アマゾンクアルコム株2,500万株を1株161.26ドルで買える権利を得た。全部確定する条件はサーバー用半導体を600億ドル分買うこと。同じ週、サムスン電子はメモリーの量産に1台400億円の露光装置を並べる計画を示した。

2026年9月8日、半導体の設備と需要をめぐる合意が3件、同じ日に出た。ASMLTSMCが12インチのフォトマスクへ移る業界横断の取り組みを立ち上げ、ASMLとサムスン電子がHigh NA EUVの適用範囲を広げる合意を結び、クアルコムとアマゾンがAIデータセンター向け半導体の複数世代にわたる協業を発表した。

3件は別々の会社の話に見えて、1本の線でつながっている。High NA EUVの装置は1台およそ400億円する。その支払いに充てる現金がどこから来ているのかが、同じ日に発表された残りの2件の中身である。

そこで問いを1つに絞る。値上がりしているのは何で、その利益はどこに溜まり、露光の設備投資を担う会社まで届いているのか。答えは一次資料の中にあり、報道されている姿とはいくつかの点で食い違う。

9月8日に出た3件は、性格がまったく違う

発表当事者期日一次資料に金額はあるか
12インチのフォトマスクへの移行ASMLTSMC試作線2031年、量産2033年なし
High NA を DRAM 量産へASML・サムスン電子2028年なし
AIデータセンター半導体の協業クアルコムアマゾン記載なし発表文にはなし。8-Kに600億ドル

前の2件は装置を買う側の意思表明で、金額の裏づけは付いていない。3件目だけが証券取引委員会への届出を伴い、そこに数字がある。発表文と届出書で情報量が逆転している。

サムスンの2028年は、メモリーでは前例がない

サムスン電子の発表文は次のように書く。「サムスンは2028年までに、業界で初めてASMLのHigh NA極端紫外線露光をDRAMの量産へ導入する計画である」。

この一文には、報道の見出しに出ない条件が3つ入っている。第1に「計画である」で、契約でも発注でもない。第2に、発表文には導入するノード名が一切書かれていない。第3に、サムスンに現時点でHigh NA装置が何台入っているかについても記述がない。

それでも2028年という期日は重い。DRAMでのEUV使用そのものが、限られた層に絞って始まったばかりである。そこへ1台400億円の装置を、しかも量産で入れると期日を切った会社は他にない。

なぜDRAMなのかは、次の節の値段の話に直結する。

「最初に確定した世代」はTSMCではなく、ASML自身がそう書いている

TSMCの2030年という期日が、High NAにとって最初に確定した世代だという説明が流通している。ASMLが自社の投資家向け資料に書いている内容は違う。

High NA EUV reaches new readiness milestone with first high-volume Logic product

続く一文はこうである。「この到達点はインテルとASMLの緊密な技術協業を反映しており、High NA EUVが先端の半導体製造へ大きな規模で組み込めることを示す」。そして「インテル18Aの一部の工程でHigh NA EUVを使う工程として認定した」と書く。

これは2026年7月15日の四半期資料で、9月8日の発表より2か月近く前に出ている。High NAで最初に量産へ届いた世代はインテルの18Aであり、それを認定したのは装置を売ったASML自身である。

もっとも、インテルの側の書類はこの語を1度も使わない。2026年6月27日期の四半期報告書を全文検査すると、「High NA」も「EUV」も「Panther Lake」も0回である。「18A」は9回出て「最先端の製造技術であり量産中」と書かれ、「14A」は5回、「18A-P」は2026年6月に量産前の試験的な生産へ入ったと記される。

会社High NA の位置づけ一次資料
インテル18Aの一部工程で認定済み・量産中ASMLの投資家資料 (自社の報告書には記載なし)
サムスン電子2028年にDRAM量産へ導入する計画自社の発表文
TSMC2030年から先端ノードの量産に使う意向ASML・TSMCの共同発表

TSMCの導入ノード名は確定していない。A10やA11という呼び名は業界の推測で、共同発表にもTSMCの資料にもない。12インチのフォトマスクの側は試作線が2031年、量産対応が2033年で、フォトマスクの寸法と光学の制約はすでに別稿で分解した

需要側の182%は、価格が2倍になった結果である

装置代を払う原資は、半導体が売れることで生まれる。Dell'Oro Groupは2026年9月8日、サーバーと記憶装置向けのデータセンター用半導体・部品の売上高が2026年4-6月に182%増えたと発表した。1-3月は116%増だったから、伸びが加速している。

ここで大事なのは中身である。同社は「DRAMと記憶装置の売上は3桁の伸びで、1ビット当たりの単価は前年比で2倍を超えた」と書く。担当副社長のバロン・ファン氏の説明も「メモリーと記憶装置の値上がり、それにサーバー需要の伸びによる」である。

182%の主因は数量ではなく値段である。同じ発表文には「供給の制約が、最終的には大手クラウド事業者の設備投資計画を抑える可能性がある」という留保も付いている。

集計の範囲にも注意が要る。Dell'Oroが数えているのは中央演算処理装置、演算を担う半導体、サーバー用の通信カード、HBMとDRAM、ハードディスクとフラッシュメモリーで、サーバーと記憶装置向けに限った区分である。半導体全体の話ではない。

9月8日に出た3件の合意と、High NA導入の期日
9月8日に出た3件の合意と、High NA導入の期日

米国の生産統計で分解すると、価格28%・数量12%になる

182%という数字が産業全体で何を意味するのかは、公的統計で確かめられる。米労働省労働統計局の生産者物価と、連邦準備制度理事会の生産指数を並べる。

系列直近前年同月比2019年1月比
コンピューター記憶装置製造 (価格)2026年6月 80.201+31.5%+40.5%
電子部品・機器 (価格)2026年7月 86.951+28.0%+33.8%
半導体その他電子部品製造 (価格)2026年7月 73.141+27.1%+32.7%
コンピューター・電子製品製造 (価格)2026年7月 118.276+12.3%+31.7%
半導体・関連デバイス製造 (価格)2026年7月 28.987−2.7%−11.1%
半導体・電子部品 (生産指数)2026年7月 191.897+11.9%+85.0%
コンピューター・電子製品の新規受注2026年7月 307億3,900万ドル+14.8%+33.8%

2つのことが読み取れる。

第1に、値上がりしているのは記憶装置である。記憶装置の生産者物価は31.5%高、電子部品全般は28.0%高。ところが半導体・関連デバイス製造の価格は2.7%安で、2019年1月と比べると11.1%も低い。演算用の半導体は、統計上は値下がりを続けている。

第2に、価格と数量を掛け合わせても182%には届かない。記憶装置の価格31.5%高に生産指数の11.9%増を掛けると、金額ベースでは47.1%にしかならない。Dell'Oroの182%はその3.86倍である。

生産者物価と生産指数で分解した値上がりの中身
生産者物価と生産指数で分解した値上がりの中身

この差は誤りではなく、測っているものが違うことの表れである。公的統計は米国の産業全体を数え、Dell'Oroはデータセンター向けという狭い区分だけを数える。182%という数字は、産業の中の狭い区分で起きていることであり、産業全体の姿ではない。

日本で利益が伸びたのは2社だけで、前工程は横ばいである

値上がりの利益が誰に溜まったかは、日本企業の決算にはっきり出る。2026年3月期の有価証券報告書から売上高と営業利益を取り出す。

会社証券コード売上高営業利益営業利益率前期比
キオクシアホールディングス285A2兆3,376億円8,704億円37.2%+37.0%
アドバンテスト68571兆1,286億円4,991億円44.2%+44.7%
ディスコ61464,369億円1,850億円42.3%+11.1%
東京エレクトロン80352兆4,435億円6,249億円25.6%+0.5%
信越化学工業40632兆5,740億円6,352億円24.7%+0.5%
KOKUSAI ELECTRIC65252,351億円418億円17.8%−1.6%
SCREENホールディングス77356,057億円1,225億円20.2%−3.1%

メモリーを作るキオクシアと、メモリーを検査するアドバンテストの2社が37.0%増と44.7%増。前工程を担う4社は平均で0.9%の減少である。

日本の半導体関連7社の前期比と営業利益率
日本の半導体関連7社の前期比と営業利益率

SCREENの有価証券報告書は、この分かれ方を1文で書いている。

前期に比べ、ポストセールスの売上やDRAM向けの装置売上が増加した一方で、ファウンドリー向けの装置売上が減少しました

同じ会社の中でも、DRAM向けは増え、ロジック半導体の受託製造向けは減っている。High NAが最初に入るのはロジック半導体の側で、そちらは縮んでいる。

日本全体の数字も同じ向きを指す。経済産業省の鉱工業指数で半導体製造装置の生産指数を見ると、2026年1-3月期は185.2。前年同期比では5.8%増だが、2024年10-12月期に付けた192.7という山をまだ超えていない。AIの設備投資が語られ始めてから2年近く経っても、装置の生産量は前の山の96.1%である。

クアルコムの600億ドルは、発注ではなく権利確定の上限である

需要側で最も大きく報じられたのがクアルコムアマゾンの協業で、「600億ドル」という数字が独り歩きしている。クアルコムの発表文にこの金額はない。数字があるのは証券取引委員会に出した8-Kのほうで、しかも意味が違う。

2026年9月3日付で、クアルコムはアマゾンの関連会社に新株予約権を発行した。条件は次のとおりである。

項目内容
上限株数2,500万株
行使価格1株161.26ドル
満額行使時の対価40億3,150万ドル
発行済株式数に対する比率2.38%
発行時点で確定済み375万株 (上限の15.0%)
権利確定の条件商業契約の締結、拘束力のある発注、実際の購入
支払額の上限600億ドル
失効2036年9月3日 (10年)
行使方法現金を用いない行使が可能

600億ドルは、アマゾンが買うと約束した金額ではない。新株予約権が全部確定するまでに必要な支払いの上限である。逆に読めば、アマゾンは2,400ドル買うごとにクアルコム株を1株取得する権利を積み上げる設計になっている。

そして発行の時点で、当初の購入確約に基づき375万株がすでに確定している。上限の15.0%が、実際の大量購入の前に渡っている。未行使の間は議決権が生じない点も届出書に明記されている。

クアルコムがアマゾンに出した新株予約権の構造
クアルコムがアマゾンに出した新株予約権の構造

満額行使時の対価40億ドルは、支払額の上限600億ドルの6.72%にあたる。半導体を売る側が、買う側に自社株の値上がり分を渡して需要を確保する構図で、届出書の原本を読まないと数字の意味が反転する例がここにもある。

CoreWeaveの50億ドルは通期の数字で、四半期の実績ではない

計算資源を貸す側の代表として引き合いに出されるCoreWeaveについても、金額の取り違えが起きている。同社が50億ドルを超えたのは2025年の通期売上高 (51億3,100万ドル) で、四半期の数字ではない。

期間売上高営業損益純損益
2025年通期51億3,100万ドル−4,600万ドル−11億6,700万ドル
2025年4-6月12億1,278万ドル+1,921万ドル−2億9,051万ドル
2026年4-6月25億7,500万ドル−4,900万ドル−6億2,600万ドル
2026年上半期46億5,300万ドル−1億9,300万ドル−13億6,600万ドル

四半期の伸びは前年同期比112.3%で、数字そのものは力強い。だが同じ四半期報告書には、伸びの代償も書いてある。上半期の純損失13億6,600万ドルのうち、営業損益で説明できるのは1億9,300万ドルだけである。差額の11億7,300万ドルは営業外の費用で、その大半は借入とリースの利息にあたる。

売上高46億5,300万ドルの会社が、半年で売上の25.2%にあたる金額を営業外費用として払っている。

貸借対照表の側も同じことを示す。非流動の長期借入金が173億1,200万ドル、非流動のリース債務が157億3,500万ドルで、合わせて330億ドルを超える。総資産は2025年3月末の218億6,000万ドルから2026年6月末の770億7,000万ドルへ3.53倍になり、上半期の設備投資は141億1,700万ドルに達した。

残存履行義務、つまり契約済みでまだ売上に計上していない金額は1,037億ドルである。上半期の売上を年に換算した93億ドルで割ると11.1年分にあたる。

CoreWeaveの受注残と、それを支える負債と損失
CoreWeaveの受注残と、それを支える負債と損失

受注残の積み上がり方も急である。2025年3月末147億ドル、6月末301億ドル、9月末500億ドル、12月末607億ドル、2026年3月末988億ドル、6月末1,037億ドル。1年3か月で7.1倍になった。

「High NA」という語は、日本の11社の有価証券報告書に1回も出てこない

装置を買うのは台湾と韓国と米国の会社で、部品と材料を出すのは日本の会社である。その日本側が、この技術をどう書いているかを全文で検査した。対象は半導体の装置・材料・メモリーに関わる11社の2026年3月期の有価証券報告書である。

「High NA」も「ハイNA」も、11社すべてで0回だった。東京エレクトロンレーザーテックも書いていない。

日本11社の有価証券報告書の語数と、半導体製造装置の生産指数
日本11社の有価証券報告書の語数と、半導体製造装置の生産指数

読み取れることが3つある。EUVを最も多く書くのは装置を作る会社ではなく、フォトマスクを検査するレーザーテックである。SCREENが「先端パッケージ」を38回書くのは、露光の微細化ではなく後工程へ重心を移していることを示す。そしてロームは、この分野の語を1つも書かない。

信越化学工業は、フォトマスクの材料について次のように書く。

1.4nm以細のEUV用プロセス材料を中心に開発を強化しています。同じく半導体製造プロセスで使用されるマスクブランクスも新機能材料技術研究所で開発しており、EUV用ブランクスも量産に入りました

High NAという語を使わずに、High NAが必要とする材料の話をしている。相場や技術解説で使われる呼び名と、当局へ出す書類の語彙が重ならないのは、この分野に限った話ではない。

装置を売る側の決算は、まだメモリーの値上がりを映していない

ASMLの2026年4-6月期は、総売上93億ユーロ、装置売上66億ユーロ、既存設備管理28億ユーロ。粗利益率54.0%、営業利益率37.1%、純利益29億ユーロ、1株利益7.59ユーロである。2026年通期の見通しは430億〜450億ユーロ、粗利益率54〜56%へ引き上げられた。

装置売上は1-3月期の63億ユーロから66億ユーロへ4.8%増えた。四半期で3億ユーロの増加は、High NA装置に直せば1台強にあたる。メモリーと記憶装置の値段が2倍になった四半期の、装置を売る側の伸びである。

理由は設備投資の性格にある。メモリーの値上がりが装置の発注に変わるまでには、価格の上昇が続くという判断、予算の承認、発注、製造、据え付け、立ち上げという段階を経る。値段が動いてから装置の売上に届くまでには、数四半期から数年かかる。サムスンの2028年、TSMCの2030年という期日は、その時間差そのものである。

何を見れば2028年の可否が分かるか

第1に、サムスンの設備投資額の内訳である。DRAM量産へHigh NAを入れるには、1台400億円の装置を複数台そろえる必要がある。発表は「計画」であり、発注に変わったかどうかは四半期の設備投資額と、ASMLの装置売上の内訳に現れる。

第2に、値上がりが続くかどうかである。記憶装置の生産者物価31.5%高という水準が、メモリーを作る側の利益率を37%まで押し上げた。この値段が反落すれば、2028年という期日を支える現金が細る。期日を決めているのは技術ではなく値段である。

第3に、日本の前工程の装置と材料が伸び始めるかどうかである。東京エレクトロン0.5%増、信越化学0.5%増、SCREEN3.1%減という直近の数字は、露光の微細化への投資がまだ動いていないことを示す。半導体製造装置の生産指数が2024年10-12月期の192.7を超えたときが、High NAの世代が発注に変わった合図になる。

クアルコムの新株予約権は、この3つとは別の見方も与える。買う側に自社株を渡してまで需要を確保する設計が使われているのは、需要が確実ではないからである。600億ドルという上限に10年の期限が添えられているのは、時間をかけて確かめながら進めるためである。