知識拡張生成(KAG)を名付けた中国の研究者らが示した改善幅は、3種の評価用データで最大19.1ポイントだった。日本の2社が公表した資料に、RAGをやめてKAGへ移るという記述はなく、並んでいるのは精度の差と受注の件数である。

検索拡張生成(RAG)は、大規模言語モデル(LLM)に社内文書などを検索させてから答えを作らせる仕組みである。これに、人・組織・製品などの関係を網の形で整理した知識グラフを組み合わせる手法が2024年に相次いで公開された。中国のアント・グループが論文で名付けた「KAG(知識拡張生成)」もその1つだ。この論文は、投稿サイトarXivの要旨ページと本文のPDFとで、改善率に付けた評価用データ(ベンチマーク)の名前が入れ違っている。表から計算し直すと正しいのはPDFの方で、評価用データのHotpotQAで19.6%、2WikiMultiHopQAで33.5%の改善率になる。改善率は大きいが、答えが正解と完全に一致した割合は、3種の評価用データのうち、どの手法でも成績が最も低いMuSiQueで36.7%にとどまる。「RAGからKAGへ移行した」「ハルシネーション(AIがもっともらしい誤りを答えること)を排した」と書くには、論文の数字が足りない。

RAGの論文は2020年、本稿で扱う知識グラフを組み合わせる3つの手法は2024年に出た

RAGの名前は、パトリック・ルイス氏ら12人が2020年5月22日にarXivで公開した論文に由来する。学習済みのモデルが持つ知識と、数値のベクトルに変えて検索する外部の文書を組み合わせる方式で、機械学習の国際会議NeurIPSに2020年に採択された。検索した文書を答えの材料にするという考え方が、その後に企業へ広く導入されたRAGの元になった。

本稿で扱う知識グラフを組み合わせる3つの手法は、いずれも2024年に公開された。米マイクロソフトの研究部門は2024年2月13日のブログでGraphRAGを発表し、4月24日に論文を公開した。LLMで文書から人・組織・製品などの実体とその関係を抜き出して知識グラフを作り、関係の強い実体のまとまりごとに要約をあらかじめ作っておく。「このデータ全体の主題は何か」のように文書全体を対象にする質問で、従来のRAGより答えの網羅性と多様性が高かったと著者らは報告した。プログラムは2024年7月に、誰でも無償で使えるMITライセンスで公開された。GitHubで支持を示す星の数は2026年10月4日時点で3万6,200個である。ただし同じ日時点の公開ページの説明文には、大部分は保守のみの段階に入り、新機能の追加は受け付けないとある。

2024年5月には、米オハイオ州立大学の研究者4人とスタンフォード大学の研究者1人がHippoRAGの論文を公開した。人の長期記憶をまねて、知識グラフと順位付けのアルゴリズムを組み合わせる手法である。著者らは、多段の質問応答で最大20%の改善、検索を繰り返す手法に比べて費用が10〜30分の1、速度が6〜13倍と主張した。論文は2024年のNeurIPSに採択された。

KAGの論文は2024年9月10日に公開され、9月26日に改訂版(第3版)が出た。著者は19人で、17人がアント・グループの知識グラフチーム、2人が浙江大学の研究者である。アント・グループはスマートフォン決済「アリペイ」を運営する非上場企業で、アリババ集団は2025年3月期の年次報告書(様式20-F)で、33%を出資する持ち分法適用会社と記している。KAGのプログラムは2024年10月25日に、同じく無償のApache 2.0ライセンスで公開され、星は9,100個である。2025年4月17日の0.7版で推論の部分を作り直し、6月27日の0.8版で社内の非公開データと公開データの両方を知識ベースにできるようにしたが、2026年10月4日時点でそれより新しい版は出ていない。GraphRAGの星はKAGの約4倍で、公開プログラムの支持の広がりで見れば、KAGが主流になったとは言えない。

KAGのF1値は3種の評価用データで12〜19ポイント上がったが、完全一致率は37〜68%にとどまる

アント・グループの著者らは、複数の文書をたどって答える多段の質問応答の評価用データ3種(HotpotQA・2WikiMultiHopQA・MuSiQue)で、検証用データから1,000問ずつを使って比べた。指標は、答えが正解と完全に一致した割合(完全一致率、EM)と、答えに含まれる語が正解とどれだけ重なるかを示すF1値である。主な比較対象は、ベクトル検索だけのNativeRAG、知識グラフを使うHippoRAG、HippoRAGに思考の連鎖と検索を交互に行うIRCoTを組み合わせたものの3つである。基盤モデルは、米オープンAIのChatGPT-3.5と、中国ディープシークのDeepSeek-V2をAPI(プログラムから呼び出す窓口)で使う方式の2つだ。

手法(基盤モデル)HotpotQA EM / F12Wiki EM / F1MuSiQue EM / F1
NativeRAG(ChatGPT-3.5)43.4 / 57.733.4 / 43.315.5 / 26.4
HippoRAG(ChatGPT-3.5)41.8 / 55.046.6 / 59.219.2 / 29.8
IRCoT+HippoRAG(ChatGPT-3.5)45.7 / 59.247.7 / 62.721.9 / 33.3
IRCoT+HippoRAG(DeepSeek-V2)51.0 / 63.748.0 / 57.126.2 / 36.5
KAG(DeepSeek-V2)62.5 / 76.267.8 / 76.236.7 / 48.7

出所は論文の表8。単位は%。2Wikiは2WikiMultiHopQAの略。KAGの行は、問いを論理の手順に分けて知識グラフと元の文書の両方を検索し、答えが得られなければ問いを立て直す再試行を最大3回まで行う設定の値である。知識グラフの上で直接推論する設定は74.0・76.1・48.2とやや低い。

要旨は比較対象を「最先端の手法」としか書いていないが、DeepSeek-V2を基盤にしたIRCoTとHippoRAGの組み合わせと比べると数字が合う。編集部が表から計算すると、HotpotQAのF1値は63.7から76.2へ12.5ポイント上がり、改善率は19.6%になる。2WikiMultiHopQAは57.1から76.2へ19.1ポイントで改善率33.5%。MuSiQueは36.5から48.7へ12.2ポイントで改善率33.4%である。arXivの要旨ページでは2WikiMultiHopQAが19.6%、HotpotQAが33.5%と逆になっているが、表に合うのは第3版PDFのHotpotQAが19.6%、2WikiMultiHopQAが33.5%という記述の方だ。著者らは序論で、HippoRAGと比べてF1値が19.6%、12.2%、12.5%上がったとも記している。後の2つの数字は表のポイント差と一致するが、同じ比較を書いた本文の3.2.1節では2WikiMultiHopQAの差を19.1としており、序論の19.6はこれと合わず、要旨のHotpotQAの改善率と同じ値である。論文はポイント差も「%」で書いており、改善率と取り違えやすい。

比較対象の選び方も数字を左右する。2WikiMultiHopQAでは、ChatGPT-3.5を基盤にしたIRCoTとHippoRAGの組み合わせのF1値62.7が、DeepSeek-V2版の57.1より高い。要旨の33.5%は低い方との比較で、62.7と比べると改善率は21.5%に縮む。著者らは、ChatGPT-3.5の利用料が高いためKAGの実験はDeepSeek-V2のAPIに切り替えたと説明している。基盤モデルを変えると比較対象の成績そのものが動くため、改善率はどちらの比較対象を選ぶかで変わる。ChatGPT-3.5でしか測っていないNativeRAGやHippoRAG単体とKAGの差には、手法の違いによる差と基盤モデルの違いによる差が混ざる。検索の段階だけを見ると(論文の表9)、正解の文書が上位5件に入る割合は、HotpotQAではKAGが88.8%でIRCoTとHippoRAGの組み合わせの83.0%を上回る一方、2WikiMultiHopQAではKAGが91.9%で組み合わせの93.9%を下回る。

行政の問い合わせでは適合率が66.5%から91.6%に上がり、医療の知識グラフの構築には専門家のチームが必要だった

著者らは論文で、アリペイの利用者向けの2つの事業での利用も報告している。行政手続きの案内では、抽出した492問で、ベクトル検索だけのRAGが適合率(答えのうち正しいものの割合)66.5%・再現率(正解のうち答えられたものの割合)52.6%、KAGが91.6%・71.8%だった。適合率で25.1ポイント、再現率で19.2ポイントの差である。

医療の問い合わせはアリペイの健康管理サービスで使われている。著者らによると、医療の専門家のチームが信頼できる医学文献を整理し、180万超の実体、40万超の用語の分類、500万超の関係を持つ知識グラフを作った。検査値を解釈するための規則も700超定めた。疾病・症状・薬・検査は、厳密に定めた型(スキーマ)で定義している。評価は、実際の問い合わせから抽出した問題で再現率60.67%・適合率81.32%だった。北京・上海・杭州の医療保険の照会の正答率は77.2%、健康知識を尋ねる質問の正答率は94%超、検査値の解釈を尋ねる質問は93%超だった。医療ではRAGと比べた数字は示されていない。

数字の読み方には注意が必要だ。医療保険の照会の正答率77.2%は、5件に1件強が正しく答えられていないということでもある。著者らは、型で制約した知識グラフは構築に人手のコストがかかり、情報の網羅性も不十分だと認めている。公開プログラムの2025年4月17日の0.7版では、知識グラフの構築に使うトークン(AIが文章を処理する単位)を89%減らす「軽量構築」の方式を加えたと更新履歴に記した。減るのは構築の費用であり、運用時のトークン消費を劇的に減らしたとする記述は論文にも更新履歴にもない。

仕組みの違いは、意味の近さで探すか、問いを論理の手順に分けて探すか

既存のRAGの限界は2つあると著者らは要旨で挙げた。1つは、ベクトルで測った意味の近さが、推論に必要な情報かどうかと一致しないことだ。もう1つは、数値の大小や時間の前後、専門家が決めた規則のような論理を扱えないことだ。著者らの指摘を言い換えると、ベクトル検索だけのRAGは意味の近い文を探せるが、たとえばAがBの子会社で、そのBが2023年に買収されたという2段の関係を、意味の近さだけでたどるのは苦手だということになる。

KAGの仕組みは5つの要素からなる。知識をLLMが扱いやすい形で書く方式、知識グラフと元の文書の断片を互いにたどれるよう結び付ける仕組み、論理の手順に沿って複数の推論を組み合わせる部分、同義語や上位語といった意味の関係を推論で整理する仕組み、基盤モデルそのものの強化の5つだ。中心は問いを分ける手順で、問いを「条件を付けた検索」「並べ替え」「数値計算」「演繹」の4種類の処理(と答えの出力)に分解し、段ごとに、完全一致で探す・文書を探す・計算する・意味から推論する、を使い分ける。答えが得られなければ、問いを立て直して検索と推論をやり直す。論文はこれを振り返りと呼び、最初の1回を含めて最大3回まで解く。振り返りを使わず1回で打ち切る実験(論文の表10)では、成績が最も低いMuSiQueのF1値が48.7から44.3に下がった一方、残る2種の評価用データの低下は0.2〜1.2ポイントにとどまった。振り返りが効くのは成績の低い評価用データに限られ、論文の図8によると、振り返りを3回まで使うこの設定は、比べた3つの方式の中で最も遅かった。

富士通は1,000万トークンを参照できるナレッジグラフ拡張RAGを2024年7月から順次提供すると発表した

日本の上場企業では、富士通が知識グラフを使うRAGの具体的な数字を公表している。同社は2024年6月4日、「エンタープライズ生成AIフレームワーク」を7月からAIサービス「Fujitsu Kozuchi」のラインアップとして順次提供すると発表した。このフレームワークを構成する3つの技術の1つが「ナレッジグラフ拡張RAG」だ。企業の規則や法令、マニュアル、映像などから知識グラフを自動で作り、LLMが参照できるデータ量を「従来は数十万、数百万トークン規模」から「1,000万トークン以上の規模」に広げたと同社は説明した。知識グラフから関係を踏まえた情報をLLMに渡すことで、論理的に推論し、答えの根拠も示せると同社はしている。残りの2つの技術は、複数の特化型AIモデルを自動で選んで組み合わせる「生成AI混合技術」と、企業の規則や法令への準拠を確かめる「生成AI監査技術」だ。

同じ発表で同社は、多段の質問応答の評価で世界最高精度を達成したとし、注記に「HotpotQAによるベンチマークで他の最新手法に対し約2.4%向上できることを確認」と書いた。この約2.4%とKAGの論文の19.6%は、比べる相手も時点(富士通は2024年6月、KAGは同年9月)も数字の示し方も違い、単純には比べられない。言えるのは、富士通がKAGの論文より3カ月早く、同じHotpotQAを使って知識グラフを使うRAGの精度を公表していたことである。富士通の開示は銘柄ページにまとめている。

NTTのtsuzumi 2は経理の問い合わせで精度が前モデルの4倍、グループの生成AI関連の受注は1,827件

NTTが数字を出しているのは、知識グラフを使う方式ではなく、LLMとRAGそのものについてだ。島田明社長は2025年8月6日の決算発表の記者会見で、自社開発のLLM「tsuzumi 2」について、経理マニュアルに関する問い合わせへの回答精度が前モデルの4倍になったと述べた。質疑では、1つのGPUだけで、モデルの規模を示すパラメーター数を300億まで増やせると説明した。1つのGPUで動かせる手ごろさは保ち、自社で設備を持つオンプレミス環境にも対応させ、提供は2025年10月に始めるとした。同社は10月20日に提供を始め、同じ日のニュースリリースで、財務システムに関する社内ヘルプデスクの試行案件でRAGによる問い合わせの回答正答率を評価し、他社の先進モデルと同等以上だったとした。同じ日の説明資料には、グループの生成AI関連の受注状況を載せた。

受注の区分件数
受注件数(国内と海外の計)1,827
うち国内521
うち海外1,306
国内の相談件数1,818

出所はNTTの2025年10月20日の説明資料。NTTドコモビジネス・NTT東日本・NTT西日本・NTTデータグループの生成AI関連の累計で、2025年度第1四半期の時点。NTTは同資料の注で、海外の受注件数は2025年度第1四半期の累計だけを計上し、国内の受注件数は内諾を得た案件を含むとしている。

この1,827件はtsuzumi 2の提供開始より前の時点の生成AI関連の受注で、tsuzumiの受注でもRAGの受注でもない。島田社長は同じ記者会見で、顧客に合うと判断した場合はtsuzumi以外のLLMも提供していると述べ、昨年は国内外で800件ほど納めたと付け加えた(この800件がtsuzumi以外に限るかは発言から読み取れない)。海外は2025年度第1四半期から計上を始めた数で、それでも1,306件と全体の71.5%を占める。同じ資料によると、顧客がtsuzumiを使いたい業務として「マニュアル・社内資料の文書検索、要約・生成」を挙げた割合は83%だった(何社のうちの割合かは記載がない)。文書を探して要約する仕事は、RAGの代表的な使い道だ。NTTは専門分野の強化をファイナンシャル・プランニング技能検定2級の問題で確かめ、合格基準(正答率60%)に届くまでに要した追加学習のデータ量が、比べた米グーグルの公開モデル「Gemma 2」(パラメーター数270億)の10分の1だったとしている。NTTの説明資料によると、tsuzumiは200問を追加で学習して正答率70%、比べた公開モデルは1,900問で64%だった。NTTは2026年8月6日の決算説明資料で、2026年5月にtsuzumi 2を更新し、図表付きの日本語ビジネス文書の理解を強化したと説明した。

NTTが公表したこれらの資料には、知識グラフ、GraphRAG、KAGの語は出てこない。2社の開示を並べると、知識グラフを使うRAGを製品にして参照できるデータ量と精度を出しているのは富士通、RAGを使う問い合わせの精度と生成AI関連の受注件数を出しているのはNTTで、RAGをやめてKAGへ移るとは、どちらも書いていない。

論文が示したのは精度の差で、RAGからの移行ではない

著者らが示したのは、知識グラフと論理の手順を組み合わせると多段の質問応答のF1値が12〜19ポイント(改善率で2〜3割)上がることと、行政の案内で適合率が25.1ポイント改善したことだ。GitHubで付いた星の数ではGraphRAGがKAGの約4倍だが、そのGraphRAGも新機能の追加をほぼ止めている。ベクトル検索に知識グラフを重ねる手法は、本稿で確かめた範囲では、富士通が製品にしたが、NTTの開示には出てこない。当サイトのAIの体系解説では、LLMと検索の仕組みの基礎をまとめた。業務で使う概念とその関係を体系にまとめる「オントロジー」を企業に売り込む手法は、パランティアとSOMPOの合弁会社を扱った記事で、開示の数字から追った。

※2026年10月4日、一次資料に基づき全面的に書き直しました。旧版の「RAGからKAGへの完全移行」「地殻変動」「次世代AIインフラとして定着」は、裏付けとなる一次資料がないため削除しました。旧版はGraphRAGとKAGの登場を2025年としていましたが誤りで、GraphRAGは2024年2月に発表・7月にプログラムを公開、KAGは2024年9月に論文・10月にプログラムを公開、と改めました。「ハルシネーションを排した」「信頼度99%」「KAGをビッグテックが囲い込む」「中国政府のAIプラスとKAGの規格化を巡る日米欧の争い」「運用時のトークン消費の劇的な削減」も、出所が確かめられないため削除しました。旧版にあった、掲載していない図を前提にした記述(工程図の段階番号、更新速度や複雑さの評価)も削除しました。日本企業についての記述は、社名を挙げない一般論から、富士通とNTTの開示の数字に置き換えました。

投資家向けの個別銘柄レポートと技術デューデリジェンスのご相談は、編集部のお問い合わせ窓口までお寄せください。