1994年6月にサハリン2の生産分与契約を結んだ。2022年9月2日には、ロシアの大統領令と政府令に基づいて事業を引き継いだ新しい運営会社サハリン・エナジー (有限責任会社) の持分を、UAEの連結子会社を通じて引き受けた。2024年3月23日付のロシア政府令第701号で新たな出資者が決まり、新会社の定款を固める協議が続いている。

同社はこの投資を、評価の変動を損益でなくその他の包括利益に計上する金融資産に分類している。公正価値は、配当収入が続く場合とそれ以外の場合の見通しを確率で加重して算定する。残高は2025年3月末の650.1億円から2026年3月末に588.4億円へ61.7億円 (9.5%) 減った。同社は、この変動による重要な影響はないとしている。監査人は監査上の主要な検討事項で、公正価値の算定に影響する要素として、ロシアとウクライナの和平協議の状況、各国の対ロシア制裁、米国によるサハリン2関連の制裁の適用除外が続くかどうか、ロシアの非友好国への対抗措置、定款の協議の進み具合、事業に関わる大統領令が引き続き出ていること、原油と天然ガスの価格の7つを挙げた。

もう1つの事業は北極圏のアークティックLNG2で、三井物産は議決権の50%を持つ関連会社ジャパン・アークティックLNGを通じて投融資している。事業に関連する金銭債務保証の損失評価引当金は、連結で2025年3月末の577.6億円から2026年3月末に661.1億円へ83.5億円 (14.5%) 増えた。単体では保証債務の残高が1,528.8億円から1,975.6億円に増え、引当金は498.9億円から572.8億円になった。エネルギーセグメントの雑損益は前期の304億円から当期の80億円へ224億円減った。同社は要因にアークティックLNG2関連の損失を挙げている。

三井物産の開示2025年3月末2026年3月末増減
サハリン2の投資残高 (その他の投資)650.1億円588.4億円-61.7億円
アークティックLNG2の保証の損失評価引当金 (連結)577.6億円661.1億円+83.5億円
アークティックLNG2の保証債務の残高 (単体、事業全体の保証額)1,528.8億円1,975.6億円+446.8億円
単体の保証債務に対する引当金498.9億円572.8億円+73.9億円

出所は三井物産の有価証券報告書 (注記と偶発債務の表、元の表は100万円単位)。ロシア向けの投融資、保証、商事債権を合わせた額 (報告書の「リスクエクスポージャー」) は2026年3月末で2,798億円で、同社グループのリスクエクスポージャー全体の約1.5%にあたる。同社は国際社会の制裁を順守しながら事業を続けるとしたうえで、制裁や取引先の信用力の変化、各国政府や同社の方針の変更があれば業績や財政状態に重要な影響が出ると「事業等のリスク」に記している。三井物産の開示は銘柄ページに、会社の概要は企業データベースにまとめている。

残ったのは日本への批判と制裁をめぐる対立

声明が技術で明記したのはAIの原則とソフトウエア、原子力の協力までで、成果文書42件に半導体の案件はない。会談の後に数字で追えるのは、2025年に減って2026年1〜8月に3割近く増えた中露貿易と、声明に残った日本への批判、安保理決議に基づかない制裁をめぐる中露と日本の対立だ。日本企業への影響を数字で確かめられるのは、三井物産がサハリン2に持つ588億円の投資と、アークティックLNG2の保証に積んだ661億円の引当金だ。

※2026年10月13日、一次資料に基づき全面的に書き直しました。旧版の題と本文にあった「5,000ペタフロップス級のAI計算基盤」「7ナノメートルの半導体」「デジタル鉄のカーテン」「2028年までに2,000ギガワット時の電池生産能力」は、共同声明、成果文書の一覧、中国外務省の会談記録のいずれにもなく、出所を確かめられなかったため削除しました。合意の名称を「新時代の包括的戦略協力パートナーシップ」とした記述は、声明の題名どおりに改め、条約の延長を書き加えました。日本企業の目標株価に関する記述は編集方針により削除しました。

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