米国務省が、AI協力で米国と足並みをそろえる35か国に二者択一を迫る書簡の草案を作成しているとロイターが報じた。米主導のPax Silicaは24者、中国主導のWAICOは29か国。両陣営の手札は対称ではない。

ロイターが2026年8月14日、米政府当局者と内部草案に基づいて伝えた内容はこうだ。米国は、中国が主導する対抗枠組みに加わる国を米国主導のAI連合から外すと警告する書簡を準備している。宛先は6月に米国の「AI機会声明」へ署名した35か国。書簡は日付のない草案の段階で、送付時期は決まっていない。国務省はコメントを避け、在ワシントン中国大使館は「貿易・技術問題の政治化に反対する。世界のAIの前進を妨げ、誰の利益にもならない」と反発した。本稿はこの報道を起点に、両陣営の中身と日本株への効き方を一次資料で数える。円換算は2026年8月7日の為替(1ドル=157.54円、セントルイス連邦準備銀行の公表値)による概算である。売買の推奨や評価は示さない。

Pax Silicaは「シリコンによる平和」、8か月で7か国から24者に膨らんだ

Pax SilicaとWAICOの両陣営と手札の非対称
Pax SilicaとWAICOの両陣営と手札の非対称

Pax Silicaはラテン語で「シリコンによる平和」を意味する。米国務省のジェイコブ・ヘルバーグ経済成長・エネルギー・環境担当次官が旗を振り、2025年12月12日にワシントンで初回サミットを開いて発足した。原加盟は米国・日本・豪州・韓国・英国・イスラエル・シンガポールの7か国。以降はオランダ(12月17日)、カタール(1月13日)、UAE(1月14日)、インド(2月20日)、スウェーデン、フィンランド、フィリピン、ノルウェーと月を追うごとに増え、2026年6月25〜26日の第2回サミットでEU・ドイツ・ギリシャ・カザフスタン・アルゼンチン・チリ・パナマなど10者が一気に署名して、現勢は23か国+EUの24者になった。カナダと台湾はオブザーバーで、イタリアも参加の意向を示している。

看板は緩やかな声明にとどまらない。対象はAIモデル・半導体・重要鉱物の供給網全体で、輸出管理の連携と共同投資までを射程に置く。第2回サミットでは重要鉱物の採掘・製錬向けに2.5億ドル(約394億円)の基金を議会へ要求し、パナマでは半導体と重要鉱物の物流を追跡する実証事業の公募を発表、スタンフォード大学と先端製造の人材育成講座も始めた。金額はまだ小さいが、「投資の入口」と「物流の監視」と「人材」という供給網の3点を同時に押さえにいく設計である。

WAICOは29か国、看板はオープンウェイトと国連憲章

対抗する側が中国の「世界AI協力機構(WAICO)」だ。習近平国家主席が2026年7月16日、上海の世界AI大会(WAIC)で設立を発表し、同日に29か国が設立合意に署名した。本部は上海。創設国はインドネシア、ブラジル、マレーシア、南アフリカ、セネガル、ロシア、パキスタンなど、いわゆるグローバルサウスが中心である。掲げるのは「公正で公平な世界のAI統治」と国連憲章で、技術面の看板は重み(ウェイト)を公開して誰でも改変できるオープンウェイトのAIモデルの共有にある。

この看板には実体が伴う。ロイター自身が書くとおり、中国のオープンウェイトモデルはOpenAIAnthropicの専有モデルとの差を急速に詰めており、無償で入手・改変できるという性質は、外貨も計算設備も乏しい国には米国の有償APIより現実的な選択肢になる。一方で北京は、自国の主力AIモデルの海外提供に制限をかけることも検討している。開放を看板に掲げながら、安全保障の論理で自ら蛇口を絞る。この矛盾は後段の「勝ち筋」の計算に直結する。

書簡は「全てに加わる者は、何にも加わっていない」、火種はカザフスタン

草案の文言は踏み絵として率直だ。「全てに加わる者は、何にも加わっていない。Pax Silica宣言への署名は単なる会員登録ではなく、誓約である」「期待が我々と衝突する重複した枠組みへの加盟とは両立しない」。中国を名指しせずに、意図して選べと迫る。米当局者はロイターに「一方の技術圏で信頼される仲間だと言いながら、同時に中国が設計した対抗構想に署名する。その両立がどう成り立つのかを見通すのは難しい」と語った。

火種になったのはカザフスタンである。同国は6月26日に中央アジアで初めてPax Silicaに加わり、米国は重要鉱物の有望な供給国として歓迎した。その20日後の7月16日、同国はWAICOの創設メンバーにも名を連ねた。両方に署名した国は現時点でカザフスタンだけで、これがワシントンの警報を鳴らした。書簡が意図するのは、この「二股」の再発防止である。ただし草案は未送付で、修正の可能性も残る。枠組み自体に法的拘束力はなく、締め付けが強すぎれば署名国が離れる危うさも抱える。

WAICOに勝ち筋はあるか、3層で数えると残るのは1枚半

AIの経済圏は「計算資源」「モデル」「普及」の3層で成り立つ。この3層で両陣営の手札を数えると、非対称がはっきり見える。

第1層の計算資源で、WAICOに勝ち筋はない。最先端の計算を支える急所は、EUV露光装置(オランダASML)、製造装置(東京エレクトロン、米アプライドマテリアルズ等)、広帯域メモリーHBM(韓国SKハイニックス、サムスン電子)、先端製造(台湾TSMC)と、ことごとくPax Silica側とその周辺にある。中国は自国向けの調達すら輸出管理で締められている立場であり、加盟29か国に先端計算を供給する能力を持たない。第2層のモデルは唯一の攻め手だ。オープンウェイトの性能向上は事実で、採用国を数で積み上げれば、かつて携帯電話の基本ソフトで起きたような「無償配布が事実上の標準を作る」展開はあり得る。ただし北京がモデルの海外提供制限を実行すれば、この1枚は自ら半分に折られる。第3層の普及では、29か国という数と国連憲章の看板が効く。もっとも、加盟国の購買力と資金供与の実弾は公表されておらず、Pax Silica側の2.5億ドルのような具体的な基金すら、WAICOはまだ示していない。

つまり3層のうちWAICOが握るのは「モデル1枚と普及の半分」で、計算資源の層は丸ごと空いている。「勝ち筋がない」と断じるのは普及の1枚を軽く見過ぎだが、経済圏として対価を集める構造を欠いたまま、無償配布と外交だけで回している、というのが実数に即した評価になる。中国側で唯一、層をまたいで効くのは重要鉱物という「拒否権」だが、これは相手を止める札であって、自陣営を富ませる札ではない。米国の開示データもこの構図を裏づける。米上場企業の開示書類で「critical minerals(重要鉱物)」への言及は2024年783件→2025年1,704件→2026年は8月16日までに1,885件と2年で2.4倍に膨らんだ一方、「Pax Silica」への言及はまだ0件。企業の実務は鉱物の確保に動いており、枠組みの名前はまだ株式市場に織り込まれていない。

日本は創設加盟国である、株は5つの経路で仕分ける

日本株への5経路と有価証券報告書の実数
日本株への5経路と有価証券報告書の実数

日本は2025年12月12日の原加盟7か国の一角で、側の選択は済んでいる。問題は、分断が日本株にどう効くかだ。中国売上比率という1本の物差しでは足りない。効き方は5つの経路に分かれる。

  • ①中国に売る(規制と報復の直撃)、②中国から原料を買う(供給の急所)、③中国勢に代替される(国産化の侵食)、④西側供給網の再構築で恩恵、⑤西側AI経済圏の拡大で恩恵

経路①の代表が東京エレクトロン(8035)である。2026年3月期の売上高2兆4,435億円・営業利益率25.6%のうち、中国向けは通期で34.1%と最大市場。ただし1〜3月期単体では26.8%へ低下し、台湾向けが22.0%へ急伸した。対中規制の強化は同社の3分の1の市場を直撃するが、西側の先端投資がそれを埋める入れ替わりが既に数字に出ている。ファナック(6954)も中国の工場自動化需要が主戦場の1つで、同じ経路に立つ。経路③は静かに進む。成熟プロセス向けの装置は中国の国産化が下から侵食する領域で、SCREENホールディングス(7735、営業利益率20.2%)などは製品構成の先端シフトが防波堤になる。

経路④は「恩恵が自動ではない」ことを数字が教える。シリコンウエハーのSUMCO(3436)は売上高4,097億円に対し営業利益率0.3%(2025年12月期)まで沈んでおり、供給網の再構築という追い風は、市況の逆風を打ち消せていない。同じ材料側でも信越化学工業(4063)は営業利益率24.7%と対照的で、AI向け基板のイビデン(4062、14.9%)、レジストの東京応化工業(4186、20.0%)が中間に並ぶ。経路⑤の柱は検査と試験だ。HBMの試験装置を握るアドバンテスト(6857)は営業利益率44.2%、EUVマスク検査をほぼ独占するレーザーテック(6920)は48.8%と、代替の利かない工程ほど利益率が高い。内閣府の機械受注統計(e-stat API)でも、産業用ロボットの2025年受注額は8,338億円と前年比41%増で、押し上げたのは外需だった。装置もロボットも、日本の稼ぎ場は既に西側需要へ傾いている。AIと半導体の対中規制の全体像分断下の日本半導体の位置は別稿の台帳も参照できる。

重要鉱物という中国の1枚と、日本のレアアース関連株

中国が層をまたいで使える唯一の札が重要鉱物である。中国は2025年4月からジスプロシウムなど中重希土類7品目を輸出許可制の下に置き、ロイターも今回の報道で、関税戦争への報復手段として鉱物の寡占が使われてきたと明記した。Pax Silicaの2.5億ドル基金が真っ先に鉱物へ向かうのも、この1枚を無効化するためだ。日本側の防波堤になる銘柄は、磁石の川上から商社の調達網まで既に並んでいる。

銘柄役割直近通期の実数 (有価証券報告書)
信越化学工業 (4063)レアアース磁石の国内大手売上2兆5,740億円・営業利益率24.7%
大同特殊鋼 (5471)重希土類を使わないネオジム磁石を量産売上5,781億円・営業利益率7.3%
TDK (6762)磁石+センサー、研究開発費2,897億円売上2兆5,048億円・営業利益率10.9%
双日 (2768)豪ライナスの重希土類を日本へ、2025年10月に輸入開始売上2兆7,574億円
豊田通商 (8015)インドでレアアース製錬、非中国調達網売上11兆5,619億円・営業利益率4.7%

双日はエネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)と共同で豪ライナスに出資し、同社の重希土類の対日供給枠は2026年3月の契約更新で生産量の最大65%から75%へ、品目も2品目から6品目へ広がった。中国域外のレアアース供給網が細くても実在することは、書簡の踏み絵を迫られる各国にとって「中国側の1枚は永遠ではない」という前提を作る。

確かめられる点

検証は公開情報の日付で追える。第1に、書簡が実際に送付されるか、文言が緩むか。国務省の発表とロイターの続報が起点になる。第2に、カザフスタンがどちらかを選ぶか、両属を続けるか。第3に、北京がAIモデルの海外提供制限を実行に移すか。実行されればWAICOの看板は自傷する。第4に、WAICOが基金や投資枠など「対価の集め方」を示すか。第5に、日本の装置・材料各社の中間決算(10〜11月)で、東京エレクトロンの中国比率低下と台湾比率上昇の入れ替わりが続くか。第6に、Pax Silicaの2.5億ドル基金を米議会が通すかである。

「シリコンによる平和」という名前は、半導体を握る側が秩序を書くという宣言でもある。書簡はまだ発送されていないが、開示書類の中の重要鉱物への言及2.4倍という数字は、企業がとうに二者択一の準備を始めていることを示している。観戦席は、各社の地域別売上と鉱物の調達網の中にある。