半導体は設計ソフトなしでは1本の線も引けない。その供給者を並べた一覧を資本関係で読み替え、提出書類の実額を当てると、独立した会社の数も、利益が出ている会社の数も、見た目よりずっと少なかった。
半導体の話題は装置と工場に集まりやすい。ところが、回路を描いて検証する設計ソフトがなければ、装置がいくらあっても線1本引けない。この分野は電子設計自動化と呼ばれ、供給者の顔ぶれを整理した一覧が出回っている。総合ツールの大手3社を頂点に、アナログ・論理検証・工程設計・物理検証・基板設計の5つの領域へ枝分かれし、およそ30社が並ぶ構図である。
本稿はこの一覧を出発点にして、2つの作業をする。1つは資本関係の更新で、独立企業として並んでいる会社が今も独立しているかを確かめる。もう1つは実額の検算で、米証券取引委員会への提出書類、金融庁EDINET、経済産業省の企業活動基本調査を当たり、この産業がどんな費用構造で回っているのかを数字で示す。半導体の供給網を層に分けて1社ずつ当たる手法は既報と同じで、対象を光の部品から設計ソフトへ移したものにあたる。
5つの領域と30社を、日本語で並べ直す
一覧の骨格は、頂点に置かれた総合ツール大手3社である。シノプシス、ケイデンス、そしてシーメンスの設計部門。この3社は5つの領域すべてに製品を持ち、下の枝に何度も顔を出す。
第1の領域はアナログ・高周波・電力・微小機械向けの設計で、ケイデンスのVirtuosoが軸になる。ここに日本のジーダット、米シルバコ、キーサイト・テクノロジーのPathWave ADS、アンシス、コベンターが並ぶ。第2の領域が論理と回路の模擬計算・検証で、シノプシスのVCSとPrimeSim、ケイデンスのXceliumとSpectre、シーメンス設計部門のQuestaとAnalog FastSPICEに、アルデック、リアルインテント、ブレーカー・ベリフィケーションが続く。
第3の領域が工程と素子の設計、いわゆるTCADである。半導体そのものを作る前に、不純物の拡散や電子の振る舞いを計算で追う工程で、シルバコ、コベンター、シノプシスのSentaurus、カナダのクロスライト・ソフトウェア、オーストリアのグローバルTCADソリューションズが挙がる。第4が物理検証と製造適合で、シーメンス設計部門のCalibre、シノプシスのIC Validator、ケイデンスのPegasus、ASML傘下のブライオン、PDFソリューションズ。第5が基板と実装の設計で、アルティウム、日本の図研、ケイデンスのAllegro、シーメンス設計部門のXpeditionとPADS、オートデスクが並ぶ。
一覧に載る会社の4社が、既に他社の一部だった
ここで資本関係を当てると、一覧の見え方が変わる。
アンシスは2025年7月にシノプシスの傘下に入った。同社の年次報告書には、この買収を指す語が本文に205回現れる。2025年度に従業員が約40%増えた理由は、この買収であると明記されている。つまり一覧でアナログ向けの独立供給者として並ぶアンシスは、既に頂点の1社の一部になっている。
コベンターは半導体装置のラムリサーチが保有する。一覧では第1と第3の2つの領域に登場するが、どちらも装置メーカーの傘下という同じ資本の下にある。ブライオンは2007年からASMLの一部で、露光装置メーカーが自社の装置に合わせた計算補正を売る形になっている。基板設計のアルティウムは2024年にルネサスエレクトロニクスが取得した。日本の半導体メーカーが、基板設計ソフトの大手を持っているという事実は、日本ではあまり語られない。
数えると、一覧に独立企業として並ぶ会社のうち4社が既に他社の一部である。さらに、5つの領域すべてに大手3社が顔を出す。独立系が主役を張れるのは工程と素子の設計と、基板と実装の設計の2つに限られる。供給者が30社に見えるのは名前の数であって、意思決定の数ではない。
売上の35%を研究開発に入れる産業
この産業の費用構造は、他のどの業種とも似ていない。
シノプシスの2025年10月期は、売上高70億5,418万ドルに対して研究開発費が24億7,934万ドル。比率にして35.1%である。ケイデンスの2025年12月期は売上高52億9,676万ドルに対し研究開発費17億6,877万ドルで33.4%。上場したばかりのシルバコに至っては、売上6,306万ドルに対して研究開発費2,986万ドルの47.3%を投じている。
比較のために同じ半導体の周辺を並べる。ASMLは14.4%、アプライドマテリアルズは12.6%、ラムリサーチは10.2%。装置メーカーは物を作るため、原材料費と工場の費用が先に立つ。設計ソフトは物を持たないので、費用のほとんどが人になる。粗利率がシノプシス77.0%、ケイデンス86.4%、オートデスク91.0%と高いのは、売る物が複製できるからである。稼いだ粗利をそのまま次の世代の開発へ入れる構造になっている。
日本の産業平均を横に置くと、差の大きさが分かる。経済産業省の企業活動基本調査によれば、2023年度の全産業9,187社の売上高研究開発費比率は4.47%。電子部品・デバイス・電子回路製造業が7.88%、電子応用装置製造業が10.84%、そしてソフトウェア業500社は3.44%にとどまる。設計ツールの上位2社は、日本のソフトウェア業の平均の10倍を研究開発に入れている。
絶対額で見ると、さらにはっきりする。シノプシスとケイデンスの研究開発費を足すと42億4,811万ドル。1ドル158.91円で換算すれば6,751億円になる。同じ調査で日本のソフトウェア業500社の研究開発費の合計は5,060億9,400万円。2社の合計が、日本のソフトウェア業500社の合計を1.33倍上回っている。この差が、日本にこの分野の大手が育たなかった事情の一部を説明する。
買収した年に、営業利益が32.5%減った
研究開発に金を入れ続ける産業は、規模を買うことでも成長する。シノプシスの2025年10月期は、その代償が数字に出た年になった。
売上高は前期の61億2,744万ドルから70億5,418万ドルへ15.1%増えた。ところが営業利益は13億5,571万ドルから9億1,493万ドルへ32.5%減り、純利益も22億6,338万ドルから13億3,222万ドルへ41.1%減った。従業員が約4割増えた分の人件費と、買収に伴う無形資産の償却が乗ったためである。同社の自発的な離職率は5.7%と低く、人を抱えたまま統合を進める形になっている。
対するケイデンスは買収に頼らず、営業利益率28.2%を保った。売上52億9,676万ドルに対し営業利益14億9,204万ドル、純利益11億889万ドル。1株当たり利益は基本で4.09ドルである。同じ領域で戦う2社が、規模を買うか自力で伸ばすかで、利益率が2倍以上開いた年になった。
もっとも、ケイデンスの数字にも1度きりの重い費目が入っている。次に触れる。
輸出違反で1億4,060万ドルを払っていた
ケイデンスの2025年度の損益計算書には、「偶発債務に関わる損失」という項目で1億2,850万ドルが計上されている。前期は832万ドルだった。
同社の年次報告書は理由を明記している。2015年から2021年にかけて起きた輸出違反をめぐり、米商務省産業安全保障局および司法省とそれぞれ和解し、罰金と没収の純額として1億4,060万ドルを2025年度中に支払った。和解には継続的な監査と法令順守の義務も含まれる。
この事実は日本ではほとんど報じられていない。半導体の設計ソフトは、輸出管理の対象として装置と同じ扱いを受ける。線を1本引くための道具が国境をまたぐ規制の下にあるという構造は、この産業を語るうえで避けて通れない。ケイデンスの地域別売上を見ると、米国が44%、中国が13%、その他アジアが19%、欧州中東アフリカが15%、そして日本が6%。中国比率は前期の12%から13%へ上がっており、規制と商売が同時に進んでいる。
上場したばかりの会社は、赤字のまま研究開発を続ける
一覧に載る会社がすべて儲かっているわけではない。ここが最も報じられない部分である。
シルバコの2025年12月期は、売上6,306万ドルに対して営業損失4,590万ドル、純損失4,121万ドル。粗利率は78.3%と高いのに、研究開発費2,986万ドルと販売管理費が粗利を食い切っている。同社は工程と素子の設計で独立系の主力と位置づけられるが、規模がシノプシスの0.9%しかない。800社を超える顧客のうち200社超が大学などの研究機関で、教育の現場に食い込む戦略を取っている。
PDFソリューションズの2025年12月期は、売上2億1,902万ドルで前期比22%増、粗利率72%と伸びているにもかかわらず、純損益は64万ドルの赤字だった。研究開発費6,423万ドルと販売管理費8,474万ドルが、粗利1億5,840万ドルをわずかに上回った。売上の83%が継続課金型の基盤売上に切り替わっており、投資の途中で損益が沈む局面にあたる。
上位2社の営業利益率が13%から28%であるのに対し、独立系の2社は赤字。研究開発に売上の3割から5割を入れなければ製品が保てない産業では、規模がそのまま生存条件になる。
日本にいるのは基板設計と、小さな独立系
日本勢の位置を、金融庁EDINETの実額で確かめる。
図研の2026年3月期は、売上高431億100万円で前期の407億3,600万円から5.8%増、営業利益58億6,512万9,000円で営業利益率13.6%、経常利益71億3,300万円、当期純利益54億円。研究開発費は54億4,500万円で売上比12.6%、設備投資4億9,700万円、従業員1,656人、平均年間給与865万9,154円である。売上は2022年3月期の315億200万円から5年で1.37倍、純利益は30億200万円から1.80倍になった。基板と実装の設計という1つの領域で、着実に伸ばしている。
ジーダットは研究開発費3億4,700万円、平均年間給与652万4,583円。アナログ向けの設計ツールを国内で供給する数少ない独立系で、規模は図研の10分の1以下にとどまる。
もう1つ、この分野の日本での位置を示す数字がシルバコの提出書類にある。同社の日本向け売上は2024年の1,079万6,000ドルから2025年は613万3,000ドルへ43.2%減った。同じ期間に韓国向けは310万6,000ドルから700万ドルへ2.25倍、台湾向けは384万7,000ドルから681万8,000ドルへ1.77倍に増えている。工程と素子の設計という、半導体を作る手前の研究に近い領域で、日本の需要だけが縮んだ。ルネサスエレクトロニクスの2025年12月期が売上収益1兆3,212億1,200万円、研究開発費2,403億円を投じながら517億6,300万円の当期損失だったことと、この数字は無関係ではない。
設計ソフトの費用は、どこから出ているのか
読者の実務に近い話をしておく。設計ソフトは買い切りではなく、期間を決めて使用権を借りる形が主流である。3年契約が多く、契約時に全額を受け取っても、売上は期間にわたって分けて計上される。だから四半期ごとの売上は受注の勢いをそのまま映さない。決算を読むときは、売上より契約残高や繰延収益の増減を見る必要がある。
費用の側から見ると、この使用権の料金は半導体メーカーの研究開発費に計上される。ルネサスの研究開発費2,403億円のうち設計ソフトが占める分は開示されていないが、道具代がこの科目に埋もれている点は各社に共通する。産業全体の中で見れば、シノプシスとケイデンスの売上を足しても123億5,094万ドルで、露光装置のASML1社の326億6,730万ユーロに遠く及ばない。それでもこの2社が供給を止めれば、新しい半導体の設計は始まらない。小さな売上が大きな産業の入口を握る構図が、輸出管理の対象になる理由にあたる。
投資の目線でいえば、この産業で見るべき数字は3つに絞れる。売上に対する研究開発費の比率が上がり続けているか、繰延収益と契約残高が積み上がっているか、そして地域別売上で規制対象地域の比率がどう動いているか。粗利率が高いことは既に織り込まれており、差がつくのはこの3つになる。
次に確かめる数字
追える指標を並べておく。シノプシスについては、買収で32.5%減った営業利益が2026年10月期に戻るか、そして従業員が約4割増えた状態で1人当たりの売上がどこへ着地するかが最初の目盛りになる。ケイデンスは、1度きりの1億2,850万ドルが消えた2026年12月期の営業利益率が28.2%からどこまで上がるか、そして中国比率13%が規制の下でどう動くかを見る。
独立系では、シルバコの営業損失4,590万ドルが縮むか、PDFソリューションズの純損益が黒字へ戻るかが分かれ目にあたる。日本側では、図研の営業利益率13.6%が売上の伸びとともに上がるか、そしてシルバコの日本向け売上613万3,000ドルが下げ止まるかが節目になる。工程と素子の設計に使う道具の売れ行きは、その国で新しい半導体がどれだけ設計されているかを映す。統計に現れない需要の温度が、この1行に出る。
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