8月10日、ヒト型ロボットのユニツリーが上海の新興市場に上場し、時価総額は約610億元に達した。創業者がDJIに在籍したのはわずか2か月。だがこの短い在籍こそ、中国の製造業で今起きている人材の連鎖反応の入口だった。

ドローン世界最大手のDJIが、優秀な技術者と起業家を次々と世に送り出す「人材養成所」と呼ばれている。中国で成功した新興企業の経営者にDJI出身者が並ぶためで、その顔ぶれは四足歩行ロボットのユニツリー、3Dプリンターのバンブーラボ、持ち運び型電源のエコフローと、分野も規模もばらばらだ。中国ではこの現象を、1924年に設立され国民党と共産党の双方に将校を供給した士官学校・黄埔軍官学校になぞらえ、「DJIは黄埔軍校だ」と言い表し、出身者の企業群を「DJI系」と括る。

順を追って言葉を定義する。まずDJIとは、2006年に香港科技大学の大学院生だった汪滔が、中国広東省の深圳で創業した無人航空機(ドローン)の世界最大手である。空中で機体をぴたりと静止させる飛行制御と、カメラの揺れを打ち消す安定化装置(ジンバル)を安価な機体にまとめた空撮ドローンで市場を制し、民生用ドローンの世界シェアは各種推計で7割前後を占める。現在は農業散布や設備点検の産業機、手持ちの小型カメラにまで事業を広げた。株式は公開しておらず業績も開示しないが、中国の経済メディアは年間利益を200億元(約4,200億円)超と伝える。次に士官学校とは、軍の指揮官(将校)を育てる学校のことで、黄埔軍官学校はその代表格として1924年に広州で開校し、卒業生が後の国民党と共産党の両軍を率いた。人材を鍛えては世に放つ組織のたとえとして、この歴史用語が非上場の製造業に付いた。なぜドローンの会社が士官学校にたとえられるのか。その答えが本稿の主題である。

呼び名の面白さで終わらせず、この記事は3つの角度から実体を測る。第1に、出身者企業の全体像を、確認できる範囲で16分野まで広げて示す。第2に、ほとんど報じられていない事実として、DJI自身がユニツリーの株主だったのに上場前に自ら手放し、約5.5億ドル相当を取り逃した経緯を掘る。第3に、なぜこの会社だけが軍校になるのかを、半導体産業のフェアチャイルドと決済のペイパルという2つの先例に当てて分解し、日本の投資家が実際に触れる銘柄まで落とし込む。

上場初日の主役は、2か月で辞めていった元社員

まず今週の事実から。ユニツリーは2026年8月6日に公募価格を1株150.80元と決め、8月10日に上海証券取引所の科創板へ上場した。調達額は約61億元(約1,300億円)、上場時の時価総額は約610億元、円に直せば約1.3兆円の水準である。ヒト型ロボットの専業としては中国初の株式公開で、米フォーブスは36歳の創業者・王興興の資産を24億ドルと見積もった(報道)。

王興興の経歴は、人材輩出の型をそのまま体現している。上海の大学院で四足歩行ロボットXDogを修士論文として自作し、2016年に卒業してDJIに入社。配属はカメラの揺れを打ち消すジンバルのアルゴリズム開発だった。だが在籍はわずか2か月あまり。XDogが動画共有サイトで話題になり、買い手と出資者が現れたのを機に退職し、同年8月に杭州でユニツリーを登記した。10年後、その会社は粗利率6割・黒字経営のまま株式市場に到達した。四足歩行ロボットで世界販売の6割超を握り、ヒト型でも先頭集団を走る同社の事業は企業データベースのユニツリーの項にまとめてある。

出資して、手放して、5.5億ドルを取り逃した本家

ここからが、日本ではまず報じられていない部分である。DJIは2018年、創業2年目のユニツリーに1,013万元(約2億円)を出資した。実現していれば約17%に相当する持分だった。ところが翌2019年、ユニツリーは減資の手続きを完了し、DJIは株主名簿から消える。撤退の理由を、DJIは今日まで公表していない。

この判断の代償を、今回の公募価格で機械的に計算できる。17%相当の持分は約37億元、米ドルで約5億4,900万ドル。当初の出資額に対して360倍超の値上がりを、本家は自らの手で放棄したことになる。中国の投資家の間でこの話題が沸騰したのは、金額の大きさだけが理由ではない。「人材を見抜く力で知られた会社が、辞めた社員の会社の価値だけは見抜けなかった」という皮肉が、軍校という呼び名の負の面、すなわち優秀な人ほど留められないという構造をそのまま照らしたからである。

構造には根がある。中国の経済メディアは、DJIの年間利益が200億元を超える一方、創業者の汪滔が株式公開を拒み続けていることが中核人材の独立を促していると指摘する。上場しない会社では、社員が持つ株式に出口がない。腕に覚えのある技術者にとって、自分で会社を作って上場させることが、事実上唯一の換金手段になる。軍校は美談である前に、報酬設計の帰結でもある。

16分野に散った卒業生 ― 1機のドローンが分解されていく

出身者が興した会社を、分野ごとに並べる。中国の投資家の間で「DJI系」と総称される企業群である。

創業者DJIでの職務会社設立事業
盧致輝創業期の一員科比特航空2009年産業用ドローン
陳楚強3人目の社員頭家技術2011年衛星通信
朱暁蕊共同創業者・首席科学者ロボセンス2014年車載・ロボット用レーザー測距
馬墨創業期の一員深研生物2014年細胞・遺伝子治療
林源上級技術者物種起源2016年高速ドライヤー
王興興ジンバル制御の技術者ユニツリー2016年四足・ヒト型ロボット
王雷電池研究開発部門を創設エコフロー2017年持ち運び型蓄電
劉翊涵空気力学の技術者一晤未来2017年電動歯ブラシ
魏基棟上級研究開発責任者アジャイルエックス2017年芝刈りロボット

このほかにも、身体を持つAIロボットの妙動科技、屋外作業ロボットの縦貫創新、ロボットセンサーの若創科技、民生用ドローンの禾啓智能、光を電源に使う無線ドライヤーの汝原科技、AIアルゴリズムの自動生成を手がける共達地がDJI系に数えられ、確認できるだけで16分野に達する。

DJI出身者が興した16分野 ― ドローンの技術部品が産業ごとに独立した
DJI出身者が興した16分野 ― ドローンの技術部品が産業ごとに独立した

分野の一覧を眺めると、ばらばらに見えて共通の骨格がある。ドローンという製品は、電池、モーター、センサー、組み込み演算、そして量産設計という5つの要素技術の塊であり、DJIの技術者はこの全要素を1つの製品として統合する訓練を受ける。卒業生の事業は、その要素の再結合にほかならない。電池部門を作った王雷は電池を大型化して蓄電池市場へ、ジンバル制御の王興興はモーター制御を脚に転じてロボットへ、空気力学の劉翊涵は流体設計を口腔内へ持ち込んだ。3Dプリンターのバンブーラボに至っては、創業者の陶冶だけでなく、技術・製造・設計の責任者がそろってDJIの主要部門の出身者で固められている。ドローンの高速位置決め技術は、印刷ヘッドの高速位置決めとほぼ同じ問題だからである。

軍校には先例がある ― フェアチャイルドとペイパルの法則

企業が人材の苗床になる現象は、中国の発明ではない。1957年、米フェアチャイルド半導体を作った8人の技術者は、後にインテルAMDを生み、彼らの系譜から数百社の半導体企業が育った。シリコンバレーという地名自体が、この1社の人材拡散の産物である。2002年に売却された決済のペイパルからは、イーロン・マスク、ピーター・ティール、リード・ホフマンらが散り、テスラ、スペースX、パランティア、リンクトインが生まれた。「ペイパルマフィア」の呼び名は、DJI系の直接の先輩に当たる。

3つの事例に共通する条件を抜き出すと、軍校が成立する条件が見えてくる。第1に、若い技術者に製品の根幹を丸ごと任せる文化。DJIは20代の技術者にジンバルや電池といった中核部品の開発責任を与えてきた。第2に、失敗の費用が安い産業集積。深圳の華強北電子街では試作部品が当日調達でき、金型も基板も1週間で回る。起業の初期費用が世界で最も低い場所の1つである。第3に、在籍し続ける金銭的理由の弱さ。フェアチャイルドは親会社が利益を吸い上げて技術者に株を渡さず、ペイパルは売却で全員の株が現金化され、DJIは上場を拒んで株の出口を閉ざした。形は逆でも、「会社に残っても株で報われない」という一点で3社は一致する。

汪滔自身は、軍校と呼ばれることについて、当初は校長になるつもりはなかったが、すでにそう呼ばれているのならその道を徹底しようと考えた、人が移るのは避けられない以上、在籍している間に一人ひとりの価値を高めればよい、という趣旨を中国メディアの取材に語っている。人材の流出を止めるのではなく、流出を前提に育成の密度を上げるという割り切りである。

人材輩出企業の3条件 ― フェアチャイルド、ペイパル、DJIの共通式
人材輩出企業の3条件 ― フェアチャイルド、ペイパル、DJIの共通式

卒業生の通信簿と、日本から買える入口・買えない入口

投資対象として見た場合、DJI系の各社は到達段階がはっきり分かれる。上場済みはレーザー測距のロボセンス(香港市場、証券コード2498)とユニツリー(科創板、証券コード688836)の2社。ロボセンスは2024年1月5日に香港へ上場し、仏調査会社ヨールの集計で車載レーザー測距の販売シェア世界首位、2025年にはロボット用でも首位に立った。共同創業者の朱暁蕊はDJI創業期の首席科学者であり、教え子の邱純鑫と組んで会社を興した、DJI系で最も学術に近い系譜である。

未上場組は規模が読みにくいが、公表数字だけでも輪郭は太い。エコフローは2024年の売上高が80億元(約1,700億円)を超え、140を超える国・地域で持ち運び型蓄電の首位に立つ。バンブーラボの2024年売上高は約60億元、年間出荷は約120万台で、家庭用3Dプリンター市場の勢力図を単独で塗り替えた。中国メディアは同社が本家DJIより先に上場する可能性を報じている。

実務的な注意を1つ。日本の個人投資家が実際に売買できるのは、現時点では香港上場のロボセンスまでである。科創板のユニツリーは外国人個人の直接売買が事実上閉ざされており、エコフローとバンブーラボは未上場のため触れる入口がない。「DJI系が熱い」という記事を読んで買える銘柄は、実は1つしかない。この非対称は、次の上場が予告されるたびに、買える側の銘柄へ資金が先回りする力学を生む。

制裁も相続される ― 卒業生が背負う同じ地政学

DJI系の評価には、本家から相続されるもう1つの資産、すなわち制裁リスクを織り込む必要がある。米国は2025年12月23日を期限としてDJI製品の安全保障監査を法律で義務づけたが、監査はどの省庁にも実施されないまま期限を迎えた。結果として12月22日、米連邦通信委員会は外国製の無人航空機とその中核部品を包括的に認可対象外リストへ加え、DJIの新型機は米国で新規の機器認可を取れなくなった。既に認可済みの機体は飛ばせるが、新製品の販売経路は事実上閉じている(法律事務所の解説)。

卒業生たちは法的にはDJIと無関係だが、深圳の同じ供給網に立ち、同じ「中国製スマート機器」の枠で審査される。ロボットと蓄電池は、ドローンが5年かけて歩いた規制強化の道を、より速く歩く可能性が高い。DJI系の銘柄を評価する際、売上に占める米国比率は成長率と同じ重みで見るべき変数であり、この点で欧州・アジア比率の高いエコフローと、教育・研究市場に深く入ったユニツリーでは、同じ系譜でも耐性がまったく違う。

日本に軍校はあるか ― 買われる側は関節と部品に集中する

最後に、この現象を日本市場に引き付ける。日本で「出身起業家の系譜」が語られる大企業は、ソニーグループ(6758)とリクルート程度で、製造業の技術者が辞めて会社を興し上場まで到達する例は極端に少ない。競業避止契約、年功による処遇の後払い、そして自社株報酬の薄さという3点が、DJIとちょうど逆向きに働くからである。ソニーが社内起業制度から事業を切り出し続けるのは、流出を防げないなら社内に軍校を作るという、汪滔と同じ割り切りの日本版である。

買える銘柄の側から見ると、対応関係は明快だ。国産ドローン専業のACSL(6232)は、米国のDJI排除で生まれた政府調達の空白を埋める立場にあり、DJI系の逆風がそのまま追い風になる希少な例である。ヒト型ロボットの関節に不可欠な波動歯車減速機のハーモニック・ドライブ・システムズ(6324)は、ユニツリーを含む世界のロボット企業が量産に向かうほど需要が積み上がる、系譜の外にいる納入者だ。産業用ロボットのファナック(6954)は、DJI系が攻める協働・自律の領域と、既存の工場自動化の境界線上で競争と共存の両方に直面する。ロボット分野の企業一覧と突き合わせると、日本勢の持ち場は「本体」ではなく「関節と部品」に集中していることが分かる。

黄埔軍官学校は、卒業生が2つの党に分かれて戦ったことで歴史に残った。DJI系もまた、いずれ本家と同じ市場で戦う卒業生を含んでいる。芝刈りロボットのアジャイルエックスとバンブーラボは、DJI自身が後から参入した芝刈り機・3Dプリンター市場で、今や本家の正面の競争相手である。人が移ることは避けられない、ならば在籍中に価値を高める、という汪滔の割り切りは、5年後の自社の競争相手を最高水準で鍛えることと同義だった。その費用と引き換えに、深圳は16の産業を手に入れた。