中国が完成させた582トンの核融合用超電導磁石とBEST計画を解剖する。2030年の発電という宣言の中身、ITERとの時間軸の逆転、そして燃料と材料に潜む二つの急所を、日本の素材産業の立ち位置から読む。
2026年度の再生可能エネルギー賦課金は1キロワット時あたり4.18円へ引き上げられ、家庭が支払う電気代の目安は1キロワット時あたり31円前後で高止まりしている。燃料価格と補助政策の出入りに家計が揺さぶられている同じ時期に、中国の安徽省合肥では、総重量582トンの超電導磁石が全項目の性能試験を通過した。2026年6月27日、中国科学院合肥物質科学研究院のプラズマ物理研究所が公表したこの磁石は、核融合炉向けとして現時点で世界最大である(Science Portal China)。
この磁石が組み込まれる装置は、2027年末の完成と、2030年ごろの核融合による発電を掲げている(Global Times)。一方で、35カ国が参加する国際熱核融合実験炉ITERは、2024年の計画改定で最初のプラズマ生成を2034年、重水素と三重水素による本格運転を2039年へ後ろ倒しした(Business Insider Japan)。国際協調の枠組みが9年を失う間に、単独の国家計画がその先を行こうとしている。本稿は、582トンという数字が工学的に何を意味するのかを解剖し、2030年という宣言の中身を精査したうえで、その先に立ちはだかる燃料と材料という二つの制約を検証する。株価や投資の数字は扱わない。追うのは、無限のエネルギーという言葉の下で実際に動いている、装置と物質の設計である。
582トンという数字を工学の言葉に翻訳する
完成が公表されたのは、性格の異なる二種類の磁石だ。一つは、プラズマを閉じ込めるためにドーナツ状の磁場をつくるトロイダル磁場超電導磁石。全長21メートル、幅12メートル、高さ3.3メートル、総重量582トン。ITERの同種の磁石と比べ、体積で1.3倍、蓄積するエネルギーで3倍に達する。もう一つは、プラズマに電流を流して立ち上げる高温超電導のセントラルソレノイドコイルで、60キロアンペアの電流を安定して流し、蓄積エネルギー6.03メガジュール、磁場の変化率は毎秒5.1テスラ、接続部の電気抵抗は0.87ナノオームという値が公表されている。
重さの数字だけを見ても、この装置の性格はわからない。核融合炉の設計で効くのは、磁場をどれだけ強く、どれだけ精密に、どれだけ長く維持できるかである。磁場が強いほどプラズマは小さな体積に閉じ込められ、装置全体を小型にできる。閉じ込めの性能はおおむね磁場の強さの二乗から四乗に応じて効くため、磁石の性能向上は装置の寸法をそのまま縮める。582トンという質量は、その強い磁場が生む莫大な電磁力に耐えるための構造材の重さであり、性能の指標そのものではなく、性能を支える骨格の代価だと理解したほうが正確だ。
接続部の電気抵抗が0.87ナノオームという値も、地味だが決定的である。超電導コイルは電気抵抗がゼロの状態で運転するが、コイル同士をつなぐ接続部にはわずかな抵抗が残る。ここで生じる発熱は、絶対零度に近い温度を保つ冷却系の負担にそのまま乗る。桁が一つ違えば、装置は運転を続けられない。この種の数値が公表されるということは、実験室の試作ではなく、実機に組み込む部品として合格したという意味になる。
「2030年に発電」が指しているもの、指していないもの
この磁石が向かう先は、合肥で建設が進むBESTと呼ばれる装置である。名称は燃焼プラズマ実験超電導トカマクの略で、設計上の狙いは、投入した加熱エネルギーの5倍の核融合出力を得ることに置かれている(新華社)。名称に含まれる「燃焼プラズマ」は、核融合で生まれたヘリウムの原子核が自らプラズマを加熱し、反応を維持する状態を指す。外から熱を加え続ける実験と、反応が自分で燃え続ける状態とは、工学的にまったく別の段階にある。2025年10月には装置の土台となる真空断熱容器の基礎部分が据え付けられ、建設は形になり始めた。
中国の計画は三段階で組み立てられている。第一段階は、既存のEASTによる長時間運転の実証だ。2025年1月20日、EASTは1億度級のプラズマを1,066秒、およそ17分にわたって維持し、2023年に自ら記録した403秒を大幅に更新した(中国科学院)。第二段階がBESTで、燃焼プラズマと、核融合による発電の初の実証を担う。第三段階のCFETRは、まず20万キロワットの核融合出力と燃料の自給を実証し、次の段階で100万キロワット超へ進む設計になっている。
したがって、2030年に見込まれている発電は、電力会社が売電する商用炉の運転開始ではない。核融合で生じた熱を電気に変換し、系統に流せる形にすることを、世界で初めて実証する段階を指す。出力の規模も継続時間も、発電所と呼べる水準にはない。それでも意味が大きいのは、核融合が「科学の実験」から「電気をつくる装置」へ分類を変える瞬間だからだ。そして、その分類変更をどの国が最初に成し遂げるかは、以後の標準づくりと部材調達の主導権に直結する。
日本の読者にとって直視しにくいのは、時間軸の逆転である。ITERの重水素と三重水素による運転は2039年に置かれた。BESTが宣言どおりに2030年ごろの発電にたどり着けば、国際協調の実験炉が本番の燃料を燃やすより9年早く、一国の装置が発電を実証することになる。ITERは装置の規模も目的も異なり、単純な優劣では比べられない。だが、産業の側が見ているのは科学的な厳密さではなく、どこで最初に電気が生まれるかという一点だ。
「100パーセント国産化」という宣言が、日本の素材産業に向けられている
今回の公表で、性能値よりも重い意味を持つ一文がある。中国側は、超電導線材、高強度の極低温用ステンレス鋼、特殊な絶縁材料といった中核の原材料について「外国の技術独占を完全に打破し、100パーセントの国産化を達成した」と述べた(Global Times)。この宣言が名指ししている相手のなかに、日本の素材産業がいる。
高温超電導線材、いわゆるレアアース系の酸化物を薄く積層したテープ状の材料は、強い磁場を小さな装置で生む鍵であり、フジクラ、古河電気工業、住友電気工業といった日本勢が量産技術で世界を先導してきた。フジクラの線材はITER関連や海外の核融合企業へ供給され、国内のヘリカルフュージョンは戦略物資として同社からの追加調達を発表している(ヘリカルフュージョン)。古河電工は英国発の核融合企業に出資し、線材での協業を深める方針を示している。
日本の存在感は線材にとどまらない。ITERの巨大なトロイダル磁場コイルは全19基のうち9基を日本が受け持ち、超電導導体の25パーセントと、コイルを収める構造物19基すべてを日本が製作した。三菱重工業と三菱電機が5基、東芝エネルギーシステムズが4基を担い、計8社が製作に参加している(QST)。世界最大級の超電導コイルを設計どおりに作り切る技術は、いま地球上で数えるほどの企業にしかない。
その優位が、いま二つの方向から挟まれている。買い手だったはずの中国が自前で作れるようになれば、日本の部材が入る余地は消える。同時に、日本国内には、その部材を大量に使う自国の炉がまだ存在しない。世界最大級のコイルを作る力を持ちながら、それを載せる自国の装置がなく、他国の炉へ部品として出荷する立場に固定される。これは半導体製造装置や電子材料で日本が繰り返し置かれてきた構図と同じであり、核融合でも再現されつつある。
燃料が地球上にほとんど存在しないという不都合
ここから先が、2030年という見出しの陰でほとんど語られない部分になる。核融合の主流である重水素と三重水素の反応は、燃料の片方に致命的な制約を抱えている。三重水素、すなわちトリチウムは、地球上に自然の状態で約2.8キログラムしか存在しない。ところが出力100万キロワット級の核融合発電所は、年間およそ150キログラムを消費すると見積もられている(ニュースイッチ)。天然の存在量は、1基の発電所の1週間分にも満たない。
現在流通している民生用のトリチウムは、そのほとんどがカナダの重水炉の運転にともなって副次的に生じたものだ。そしてカナダの炉群は2040年代後半以降、順次寿命を迎える。生産が細る一方で消費が積み上がるため、世界の在庫が実証炉の起動に必要な量を割り込む時期が訪れる。この局面は「トリチウム崖」と呼ばれ、在庫が10キログラムの水準を下回るのは2040年から2050年の間と試算されている。核融合が実用化に近づくほど、起動用の燃料が手に入らなくなるという倒錯が待っている。
この壁を越える唯一の道が、炉のなかで燃料を自分でつくることだ。核融合で飛び出す中性子をリチウムに当て、トリチウムを生む。消費した以上に増殖できるかどうかが成否を分け、その比率を1より大きく保つことが設計目標になる。中国のCFETRが第一段階で「トリチウムの自給」を明示的な実証項目に掲げているのは、この制約を計画の中心に据えているからだ。
しかも、そのために必要なリチウムは天然のままでは使えない。反応に効くのは天然リチウムに7.6パーセントほどしか含まれない質量数6の同位体で、これを濃縮する必要がある。100万キロワット級の炉を1基動かすには、高濃縮のリチウム6を50トンから100トンという規模で初期装荷しなければならないという試算がある。この濃縮は技術的に難しいうえ、核兵器の材料にも通じるため各国が輸出を管理してきた。無限のエネルギーという触れ込みの足元には、地球上にほとんど存在しない燃料と、大量に必要なのに自由に作れない濃縮材料という、二重の物質的制約が横たわっている。
ITERがベリリウムを捨ててタングステンを選んだ日に起きたこと
もう一つの制約は、炉の内側を覆う材料にある。プラズマに面する壁は、1億度級の熱と中性子にさらされ続ける。ITERは2024年の計画改定で、内壁のブランケット材をベリリウムからタングステンへ変更した。融点が高く、水素を溜め込みにくいタングステンは、この過酷な環境に最も適した金属であり、プラズマの熱と粒子を受け止める排気装置にも使われる。
材料としての選択は正しい。だが、その選択は地政学の断層の上に立っている。世界のタングステン供給の8割以上を中国が握り、採掘から精錬、中間製品の加工までを国内に垂直統合している。そして中国の商務部は2025年2月、タングステン関連品目を軍民両用品目の輸出管理リストに加え、輸出に許可を要する体制へ移した(ジェトロ)。国内の超硬合金メーカーが受注制限に踏み切るなど、日本の製造業にも実際の影響が出ている。
構図を並べると、輪郭がはっきりする。西側が国際協調で建設する実験炉は、プラズマに面する壁の素材を、中国が供給と輸出を管理する金属へ切り替えた。半導体でレアアースやガリウムが交渉の道具になった経緯を思い出せば、核融合の内壁材が同じ役割を担いうることは、想定の範囲に入る。エネルギーの独立を目指す技術が、材料の依存によって別の従属を招く。ここは、日本の報道でほとんど触れられていない。
アメリカ側の実像 ― 都市伝説ではない、兵器計画という出自
米国の動きは、中国とは別の論理で進む。国家が巨大装置を建てるのではなく、民間企業が小型の炉を急ぎ、電力の買い手を先に確保する。マサチューセッツ州のコモンウェルス・フュージョン・システムズは、高温超電導磁石で装置を小型化する路線を採り、実証機SPARCの初プラズマを2026年末から2027年初めに、投入を上回る出力の実証を2027年に置く。同社が続いて建てる出力40万キロワットのARCについて、グーグルは20万キロワット分の電力購入契約を結んだ(DCD)。ヘリオン・エナジーは、マイクロソフトと5万キロワットの供給契約を2023年に結び、2028年の引き渡しを掲げる。まだ存在しない発電所の電気を、人工知能の計算需要を抱える企業が先に買う。この需要の先取りが、米国流の資金循環をつくっている。
ここに、日本ではあまり語られない事実がある。米国の核融合を象徴する成果、2022年12月5日に国立点火施設NIFが達成した点火は、2.05メガジュールのレーザーを投入して3.15メガジュールの核融合エネルギーを取り出したもので、人類が初めて投入を上回る出力を得た実験として世界を巡った。だが、この施設の主目的は発電の研究ではない。NIFはエネルギー省の国家核安全保障局が運営し、地下核実験を行わずに核兵器の性能と信頼性を評価し続けるための備蓄管理計画の中核施設である(ローレンス・リバモア国立研究所)。核爆発時に近い温度と圧力を実験室で再現することが、その存在理由だ。
これは陰謀論の類ではなく、運営機関が自ら公表している位置づけである。核融合の民生利用と核兵器の維持管理は、同じ物理と同じ計測技術の上に乗っている。だからこそ、リチウム6の濃縮もトリチウムの取り扱いも輸出管理の網にかかり、どの国も自前の能力を手放そうとしない。核融合は、二酸化炭素を出さない発電技術であると同時に、核戦力の周辺技術でもある。この二面性を外して、国家がなぜここまで巨費を投じるのかは説明できない。
日本の現場は何を握り、企業は今どこで稼いでいるか
日本にも装置はある。茨城県那珂市のJT-60SAは、超電導トカマクとして世界最大級であり、2023年10月にプラズマの生成に成功した。欧州と共同で改修を進め、次の実験は2026年末から半年ほど続く計画になっている。民間では、京都フュージョニアリングが主導する実証計画FASTが概念設計報告書をまとめた。主半径2メートルから3メートルという小型のトカマクで、重水素と三重水素を燃料に、2万世帯分に相当する1万キロワットの電力を15分間続けて発生させることを初期の目標に置く(原子力産業新聞)。ヘリカル型のヘリカルフュージョン、レーザー型のエクスフュージョンなど、方式の異なる企業が併存しているのも日本の特徴だ。
現時点で、核融合の事業は電気を売って成り立ってはいない。世界のどこにも、系統に電気を流す核融合発電所は存在しない。それでも収入を得ている企業があるのは、彼らが電力ではなく、炉を作る側に売っているからだ。京都フュージョニアリングの主力は、プラズマを加熱するジャイロトロンや、熱を取り出す装置といった中核機器であり、顧客は世界各国の核融合開発者である。金の採掘が当たるかどうかに賭けるのではなく、採掘に来る全員へつるはしを売る構図に近い。線材のフジクラ、コイル構造のプラント各社も、位置づけは同じだ。
この構造は、事業を考えるうえで冷徹な含みを持つ。第一に、どの方式が最後に勝つかを当てなくても、部材と装置を供給する側は複数の賭けの上に乗れる。第二に、その優位は永続しない。中国が超電導線材の国産化を宣言したように、買い手はいずれ自分で作る。第三に、日本が自国内に炉を持たない限り、運転で生じる知見、すなわちどの部材がいつ壊れ、どう直すかという最も価値の高い情報は、装置を持つ国の側に蓄積されていく。
582トンの磁石は、その巨大さが目を引く。だが、より重い意味は、その磁石を構成する線材と鋼材と絶縁材のすべてを自国で作ったと宣言した点にある。核融合の競争は、プラズマの温度と時間の記録争いから、燃料を自給できるか、材料を確保できるか、装置を作り続けられるかという、供給網の競争へ移りつつある。日本が握っているのは、その供給網の要所であり、失いつつあるのも、まさに同じ場所である。
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