ナイキやアークテリクスといった世界的なスポーツ・アウトドアブランドが、相次いでAI搭載の外骨格(エクソスケルトン)製品を発表し、市場の注目を集めている。これまで研究室や工場が主戦場だった「身体性AI」が、一般消費者市場へ本格的に浸透し始める動きと見られる。中国では同分野のスタートアップが巨額の資金調達に成功しており、米中両国で開発競争が激化している。この「着るAI」とも呼べる新潮流は、日本のスポーツ用品や精密部品、先端素材メーカーに新たな事業機会をもたらす可能性がある。
ナイキ、アークテリクスが相次ぎ参入、能力拡張デバイス市場の幕開け
アウトドアブランドのアークテリクスは、米国のウェアラブル技術企業SKIP社と4年をかけて共同開発した「MO/GO外骨格軟殻パンツ」を発表した。これは業界初のアウトドアスポーツ専用の外骨格製品とされ、登山時にユーザーの動きをAIアルゴリズムが予測し、脚の動きを最大40%アシストするという。下山時には膝への負担を軽減するサポート機能も備える。
一方、スポーツ用品大手のナイキも、テクノロジー企業Dephy社と共同で、ランニング・ウォーキング用の動力アシストシューズシステム「Project Amplify」を公開した。軽量モーターとカーボンファイバープレートを組み合わせ、足首の自然な動きを増強することで推進力を生み出す仕組みだ。テストでは、ランナーのペースを1マイルあたり12分から10分へと大幅に短縮する成果を上げており、数年内の市場投入を目指している。両社の動きは、ウェアラブルデバイスが単なるデータ計測器から、人間の能力を直接拡張する「アクティブな装置」へと進化する転換点を示している。
中国勢の猛追、消費者市場特化でスピード重視
この新たな市場機会を捉えようとする動きは、米国ブランドにとどまらない。中国の消費者向け外骨格ブランド「極殻科学技術 (Hypershell)」は、直近のシリーズB+ラウンドで5000万ドルを調達し、Bラウンド全体で1億2000万ドルを確保したと発表した。同社の特徴は、創業当初から医療・リハビリといった規制の厳しい分野を避け、アウトドアや日常利用といった一般消費者市場に特化している点にある。これにより、開発と市場投入のスピードを上げ、先行者利益を狙う戦略がうかがえる。
中国国内の巨大なアウトドア市場と、政府の技術自立化政策を追い風に、Hypershellのようなスタートアップが今後も登場する可能性は高い。身体性AIという新たなフロンティアで、米中の技術覇権争いがコンシューマー製品を舞台に繰り広げられようとしている。
市場急拡大の予測と普及への課題
業界調査会社の予測によれば、世界の外骨格市場は2023年の約7億ドルから、2028年には30億ドル以上へと年平均成長率35%以上で急拡大すると見込まれている。現在は医療リハビリ用や産業・軍事用が市場の大半を占めるが、今後は消費者向けセグメントが最も高い成長率を示すと予測される。ナイキやアークテリクスの参入は、この消費者向け市場の起爆剤となる可能性が高い。
ただし、本格的な普及には課題も多い。MO/GOパンツの価格は数千ドルに達するとみられ、一般消費者が気軽に購入できる水準ではない。バッテリー持続時間やデバイスの重量、そして「技術的ドーピング」にあたるのではないかという倫理的な議論など、クリアすべきハードルは少なくない。しかし、技術革新によるコストダウンと性能向上は急速に進むとみられ、数年後には市場の景色が一変している可能性も指摘される。
まとめ:日本への示唆
ナイキやアークテリクスといったブランドが参入する「着るAI」市場の拡大は、日本の製造業に具体的な機会をもたらす。アークテリクスの「MO/GO外骨格軟殻パンツ」が脚の動きを最大40%アシストする性能を持つように、これらの高機能デバイスは軽量かつ耐久性のある素材、精密なセンサー、小型高出力モーターを必要とする。これは、炭素繊維や特殊合金、セラミックスといった先端素材、あるいは超小型モーターや高精度ギアなどを得意とする日本の部品・素材メーカーにとって、新たな高付加価値製品の供給先となる。
一方で、中国のHypershellがシリーズB+ラウンドで5000万ドルを調達し、消費者市場に特化して開発を加速している点は、日本企業にとって脅威となり得る。中国勢は巨大な国内市場を背景に、研究開発から量産、市場投入までのサイクルを高速化している。日本のスポーツ用品メーカーや精密機器メーカーは、このスピード感に対応し、単なる部品供給に留まらず、最終製品におけるAI統合やユーザー体験設計において、中国企業との協業や、ニッチな高機能市場での差別化戦略を模索する必要がある。例えば、高齢化社会における日常生活支援デバイスなど、日本独自のニーズに特化した製品開発が考えられる。
『着るAI』の心臓部、NPU統合SoCが性能とバッテリー寿命の二律背反を解く
ナイキやアークテリクスが投入する消費者向け外骨格の成否は、その頭脳である半導体の性能に懸かっている。リアルタイムでユーザーの動きを予測し、モーターを精密に制御するには、クラウドを介さずデバイス上で処理を完結させるエッジAIの能力が不可欠である。この「着るAI」における最大の技術的課題は、高い演算性能と、数時間以上の連続使用を可能にする低消費電力という二律背反の克服に他ならない。産業用では大型バッテリーで解決できたこの問題も、数キログラムのデバイス重量が限界となる消費者向け製品では許容されず、半導体レベルでのブレークスルーが勝敗を分かつ構図が浮かび上がる。
この難題を解く鍵は、AI処理に特化したNPU (Neural Processing Unit)を組み込んだカスタムSoC (System on a Chip)であると分析される。ナイキと組むDephy社や、アークテリクスを支えるSKIP社のような技術ベンチャーは、CPUコア、NPU、モーター制御回路、センサーハブといった機能を一つのチップに集積する戦略を採る。業界筋によれば、これらのSoCはTSMCやサムスン電子が持つ5nmや7nmといった先端プロセスで製造され、4〜8 TOPS(毎秒数兆回の演算)クラスの推論性能を、わずか500mW以下の消費電力で実現することを目指しているという。これは最新スマートフォンのAI性能に匹敵する水準であり、身体の動きと完全に同期する低遅延のアシストを実現するための技術的基盤となる。
半導体の省電力化と並行し、バッテリー技術もまた熾烈な開発競争の舞台となっている。中国のHypershellは、自社製品に搭載するバッテリーパックのエネルギー密度が300Wh/kgを超えると公表した。これは、現在の民生用リチウムイオン電池の性能限界に迫る数値であり、同社の製品が8時間の連続使用や25kmの航続距離を謳う根拠となっている。背景には、中国が国策として推進する電気自動車(EV)向けバッテリー技術の転用があると見られる。CATLなどが開発を主導する高ニッケルNCMバッテリーや、次世代の半固体電池の技術が、いち早く消費者向け外骨格に応用され始めている。高性能SoCと高密度バッテリーの垂直統合が、中国勢のスピードとコスト競争力の源泉である。
ハードウェアの性能競争が臨界点に達した先には、ソフトウェアとデータエコシステムを巡るプラットフォーム覇権争いが待ち受ける。デバイスが収集する歩行パターン、筋肉の活動量、関節への負荷といった膨大なバイオメカニクスデータは、個人の健康状態を可視化し、未来の疾病リスクを予測する「デジタルツイン」の基盤となり得る。スマートフォンがアプリ経済圏を創出したように、「着るAI」もまた、デバイスを核とした新たなヘルスケアや保険サービスのプラットフォームへと進化する可能性を秘めている。どの企業が半導体とバッテリーの競争を制し、来るべき身体データ経済圏の標準を握るのか。技術の優劣が、市場の未来を直接的に左右する局面に入った。
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