Falcon 9の第2段が2026年8月5日に月の裏側へ落ちた。同じ機体はispaceの着陸機も運んでいる。衝突時刻±55秒の推定、自転が45日で8秒縮んだ意味、前後2枚の画像を比べる工程を追う

望遠鏡が捉えていたのは、明るさが最大2.16等級ゆらぐ細長い点だった。自転は45日で8秒速くなり、その加速そのものが何に押されていたかを語る。落下は月の裏側で起き、地上からは誰も見ていない。

2026年8月5日、SpaceXのFalcon 9ロケットの第2段が月に衝突した。落下地点は地球から直接見えない裏側にあり、韓国航空宇宙研究院の月周回機ダヌリが前後の画像を撮った唯一の観測者となった。日本での報道は「SpaceXの残骸が月に落ちた」で止まっているが、この機体には日本の読者にとって見過ごせない経緯がある。

日本の着陸機を運んだ同じ第2段が、1年半かけて落ちた

この第2段は2025年1月15日06時11分39秒(協定世界時)、ケネディ宇宙センターの発射台39Aから上がった。搭載していたのはファイアフライ・エアロスペースの月着陸機ブルーゴーストだけではない。約30分後に分離した2機目が、ispace の「レジリエンス」だった。日本の民間月着陸機を月へ送り出したのは、まさに今回落下したこの機体である。レジリエンスは2025年6月、降下の最終局面で通信が途絶し、着陸に失敗している。

国内外の報道の多くは「ブルーゴーストを送るミッション」とだけ記し、相乗りだった日本側の機体には触れていない。だが月輸送の実務では、1本のロケットに複数の着陸機を載せる相乗りが費用を下げる標準手段になっており、日本の民間宇宙企業はその枠組みの中にいる。今回の落下は、その相乗り構造が残した後始末でもある。

分離後の第2段は、月の近くを回る軌道に取り残された。設計上、月着陸機を送り出した第2段は太陽周回軌道へ逃がすか、月面へ制御落下させるのが望ましいが、この機体はどちらにもならなかった。約4.5トンの空になった円筒が、1年半にわたって地球と月の重力が入り組む領域を漂い続けた。

太陽風ではなく太陽の光 ― 45日で自転が8秒速くなった意味

明るさの変化から形と自転を読み取る
明るさの変化から形と自転を読み取る

軌道が月の近くにとどまった理由を「太陽風の影響」と説明する記事が出回っているが、これは物理的に成り立たない。太陽風が物体に及ぼす動圧は、太陽光そのものが与える圧力のおよそ1000分の1にとどまる。効いていたのは太陽放射圧、つまり光が当たって跳ね返るときの反作用である。

その証拠が自転の変化に現れている。2026年8月に公開された観測論文は、この物体の自転周期を411.0535秒から419.2562秒の範囲で追跡し、2026年1月10日から2月24日までの45日間で約8.2秒短縮したと報告した。回転が自然に速くなることはない。光が当たる面と影になる面で押される力に差が生じ、重心まわりにわずかなねじりが働き続けた結果である。

同じ力が軌道にも効く。燃料を使い切った第2段は、直径3.66メートルの筒でありながら質量は約4.5トンしかない。面積あたりの質量が小さい物体ほど光の圧力に押されやすく、月の重力、地球の重力、太陽の重力がせめぎ合う領域では、この微小な押しが軌道の行き先を変える。1年半かけて月面へ導いたのは、太陽の光だったことになる。

点にしか見えない物体から長さ10〜16メートルを出す

観測に使われたのはアリゾナの口径1.0メートル望遠鏡と0.5〜0.6メートル級の望遠鏡、そしてハワイの口径3.2メートル赤外線望遠鏡である。これらの装置で数百万キロ先の物体を見ても、写るのは点にすぎない。形は直接見えない。

そこで測るのは明るさの時間変化だけになる。細長い物体が回転すると、こちらを向く面積が周期的に変わり、明るさが波を描く。研究チームはこの波形をフーリエ解析にかけて周期を決め、振幅から形の比を逆算した。報告された振幅は0.52等級から2.16等級。等級は対数の尺度なので、2.16等級の差は明るさにして約7.3倍、すなわち投影面積が7.3倍変わったことを意味する。

ここから導かれたのが長さと直径の比3.17対1という下限値である。Falcon 9第2段の公称直径3.66メートルを当てはめると、長さは10〜16メートルと見積もられる。一部の報道が伝える約18メートルという値は、この推定幅の外にある。点光源の明滅から寸法を復元する手続きは、小惑星の形状推定で確立された手法をそのまま人工物に適用したものだ。

衝突の日時と場所も、この追跡観測から逆算されている。論文が示す値は2026年8月5日06時33分23.014秒(協定世界時)、誤差±55.412秒。位置は北緯19.875度±0.321度、東経265.765度±0.506度で、ベル・クレーターとアインシュタイン・クレーターの間にあたる。1年半漂った物体の落下時刻を1分の精度で当てたことになる。

前後2枚を引き算する前に、何を打ち消しているのか

韓国の月周回機が撮った衝突の前と後
韓国の月周回機が撮った衝突の前と後

落下地点は月の裏側にあり、地球からは見えない。撮影できたのはダヌリだけだった。搭載する地形カメラ(LUTI)は高度100キロメートルから1画素2.5メートルを見分ける。観測は衝突の約30分前に1回、その後は角度を変えて7回、合計8回行われた。

この「衝突の32分前と88分後」という間隔が、解析上は決定的な意味を持つ。

2枚の画像を比べる前に消すべきもの
2枚の画像を比べる前に消すべきもの

月面の同じ地点を2度撮っても、太陽の角度が違えば別の場所のように写る。月の砂は太陽を真後ろにして見たときに急に明るくなる性質があり、この効果だけで見かけの明るさが大きく変わる。したがって変化を探す作業は、まず変化でないものを消すことから始まる。

実務の手順は4段階を踏む。第1に、後の画像を前の画像と同じ見え方になるよう変形させ、1画素より細かい精度で重ね合わせる。照合する区画を段階的に小さくし、許容誤差を締めながら反復する。ここがずれると画面全体が偽の変化として浮かび上がる。第2に、画素ごとに入射角、放射角、位相角という3つの角度を計算した補正用の面を作る。第3に、前後の画素値を引き算ではなく割り算で比べる。観測された明るさが「地面の性質×光の当たり方」に分解できるため、比を取れば共通因子が約分され、地面が変わっていない画素では比が1に近づく。第4に、比が1から外れた領域を抽出し、クレーターか放出物かを形で分ける。

この方法は月周回探査機の狭角カメラで長期運用されており、公表されている実績は前後の画像対が1万組超、特定された新しい衝突跡が200個超、クレーター以外も含めた表面変化が4万2000件超に達する。今回の衝突跡そのものは数メートル規模でも、舞い上がった砂が薄く積もる範囲は数百メートルに広がるため、暗い模様として先に見つかる。ダヌリの画像で衝突領域が暗くなって見えるのは、この放出物の層である。

4年前の取り違えが残したもの

軌道上の物体を追う仕事の危うさは、2022年に一度露呈している。

2015年にカタリナ・スカイサーベイが検出した物体WE0913Aについて、天体力学の研究者ビル・グレイは当初、2015年に打ち上げられたDSCOVR探査機のFalcon 9の第2段 (国際識別符号2015-007B)だと特定した。ところがその後の再解析で誤りと分かり、彼は自ら公表して訂正した。実際に2022年3月4日に月へ落ちたのは、中国の嫦娥5号T1のブースター(同2014-065B)だった。

この出来事にはさらに奇妙な後日談がある。衝突跡を調べたアリゾナ大学などの研究チームは、生じたクレーターが二重になっていることを見つけた。単純な円筒が落ちれば1つのクレーターができるはずで、二重になるのは重量物が2か所に分かれて付いていた場合に限られる。研究チームは、公表されていない物体がブースターの側面に装着されていた可能性が高いと結論づけた。

軌道上の人工物には、所有者も内容も公開されないものが混じる。今回の2025-010Dは打ち上げ主体も積荷も明らかで、追跡観測も公開されている。それは当たり前のことではなく、むしろ例外に近い。

軌道上の物体を測る仕事が、どこで金銭に変わるか

月の周辺を回る人工物を誰が管理するのかは、制度としてまだ決まっていない。地球周回軌道であれば各国の宇宙監視網が一覧を持ち、衝突警報を出す仕組みが動いているが、月の近くにはその枠組みが存在しない。今回の落下を最初に予測したのは政府機関ではなく、民間の天体力学研究者と大学の望遠鏡だった。

この空白が事業になりつつある。宇宙状況把握と呼ばれる領域は、追跡データの販売、軌道解析、衝突回避の助言、そして打ち上げ保険の料率算定へつながっている。月を目指す民間機が増えるほど、第2段や着陸機の残骸をどこへ捨てるかの設計と、それが守られたかを検証する第三者の目が必要になる。

日本勢の位置取りは明瞭ではないが、当事者は複数いる。今回の第2段でレジリエンスを打ち上げた ispace(9348)は月輸送そのものを事業にしており、第2段の廃棄設計は自社の打ち上げ調達の条件に直結する。デブリ除去を手がけるアストロスケールホールディングス(186A)は地球周回軌道での接近・捕獲技術を実証してきた企業で、月周辺への展開余地を持つ。スカパーJSAT(9412)は宇宙状況把握の事業化を進めており、NEC(6701)と三菱電機(6503)は観測衛星と地上設備の双方を供給する立場にある。

技術の側から見れば、この分野で必要とされるのは巨大な計算資源ではない。口径1メートル級の望遠鏡で撮った明るさの列から周期を出し、疎な観測から軌道を推定し、2枚の画像の差から本物の変化だけを取り出す。いずれも枯れた数理を丁寧に組み合わせる仕事であり、参入の障壁は装置よりも手続きの精度にある。ダヌリが撮った8枚の画像が価値を持つのは、機体が高性能だからではなく、衝突の32分前という時刻に1枚目を押さえていたからだ。

米航空宇宙局の月周回探査機も落下地点の上空を通過し、より高い解像度での追加観測を予定している。新しいクレーターの直径と深さが確定すれば、約4.5トンが時速8000キロメートル超で当たったときに月面がどこまで掘れるかの実測値になる。これは将来の着陸機が地表をどれだけ掘り返すかの予測にも使われる。