財務省の週次統計によると、日本の投資家は8月16日からの1週間に海外の中長期債を1兆9,784億円売り越した。株式・短期債を合わせた引き揚げは3兆578億円に達し、2014年以降の649週で3番目の規模に膨らんだ。

「日本勢が外債を1.97兆円売った、5か月ぶりの大きさ」という報道が8月27日に流れた。この数字自体は正しい。ただし財務省が同日更新した週次の時系列をそのまま集計すると、見出しに入らなかった事実が2つ残る。第1に、売られたのは債券だけではない。同じ週に海外株式も8,690億円、短期債も2,103億円処分され、対外証券投資の合計は3兆578億円の売り越しになった。これは統計が現在の形式になった2014年1月以降、649週の中で2024年10月末の5兆5,620億円、2024年6月初めの3兆2,048億円に次ぐ3番目の大きさである。第2に、直前の2週間で日本勢は逆に2兆7,888億円の中長期債を買い越しており、今回の売りはその反転として出た。本稿は週次のDeep Dive Proとして、財務省の週次649週分と業態別の月次、FRED、e-Stat、EDINET、SEC EDGARの4つの公的データベースを直接読み、この売りの位置づけと売り手、そして9月17日・18日の日銀会合に向けた力学を実額で組み立てる。

統計の性質を先に確かめる: 何を数え、何を示さないか

もとになる統計は財務省の「対外及び対内証券売買契約等の状況」で、大手の銀行・証券・生保など指定報告機関の約定を週次で集計し、翌週木曜の朝8時50分に公表される(統計ページ)。数字はプラスが買い越し(取得超過)、マイナスが売り越し(処分超過)を意味する。今回の対象は8月16日から22日の週で、公表は8月27日だった。前の週の数字が速報の1兆1,351億円買い越しから1兆1,373億円へ改定されたのも、この統計の通常の動きである。

読み方には3つの注意点がある。まず週次は指定報告機関だけを集計するため、月次の確報より対象が狭い。次に「契約等の状況」という名のとおり約定ベースであり、決済ベースの国際収支統計とは計上の時点がずれる。そして最も重要な限界として、この統計は「何を売ったか」までは示すが、「売った代金で何を買ったか」は示さない。冒頭の報道が伝えた「国内資産へ回帰する準備」という解釈は、この統計だけでは裏づけられない。売り越しの実額と、その解釈は、分けて検証する必要がある。

取引の規模も押さえておきたい。この週の中長期債は取得が8兆7,942億円、処分が10兆7,727億円あった。合計19兆5,669億円の商いの差し引きが1兆9,784億円の売り越しである。つまり日本の機関投資家は外債市場から撤退したのではなく、普段どおり大量に売買しながら、売りに1割ほど傾いた。この傾きが649週で7番目という水準まで振れたことが、今回の売り越しの実態である。

649週の中の位置: 中長期債で7番目、合計では3番目

2014年1月以降の週次649本を売り越し順に並べると、中長期債の1兆9,784億円は上から7番目に入る。これを上回るのは2024年10月末の4兆4,579億円、2015年3月末の3兆721億円、2024年6月初めの2兆6,869億円、2025年3月末の2兆5,726億円、今年3月29日からの週の2兆4,789億円、2017年4月初めの2兆1,759億円で、上位には3月末と4月初め、つまり年度の変わり目の週が並ぶ。決算期末を控えた金融機関の持ち高調整が、大きな売り越しをこの時期に集中させてきたことが読み取れる。「5か月ぶりの大きさ」という報道は、この3月29日からの週以来という意味で正確である。

対外中長期債の週間売買差額52週: 8月16日からの週の売り越しと、直前2週の大量買い
対外中長期債の週間売買差額52週: 8月16日からの週の売り越しと、直前2週の大量買い

今回が過去の大型の売りと異なる点は2つある。第1に、年度の節目ではない8月に出た。第2に、債券だけでなく株式・短期債も同時に売られた。中長期債と同じ週に海外株式が8,690億円、短期債が2,103億円処分され、合計の3兆578億円は649週で3番目に大きい。しかも8月2日からの週に1兆6,515億円、9日からの週に1兆1,373億円と中長期債を積み増した直後の反転で、買いから売りへの振れ幅は1週間で3兆円を超えた。月初からの累計ではまだ8,104億円の買い越しであり、「8月の日本勢は外債を売っている」という要約は月間では成立していない。成立しているのは「8月後半、買いの手が一斉に止まり、逆回転した」という描写である。

売り手の業態: 銀行勘定が7.9兆円売り、信託勘定が7.9兆円買う

週次統計に業態の内訳はないが、財務省は月次で「業態別対外証券投資」を公表しており、2026年の中長期債の売り手はここで特定できる。1月から7月までの累計で、銀行(銀行勘定)は7兆9,387億円の売り越しだった。月別では2月に3兆1,431億円、3月に1兆5,786億円、6月に1兆9,883億円と、断続的に大きく売っている。一方で信託銀行(信託勘定)、つまり年金などの委託運用資産は同じ7か月で7兆8,870億円の買い越しとなり、銀行の売りをほぼ同じ規模で吸収した。5月だけで3兆1,559億円買った月もある。金融商品取引業者も2兆4,640億円の買い越しで、生命保険会社の売りは1兆3,311億円、投資信託委託会社等は1兆856億円の売りにとどまる。

この内訳は、「日本の機関投資家が一斉に円回帰を始めた」という見方とは合わない。2026年に外債を減らしてきたのは銀行の自己勘定であり、年金の資金はむしろ買い増してきた。銀行勘定の売りは、金利上昇局面で満期の短い持ち高へ入れ替えながら評価損の拡大を避ける自己勘定の調整であって、家計の資産配分の変化でも、長期資金の引き揚げでもない。8月16日からの週の売り手がどの業態だったかは9月上旬公表の月次で確定するが、2026年のこれまでの型からは銀行勘定と証券の持ち高調整が最初の候補になる。「生保の外債売り」として語られがちなこの統計の主役が実際には銀行であることは、月次の内訳まで確かめて初めて分かる。

売りの計算: ヘッジ後の米債利回りは国内10年債を下回る

売りの背景は、日米の金利を並べると引き算で説明がつく。FREDの実測で、米10年債利回りは8月25日時点で4.64%、日本の10年国債利回りは月次平均で1月の2.24%から6月に2.67%へ上がった。表面上は米国が2ポイント近く高い。だが円の投資家が為替リスクを消して米債を持つには、短期のヘッジコストを払い続ける必要がある。その概算は日米の短期金利差、すなわちFF金利の実効値3.63%と日銀の政策金利1.00%の差2.63ポイントに、為替ベーシスを上乗せした2.6〜3.1%程度になる。米10年4.64%からこれを引いたヘッジ後利回りは1%台半ばから2%程度で、国内10年債の2.67%を下回る。ヘッジ付きで米債を持つ利点は、この時点で消えている。

ヘッジ後利回りの逆転と、2026年の業態別の売り手
ヘッジ後利回りの逆転と、2026年の業態別の売り手

ではヘッジを外せばよいかというと、8月の値動きがその危うさを示した。円は7月29日に1ドル163.86円と、FREDの系列で1986年12月16日の163.95円以来、約40年ぶりの安値を付けた後、8月21日には158.91円へ3.0%上昇した。日米10年債の金利差1.97ポイントの約1年半分が、3週間余りの為替で消えた計算になる。しかも米国側の長期金利は利下げに連動していない。FRBは2025年9月から12月に3回利下げして以降、FF金利の実効値を3.63%前後に8か月半据え置いているのに、米30年債利回りは8月17日に5.31%と2007年6月12日の5.35%以来、19年ぶりの高さを付けた。財政赤字と国債増発への警戒が長期債の価格を押し下げ続けており、持ち続けるだけで評価損が積み上がる。ヘッジ付きでは利回りで見劣りし、ヘッジなしでは為替に振られ、長期債は価格も下がる。8月後半の売りは、この3つの不利が9月の日銀会合を前に一気に意識された結果と読める。

9月17日・18日の織り込み: スワップは8割台、物価は再加速

日銀の次回の金融政策決定会合は9月17日・18日に開かれる。金利スワップ市場が織り込む利上げ確率は、Bloombergの8月23日時点の集計で84%。冒頭の報道が引いた88%という数字も、時点と参照する商品の差の範囲で、市場が「9月に1.00%から1.25%へ」をほぼ既定路線として扱っていることに変わりはない。8月27日には氷見野副総裁が講演で9月の利上げ観測を打ち消さず、織り込みはさらに進んだ。

物価面の裏づけは総務省の消費者物価指数にある。e-Statの実測で、総合指数の前年同月比は2026年2月の+1.3%を底に、3月+1.5%、5月+1.5%、6月+1.7%、7月+2.0%と5か月かけて再加速した。生鮮食品を除く総合も7月は+1.8%、生鮮食品とエネルギーを除いた指数も+1.8%で、日銀が参照する基調的な物価の各指標は2%近傍に戻っている。政策金利は6月会合で0.75%から1.00%へ引き上げられており、無担保コール翌日物の月中平均が5月の0.727%から6月に0.841%へ切り上がった経過がそれを映す。1.00%は約30年ぶりの高さであり、9月に1.25%へ進めば、外債のヘッジコストを決める日米短期金利差はさらに0.25ポイント縮む。ヘッジ後利回りの逆転は解消に向かうどころか、国内債優位の方向へさらに広がる。円高が進むという冒頭の報道の見立ては、7月末からの3.0%の上昇として既に進行中の事実でもある。

同じ週に海外勢も引き揚げた: 2週間で4兆1,886億円の日本売り

同じ統計の対内側、つまり海外投資家による日本の証券の売買には、見出しにならなかったもう1つの動きが記録されている。8月9日からの週に海外勢は日本の中長期債を1兆2,499億円、短期債を1兆1,650億円売り越し、合計1兆7,925億円を引き揚げた。続く8月16日からの週も日本株を7,641億円、短期債を2兆672億円売り、合計2兆3,961億円の売り越し。2週間の合計は4兆1,886億円に達する。Bloombergは8月20日に、日本の中期債からの海外勢の資金流出が2006年以来の規模だと報じており、週次の実測と符合する。

つまり8月後半の東京市場では、日本勢が外債を売って資金を戻す動きと、海外勢が日本の債券・株式を売って出ていく動きが同時に走った。前者は円買い、後者は円売りの需給で、為替への圧力は一部相殺される。一方で日本国債の需給には両者が同じ向きに働く。日本勢が持ち帰った資金は国内債の買い手に回り得るが、海外勢の売りは利回りを押し上げる。長期金利の上昇と円高が併存するという、教科書どおりの円安局面とも円高局面とも違う組み合わせが、この2週間の東京市場の実像である。10年債利回りが半年で0.43ポイント上がってなお長期金利の上昇が続く背景には、この2つの資金の流れがある。

逆方向の資金: バークシャーは4月に2,723億円を円で借りた

日本勢が外貨建て資産を減らす一方で、海外の発行体は円建ての負債を積み増している。その代表がバークシャー・ハサウェイである。SEC EDGARに提出された目論見書補遺(2026年4月10日付)によると、同社は4月16日に総額2,723億円の円建て社債を6本立てで発行した。内訳は2029年償還の1,289億円(利率2.077%)、2031年の868億円(2.465%)、2033年の223億円(2.739%)、2036年の273億円(3.084%)、2041年の20億円(3.452%)、2056年の50億円(4.037%)。主幹事はみずほ証券とBofA証券、調達資金の使途は一般事業目的とされる。

この発行の内訳からは2つのことが読み取れる。第1に、調達額の47%が3年債に偏り、30年債は50億円しかない。長い年限で固定金利の調達をするコストが既に高いこと、つまり円金利の先高観を、世界最大級の投資会社の年限の選び方が示している。第2に、30年で4.037%という利率そのものが、円の超長期金利の新しい水準の目安になる。バークシャーは2019年から円建て社債の発行と日本の商社株保有を組み合わせ、円建ての負債で円建ての資産を持つ、為替の影響を受けにくい構造を作ってきた。日本の銀行が外債を減らす局面で、海外の発行体が円の借り手として市場に残る。資金は一方向に流れているのではなく、円金利の上昇を前提に、担い手が入れ替わっている。

メガバンクの有報が示す実額: 外債の含み損と純利益5.3兆円

売り手の中心にいる銀行の台所事情は、EDINETの有価証券報告書(2026年3月期)で実額まで確かめられる。三菱UFJフィナンシャル・グループは、その他有価証券として外国債券を簿価28兆3,024億円持ち、評価差額は差し引き1,480億円の含み損だった。満期保有に分類した外国債券4兆4,881億円にも996億円の評価損がある。年度中には外国債券を34兆8,888億円売却し、売却益1,984億円に対し売却損は770億円で、損失の確定を抑えながら入れ替えている様子が読み取れる。みずほフィナンシャルグループは、その他有価証券の外国債券12兆8,467億円に3,211億円、満期保有の外国債券4兆4,299億円に1,120億円、合計4,331億円の評価損を抱える。

同じ有報は、この評価損を吸収できる本業の収益力も示す。2026年3月期の親会社株主に帰属する当期純利益は三菱UFJが2兆4,272億円、三井住友フィナンシャルグループが1兆5,830億円、みずほが1兆2,486億円で、3グループ合計5兆2,588億円。資金運用収益は3社で21兆8,000億円規模に達し、国内の政策金利1.00%の下で預貸の利ざやが収益の主軸に戻りつつある。見落とせないのは国内側の評価損で、三菱UFJの満期保有の国債には7,043億円の含み損が既にある。利上げは銀行の利ざやを広げると同時に、保有する国内債の価格も下げる。外債を減らして国内債に回帰する動きは、その国内債の含み損を将来また抱え込む選択でもあり、銀行勘定が保有を満期の短い年限に移しながら動く理由がここにある。

2026年3月期 (有報・連結)三菱UFJ三井住友みずほ
経常収益14兆6,208億円10兆7,909億円9兆854億円
資金運用収益8兆7,239億円7兆2,248億円5兆8,516億円
親会社株主帰属の純利益2兆4,272億円1兆5,830億円1兆2,486億円
その他有価証券の外国債券 (簿価)28兆3,024億円区分の内訳開示なし12兆8,467億円
外国債券の評価差額-1,480億円区分の内訳開示なし-3,211億円

取引所側では、金利と為替の振れ自体が商いを生む。日本取引所グループは現物・デリバティブの場を貸す側として変動の恩恵を受ける立場にあり、相場の動揺が出来高につながる構図はジャクソンホール検証の回で実額を検算したとおりである。逆に円高の進行は輸出企業の採算を直撃するから、この資金の反転は市場全体には中立でない。恩恵と痛みがどの業種に出るかで明暗が分かれる。

この先の確認手順: 毎週木曜8時50分、9月上旬、9月18日

締めくくる前に、冒頭の報道の主張を1つずつ判定しておく。「1兆9,784億円、5か月ぶりの大きさ」は週次時系列と一致し正確。「今月に入って最初の売り越し」も、8月2日と9日からの2週の買い越しに続く反転として正確。「前週は上方改定で1兆1,373億円の買い」も確報と一致する。「9月利上げの確率88%」は検証時点の報道値84%よりやや高く、時点の差の範囲だが、そのまま引用する数字ではない。「国内資産へ回帰する準備」は統計の性質上この数字からは証明できず、業態別が示すのは銀行勘定の持ち高調整が主導する売りである。円高という方向は、7月末からの3.0%の上昇として既に進んでいる。

この先の展開は、公表日程に沿ってそのまま確かめられる。毎週木曜8時50分の週次統計で8月23日以降の週の反転か継続かが分かり、次回は9月3日に8月23日からの週が出る。9月上旬公表の月次業態別で、8月の売り手が銀行勘定だったのかが確定する。そして9月17日・18日の日銀会合が1.25%への引き上げを決めれば、ヘッジコストの計算はさらに0.25ポイント国内債に有利になり、外債と国内債の利回り逆転は構造として固定される。649週で3番目という今回の引き揚げが1度限りの持ち高調整で終わるのか、それとも銀行勘定の外債圧縮が信託の買いでは吸収しきれない規模に膨らむのか。その判定材料は、毎週木曜の朝8時50分に積み上がっていく。