8月17日からの5営業日で、米国の政策が3つ動いた。財務省の国債買い戻し倍増、SECの新規制案、大統領による法案催促である。ビットコインは78,127ドルまで上げ、東京では関連10銘柄が最大30.8%高となった。
週間の上昇率だけを眺めると、10銘柄はひとつの「暗号資産関連株」に見える。ところが金融庁のEDINETと各社の適時開示を突き合わせると、その中身は3つの層に割れる。ビットコインETFや暗号資産そのものを貸借対照表に載せる会社、売買の場を提供して手数料を得る会社、そしてすでに事業から撤退したのに看板の記憶で買われる会社である。本稿は急騰の燃料となった政策の時系列を米連邦準備制度のデータで復元したうえで、10社それぞれの開示をさかのぼり、上昇に事業の裏付けがあるかを1社ずつ測る。
30年債5.31%から78,127ドルまで、5営業日の政策連鎖
週の前半、市場の主役は暗号資産ではなく金利だった。セントルイス連銀のデータベースFREDによると、米30年債利回りは8月17日に5.31%と2007年以来の水準へ上がり、10年債も4.72%を付けた。世界的な株安と長期金利の上昇で、リスク資産全般から資金が引いた局面である。ビットコインの終値(コインベース、FRED収載)は前週末の8月14日に62,968ドルで、17日も64,424ドルにとどまっていた。
流れが変わったのは18日からである。米証券取引委員会(SEC)は8月18日、暗号資産の発行・資金調達に適用する新しい規則案「レギュレーション・クリプト・アセッツ」を提案した。約10年にわたり執行(訴追)を通じて事実上の規制を行ってきたSECが、初めて暗号資産専用の発行免除枠を作る内容で、創業期の発行体には4年間で500万ドルまで、より大きな発行体には12か月で7,500万ドルまでの調達枠を用意する。意見募集は10月20日に締め切られる。
翌19日には2つの動きが重なった。米財務省が10年超の国債を対象とする流動性支援の買い入れを1回あたり最大2,000万ドルから4,000万ドル以上へ倍増すると発表し(9月9日発効)、30年債利回りは同日5.19%へ12ベーシスポイント低下した。買い入れ対象の年限がAI関連の超長期社債が押し上げた金利の震源と重なる構図は別稿で検証したとおりである。同じ19日、トランプ大統領はホワイトハウスにコインベースやロビンフッドの経営陣を集め、暗号資産が証券か商品かの管轄を定める「CLARITY法案」の可決を議会へ求めた。同法案は2025年7月に下院を、2026年5月に上院銀行委員会を通過したものの、上院本会議の日程が確保できず停滞している。
金利低下と規制期待が同じ日に揃い、ビットコインは19日に69,488ドル、20日に73,087ドルと7万ドル台を回復、21日には78,127ドルまで駆け上がった。14日終値からの上昇率は24.1%になる。東京市場の関連銘柄への買いが本格化したのは20日と21日で、株高の順序は「政策発表→ビットコイン→関連株」という素直な連鎖だった。
ここでひとつ補助線を引いておく。米国では暗号資産の採掘事業者が、確保済みの電力契約と敷地ごとAIデータセンターへ転じる動きが進み、豪州発のIRENはマイクロソフトへ97億ドル契約の第1棟を引き渡した(検証記事)。暗号資産と国策級のAI投資は、電力と金利という同じ土台の上で資金を奪い合う隣人であり、財務省の買い戻しが両方の追い風になった今週の値動きは、その同居関係をそのまま映している。
週間騰落率の順位と、開示が示す3つの層
10銘柄の週間騰落率と、各社の開示で確認できる事業の実態を並べる。
| 銘柄 (証券コード) | 週間騰落率 | 層 | 開示で確認できる実態 |
|---|---|---|---|
| ビート・ホールディングス・リミテッド (9399) | +30.8% | 直接保有 | ビットコインETF「IBIT」33万930口。7月末時価約1,180万ドルに対し評価損約630万ドル |
| アイリッジ (3917) | +13.0% | 撤退済み | 金融事業子会社フィノバレーを2025年7月にTISへ全株譲渡(14億5,000万円) |
| セレス (3696) | +9.7% | 交換・販売 | 子会社マーキュリーがCoinTrade運営。ビットバンク株22.39%をSBIへ売却合意 |
| HODL1 (2345) | +9.1% | 直接保有 | イーサリアム20.216ETH、時価592万1,000円、評価損339万3,000円(7月末) |
| マネックスグループ (8698) | +5.4% | 交換・取引 | Coincheck運営。6月からメルカリ上で口座開設・取引の連携を開始 |
| SBIホールディングス (8473) | +4.8% | 交換・取引 | SBI VCトレード運営。ビットバンク467億円買収で預かり合算約1.1兆円へ |
| イルグルム (3690) | +3.5% | 間接 | 主力はマーケティングAIと広告効果測定。暗号資産事業の開示なし |
| フィスコ (3807) | +3.5% | 撤退済み | 2026年3月の定時株主総会で暗号資産事業を定款から除外、セグメント廃止 |
| マーチャント・バンカーズ (3121) | +2.9% | 直接保有 | ビットコイン3億円分を保有。2026年10月期中間期に評価損9,400万円を計上 |
| トレイダーズホールディングス (8704) | +2.4% | 取引(CFD) | 傘下証券が「みんなのコイン」等の暗号資産CFDを提供。現物は保有しない |
一目で分かるのは、上昇率と事業の直接度が比例していないことである。撤退済みのアイリッジが2位に入り、預かり資産で国内首位級となるSBIは4.8%にとどまる。時価総額の小さい銘柄ほど同じ買い金額で大きく動くという需給の初歩が、テーマの純度よりも順位を決めた1週間だった。
30.8%高のビート・ホールディングスを半期報告書で開く
上昇率首位のビート・ホールディングス・リミテッドは、米上場のビットコイン現物ETF「iシェアーズ・ビットコイン・トラスト(IBIT)」を33万930口保有する。毎月の自主開示によると、7月末の時価評価額は約1,180万ドル(約19億円)に対し取得価額は約1,810万ドルで、米ドル建てで約630万ドル(約10億円)の評価損を抱えたままである。ビットコインが1ドル動けばETFの評価がそのまま振れる構造で、今週のような急騰局面では感応度の高さが真っ先に買われる。
一方、8月13日にEDINETへ提出された半期報告書(第23期中間、書類番号S100YW89)は別の顔を示す。2026年1月から6月の売上高は47万4,000ドル(7,700万円)にとどまり、中間純損失は211万1,000ドル(3億4,300万円)。売上の4倍を超える損失を半年で計上した計算になる。同社は行使価額修正条項付の新株予約権による調達も使っており、株数の増加が既存株主の持分を薄める仕組みが常に背後にある。ETFの評価益が出る局面と、本業の損益や資本政策が改善する局面は別物であり、今週の30.8%はほぼ前者への賭けだけで構成されている。
セレスの9.7%高の下に敷かれた、ビットバンク株86億円の売却合意
セレスは今週の10銘柄の中で、事業の裏付けが最も厚い。子会社マーキュリーが運営する暗号資産販売所CoinTradeは8月19日、ガバナンストークン「スラッシュビジョンラボ(SVL)」の取り扱いを国内で初めて開始し、取扱銘柄は25種類、ステーキング対象は15種類に広がった。株主優待としてイーサリアムとジパングコインをCoinTrade経由で付与する設計も、口座開設の導線を優待に組み込んだものである。
見落とされがちなのはもうひとつの持ち札である。セレスは暗号資産交換業ビットバンクの株式22.39%を持分法適用で保有しており、SBIホールディングスによる完全子会社化(総額467億円)に応じて全株を約86億円で売却する基本合意を6月25日に結んだ。関係会社株式売却益は連結で約55億円。会社はこの資金を原資に最大25億円の自己株式取得と増配を決めており、EDINETには自己株券買付状況報告書が6月8日、7月8日、8月7日と毎月積み上がっている。暗号資産の価格がどちらへ動いても、8月頃に予定される譲渡実行で売却益が確定する。テーマ買いの波に乗りながら、波と無関係な現金化を仕込んである点が、他の9銘柄との決定的な違いである。
「イーサリアム財務戦略」の実際の保有は20.216ETH
社名で戦略を名乗る会社の開示は、数字で読むと景色が変わる。旧クシムから2026年2月に商号を変えたHODL1は、イーサリアムを長期保有しステーキングで運用する方針を掲げ、毎月保有状況を開示する。8月6日に公表された7月末時点の数字は、保有数量20.216ETH、時価評価額592万1,000円、評価損339万3,000円、ステーキング運用益の累計0.216ETHである。上場企業の財務戦略として動いている金額は、現時点で600万円弱にすぎない。
貸借対照表も同じ縮尺である。6月15日提出の半期報告書(第31期中間、書類番号S100YBOF)によると、総資産3億3,100万円、純資産2億4,400万円に対し、中間純損失は2億4,500万円。自己資本比率は前年同期の91.8%から52.8%へ下がった。イーサリアム価格への感応度が買い材料とされたが、仮に保有ETHが3割上がっても評価額の増加は180万円ほどで、損益への寄与は誤差の範囲に収まる。今週の9.1%高が織り込んだのは現在の保有ではなく、「これから買い増す会社だ」という将来宣言のほうである。宣言が資本調達を伴って実行されるかどうかが、この銘柄の唯一の検証点になる。
同じ直接保有でも、マーチャント・バンカーズは対照的に本業が黒字である。2025年に3億円分のビットコインを取得し、ビットコインを使った不動産売買の決済サービスにも進出した同社は、価格下落局面の2026年10月期中間期に暗号資産評価損9,400万円を計上した。それでも6月12日提出の半期報告書では売上高16億2,800万円、中間純利益2,999万円と、不動産売却と海外投資先からの配当が評価損を吸収している。今週の反発は保有ビットコインの評価改善期待そのものだが、下落時に評価損が損益へ直結する両刃の構造は中間期の実績が既に証明した。なお同社は6月23日に有価証券届出書(組込方式)も提出しており、資本調達の窓を開けている点は需給面で覚えておきたい。
トレイダーズホールディングスは保有も販売所も持たない第3の型で、傘下のトレイダーズ証券が「みんなのコイン」「LIGHT FXコイン」の名称で暗号資産CFD(差金決済取引)を提供する。収益源は価格変動が生む売買高とスプレッドであり、上がる相場でも下がる相場でも動きさえすれば収益機会になる。今週の2.4%高は、保有益ではなく取引活性化への期待と読むのが開示と整合する。
交換業は3強へ、SBIの1.1兆円とメルカリの導線
交換・取引の層では、業界の地図そのものが今夏に描き変わっている。SBIホールディングスは6月25日、ビットバンクを総額467億円で完全子会社化する契約を結んだ。傘下のSBI VCトレードとビットバンクの預かり資産残高は2026年4月末の単純合算で約1.1兆円、口座数は約292万となり、国内の暗号資産交換業で首位に立つ。株式譲渡の実行は8月頃、取引完了は10月頃の予定で、XRPを株主優待に使う同社は暗号資産を金融コングロマリットの標準装備に組み込みつつある。銀行・証券・保険が分散する分、暗号資産の価格が株価全体に与える感応度は小型株より薄まるが、方向としては最も構造的な買収である。同社の事業全体は企業データベースの銘柄ページにまとめてある。
マネックスグループはCoincheckを傘下に持ち、法人向けの「Coincheck Prime」、保管(カストディ)、ステーキング、大口の相対取引、IEO、NFTまで面を広げる。今年の焦点は入口の拡張で、6月8日からメルカリのアプリ上でCoincheckの口座開設と取引ができる連携が始まり、ドージコインやシバイヌなど12銘柄を、フリマの売上金であるメルペイ残高から1円単位で買える。約2,300万人が使う生活アプリを暗号資産の玄関に変える設計であり、取引量と手数料収入がビットコイン価格に連動して伸びる構造は交換業の教科書どおりである。
撤退した会社が買われる、テーマ株バスケットの慣性
今週の最大の教訓は2位のアイリッジにある。同社はかつて子会社フィノバレーでデジタル地域通貨基盤「MoneyEasy」を手がけたが、2025年7月1日に全株式をTISへ14億5,000万円で譲渡し、決済・金融事業から退いた。現在の主力はアプリ開発基盤APPBOXや企業向けアプリ、従業員体験のデジタル化支援である。それでも「デジタル通貨関連」の記憶で買いが入り、週間13.0%高と、実際に販売所を運営するセレスを上回った。
フィスコも同じ型である。独自暗号資産フィスココイン(FSCC)の運用やレンディングを手がけた過去を持つが、2026年3月27日の定時株主総会で定款から暗号資産・ブロックチェーン事業を外し、2026年12月期第1四半期からセグメント自体を廃止した。FSCCの利用促進策も終了し、予定していた焼却(バーン)も中止している。現在の収益源は金融情報の配信と企業調査、IR支援であり、8月13日提出の半期報告書にも暗号資産セグメントはもう存在しない。イルグルムに至っては、主力がマーケティングAIと広告効果測定で、暗号資産との接点は開示上確認できず、今週の3.5%高はAI・ソフトウェア株への買いと業績評価で説明する方が早い。
撤退済みの銘柄が上がる理由は単純で、証券情報サイトや取引ツールの「テーマ別銘柄一覧」が過去の事業を根拠に組成され、更新が事業の変化に追いつかないからである。短期資金はテーマ一覧を丸ごと買うため、一覧に残った銘柄には実態と無関係の買いが流れ込む。看板の古さは、決算をまたいだ瞬間に剥がれる。アイリッジとフィスコの株主が次の四半期開示で目にするのは、ビットコインが1円も寄与しない損益計算書である。
東京市場だけの追い風、金商法への移行と税率20.315%
米国の政策3連発に隠れて報じられる量が少ないが、日本の制度変更は米国より先を歩いている。政府は2026年4月10日、暗号資産を金融商品として位置づけ、規制の枠組みを資金決済法から金融商品取引法へ移す改正案を閣議決定し、法案は6月11日に衆議院を通過した。成立すれば2027年中の施行が見込まれる。税制は一足先に確定しており、2026年3月31日に成立した改正所得税法で、暗号資産の譲渡益は最大55%の総合課税から株式と同じ20.315%の申告分離課税へ移り、3年間の損失繰越控除も入る。施行後は、国内でのビットコイン現物ETF組成を可能にする土台も整う。
この制度変更の恩恵は10銘柄へ均等には落ちない。取引の裾野が広がって直接潤うのは交換業のSBI、マネックス、セレスであり、保有型のビートHDやHODL1にとっては保有資産の税制が変わるだけで事業の損益構造は動かない。撤退済みの3社には何も届かない。米国のCLARITY法案がまだ上院で止まっているのに対し、日本は衆議院を通過済みという進捗の差は、東京市場の交換業株を選ぶ理由として今週の騰落率よりずっと重い。
観察すべき日程は近い。ビットバンク株の譲渡実行は8月頃とされ、セレスの売却益計上とSBIの預かり統合が数字になる。SECの規則案は10月20日に意見募集を締め切り、CLARITY法案は上院の残り会期との勝負が続く。そしてビートHDの次の月次開示は、78,000ドル台の8月末値でIBITの評価損約630万ドルがどこまで縮んだかを機械的に映す。テーマの熱が冷めたとき、残るのは開示に書かれた数字だけである。
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