債券は確かに売られた。だが売られた分の全額が実質利回りの上昇で説明でき、物価の織り込みは1年で0.02ポイントしか動いていない。市場はインフレを警戒したのではなく、まったく別の理由で国債を手放している。

ドイツ銀行のヘンリー・アレン氏が2026年9月7日、毎月出している「市場のゆがみ」の9月版をまとめた。前月に指摘した適温相場、つまり底堅い成長と物価の鈍化と小幅な引き締めが同時に成り立つという値付けは維持できないと書いたところ、その後の債券安で各国の利回りは数年ぶりの高さに達した。それでも均衡は保てない、というのが今回の主張である。金利市場はこれから来る物価上昇を織り込んでおらず、織り込みが進めば金利がさらに上がり、金利が上がればリスク資産の調整を強いる。挙げられたゆがみは4つあった。

  • 第1に、連邦準備制度の利上げ織り込みが、出発点の物価水準に照らして不自然に浅い。
  • 第2に、欧州中央銀行の織り込みが、物価連動の取引が加速し成長が上振れてもほとんど動いていない。
  • 第3に、原油の先物が、ホルムズ海峡の封鎖が解けることを前提に組まれ続けている。
  • 第4に、株式と社債が、金利市場に織り込まれつつある供給面の制約に対して落ち着きすぎている。

以下はこの4点を、誰でも無料で取れる公開統計に当てて1つずつ確かめた記録である。結果は報告書の方向を支持したが、いくつかの数字は報告書自身が書いた水準より強く出た。そして日本側の統計を開くと、報告書が想定していない場面が既に進んでいた。

債券が売られた分は、全額が実質利回りだった

物価連動国債があるおかげで、名目の利回りは2つに割ることができる。名目利回りから物価連動債の利回りを引いた残りが、市場が織り込む将来の物価上昇率になる。連邦準備銀行はこの3系列を毎日公開している。

区分2025年9月8日2026年9月8日変化
10年債の名目利回り4.05%4.78%+0.73ポイント
10年物価連動債の利回り (実質)1.70%2.43%+0.73ポイント
差し引いた期待インフレ率2.35%2.37%+0.02ポイント
10年債の利回り上昇を実質利回りと期待インフレ率に分解した図
10年債の利回り上昇を実質利回りと期待インフレ率に分解した図

上昇分0.73ポイントのうち0.73ポイントが実質利回りで、期待インフレ率は0.02ポイントしか動いていない。この1年に原油は96ドルまで上がり、欧州の天然ガスは3年ぶりの高値に達し、小麦の国際価格は4割高くなった。それでも債券の値段が示す物価の見通しは、去年とほぼ同じ場所にある。

水準で見るともっとはっきりする。実質利回り2.43%は、物価連動債の統計がある2003年以降の営業日のうち上から3.7%に入る高さである。一方で期待インフレ率2.37%は上から24.8%にすぎず、2022年の平均2.52%より低い。債券市場は「物価が上がる」ではなく「実質で高い金利を要求する」という値付けをしている。国債の増発、財政の先行き、期間に応じた上乗せ金利のいずれかを見ているのであって、物価ではない。

報告書が「金利市場は物価上昇の程度を映していない」と書いた部分は、この分解で曖昧さがなくなる。映していないのではなく、0.02ポイントである。

連銀自身の推計は、確率1.00を出している

市場が織り込んでいないという指摘は、比較する相手があって初めて意味を持つ。その相手は連邦準備制度の内部から公表されている。

セントルイス連邦準備銀行は物価圧力指標という系列を毎月出している。今後12か月の個人消費支出物価指数が2.5%を超える確率を推計したもので、値は0から1を取る。2025年9月は0.351、12月は0.397だった。それが2026年に入って0.479、0.604、0.773、0.813と上がり、6月に1.000へ達した。7月0.986、8月0.996である。2023年1月以降の44か月で1.00に届いたのは2026年の6月と8月の2回しかない。

連銀の物価圧力指標と債券市場の期待インフレ率の食い違いを示す図
連銀の物価圧力指標と債券市場の期待インフレ率の食い違いを示す図

連邦準備銀行の推計が「2.5%超えはほぼ確実」と言っている同じ月に、債券市場は10年平均で2.37%を織り込んでいる。両方とも公的機関が無料で出しており、両方とも同じ画面で並べられる。それでいて正反対を指している。どちらかが間違っているのではなく、測っているものが違う。物価圧力指標は今後1年の実際の物価を推計し、期待インフレ率は10年の平均を織り込む。ただし10年の平均が2.37%に収まるには、最初の1年が高い分をどこかで取り返さなければならない。取り返す手段が引き締めであり、それが報告書の言う「どこかで無理が出る」の中身になる。

実際の物価も確かめておく。米国の消費者物価上昇率は2026年5月に4.27%まで上がり、7月は3.54%だった。同じ7月の、食品とエネルギーを除いたコア指数は2.79%で、総合との差は0.75ポイントある。総合がコアを大きく上回る形は、値上がりの中身が食料と燃料に寄っていることを意味する。中央銀行が金利で抑えにくく、それでいて消費者が買うのをやめられない種類の値上がりである。

報告書の回帰を引き直すと、示された数字より大きく出る

報告書の図8は、利上げ局面の初年度の利上げ幅と、その局面が始まった時点の物価上昇率を並べた散布図で、決定係数0.82と記されている。図には「物価上昇率3%なら過去の局面では100ベーシスポイント超の利上げに対応する」という注記が添えられていた。

同じ図を、実効FF金利と消費者物価指数から組み直した。開始月は図に示された14の年から取り、各局面について開始時の前年比物価上昇率と、その12か月後までの政策金利の変化を計算した。

開始年開始時の物価上昇率初年度の政策金利変化
1980年12.89%+821ベーシスポイント
2022年8.57%+445ベーシスポイント
1976年5.04%+191ベーシスポイント
1988年3.83%+327ベーシスポイント
1972年3.50%+326ベーシスポイント
2004年3.17%+201ベーシスポイント
1994年2.52%+267ベーシスポイント
2015年0.64%+30ベーシスポイント
利上げ開始時の物価上昇率と初年度の利上げ幅を再現した散布図
利上げ開始時の物価上昇率と初年度の利上げ幅を再現した散布図

14点で回した回帰の決定係数は0.849で、報告書の0.82とほぼ一致した。開始月の取り方の違いで説明がつく範囲である。ただし回帰線から読み取れる数字は、報告書の注記より大きい。物価上昇率3%に対応する初年度の利上げ幅は197ベーシスポイントで、注記の「100超」の倍近い。4%なら263、5%なら330になる。本文にある「4%から5%なら200超」という言い方も、線そのものは263から330を示している。

報告書は自分の図を、控えめに説明していた。現在の総合物価上昇率3.54%を当てはめると、過去の関係が続くなら初年度で約230ベーシスポイントということになる。9月17日から18日の会合で1回動かすかどうかが議論されている水準とは、桁が違う。

再現の際に1点だけ合わなかったのが1986年で、こちらの計算では12か月で14ベーシスポイントの低下になった。図では100前後の引き締めとして置かれている。開始月の定義が違うためで、他の13点は図の位置とおおむね重なった。

先物の値段が、半年間はずし続けている

3つ目のゆがみは実物の話である。ホルムズ海峡は封鎖されたままで、米国とイランの応酬でブレント原油は96ドルまで戻った。統計でも2026年9月1日の終値は96.02ドルで、報告書の記述と一致する。7月23日は105.32ドルだった。

それでいて6か月先の受け渡しは83.2ドルで取引されている。海峡が数か月内に開き、原油が下がるという前提が置かれている。合理的な期待ではある。だがその形が半年続き、外れ続けた。覚書が結ばれて通航が一時的に戻った時期を除けば、期近が期先より高い状態がほぼ切れ目なく続いている。

2022年にも同じことが起きた。ロシアのウクライナ侵攻の直後、紛争が早く終わるという見立てで期先が期近より安くなり、時間が経つにつれて維持できなくなって元に戻った。

原油の期近と6か月先の値段の差と、その持続期間を示す図
原油の期近と6か月先の値段の差と、その持続期間を示す図

問題は原油だけで終わらない。値下がりを織り込んでいるという事実そのものが、株式と社債を支えてきた。前提が外れるとき、調整は原油だけでなく、その前提の上に建てられた資産全部に及ぶ。

海峡に触れた書類は1,077件、その先を書いた書類はない

企業の側がこの状況をどう見ているかは、提出書類の本文を横断して数えられる。米国証券取引委員会の全文検索で「Strait of Hormuz」を含む提出書類を半期ごとに数えると、2024年上期52件、下期56件、2025年上期82件、下期78件という水準だった。それが2026年上期に1,077件へ跳ね上がり、7月1日から9月9日までの2か月余りで783件に達している。

同じ検索で「stagflation」を数えると、2025年下期314件、2026年上期283件、7月以降87件で、増えていない。コスト増による物価上昇を指す「cost-push」に至っては、2024年上期の18件から減り続け、2026年7月以降は0件である。

企業は封鎖という事実を13倍の件数で書き、それが物価に何をするかは書いていない。投資家に開示されているのは供給の途絶であって、その先の帰結ではない。報告書が指摘したリスク資産の落ち着きは、開示の側でも同じ形で現れている。

落ち着きの度合いも数字にできる。恐怖指数と呼ばれる株式市場の予想変動率は9月7日で15.30、1990年以降の営業日のうち下から33.9%に入る低さである。ハイイールド債の上乗せ幅は2.68%で、3月30日の3.46%から縮んだ。金の取引だけは緊張していて、金の上場投信の予想変動率は8月31日の24.4から9月3日に27.18へ上がった。報告書が触れた米財務省による長期国債の買い戻し拡大の発表が、貴金属に向かった資金の背景にある。

日本はすでに、湾岸から買うのをやめている

ここからは報告書の外側の話である。ドイツ銀行の分析は米欧の相場で完結していて、封鎖が続く海峡の反対側で何が起きているかには触れていない。日本の輸入統計を開くと、市場が「海峡が開く」に賭けている間に、実物の側では代替が終わりかけていた。

2026年1月から7月の原油及び粗油の輸入は66,615,539キロリットルで、前年同期の78,916,845キロリットルから15.6%減っている。減った先ははっきりしている。

相手国2025年1-7月2026年1-7月増減
アラブ首長国連邦34,492,87123,506,882−31.9%
サウジアラビア30,956,49328,001,247−9.5%
クウェート4,945,8991,993,744−59.7%
カタール3,563,483535,743−85.0%
オマーン1,050,897455,575−56.6%
アメリカ合衆国2,318,47710,097,707+335.5%
日本の原油と液化天然ガスの調達先が湾岸から移った量を示す図
日本の原油と液化天然ガスの調達先が湾岸から移った量を示す図

湾岸5か国の合計は75,009,643キロリットルから54,493,191キロリットルへ27.4%減り、輸入全体に占める割合は95.0%から81.8%へ13.2ポイント下がった。同じ期間に米国産は4.4倍になり、割合は2.9%から15.2%へ上がっている。

液化天然ガスでも同じ移動が起きた。カタールからの輸入は1,728,366トンから839,698トンへ51.4%減り、アラブ首長国連邦は42.7%減った。埋めたのはカナダで、70,042トンから1,163,034トンへ16.6倍になっている。総量は37,413,554トンから35,893,372トンへ4.1%減にとどまり、単価は1トン90,687円から92,395円へ1.9%上がった。

海峡が開くかどうかに賭けている先物の値段と、開かない前提で調達先を組み替え終えた実物の動きが、同時に成立している。日本の商社と電力とガスの各社は、再開を待たなかった。海峡をめぐる日本株の3経路で扱った海運・エネルギー・商社の構図は、この半年で調達先の構図そのものが書き換わる段階に入っている。

代償は単価に出た。原油の輸入単価は1キロリットル71,467円から87,838円へ22.9%上がっている。数量を15.6%減らしてなお、支払総額は5,640億円から5,851億円へ増えた。

10月の小麦は12%上がる。決まったのは9月9日だった

報告書は8月の食料価格の急騰を挙げ、砂糖21.5%、小麦18.3%、とうもろこし16.8%という月次の上昇を並べた。日本の読者にとって意味を持つのは、それが円建ての輸入価格にいつ届くかである。

2026年1月から7月の輸入単価で見ると、小麦は1トン45,414円から47,404円へ4.4%、とうもろこしは39,362円から41,502円へ5.4%の上昇にとどまる。砂糖に至っては85,318円から68,640円へ19.5%下がっている。2024年同期の96,146円と比べれば2年で28.6%安い。国際価格の月次の急騰は、まだ日本の輸入価格には現れていなかった。

現れる日付は決まっている。農林水産省は2026年9月9日、10月期の輸入小麦の政府売渡価格を5銘柄加重平均で1トンあたり70,020円、4月から9月の期に比べて12.0%の引き上げとすると発表した。7万円台は3年半ぶりである。4月期の62,520円からの引き上げ幅がそのまま12.0%になる。

輸入小麦の輸入単価と政府売渡価格の時間差を示す図
輸入小麦の輸入単価と政府売渡価格の時間差を示す図

理由として省が挙げたのは、米国の乾燥による作柄の悪化、ロシアとウクライナの情勢による供給不安、円安、そしてホルムズ海峡の封鎖による海上運賃と燃料価格の高騰である。ドイツ銀行が「市場は織り込んでいない」と書いた2日後に、日本の行政は同じ要因を名指しして価格を確定させた。

小麦の価格は年2回、4月と10月に改定される。国が一括で買い付けて製粉会社へ売り渡す仕組みが挟まっているため、国際価格が動いてから店頭に届くまでに数か月から半年の遅れが生まれる。遅れは値上がりを消すのではなく、日付を先に送るだけである。電力とガスも同じで、燃料費調整制度は輸入燃料の価格を3か月から5か月遅れで料金に反映させる。原油単価が22.9%上がった分は、これから料金に出てくる。

利益率5%の製粉と、利益率2%の精製

この遅れが誰の損益に出るかは、有価証券報告書の実数を並べると見当がつく。

企業直近期の営業利益率前期
日清製粉グループ本社5.4%5.4%
山崎製パン4.7%4.2%
ENEOSホールディングス4.0%0.9%
出光興産2.6%1.8%
東京電力ホールディングス5.3%3.4%
東京瓦斯7.0%5.0%
INPEX56.5%56.1%

製粉の営業利益率は5.4%しかない。原料の小麦が12%上がるとき、売価に転嫁できない部分がそのまま利益率に食い込む。石油精製はもっと薄く、出光興産は2.6%である。原油の輸入単価が22.9%上がる局面で、この厚みは緩衝材にならない。

同じ表の最下段だけが違う向きを向いている。原油と天然ガスを掘る側のINPEXは営業利益率56.5%で、値上がりがそのまま利益になる。同じ1つの物価上昇が、日本の上場企業のなかで正反対の符号を持つ。「インフレに強い日本株」という括り方が成り立たないのは、効き方が企業ごとに逆を向くからである。商品の復権をめぐる配分の空白で扱った通り、日本の投資家がこの差を持ち高に反映させている度合いはまだ小さい。

同じ検算を、無料の公開データで再現する手順

ここまでの数字は登録も課金もなしに取れる。実務で繰り返し使える形にすると3つになる。

物価が織り込まれているかどうかは、3つの系列を並べるだけで判定できる。セントルイス連邦準備銀行の統計サイトで、名目利回りはDGS10、物価連動債の利回りはDFII10、差し引いた期待インフレ率はT10YIEという名前が付いており、いずれも日次で更新される。名目の変化のうち何割が実質で説明されるかを計算すれば、その債券安が財政や需給の話なのか、物価の話なのかが分かれる。実質だけが上がっているなら、物価はまだ値段に入っていない。同じ画面に物価圧力指標のSTLPPMを足すと、連銀の推計との差が出る。

輸入の実額は財務省の貿易統計を e-Stat 経由で取る。概況品別国別表の輸入表を開き、品目の一覧から小麦、とうもろこし、砂糖、原油及び粗油、液化天然ガスを選ぶ。この表には世界計の行が無いので、国別の数字を足し上げて自分で作る必要がある。数量と金額の両方を取り、金額を数量で割れば円建ての輸入単価が出る。複数品目を1回のリクエストでまとめて取ると、取得上限で行が静かに欠ける。本稿の作成中に液化天然ガスの数量を誤って48.7%増と算出し、品目ごとに取り直して4.1%減が正しいと分かった。返却された件数を毎回確かめる必要がある。

企業の側は、金融庁の開示システムから有価証券報告書の営業利益率を取り、輸入単価の変化率と並べる。利益率が原料の上昇率より薄い企業は、価格転嫁の成否がそのまま損益を決める。個別銘柄の需給は銘柄スキャナーで確かめられる。

9月18日に判定されること

連邦準備制度の会合は9月17日から18日にある。報告書は先物が60%の利上げ確率を織り込んでいると書いたが、9月4日時点の取引所のデータでは48%前後だった。数字は日々動くので、どの日付の値かを添えずに引くと意味を失う。

この会合で見るべきは決定そのものではない。決定の後に期待インフレ率が動くかどうかである。利上げがあってもなくても、期待インフレ率が2.37%の近辺に張り付いたままなら、この1年と同じ状態が続いていることになる。動き始めたなら、報告書の言う調整が始まった合図である。

もう1つの判定材料が、10月の小麦と、これから料金に出てくる燃料費の調整である。行政が確定させた12.0%は、市場が織り込んでいないと指摘された値上がりが、既に日付と金額を持って動き出している証拠になる。ウォーシュ議長が講演で示した数字を公的統計に当てた際にも同じ形が出た。政策の言葉より先に、行政の価格表と輸入の伝票のほうが動いている。