日東紡は2026年8月5日、今期の営業利益の見通しを260億円から300億円へ引き上げた。設備投資は前期の2.1倍にあたる450億円を見込む。5月に広がった「Tガラスの増産なし」という受け止めは、会社の開示と合わない。
当サイトは6月9日の記事「日東紡が1割安、AI基板のTガラス9割支配と増産見送りの真因」で、同社が供給を絞って単価を保つ道を選んだと書いた。その後、決算短信、決算説明資料、説明会の質疑応答の要旨を2025年8月の分から順に読み直した。増産を見送るという説明は会社の資料のどこにもなく、経営陣は「投資のギアを上げていかなければならない」と述べていた。前回の記事には数字の誤りも3点あった。本稿で改める。
5月の説明会で会社が打ち消したのは、増産ではなく追加の値上げだった
発端は5月12日の決算発表である。日東紡(3110)は2027年3月期の純利益を170億円と見込み、前期比59.3%減とした。日本経済新聞は翌13日、この見通しに加えて「Tガラスの増産なし」も嫌気されたと見出しで伝えた。
純利益が減る理由は本業にはない。同社は2025年11月、東京都中央区八重洲の土地と地上権1,886.3平方メートルを住友不動産(8830)に譲渡すると決め、前期に固定資産売却益341億6,500万円を計上した。投資有価証券の売却益と合わせた特別利益は381億4,900万円にのぼり、純利益は417億7,000万円に膨らんだ。今期はその反動が出るだけで、経常利益は5月の時点でも215億円から260億円へ増える見通しだった。
増産についてはどうか。会社が公表した5月12日の質疑応答の要旨に、増産しないという発言は見当たらない。書かれているのは値上げの話である。Tガラスについて会社は「更なる価格改定の予定はなく、お客様からの供給拡大の要望に応えることで、高いマーケットシェアを維持していきたい」と答え、需給を理由にした値上げは行わないと明言した。設備投資については「ひるむことなく必要な投資を継続していきたい」と述べている。追加で能力を増やす場合は、顧客に投資負担を求める考えも示した。
値上げの交渉は2025年11月に始まり、半年で区切りがついた
4回の説明会の質疑応答を並べると、値上げと増産の順番が読み取れる。
| 説明会の日 | 値上げについての説明 | 増産についての説明 |
|---|---|---|
| 2025年11月6日 | 設備投資を続けるため、来年からの値上げを顧客と交渉している | 2026年度に10〜20%増、2027年度に中期計画の開始時の2倍 |
| 2026年2月5日 | 交渉を進めている。能力増強がさらに要るなら追加の値上げに理解を求める | 2026年度のTガラスの販売は20%程度増やせる |
| 2026年5月12日 | 追加の値上げの予定はない。需給を理由には行わない | 投資のギアを上げる。設備投資の目標を1,200億円に増額 |
| 2026年8月5日 | 設備投資の決定とは連動させない。供給量を増やせた時点で検討する | 2028年までの増強計画を実行中。機会が大きければ追加投資も行う |
値上げの効果は第1四半期の決算に表れた。電子材料事業の売上高は145億8,900万円で前年同期比29.5%増、営業利益は70億3,600万円で70.0%増だった。決算短信は増益の理由に、販売の増加と並べて価格改定を挙げている。社内向けの売上を含めた売上高営業利益率は、前年同期の28.8%から38.9%へ上がった。
全社の営業利益は43億円から79億円へ増えた。会社の増減分析では、スペシャルガラスを含む高付加価値品が26億円、その他が19億円、為替が4億円の増益要因で、人件費や研究開発費などの基盤強化費が10億円、減価償却費が4億円の減益要因である。為替は1ドル145円から160円へ円安に動いた。
データセンターの通信機器に使う低誘電のNERガラスについて、会社は今期中の値上げを予定していないと答えた。販売数量は前期比でかなり大きく増やす計画である。
上方修正40億円のうち、電子材料は半分の20億円にとどまる
8月の上方修正は、Tガラスの好調だけでは説明できない。事業別の営業利益の見通しを5月と比べると、次のようになる。
| 事業 | 5月12日の見通し | 8月5日の見通し | 差 |
|---|---|---|---|
| 電子材料 | 260億円 | 280億円 | (+20億円) |
| メディカル | 25億円 | 28億円 | (+3億円) |
| 複合材 | −6億円 | −3億円 | (+3億円) |
| 資材・ケミカル | 5億円 | 4億円 | (−1億円) |
| 断熱材 | −2億円 | 10億円 | (+12億円) |
| その他事業 | 7億円 | 6億円 | (−1億円) |
| 全社調整 | −29億円 | −25億円 | (+4億円) |
| 合計 | 260億円 | 300億円 | (+40億円) |
電子材料の上積みは20億円で、全体の50.0%である。次に大きいのは断熱材の12億円だった。説明会で内訳を問われた会社は、当初の計画に入れていなかった断熱材を中心とする汎用品の値上げの効果が大きいと答えた。複合材の拡販と、中東情勢による生産や販売の減少の恐れが和らいだことも理由に挙げている。為替の前提も1ドル153円から158円へ円安の方向に改めた。
見通しの中身には慎重な部分もある。第1四半期の営業利益79億円は、上期の見通し153億円の51.9%にあたる。下期の見通しは147億円で、上期を下回る。通期の増減分析では、高付加価値品が147億円の増益要因である一方、基盤強化費が39億円、原料費と電燃費が21億円、減価償却費が20億円の減益要因で、費用の増加は合わせて80億円になる。増産に向けた人件費と設備の費用が、売上の増加より先に発生する。
設備投資450億円は営業利益の1.5倍、原資は八重洲の土地である
今期の設備投資の見通しは450億円で、前期の217億円の2.1倍、今期の営業利益見通し300億円の1.5倍にあたる。2019年度から2021年度までは167億円、162億円、158億円と横ばいで、2022年度は59億円、2023年度は78億円、2024年度は136億円だった。減価償却費も前期の93億円から113億円へ増える。
会社は5月12日、2024〜2027年度の中期経営計画の目標を改め、4年間の設備投資を約800億円から約1,200億円へ増やした。2027年度の営業利益の目標は200億円から360億円へ、売上高の目標は1,350億円から1,550億円へ引き上げた。増額の理由を問われた会社は、当初は低誘電ガラスの増産を中心に考えていたが、想定を上回る低熱膨張ガラスの需要をつかんで能力増強を前倒ししたと説明し、福島でのガラスクロスの設備増強と台湾での溶融炉の増設を挙げた。2024年度から今期までの3年間の投資は803億円になる見通しで、目標との差の約397億円が2027年度に残る。
この投資を支えるのが、純利益の減少の原因になった土地の売却である。前期の固定資産の売却による収入は390億5,300万円で、現金及び預金は285億4,600万円から620億1,400万円へ増えた。2026年6月末の自己資本比率は63.2%である。純利益が59%減るという見出しの裏で、増産の資金の手当ては済んでいた。
能力は2027年度に2倍、福島の新棟は2026年度第4四半期に稼働する
増産の工程は、糸をつくる工程と布に仕上げる工程で別々に進んでいる。ガラスクロスは、原料を溶かして糸にするヤーンの工程、糸を織る織布の工程、表面を処理する工程の順につくる。
糸については、会社は汎用品の溶融炉の改造と新しい溶融炉の増設を進めており、Tガラスの能力は2027年度に中期計画の開始時の2倍になると説明している。台湾・嘉義の子会社では2026年度にTガラスの溶融炉を新設する。2026年度のTガラスの販売は、前年度より20%程度増える見込みである。
布については、福島事業センターに約150億円を投じて新しい工場棟を建てている。増築分の延床面積は17,212平方メートルで、2025年10月に着工し、2026年12月に竣工する予定である。生産の開始は2026年度第4四半期、つまり2027年1〜3月を計画している。導入するのは主に処理工程の設備である。経済産業大臣から供給確保計画の認定を受けており、最大約24億円の助成金が出る。増やす能力をすべて最先端の半導体向けのTガラスクロスに充てれば、現在の生産実績の3倍程度をつくれる。
それでも織布の工程が足りない。会社は2025年11月28日、台湾の南亜プラスチックに織布の一部を委託すると決めた。2027年には、日東紡グループが供給するガラスクロス全体の20%程度が南亜プラスチックが織った製品になる。会社は2月の説明会で、糸と処理の能力を増やしても織布の能力が追いつかないためだと説明した。台湾・桃園の子会社でも、2027年度にTガラスクロスの量産が始まる。
需要の広がりも会社の想定を超えている。Tガラスはサーバー向けの厚手のクロスだけでなく、スマートフォンなどに使う薄手のクロスの販売が伸びた。会社は2025年11月、汎用のEガラスが使われていた部分にTガラスが使われ始めたためだと説明している。8月の資料では、データセンター向けのNAND型メモリーやDDR5メモリーのパッケージ基板にも薄手のTガラスを充てている。低誘電のNEガラス、NERガラスとTガラスを合わせたスペシャルガラスの売上高の指数は、2015年度の半期を100として、2024年度の下期が658、2025年度の上期が736、下期が802だった。
競合の採用が始まり、会社は次世代品Vlexで事実上の標準を狙う
増産を急ぐ理由は、競合にもある。会社は2025年11月、台湾の競合の製品が顧客の認定を受け始めたと認めたうえで、供給の量はまだ十分な水準にないとの見方を示した。2026年8月には一歩進み、顧客が他社の低熱膨張ガラスを使う検討を進めていることは認識していると答えた。理由として会社が自ら挙げたのは、増産の効果がまだ本格的に出ていないことである。品質での優位は変わらないとし、供給能力を上げてシェアを保つ考えを示した。
供給が足りない間に顧客が他社の製品を認定すれば、その認定は増産の後も残る。会社が値上げより量を優先する理由はここにある。シェアについて、日本経済新聞は2026年4月に日東紡が世界の9割を握ると報じ、旭化成(3407)が同じ市場に参入すると伝えた。会社の資料にシェアの数字はない。
技術では次の世代の準備が進む。会社は2月の説明会で、競合の参入に対抗するため、最先端の低熱膨張ガラスであるVlexの開発と量産に力を入れ、事実上の標準の獲得を目指すと述べた。能力増強の工程表では、Vlexは2028年度以降に置かれている。日本経済新聞は2026年2月、同社が熱膨張を既存品より3割抑えた次世代品を2028年にも実用化すると報じた。石英ガラスのクロスに対しては、加工しやすさを強みとする自社のNEZガラスで同等の性能を出せるよう、銅張積層板のメーカーと開発を進めているという。
前回の記事から改める3点
6月9日の記事のうち、会社の資料と合わなかった点を改める。
| 食い違った点 | 前回の記事 | 確認した値 |
|---|---|---|
| 電子材料の業績 | 売上高360億8,700万円、営業利益138億2,700万円 | この数字は2025年4〜12月の9か月の累計である。通期は売上高492億6,500万円 (+20.4%)、営業利益193億9,100万円 (+39.7%) |
| 福島の増産の時期 | 新たな供給が届くのは2027年央 | 生産の開始は2026年度第4四半期の計画 |
| 増産の方針 | 増産を見送り、供給を絞って単価を保つ | 能力増強を積極的に進め、需給を理由にした追加の値上げは行わない |
全社の営業利益を26.4%増とした箇所も、9か月の累計の伸び率だった。通期の実績は208億1,900万円で26.6%増である。前回の記事が引いたTガラスの価格の上昇幅と銅張積層板の納期、国内3社でガラス繊維市場の7割超という数字は、会社の資料では裏づけが取れなかった。会社は値上げの幅を公表していない。
11月の中間決算で確かめる4つの数字
次の決算で確かめる点は4つある。1つ目は上期の営業利益で、見通しの153億円に対して第1四半期だけで79億円を稼いだ。2つ目は下期の費用である。減価償却費と人件費が計画どおりに増えるなら、下期の営業利益が上期を下回る見通しは保守的とは言い切れない。
3つ目は競合の認定の進み方で、会社が説明会でどう答えるかが手がかりになる。4つ目は為替である。今期の前提は1ドル158円で、第1四半期の実績は160円だった。通期の増減分析で為替の寄与は10億円と、高付加価値品の147億円に比べて小さい。
2027年度の営業利益の目標360億円は、今期の見通しの1.2倍にあたる。福島の新棟、嘉義の溶融炉、桃園と南亜プラスチックの織布がそろう年であり、糸の能力が2倍になる年でもある。値上げに頼らず、販売量の伸びで利益を増やせるかどうかが、その年の数字に出る。
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