スペースXテスラボーリング・カンパニーの3社の事業を合わせれば、人類は火星に住めるとの見方がある。3社の決算資料や目論見書を調べると、上場している2社の資金は、まず人工知能(AI)の開発に向かっていた。

スペースXは6月の上場時に出した目論見書で、月や火星への人と物資の輸送、月や火星での発電や製造を「まだ存在しない」市場と記した。スペースXと傘下のX(旧ツイッター)がボーリング・カンパニー側に支払ったのは、2025年のトンネル工事費と事務所の賃料の計200万ドルにとどまる。一方、スペースXはAI向けデータセンターの電源としてテスラの大型蓄電池「メガパック」を買っており、テスラは2026年1〜6月にその売上高を4億500万ドル計上した。本誌は3社の決算資料と日本での届け出をもとに、火星を目指すとされる3社の役割分担が、実際の資金の流れや技術開発の進捗とどこまで一致するのかを調べた。

マスク氏の3社の26事業は、火星での暮らしに要る10分野を網羅するとの見方がある

イーロン・マスク氏が経営する3社の事業を火星を目指す一つの計画としてまとめる見方では、各社の役割は次のように分かれる。テスラは太陽光発電、蓄電、電気自動車、人型ロボット「オプティマス」、AI計算基盤、工場の自動化、電力管理ソフト、充電設備、家庭用蓄電池「パワーウォール」と大型蓄電池「メガパック」の9事業を担う。スペースXは大型宇宙船「スターシップ」による輸送、軌道上での燃料補給、衛星通信「スターリンク」、ロケットエンジン「ラプター」、発射・着陸施設、物資と人の輸送、火星での燃料製造(メタンと酸素)、惑星間の通信網、宇宙船の開発と運用の9事業を受け持つ。

ボーリング・カンパニーは、トンネルの掘削技術、地下の交通網、地下の居住施設、資源の採掘、電線や水道管、通信線を収める共同溝、自動運転の建設機械、現地の資源を使った資材の製造、地上・地下のインフラ整備の8事業を担う。こうした見方をとる人は、3社の技術を合わせれば火星に発電設備や居住施設、通信設備を備えた基地を築けると考える。火星での暮らしに欠かせない分野として電力、輸送、通信、インフラ、居住、食料生産、現地資源の活用、製造、AIと自動化、自立した社会の維持の10項目を挙げ、「3社の力を結集すれば、人類は地球以外の惑星にも住めるようになる」と主張する。

スペースXも目論見書で、人類が複数の惑星で暮らせるようにする技術の開発を使命に掲げる。3社を火星計画としてまとめる見方は、同社が公式に掲げる目標と重なる。

3社の役割分担と火星での暮らしに要る10分野
3社の役割分担と火星での暮らしに要る10分野

図1 — 3社の役割分担と、火星での暮らしに要るとされる10分野(本誌作成)

スペースXは月や火星での事業を「まだ存在しない」市場と記す

スペースXは2026年6月に米ナスダック市場に上場し、6億3,890万株を発行した。引受手数料などを差し引いた手取り額は856億7,500万ドルだった。同社は目論見書で、月と火星への人と物資の輸送、月と火星での発電や製造、小惑星での資源の採掘を「まだ存在しない」市場と明記した。月を火星への足がかりと位置づけ、まず月に拠点を築いて、居住施設や資源の活用を実証する構想を示している。

火星に到達するための技術は、まだ開発の途中にある。スターシップの打ち上げは2026年1〜6月に1回で、前年同期の3回から減った。同じ期間の主力ロケット「ファルコン」の打ち上げは77回だった。スペースXは飛行試験を重ねたうえで、2026年後半にスターシップで衛星などを軌道に運ぶ商業打ち上げを始める計画だ。月や火星に向かうには宇宙空間で別の機体から燃料を移し替える必要があるが、同社はこの作業を「まだ一度も試していない」としている。

火星で燃料をつくる構想も具体化していない。スターシップは39基のラプターエンジンで液体メタンと液体酸素を燃やす。スペースXは、打ち上げの回数を増やすには発射場の近くに空気分離装置とメタンの液化設備が必要だとしており、現在は地上の発射場で燃料を確保する設備づくりを進めている段階にある。

火星の目標は、経営者の報酬の条件にもなっている。スペースXがマスク氏に与えた株式報酬のうち10億株は、時価総額の目標の達成に加え、「火星に100万人以上が住む恒久的な居住地」を築くことを条件に権利が確定する。残る3億207万2,285株は、宇宙空間でデータセンターを稼働させることが条件だ。

火星向けの売り上げはまだなく、食料生産を担う事業もない

火星での暮らしに要るとされる10分野について、3社の決算資料などから現状を整理すると次のようになる。

分野担うとされる事業決算資料などで確かめた現状
電力テスラの太陽光と蓄電池4〜6月期の蓄電池の導入量は13.5ギガワット時、エネルギー事業の売上高は31億3,900万ドル
輸送スターシップ、地下の交通網スターシップの商業打ち上げは2026年後半に始める計画。軌道上での燃料補給は未実施
通信スターリンク衛星は1万200基超。167の国・地域でサービスを提供し、3月末の契約数は約1,030万件
インフラ発射・着陸施設、トンネル2025年は米国の4か所の発射台から打ち上げ、7か所で機体を回収
居住地下の居住施設月で居住施設を実証する構想のみ
食料生産該当する事業なし目論見書は食料に触れていない
現地資源の活用火星での燃料製造、採掘火星での燃料製造の具体策は示していない
製造テスラの工場の自動化月や火星での製造は「まだ存在しない」市場
AIと自動化AI計算基盤、オプティマススペースXのAI事業は2026年1〜6月の売上高33億7,900万ドル、営業赤字37億2,600万ドル。オプティマスの工場は建設中
自立した社会の維持3社全体マスク氏の株式報酬10億株は、火星に100万人以上が住む居住地の建設が条件

10分野のうち地球上で売り上げがあるのは、電力、通信、輸送(ロケットの打ち上げ)、AIと自動化の4分野だ。インフラも、ボーリング・カンパニーがスペースXからトンネル工事費を受け取った記録がある。ただ、火星向けの売り上げはまだない。テスラはカリフォルニア州フリーモント工場で高級車「モデルS」と「モデルX」の生産ラインを撤去し、オプティマスの初の量産ラインを据え付けている。テキサス州でもオプティマスの工場を建設中で、量産はまだ始まっていない。

10分野のうち食料生産だけは、3社のどの事業も担っていない。スペースXの目論見書は、月を閉鎖型の生命維持システムや長期滞在用の居住施設を実証する場とする構想を示すが、食料を扱う事業や計画には触れていない。火星で暮らし続けるのに欠かせない食料の確保は、3社の事業の対象外だ。

3社間の取引で目立つのは、AI向けデータセンターの電源に使う蓄電池

3社はいずれもマスク氏が経営に関わるため、互いの取引を「関連当事者との取引」として決算資料などに記載している。スペースXの目論見書によると、同社が2026年2月に買収したAI開発会社のxAIテスラから購入した額は、2024年が1億9,100万ドル、2025年が5億600万ドル、2026年1〜4月が3億300万ドルだった。2026年分のうち2億6,900万ドルは、4月のメガパックの購入だ。スペースX本体によるテスラからの購入額は、2023年が1,100万ドル、2024年が400万ドル、2025年が1億4,700万ドル、2026年1〜4月が400万ドルだった。

メガパックの使い道も目論見書に書かれている。スペースXはAI用のスーパーコンピューター「コロッサス」で、送電網からの電力が足りないときの予備電源や、需要が最も多い時間帯の電力を補うためにメガパックを使っている。2026年には初めてギガワット規模の蓄電池を設置したとしている。

テスラの決算資料でも、同じ流れを確かめられる。テスラはスペースXにメガパックを販売し、2026年4〜6月期に3億1,800万ドル、1〜6月に4億500万ドルの売上高を計上した。4〜6月期の分は、テスラのエネルギー事業の売上高の10.1%にあたる(本誌試算)。ただ、テスラは1〜3月期にもスペースX向けのメガパックで8,700万ドルを計上したが、スペースX側の記載で2026年1〜4月のメガパックの購入は4月の2億6,900万ドルだけで、両社の数字は一致しない(本誌試算)。売上高を計上する時期と購入の時期がずれているためとみられる。

テスラからスペースXに向かう資金もある。テスラはもともとxAIの優先株を引き受ける予定だったが、xAIがスペースXに買収された後、規制当局の承認を得て、2026年3月にスペースXに20億ドルを出資した。この資金も、もとはAI事業に向けたものだ。

ボーリング・カンパニーとの取引額は小さい。スペースXは2025年、ボーリング・カンパニーがテキサス州バストロップで掘ったトンネルの工事費として100万ドルを支払った。Xは、ボーリング・カンパニーの子会社から事務所を借り、2025年に100万ドルの賃料を支払った。XがスペースXの傘下に入ったのは、2026年2月にxAIが買収された後のことだ。テスラもボーリング・カンパニーを関連当事者に挙げるが、同社との取引は重要性が乏しいとして金額を示していない。

ボーリング・カンパニー自体は、非上場のまま資金を集めている。米証券取引委員会に出した資金調達の届け出によると、本社はテキサス州バストロップにある。2026年8月21日に始めた資金調達では、募集総額34億2,070万ドルのうち31億9,860万ドルを投資家141人(法人を含む)から集めた。2018年の1億1,252万ドル、2019年の1億1,707万ドル、2022年の6億7,529万ドルと合わせると、調達額の累計は約41億ドルにのぼる(本誌試算)。売上高は公表していない。

3社の間を行き来する資金
3社の間を行き来する資金

図2 — 決算資料などで確かめた3社間の取引と、日本での公募

スペースXはロケット事業の赤字を衛星通信の黒字で埋め、設備投資の8割をAIに充てる

スペースXは事業を、ロケットと宇宙船の「宇宙」、スターリンクの「通信」、xAIやXを含む「AI」の3つに分けている。2026年1〜6月の損益と設備投資は次のとおりだ。

事業区分売上高営業損益設備投資
宇宙15億8,100万ドル−12億400万ドル22億2,600万ドル
通信75億4,800万ドル+28億4,400万ドル26億9,900万ドル
AI33億7,900万ドル−37億2,600万ドル235億5,100万ドル
合計125億800万ドル−20億8,600万ドル284億7,600万ドル

出所はスペースXの2026年4〜6月期の四半期報告書。

火星への輸送を担う宇宙事業は、12億400万ドルの営業赤字だった。宇宙事業の研究開発費20億600万ドルは、大半をスターシップの開発・製造・試験に充てた。通信事業の営業黒字は28億4,400万ドルで、宇宙事業の赤字の2.4倍にのぼった(本誌試算)。一方、設備投資の82.7%にあたる235億5,100万ドルをAI事業に充て、宇宙事業への投資は全体の7.8%にとどまった(本誌試算)。

日本の投資家もスペースX株を購入している。スペースXが関東財務局に出した6月12日付の訂正有価証券届出書によると、日本国内の公募は1,629万6,296株で、発行価額の総額は21億8,533万ドル(3,472億7,131万円)だった。販売はみずほ証券、楽天証券、SBI証券が担った。日本国内の公募は、発行株数全体の2.55%だった(本誌試算)。

3社の事業は、火星での暮らしに要るとされる10分野のうち、食料生産を除く9分野に対応する。ただ、決算資料などで確かめられるのは、スペースXがスターリンクの利益と上場で集めた資金をAI事業に投じ、その電源をテスラの蓄電池でまかなう流れだ。ボーリング・カンパニーとの取引は年200万ドル程度にとどまる。火星はスペースX自身が「まだ存在しない」と記す市場であり、経営者の報酬の条件として掲げた長期の目標だ。スペースXとテスラの資金と製品がいま集まっているのは、火星ではなくAI向けのデータセンターである。

スペースXの上場の経緯はスペースX上場と株式の売却制限の解説で、宇宙空間に計算設備を置く構想は軌道上データセンターの記事で取り上げている。

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