BYDが深圳に建設中の世界研究開発拠点を検証する。延床330万平方メートル、技術者6万人、実験室50超。そして1日1億5,000万キロという学習データが物理的に何を指すのかを、帯域から検算する。

自動車メーカーの研究所としては、桁がひとつ違う。BYDが広東省深圳市ロンガン区バオロン地区に建設している世界研究開発拠点は、敷地が65万平方メートル超、計画上の延床面積が330万平方メートル超に達する。投じる資金は200億元。深圳市の計画・自然資源当局が2024年9月4日に建設許可と全体配置を公表し、3期に分けて工事が進んでいる(Gasgoo)。

延床330万平方メートルという数字は、それだけでは実感が湧かない。米国防総省の庁舎の延床が約61万6,500平方メートルだから、あの建物の5.3棟分にあたる。ここに6万人を超える研究開発人員を集め、そのうち修士号と博士号の保有者が5割を超える構成にするという。先端の実験室が50超、研究所が11。

本稿は、この施設を建物としてではなく、機械学習の生産設備として読み解く。何を計測し、何を捨て、何を学習に回すのか。そして公表されている「1日1億5,000万キロの学習データ」という数字が、物理的に何を指しうるのかを帯域から検算する。株価や市場の数字は扱わない。扱うのは平方メートル、ギガバイト、ミリ秒、そして1秒あたりの演算回数である。

研究拠点の規模を数字で置き直す
研究拠点の規模を数字で置き直す

会社の技術者の半分以上を、1つの敷地に集める

規模の意味は、社内の分布と並べると見えてくる。BYDの最高経営責任者である王伝福は2024年末の時点で、同社の技術者がおよそ11万人に達し、自動車メーカーとして世界で最も多いと述べている。2011年には2万人強だったから、13年でおよそ5倍になった(CarNewsChina)。

この拠点が計画どおり6万人を収容するなら、会社全体の技術者の半分以上が1か所に集まる。研究開発の拠点を地域や機能ごとに分散させる従来の作り方とは、発想が逆になっている。

集約には明確な利点がある。電池、車体、駆動系、半導体、運転支援の各部門が同じ敷地にいれば、部門をまたぐ試作と検証の往復が日単位から時間単位に縮む。BYDは電池も半導体も自社で作る垂直統合の会社で、統合の効き目は部門間の距離に反比例する。

同時に、集約は分散が持っていた冗長性を捨てる選択でもある。1か所に集めた設備は、地域の電力、通信、災害に対して単一の弱点になる。第1期だけで研究開発空間が132万平方メートル、人材向け住宅が30万平方メートルという配分は、通勤という変動要因すら敷地の内側に取り込もうとする設計に見える。

特許の出方も、この規模を裏づける。BYDの特許出願は営業日あたり平均32件。年間の営業日をおよそ250日とすれば、年に8,000件の水準になる。2024年末までに中国国内で成立した特許が3万299件、海外で5,538件。海外の比率は15パーセントほどで、出願の重心が国内にあることも同時に示している。

開発体制の規模と、特許の出方
開発体制の規模と、特許の出方

「スターベース」という名前が、どこを指しているか

この拠点の設計思想は「スターベース」と名付けられ、中核となる環状の構造物は「ステラリング」と呼ばれている。名前の選び方に、注釈が要る。

スターベースは、スペースXがテキサス州ボカチカに構える打ち上げ施設の名称である。中国の自動車メーカーが研究拠点にこの名を選んだこと自体は偶然かもしれないが、両社の来歴を並べると別の意味が浮かぶ。

2011年、ブルームバーグの番組でイーロン・マスクは、BYDテスラの競合になりうるかと問われて吹き出した。なぜ笑うのかと重ねて聞かれ、「彼らの車を見たことがありますか」と応じ、良い製品を持っているとは思わない、と述べている。この映像は現在も公開されている。

2023年、この場面の切り抜きが再び出回った際、マスク本人が反応した。あれは何年も前のことで、彼らの車は今日ではきわめて競争力がある、と書いている(CnEVPost)。同じ年の第4四半期、BYDは電池のみで走る車の販売でテスラを上回った(InsideEVs)。

都市伝説の類ではなく、映像と本人の書き込みが残っている経緯である。笑われた側が、笑った側の打ち上げ施設と同じ名を自社の研究拠点に付けた。設計思想の名前としては、これ以上ないほど直接的な返答になっている。

1日1億5,000万キロを、帯域で検算する

ここからが本稿の中心になる。BYDの運転支援システム「ゴッドアイ」を搭載した車は、2025年12月時点で累計250万台を超えた。そして同社は、この車群が1日あたり1億5,000万キロを超える走行データを生み出していると説明している(Table.Briefings)。

この数字は、そのままでは意味が確定しない。何がどれだけ集まっているのかを、通信の側から詰める。

まず1台あたりの走行距離を出す。1億5,000万キロを250万台で割ると、1台1日あたり60キロ。通勤と買い物の合計として、無理のない数字である。

次に、その60キロで発生する映像の量を見積もる。運転支援に使うカメラを8個、それぞれを効率の高い方式で圧縮して毎秒5メガビット程度とすれば、車1台の映像は合計で毎秒40メガビット、バイトに直して毎秒5メガバイトになる。時速60キロで走れば1キロに60秒かかるから、1キロあたりおよそ300メガバイト。60キロ分では18ギガバイトに達する。

1台が1日に18ギガバイト。1か月では540ギガバイトになる。これを携帯回線で吸い上げる契約は存在しない。250万台分を合計すれば1日あたり45ペタバイト、上り方向で常時4テラビット毎秒の帯域を占有し続ける計算になる。年間では16エクサバイトを超える。1社が私設の設備で受け止める規模ではない。

したがって、「1日1億5,000万キロの学習データ」は映像の総量を指していない。指しているのは、車載側の選別を通過した事象と計測値の集計である。走った距離そのものは、データが生まれうる母数を表しているにすぎない。

この読み替えは、報道を疑うためのものではない。実務上どこに技術的な難しさがあるのかを、正しい場所に置き直すための作業である。難所は雲の上ではなく、車の中にある。

学習データを帯域で検算する
学習データを帯域で検算する

車載側で何を捨てるかが、そのまま製品になる

母数が1億5,000万キロで、実際に上げられるのがその1万分の1以下だとすれば、設計上の問いは「どう集めるか」ではなく「何を残すか」に移る。

現在の運転支援の開発で標準になっているのは、影法師のように背後で動かす方式である。人間が運転している間、システムは自分ならどう操作するかを並行して計算し続け、実際の操作と食い違ったときにだけ、その前後の数秒を記録する。合っている場面は捨てる。学習にとって価値があるのは、モデルが間違えた場面だけだからだ。

引き金の設計が、そのまま収集の質を決める。急な割り込み、工事の規制、消えかけた区画線、雨天の逆光、二輪車の斜め横断。こうした場面を車載側で判定して初めて、限られた帯域が意味のある記録に使われる。判定が甘ければ帯域は平凡な直進映像で埋まり、厳しすぎれば必要な事例が集まらない。

BYDが採っている方向は、この制約に対するもうひとつの答えでもある。同社は「AIの作業主体と世界モデル」を組み合わせる方式を掲げ、仮想の場面を作って、めったに起きない失敗の型を学習させると説明している。現実で集められない事例は、生成して補う。

世界モデルとは、車と周囲がこの先どう動くかを予測する仕組みを指す。これがあると、記録した数秒の断片から「もし別の操作をしていたら」という枝を展開できる。集めた事例1件を、複数の学習素材に増やせる。帯域の制約を、計算資源の投入で置き換える発想になっている。

そしてここに、延床330万平方メートルという規模の理由がある。世界モデルの学習と、仮想場面の生成と、それに基づく再学習は、いずれも大量の計算を要する。集めたデータを蓄え、選び直し、回し続ける設備が、建物として要る。

車載側の選別と、生成で補う設計
車載側の選別と、生成で補う設計

シュエンジーの構成と、演算の置き場所

車の側の作りも見ておく。BYDが自社で開発した知能化の基盤は「シュエンジー」と呼ばれ、同社はその構成を「1つの頭脳、2つの端、3つの網、4つの鎖」と表現している。中央処理の頭脳を1つ置き、雲の上の人工知能と車載の人工知能という2つの端に分け、第5世代の携帯通信と衛星通信を含む網でつなぐ、という組み立てである。

運転支援の「ゴッドアイ」は3段階に分かれる。最上位のAはエヌビディアのオリンXを2個使い、演算能力はおよそ毎秒508兆回。中位のBはオリンXを1個で毎秒254兆回。入門のCはオリンNか、地平線機器人のジャーニー6Mを使う。上位機能を高価格帯に閉じ込めず、全車種に配る方針を採ったため、段階の設計そのものが商品構成になっている。

2026年6月、BYDは自社開発の運転支援用半導体を初めて公表した。回路の細かさが4ナノメートル級の「シュエンジーA3」で、演算能力はおよそ毎秒700兆回とされる(Caixin)。

この数字の意味は、置き換えの構図で読むと分かりやすい。最上位のゴッドアイAはオリンXを2個並べて毎秒508兆回を得ていた。シュエンジーA3は1個で毎秒700兆回に届く。2個ぶんの機能を1個で置き換えたうえで、演算能力を4割近く上乗せしたことになる。基板の面積、配線、冷却、部品点数のすべてが軽くなる。

一方で、より高度な自動運転についてはエヌビディアとの協業も並行して進めている。自前の半導体で量産の主戦場を押さえ、最先端の研究では外部の設計を使い分ける構えになっている。

シュエンジーの構成と、演算能力の置き換え
シュエンジーの構成と、演算能力の置き換え

実時間の演算を雲の上へ移すという賭けの、物理的な範囲

BYDはもうひとつ、踏み込んだ検討をしている。実時間で動く処理の一部を、車から雲の上へ移せないかという試みである。搭載する半導体を軽くできれば、車1台あたりの原価が下がる。

この構想がどこまで成立するかは、光と電波の速さが決める。時速100キロで走る車は毎秒27.8メートル進む。第5世代の携帯通信で往復の遅延を30ミリ秒から50ミリ秒とすると、その間に車は0.8メートルから1.4メートル動く。ここに雲の上での推論の時間を足し、150ミリ秒から200ミリ秒になれば、4.2メートルから5.6メートルになる。

前を走る車が急に止まったとき、この距離は判断の遅れとしてそのまま残る。制動や操舵のように安全に直結する制御を、通信の向こう側に置くことはできない。通信が途切れた瞬間に車が制御を失う設計も、成立しない。

置けるものは限られる。数十秒から数分先を見る経路の計画、地図と交通状況の更新、走行後の記録の解析、そして学習そのもの。いずれも遅延が数百ミリ秒あっても成り立つ処理である。

「演算を雲の上へ移す」という表現が独り歩きすると、車載の半導体が不要になるかのように読める。実際に移せるのは、遅れても困らない層だけだ。安全に関わる層は車の中に残り、そこの演算能力を決めるのが、前節で見た自社製の半導体になる。

通信の遅延が決める、演算の置き場所
通信の遅延が決める、演算の置き場所

日本の現場から見て、この施設のどこを見ておくか

実務の観点で、この拠点から取り出せる論点を効き目の順に並べる。

最も直接的なのは、運転支援の開発体制の規模である。BYDは運転支援だけで5,000人を超える開発陣を抱える。日本の完成車メーカーが同種の機能に充てる人員と比べたとき、差が出るのは個々の技術力ではなく、事例の収集と再学習を回す速さになる。同じ精度に到達するのに要する時間が変わる。

次に効くのが、収集の設計そのものが競争条件になっているという構図だ。帯域が制約である以上、勝敗を分けるのは「どれだけ走ったか」ではなく「どの場面を残せたか」になる。台数で劣っていても、引き金の設計と世界モデルによる増幅が優れていれば、学習素材の質では追える。日本勢にとって、ここは規模の差が直接には効かない領域である。

3つ目が、部品と装置を供給する側にとっての位置取りになる。50を超える実験室と11の研究所が同じ敷地に立ち上がるということは、計測機器、試験装置、材料評価の設備が同時に大量に据え付けられるということだ。この分野は日本の計測機器メーカーが強い領域と重なる。研究拠点の建設は、車の販売とは別の需要として現れる。

そして、集約という選択の裏側も見ておく価値がある。1か所への集中は速度を生むが、地域の電力と通信への依存を高める。分散して構えてきた日本の開発体制は、速度で劣る代わりに、この種の集中に伴う弱点を持たない。どちらが正しいかではなく、何と引き換えに何を得ているかという設計上の取引である。

建物の規模が、学習の規模に対応している

延床330万平方メートルという数字を、単なる誇示として読むと本質を外す。運転支援を含む現代の車の開発は、集めた事例を選び、仮想の場面で増やし、再び学習に回す循環で進む。この循環を止めずに回すには、計算する設備と、それを冷やす電力と、事例を蓄える場所が、物理的な面積として要る。

BYDが公表している1日1億5,000万キロは、その循環に入りうる母数を示している。実際に循環へ入るのは、車載側の判定を通過したごく一部だ。何を通すかを決める仕組みが車の中にあり、通ったものを増やして学び直す設備が深圳の敷地にある。研究拠点の面積は、この後段の容量を表している。

笑われた側が11万人の技術者を抱えるまでに13年かかった。次の13年で何が変わるかは、集めた事例のうちどれだけを学習に変換できたかで決まる。建物はその変換効率を上げるために建てられている。