相場の偶然は数値にできる、という主張がある。S&P500と日経225の日次データで実際に数えると、正規分布が当たるのは3σまでだった。6σを超える日は理論の121万倍起きており、日経225の20年の記録はt値1.32にとどまる。

損失は運命ではなく分布の一部であり、確率として扱えば恐れる対象ではなくなる。この考え方は投資の世界で繰り返し語られてきた。ただし「測れる」という言葉が具体的に何を指すのかは、たいてい曖昧なままにされる。ここでは曖昧さを残さずに数える。セントルイス連邦準備銀行が公開する日次データからS&P500と日経225の収益率の分布を作り、正規分布がどこまで当たり、どこから外れるかを1日ずつ数えた。使ったのはS&P500の2,511営業日と日経225の5,051営業日である。

2σまでは合い、3σから外れ、6σで121万倍になる

正規分布を仮定すると、平均から標準偏差の2倍以上離れた日は全体の4.55パーセントになる。S&P500の2,511営業日ならば114.25日が期待値で、実際に起きたのは113日だった。日経225では期待値229.82日に対して実際は221日である。どちらも比率は1.0倍で、中心付近では正規分布は驚くほどよく当たる。

外れ始めるのは3σからである。S&P500では期待値6.78日に対して実際は36日で5.3倍、日経225では期待値13.64日に対して73日で5.4倍になる。2つの市場は規模も構成銘柄も期間も違うのに、乖離の倍率がほぼ同じ値に揃う。

4σを超えると桁が変わる。S&P500の期待値は0.16日、つまり2,511営業日を通じて1日も起きない計算になるところ、実際には17日起きた。106.9倍である。日経225でも期待値0.32日に対して30日で93.8倍になる。5σでは7,641倍と4,835倍、6σでは121万倍と90万倍に達する。

正規分布の予測と実際に起きた日数の乖離
正規分布の予測と実際に起きた日数の乖離

この形は分布の統計量にも表れている。正規分布の超過尖度は0だが、S&P500はプラス16.663、日経225はプラス8.090である。歪度はそれぞれマイナス0.678とマイナス0.437で、下方向に偏っている。ただし偏っているのは平均的な形であって、上方向の裾が薄いわけではない。S&P500の最大の上昇は2025年4月9日のプラス9.52パーセントで標準偏差の7.91倍、日経225の最大は2008年10月14日のプラス14.15パーセントで8.85倍にあたる。裾が厚いのは両側である。

2024年8月5日の日経225は、正規分布なら6,090兆年に1度だった

期間中で最も大きく下げた日を取り出すと、正規分布という道具の限界が具体的な形になる。

日経225の最悪の日は2024年8月5日で、前日比マイナス12.40パーセント、標準偏差の8.88倍にあたる。正規分布に従うなら、この規模の下落が起きる間隔は6,090兆年になる。宇宙の年齢とされる138億年の約44万倍である。S&P500の最悪の日は2020年3月16日のマイナス11.98パーセントで、標準偏差の11.21倍にあたる。同じ計算をすると、その間隔は宇宙の年齢の約8,300兆倍にあたる。

この数字が意味するのは「めったに起きない出来事が起きた」ではない。正規分布という道具が、この領域では機能していないということである。2つの市場で、20年と10年という別々の期間に、それぞれ理論上ありえない規模の下落が現実に起きている。理論のほうが間違っている。

実務上の境目は3σにある。3σまでなら正規分布に基づく計算はおおむね使える。4σから先は、正規分布で算出した数値は現実を数十倍から数百倍過小に見積もる。値洗いや証拠金の設計で「何σまでを想定するか」という設定が意味を持つのは、この境目があるためである。

日経225の20年は、偶然を否定するのに足りない

分布の形と並んで、記録の長さも測れる。年率の収益率をその標準偏差で割ったシャープレシオは、運用成績を変動の大きさで調整した指標にあたる。これに記録の年数の平方根を掛けるとt値になり、統計上「偶然では説明できない」と言える水準が1.96である。

計算は単純で、必要な年数は1.96をシャープレシオで割って2乗した値になる。シャープレシオが1.0なら3.8年、0.5なら15.4年、0.3なら42.7年、0.2なら96.0年が必要になる。運用成績が凡庸であるほど、実力の証明に要する時間は加速度的に伸びる。

実際の指数に当てはめると差が出る。S&P500の10年間のシャープレシオは0.699で、t値は2.21である。1.96を超えているので、この期間の上昇が偶然だったという説明は統計上退けられる。一方の日経225は20年間でシャープレシオ0.294、t値1.32にとどまる。年数はS&P500の2倍あるのに、水準に届かない。この成績を偶然と区別するには44.4年の記録が必要になる。

実力を運と区別するのに必要な年数
実力を運と区別するのに必要な年数

日経225が20年で上昇したことは事実である。届いていないのは「その上昇が偶然ではないと統計的に言い切れるか」という別の問いのほうである。個別の運用者や投資信託の成績を評価するとき、この区別の重みが増す。3年や5年の実績で判断できるのはシャープレシオが1.0を大きく超える場合に限られ、そうした成績はまれである。

予想変動率を算出する側の営業利益率は58%から65%

変動の大きさそのものを数値にした指標が、S&P500のオプション価格から算出される予想変動率、いわゆるVIXである。2006年1月3日から2026年8月25日までの5,225日を並べると、平均19.43、中央値17.12という水準になる。最小は9.14、最大は82.69で、最大を記録したのは、先に触れた2020年3月16日である。

分布は上に長い裾を持つ。上位10パーセントの水準が28.62、上位5パーセントが34.51であるのに対し、上位1パーセントは55.73へ跳ね上がる。高値の上位5日は2020年3月16日の82.69、2008年11月20日の80.86、2008年10月27日の80.06、2008年10月24日の79.13、2020年3月18日の76.45で、2つの危機に集中している。2026年8月25日の値は15.45で、中央値を下回る水準にある。

ここで見落とされやすいのは、この計測と移転を担う側の商売がどれほど儲かるかである。日本取引所グループの2026年3月期は、国際会計基準による売上収益1,987億3,500万円に対し営業利益1,162億8,900万円で、営業利益率は58.5パーセントに達する。売上収益は前期比22.5パーセント増、親会社の所有者に帰属する当期利益は791億3,900万円で29.5パーセント増えた。自己資本利益率は23.1パーセント、従業員数は1,268人で、1人あたりの売上収益は1億5,673万円にあたる。

米国側はさらに高い。CMEグループの2025年12月期は売上高65億2,060万ドルに対し営業利益42億2,950万ドルで、営業利益率64.9パーセントである。VIXを算出しているCboeグローバル・マーケッツは、売上高47億1,420万ドルから売上原価22億8,510万ドルを差し引いた純収益24億2,910万ドルに対し、営業利益14億6,710万ドルで60.4パーセントにあたる。

企業直近通期収益営業利益営業利益率
日本取引所グループ2026年3月期1,987億3,500万円1,162億8,900万円58.5%
CMEグループ2025年12月期65億2,060万ドル42億2,950万ドル64.9%
Cboeグローバル・マーケッツ2025年12月期24億2,910万ドル14億6,710万ドル60.4%

この利益率は、不確実性を減らす側ではなく、それを測って受け渡す場所を用意する側に生まれている。相場が荒れるほど売買と建玉が増えるため、収益は変動そのものに連動する。証券会社の野村ホールディングスゴールドマン・サックスが景気の局面によって損益が振れるのに対し、取引所の側は場を貸す立場にあたる。

測れる3つと、測れない1つ

数えた結果を整理すると、測れる範囲と測れない範囲の境目は、想像するより手前にある。

測れるのは、3σまでの日常的な変動の頻度、記録の長さが偶然を否定できているかどうか、そして予想変動率がどの水準にあるかの3つである。いずれもFREDや有価証券報告書の公開データだけで、追加の情報なしに計算できる。日経225のt値が1.32であることは、誰が計算しても同じ値になる。

測れないのは、4σを超えた領域の頻度である。この領域では標本が足りない。4σ超えは日経225の20年で30日、S&P500の10年で17日にとどまり、6σ超えとなると9日と6日しかない。十数個の点から分布の形を推定することはできない。2008年と2020年の集中を見れば、裾の出来事は独立に散らばるのではなく、まとまって訪れることも分かる。

日本の投資家がすぐ確かめられる数字は3つある。第1に、保有している資産の年率の標準偏差。日経225なら23.70パーセント、S&P500なら18.14パーセントで、これが1年の変動幅のおおよその物差しになる。第2に、参考にしている運用成績のシャープレシオと年数から計算したt値が1.96を超えているか。第3に、想定している最悪の下落が何σにあたるか。8σの下落が20年に1度起きている市場で、3σを最悪と置いた設計は現実に追いついていない。