打たれているのは建物を支える土台ではない。露光装置が像を結ぶあいだ、床を静止させておくための装置である。動いてよいのは毎秒3.12マイクロメートルまでで、1時間かけて11.2ミリメートルしか動かない速さにあたる。

テキサス州オースティンのギガファクトリー・テキサス北側の敷地で、半導体の試作工場の基礎工事が進んでいる。同じ敷地に並ぶ他のどの建物とも、床に求められる静けさの水準が違う建屋である。ここで作られるのは次世代のAI半導体で、試して確かめたものを、グライムズ郡に建てるテラファブで量産へ移す段取りになっている。半導体はテスラのOptimusと車両、それにスペースXの地上と軌道上のデータセンターへ向かう。

いま敷地にあるのは、掘られた土と、並んだ柱と、型枠だけである。だが半導体工場の基礎は、鉄骨造の倉庫とはまったく別の設計思想で作られる。何が別なのかを、判定の基準と断面から順に開いていく。

床に許される揺れは、毎秒3.12マイクロメートルで決まっている

半導体工場の床の静かさには、業界で共有された等級がある。1980年代前半にエリック・ウンガーとコリン・ゴードンの2人が定めたもので、VC等級と呼ばれる。1Hzから80Hzの範囲を1/3オクターブごとの帯域に分け、各帯域の振動速度の実効値が上限を超えないことを求める。

等級上限 (毎秒)想定する用途
VC-A50マイクロメートル光学顕微鏡400倍、一般の実験室
VC-B25マイクロメートル顕微鏡1,000倍、線幅3マイクロメートル級
VC-C12.5マイクロメートル線幅1マイクロメートル級の製造装置
VC-D6.25マイクロメートル電子顕微鏡、線幅0.3マイクロメートル級
VC-E3.12マイクロメートル最先端の露光と計測
VC-F1.56マイクロメートル研究用の特殊な装置
VC-G0.78マイクロメートル除振台の上でのみ成立する水準
VC等級の階段と、それぞれで何が作れるかを示す図
VC等級の階段と、それぞれで何が作れるかを示す図

数字だけでは実感が湧かないので、身近な速さと比べる。かたつむりが這う速さを毎秒1ミリメートルとすると、VC-Eの上限はその320分の1にあたる。髪の毛1本の太さを70マイクロメートルとして、その分だけ動くのに22秒かかる。床がこれより速く動いた瞬間、その露光は失敗する。

極端紫外線を使う露光装置になると、要求はさらに厳しい。1Hzから30Hzの帯域で振幅を50ピコメートル以下に抑える必要がある。ピコメートルはマイクロメートルの100万分の1で、原子1個の直径がおよそ100ピコメートルである。装置は、原子半個分の揺れを嫌う。

ここで押さえておきたいのは、この基準が「揺れの大きさ」ではなく「揺れの速さ」で書かれていることである。同じ振幅でも、速く揺れれば像はぶれる。周波数ごとに帯域を分けるのは、装置ごとに嫌う周波数が違うためで、床の設計は「どの帯域を抑えるか」の設計になる。

厚さ1メートル近い格子状の床版と、4.5メートルごとの柱

では、その静けさをどう作るのか。答えは意外なほど素朴で、重くして硬くするである。

露光と計測を置く区画の床は、厚さ2フィートから3フィート、つまり0.6メートルから0.9メートルの格子状の版になる。上下に鉄筋を配し、格子の梁で井桁を組んだ厚い版で、業界ではワッフルスラブと呼ばれる。柱は12フィートから16フィート、3.7メートルから4.9メートルごとに立てる。事務所の建物なら柱の間隔は7メートルから10メートルを取るので、半導体工場の柱は倍近く密に立っている

格子状の厚い床版と柱の間隔、縁を切る目地の位置を示す断面図
格子状の厚い床版と柱の間隔、縁を切る目地の位置を示す断面図

密に立てる理由は固有振動数にある。床は太鼓の皮と同じで、支点の間隔が広いほど低い周波数で共振する。人の歩行や送風機が出す振動は1Hzから10Hzに集中するので、床の固有振動数をその上、8Hzから10Hzより高いところへ押し上げてしまえば、共振を避けられる。厚くするのは質量を増やして応答を小さくするため、柱を密にするのは固有振動数を上げるためで、目的が違う2つの操作が同時に効いている。

土の側も同じだけ重要になる。柱の下は支持層まで届かせ、床版は建物の外周や設備の基礎から縁を切る。振動の対策は「発生源を抑える」「伝わる経路を断つ」「受ける側を浮かせる」の3段で考えるのが定石で、基礎が担うのは主に2段目にあたる。装置ごとの除振台は3段目にあたり、建屋が終わってから据える。

敷地でいま形になっているのは、揺れを止める工事の前段である

いま敷地で進んでいるのは、この設計の準備段階である。並んでいるのは工場で作られた四角い断面の柱で、それぞれが独立した基礎の上に立つ。柱の根元には鉄筋を籠状に組んだ部分が残り、後から柱と基礎を一体にする。低い壁が四角い輪郭を描いているのは、基礎の外周を先行して立ち上げているためで、その内側が将来の床になる。

敷地の配置と、工事の段階を分解した図
敷地の配置と、工事の段階を分解した図

平らにならされた広い面が灰色をしているのは、土を締め固めた上に均しコンクリートを打ってあるからである。この面の精度が、後で打つ厚い床版の厚みを一定に保つ。厚みが場所によって変われば、そこだけ固有振動数が下がる。

敷地の一角には、黄色い型枠で囲まれた深い掘削の跡がある。壁を支える切梁と斜めの支保工が入っており、周囲より数メートル深い。半導体工場では、床下に配管と配線を通す階を設けるのが普通で、装置の真下から給排気と薬液の配管を立ち上げる。この階があることで床版はさらに厚くなり、結果として振動にも効く。床下の階は、配管のためであると同時に、質量を稼ぐ構造でもある。

深い掘削と型枠、切梁の配置を示す図
深い掘削と型枠、切梁の配置を示す図

敷地には200棟を超える仮設の事務所と資材置き場が列を作っている。1棟の建屋に対してこの数が並ぶのは、工区を細かく分けて同時に進めているからで、工期を縮める代わりに管理の手間を増やす選択である。コンクリートの製造設備が敷地内に置かれているのも同じ理由で、運搬に時間をかけると先に打った層が固まって打ち継ぎができ、それが振動の通り道になる

試作工場と量産工場を、なぜ分けるのか

ギガテキサスに建つのは試作と改良のための工場で、量産はテラファブが担う。この分業には理由がある。

半導体の製造工程は、装置を並べる順番と条件の組み合わせで決まる。組み合わせを試すには工場を止めて条件を変える必要があり、量産中の工場ではそれができない。だから試作専用の小さな工場を持ち、そこで確かめた条件を量産工場へ写す。試作工場に求められるのは生産量ではなく、条件を変える速さである。

現在の車載向け半導体AI5は、設計から製造へ移る段階にあり、サムスン電子のテイラー工場と台湾積体電路製造のアリゾナ工場で並行して立ち上がっている。ギガテキサスの試作工場が扱うのはその次のAI6とAI7で、サムスンとは2025年に165億ドルの契約を結んでいる。2026年4月にはインテル前工程後工程の技術で加わった。資本を出すのではなく製造技術を持ち込む形である。

テスラの四半期報告書は、設備投資の説明で「半導体、Optimus、太陽光の各事業を含む製造能力の拡張」と書く。車両ではなく半導体が先頭に置かれている。同じ四半期の研究開発費は23億7,100万ドルで、営業利益3億9,800万ドルの6.0倍にあたる。利益を削って設計と製造へ振り替える段階にあることが、この比で確認できる。

揺れを止める費用は、資材ではなく人で決まる

防振基礎は資材の塊に見えるが、費用の効き方は資材の値段だけでは決まらない。米労働省労働統計局が公表する生産者物価指数から、必要なものの値上がりを取り出す。

区分2026年7月の前年比2019年1月からの変化
建設資材+10.5%+56.8%
鋼材 (棒鋼・厚板・形鋼)+14.7%+41.4%
セメント・コンクリート製品+3.5%+52.3%
生コンクリート+2.2%+44.9%
全品目+8.3%+42.7%

鋼材が14.7%高、建設資材が10.5%高で、全品目の8.3%を上回っている。値上がりは全般ではなく、工場を建てるのに必要なものへ集中している。

だが本当の制約は別にある。同じ月のテキサス州の建設業就業者は92万1,700人で、前年比1.9%増にとどまる。資材は2桁の伸びで上がり、人手は1%台でしか増えていない。厚い床版を一度に打ち切るには、まとまった人数と設備を同時に押さえる必要がある。打ち継ぎを減らすほど良い床になるが、そのためには夜通し打てる班を確保しなければならない。半導体工場の基礎で難しいのは設計より段取りで、段取りを縛るのは人である。

建設資材の値上がりと就業者数の伸びの差を示す図
建設資材の値上がりと就業者数の伸びの差を示す図

日本はこの床の論文を1991年に書いている

床を静止させる技術は、日本にとって新しい話題ではない。日立評論の1991年9月号には「半導体クリーンルーム用除振床」という技術報告が載っている。35年前の時点で、除振床は論文として整理されていた。

現在も担い手は揃っている。鹿島建設は台湾積体電路製造の熊本工場を施工し、続いてラピダスの工場の設計施工を受注した。清水建設と鹿島建設はキオクシアの四日市工場を手がけてきた。空調では大気社が熊本の案件に加わっている。装置の下に敷く除振台では、特許機器が能動制御の技術を持つ。微細化が進むほど、ばねやゴムで受け止めるだけの防振では足りず、揺れを検知して逆向きの力を出す制御が必要になる、というのが同社の説明である。

日本の強みは、この分野が建物と装置の境目にあることから来ている。建屋を建てる側と装置を据える側の両方に長く関わってきた企業が、同じ国に揃っている例は多くない。

ゼネコン4社の利益率が、そろって上がっている

その蓄積が数字に出ているかを、有価証券報告書で確かめる。

企業直近期の売上高営業利益率前期の利益率外国人持株比率
鹿島建設3兆673億円7.8%5.2%29.6% (前期23.0%)
大林組2兆5,863億円7.5%5.5%40.1% (前期33.9%)
大成建設2兆891億円9.0%5.6%41.1% (前期34.4%)
清水建設2兆578億円5.8%3.7%26.5% (前期22.5%)

4社とも営業利益率が2ポイントから3.4ポイント上がった。同時に外国人持株比率も4ポイントから7ポイント上昇している。利益率の改善と、外国人の買いが同じ期に起きている。

日本のゼネコンと除振の担い手を工程順に並べた図
日本のゼネコンと除振の担い手を工程順に並べた図

建設会社の利益率が上がるのは、選べる案件が増えたときである。半導体工場は工期が短く、失敗した場合の損失が大きいため、実績のある会社に集まりやすい。外国からの工場投資が日本へ集まる構図は、装置と材料の会社だけでなく、建てる側にも及んでいる。

直動案内を作るTHKの売上高は2,404億円、営業利益率6.0%である。除振台や装置の位置決めに使われる部品を供給する立場で、ヒト型ロボットの関節部品と重なる顧客層を持つ。

何を見れば、この工事の進み方が分かるか

外から工事の進み方を読むための手がかりは3つある。

第1に、柱の間隔である。3.7メートルから4.9メートルの密な格子が現れている区画が、装置を置く区画にあたる。間隔が広い区画は事務や倉庫で、防振の要求は緩い。同じ敷地の中でも、床の等級は区画ごとに違う。

第2に、床版を打つときの区切り方である。厚い版を分けて打つと打ち継ぎができ、そこが弱い面になる。一度に打つ範囲が広いほど、良い床になる。夜間に連続して生コンクリートの車が入る様子が見えれば、その区画は高い等級を狙っている。

第3に、目地の入れ方である。装置を置く床版が、建物の外周や設備の基礎から縁を切られているかどうかは、目地の位置で分かる。縁が切れていなければ、送風機や搬送設備の揺れが床へ直接伝わる。

テラファブは同じ設計思想をはるかに大きな面積で繰り返すことになる。面積が増えるほど、床を一度に打ち切ることは難しくなる。ギガテキサスの試作工場で確かめられるのは半導体の工程だけではなく、この床をどう打つかという段取りそのものでもある。