火をつけずに逃がす場合と、あえて燃やす場合の両方を試した。圧力は段階的に上げ、放出管の高さや、炎が管に戻るのを防ぐ器具の構成も入れ替えている。高圧の水素を安全に捨てる手順が、これで数値として残った。

中国の国有パイプライン大手、国家管網集団は2025年12月10日、圧力10メガパスカル (MPa) の高圧水素パイプラインを使い、実物大の設備で水素を大気に放出する試験に国内で初めて成功した。中国メディアが翌11日までに報じた。事故や点検のときにパイプラインの中の水素を素早く安全に抜く手順を確かめるもので、水素の輸送網を築くうえで避けて通れない工程にあたる。中国が国の方針として進める再生可能エネルギー由来の水素 (グリーン水素) の大量輸送に向け、安全技術の面で一歩前に出た。本稿は、この試験で何を測ったのか、なぜ国有企業が担うのか、日本の産業に何が及ぶのかを順に見る。

圧力を1MPaから10MPaまで変え、火をつけない放出と燃やす放出の両方を試した

試験は、放出管の口径を250ミリとして行われた。水素は最も軽い元素で漏れやすく、燃える濃度の幅も広いため、高い圧力で運ぶには厳しい安全管理が要る。今回は圧力を1MPaから10MPaまで段階的に変え、火をつけずに逃がす場合と、点火して燃やしながら逃がす場合の両方を再現した。放出管の高さや、炎が管の中へ戻るのを防ぐ火炎防止器の構成も入れ替えている。

国家管網集団で新しいエネルギーの技術開発を担う部門の責任者、ユー・ビン氏は、この試験で水素の濃度の分布、炎の形、熱放射の強さとその及ぶ範囲という中心となる数値を系統的に取得したと説明している。同社は成果について、中国の水素の貯蔵と輸送の技術にあった空白を埋めるものだと位置づける。

得た数値は口径700ミリ以上の本管の設計と、既存の天然ガス管の転用に使う

放出管そのものは口径250ミリだが、得られた数値は口径700ミリ以上の本管の設計に使える。用途は二つある。新しく建設する純水素パイプラインの安全設計と、すでにある天然ガスのパイプラインを水素の輸送に転用する際の判断である。中国は天然ガスの輸送網を全国に敷いており、これを水素に振り向けられるかどうかは、輸送網を広げる速さを左右する。

試験で分かった水素の広がり方や熱の及ぶ範囲は、国の安全基準や技術の仕様をまとめる土台になる。逆に言えば、この数値がなければ、高い圧力の水素を運ぶ設備をどこまで近づけて置けるかも決められない。

2025年までにグリーン水素を年10万〜20万トン、西部から東部へ運ぶ手段がパイプライン

試験の背景には、中国が国策として進めるエネルギーの構造転換がある。政府が2022年3月に発表した「水素エネルギー産業発展中長期計画 (2021〜2035年)」は、2025年までにグリーン水素の年間生産量を10万〜20万トンに増やし、二酸化炭素の排出量を年間100万〜200万トン減らす目標を掲げる。水素を将来のエネルギー体系の重要な要素に据える方針だ。

問題は、作る場所と使う場所が離れていることである。太陽光や風力の資源が豊富な内モンゴル自治区や新疆地区で大量に作った水素を、需要が大きい東部の沿海の工業地帯へ運ばなければならない。パイプラインは、最も効率よく大量に運べる手段とみられている。ブルームバーグNEFの分析によれば、長い距離を運ぶ場合、パイプラインの費用はトラック輸送の約10分の1に抑えられる可能性がある。

エネルギー安全保障の面もある。中国は世界最大のエネルギー輸入国で、特に原油は7割超を輸入に頼る。国際情勢の不安が増すなかで国内の再生可能エネルギーを最大限に使うことは、国内の経済循環を主体に置く「双循環」の方針にも沿う。送電網を管理する国家電網、石油と天然ガスの輸送網を管理する国家管網集団といった巨大な国有企業が、国のインフラ戦略を担う構造とも結びついている。

国家管網集団は2019年に3大国有石油会社から輸送網を分離して発足した

国家管網集団は2019年12月に設立された。中国石油天然気集団 (CNPC) など3つの国有石油会社からパイプラインの資産を切り離して統合したもので、国内の石油と天然ガスの主要な輸送網を一元的に管理する。国家発展改革委員会や国家エネルギー局の監督のもとで、国のエネルギー基盤を担う立場にある。

設立の狙いは二つあった。重複した投資を避け、他社にも輸送網を使わせて市場全体の効率を高めることと、輸送網という国の大動脈に対する中央政府の統制を強めることである。今回の水素パイプラインの開発も、その延長にある事業と位置づけられる。

インフラを先に造って国内の標準を固め、輸出の足場にする型が繰り返されている

今回の試験の成功には、中国の国家事業に共通する型が表れている。高速鉄道や次世代の通信網で見られたように、中国はまず国内に巨大な設備を造り、運用の実績を積むことで事実上の標準を固めてきた。水素のパイプラインでも、早い段階で技術を実証し、それを基に国の標準 (GB規格) をまとめて広めることで国内の市場を統一し、将来は一帯一路の対象国への技術輸出の足場にする狙いがあると読める (記者の見立て)。

国家管網集団という一つの会社に輸送網を集める手法も、政府が目標を決めて資源を集中し、短い期間で達成を目指す運営の典型である。市場の自然な成長を待つ形ではない。

高い圧力の気体を扱う技術は、民間の用途だけでなく軍事への転用もありうる。無人機や無人潜水艇の航続距離を伸ばす燃料電池、あるいは高いエネルギーを持つ物質としての利用が考えられる。エネルギー基盤を強くすることは、有事に必要な燃料を確保できるかにも直結するため、この事業には安全保障の面が含まれているとみるのが自然だ (記者の見立て)。ただし、軍事への転用について具体的な計画は公表されていない。

日本には特殊鋼管や弁を売る機会と、液化水素の海上輸送との標準争いという危険がある

中国で水素のパイプライン網の整備が加速することは、日本の産業とエネルギー安全保障の両方に、機会と危険をもたらす。

  1. 部材と技術を売る機会: 高い圧力の水素に耐える特殊鋼管、弁、圧縮機、精度の高いセンサーなどの分野では、日本製鋼所や日揮ホールディングス、千代田化工建設といった技術力の高い企業に、新たな供給元となる機会が広がる。大きな市場への参入は事業の成長につながりうる。
  1. 標準づくりで後れを取る危険: 中国が陸上のパイプライン網で独自の技術標準を固め、アジアに広げた場合、日本が進める液化水素による海上輸送の供給網との間で、標準の主導権を争うことになりうる。設備に互換性がなければ、日本の技術や製品が市場から外される危険もある。
  1. 価格で不利になる危険: 中国西部で作られた安い水素がパイプラインで大量に供給されれば、アジア全体の水素の価格に大きく響く。国内で比較的高い費用で作る日本の水素は、価格の競争で不利な立場に置かれる可能性がある。

日本は、川崎重工業や岩谷産業が先を行く液化水素の貯蔵と海上輸送の技術を軸に据えつつも、中国の陸上パイプラインの動きを無視できない。競う領域と組む領域を見極め、アジア全体の水素の供給網づくりで規格の相互承認や設備の接続の可否を探る、多方面の外交と産業の戦略が要る。エネルギー安全保障の面では、特定の国や方式に頼りすぎず、供給元と輸送の経路を増やし続ける必要がある。

公表は国営メディア経由で、拡散の速さや安全な距離の数値は出ていない

この件の主な情報源は、中国の国営メディアである新華社通信や中国中央テレビであり、国の事業の成功を強調する公式発表としての性格が強い。内容は事実に基づくとしても、成果を大きく見せる意図が含まれていると読むべきである。

現時点では、試験で得られた具体的な数値、たとえば水素が広がる速さ、安全を確保できる距離、燃え始める濃度に達する範囲などは公表されていない。こうした数値がなければ、技術の到達点を第三者が正確に評価することは難しい。今後のパイプラインの建設計画の日程、投資の規模、採算についても不明な点が多い。国家管網集団の決算や、国家エネルギー局が出す次の5カ年計画の関連文書で、どこまで開示されるかを見ていく必要がある。

この試験は、単なるエネルギー転換の一手ではない。輸送網に対する国の統制を強め、自給率を上げて安全保障を固め、将来の国際的な標準争いを有利に運ぶための布石が、同時に置かれている。