半導体の回路原版を載せた台が、目で追えない速さで往復し、原子数個分の誤差で止まる。この動きが技術者の間で驚きをもって共有され、加速度は20G、位置決めの精度はケイ素原子5個分、位置の確認は毎秒2万回といった数字が添えられて広まった。時速100キロメートルまで0.09秒で加速する、という例えも一緒に流れている。
数字は、丸めた瞬間に意味を失う。ASMLの技術者であり、アイントホーフェン工科大学で制御工学を教えるハンス・バトラーらが2020年の米国制御会議で発表した解説論文には、この装置の設計値が具体的に記されている(Control of Wafer Scanners: Methods and Developments)。本稿は、その一次資料に当たって出回っている数値を検算し、そのうえで、なぜ激しく動かしながら止められるのかという機構を、短ストロークと長ストロークの分担、反力を受け止める磁石板、そして計測を担う枠の分離という三つの設計から解剖する。株価や投資の数字は扱わない。追うのは、機械が動いている理屈である。
出回っている3つの数字を、一次資料で検算する
まず加速度から。時速100キロメートルは秒速27.8メートルに相当する。これを0.09秒で得るには、およそ毎秒毎秒309メートル、重力加速度でおよそ31Gが要る。一方、英語圏で広まった投稿は20Gとしている。20Gはおよそ毎秒毎秒196メートルで、時速100キロメートルまでは0.14秒かかる。2つの表現は、そもそも別の値を指している。バトラーらの論文が明記しているのは、原版を載せた台が走査方向へ前後に動く際の速度で、これは一定速度でおよそ秒速1.2メートルである。加速度は装置の世代と部位で異なり、単一の値で語れる量ではない。
次に、位置の確認が毎秒2万回という点。これはASMLの技術解説が明記している値で、ウェハーの位置は毎秒およそ2万回測定され、センサーの精度はおよそ60ピコメートル、位置決めは4分の1ナノメートルの範囲に収まるとされる(ASML)。ただし、装置の中で同じ周期が使われているわけではない。バトラーらの論文は、短ストロークのステージ制御の例としてサンプリング周波数5キロヘルツを挙げ、光源の波長制御は毎秒6,250回、内部で保持する模型の状態は毎秒62,500回、レーザーの発振は顧客の条件に応じて毎秒500回から6,000回と記す。測る周期と、その測定値を使って制御を回す周期は別で、世代や部位によっても異なる。毎秒2万回は、位置を測る側の値として正確である。
三つ目の、原子1個分という表現。ケイ素の結晶では、原子どうしの最近接距離がおよそ0.235ナノメートル、結晶格子の一辺がおよそ0.543ナノメートルである。論文は、短ストロークのステージが「サブナノメートル水準」で制御されると記す。1ナノメートル未満という水準は、ケイ素の原子間距離に直せば数個分に当たる。英語圏の投稿にある「ケイ素原子5個分」のほうが、実態に近い。原子1個分という言い方は、驚きとしては効くが、精度としては行き過ぎている。
数字を正しく置き直しても、この装置の異様さは少しも減らない。300ミリメートルのウェハー1枚には露光する区画がおよそ100あり、その全部を10秒足らずで焼き付ける。1時間あたりの処理はおよそ280枚に達する。装置1台の表示価格は1,000万ドルから1億5,000万ドルの幅にある。速さと精度と処理量を同時に成立させることが、この機械の設計課題そのものだ。
粗く動く台と、細かく直す台を分ける
激しく動かしながら精密に止めるという矛盾を、ASMLは1台の機構で解こうとしていない。動きを2段に分けている。
下段が長ストロークで、大きく速く動く役を担う。制御の精度はマイクロメートル水準にとどまるが、そのぶん広い範囲を移動できる。駆動はローレンツ力による。磁石板が作る磁場の中に電流を流した巻線を置き、生じる力で動かす方式で、歯車も送りねじも使わない。機械的に噛み合う部品がないため、摩擦も遊びも持ち込まれない。
上段が短ストロークで、長ストロークの上に載って、その動きを追いながら位置を細かく正す。移動できる範囲はマイクロメートルの単位にすぎないが、制御の水準はサブナノメートルに達する。こちらもローレンツ力で駆動され、磁石軛と、長ストロークの側に取り付けられた巻線が対になる。
短ストロークが制御する自由度は6つある。前後、左右、上下という3方向の並進に加え、それぞれの軸まわりの傾きが3つ。合わせて6自由度を、まとめて1つの制御系として扱う。論文は、適切な静的な非干渉化を施すことで、この6入力6出力の系を実質的に1入力1出力の制御の集まりとして設計できると述べる。そのとき対角の成分は二重積分の振る舞いを示し、短ストロークのステージは主として「浮いた質量」としてふるまう。摩擦や剛性に縛られず、力を加えれば加速し、力を抜けば等速で進む。制御工学の教科書に出てくる理想に、実機がここまで近づいている例は多くない。
反力はどこへ行くのか ― 磁石板が担う二つ目の役割
激しく加速する台があれば、必ず同じ大きさの力が反対向きに生じる。この反力を装置の骨格に流し込めば、機械全体が揺れ、隣で露光している側の精度を壊す。ここに、あまり説明されない設計がある。
磁石板は、二つの役を兼ねている。一つは長ストロークの電動機の一部として、巻線と対になって推力を生むこと。もう一つが、長ストロークの反力を装置の基礎枠へ入れないことである。台が右へ加速すれば、磁石板は左へ動く。運動量の交換を機械の内部で完結させ、外の枠には力を渡さない。図に「磁石板は釣り合い質量として機能する」と書かれているのは、この働きを指している。
ただし、これを続ければ磁石板は少しずつ中心からずれていく。そこで、3自由度の釣り合い質量用の駆動装置が、ごく弱い力で時間をかけて元の位置へ戻す。速い動きは磁石板が受け止め、遅い戻しは別の駆動が担う。役割を時間の尺度で分けているところが、この設計の要である。
反力の処理と並んで効いているのが、枠の分離だ。位置を測る計測枠は、力を受け持つ基礎枠から切り離され、空気ばねで支えられている。その固有振動数は1ヘルツを下回り、典型的にはおよそ0.5ヘルツに置かれる。床から伝わる振動も、ステージが生む反力も、この柔らかい支持で遮られ、計測器が載る枠までは届かない。測る場所と、力がかかる場所を、物理的に別々にしてある。
枠の変形が問題になる水準も、あわせて示されている。論文の例では、基礎枠にねじりの力を10ニュートン加えると、上部の枠に5ピコメートルのねじれ形状が現れる。1ピコメートルは1ナノメートルの1,000分の1で、原子1個の大きさよりもさらに小さい。この程度の変形すら制御の対象になり、専用の手法で10分の1以下に抑えられている。
速く動かすほど、頼りになるのは前置補償である
ここまでは機構の話だ。だが、この装置の性能を決めているのは、実は制御の作り方にある。
一般に、位置がずれてから直す制御を帰還制御という。ずれを測り、その大きさに応じて力を返す。理屈は単純だが、限界がある。バトラーらの論文は、短ストロークのステージの周波数応答を示したうえで、500ヘルツを超えると剛体としての仮定が成り立たなくなり、1キロヘルツ付近では磁石軛が鏡ブロックから力学的に切り離される非同位置の振る舞いが現れると述べる。つまり、帰還の帯域を上げようとしても、構造そのものの共振がそれを許さない。
そこで主役になるのが前置補償である。動かす前から、必要な力の波形を計算して加えておく方式で、ずれが生じてから直すのではなく、そもそもずれないように駆動する。論文が採る標準的な手法は、加速度に比例した力に加えて、加速度の2回微分にあたる量にも比例した力を足すもので、構造がたわむ分をあらかじめ見込んで打ち消す。ステージの位置精度と整定時間は、帰還ではなく、この前置補償の出来で大きく決まる。
さらに、露光は同じ動きを何度も繰り返す工程である。ここで反復学習制御が効く。前回の走査で残った誤差の記録を使い、次の走査で加える力の波形を修正する。同じ道を何度も走るうちに、機械は自分の癖を覚えて誤差を削っていく。速く正確に動く機械の中身は、力任せの制御ではなく、あらかじめ計算し、繰り返しから学ぶという二段構えになっている。
測る手段を、レーザーの干渉から格子の読み取りへ替えた理由
位置の測り方にも、あまり語られない転換がある。かつてステージの位置は、レーザー干渉計で測るのが標準だった。長い光路を往復させ、干渉縞から距離を割り出す。ところが、ステージが速く動くほど、周囲の空気がかき乱される。空気の密度が揺らげば屈折率が変わり、光の通る距離が見かけ上ずれる。求める精度がナノメートルを切る領域に入ると、この空気の揺らぎが無視できない誤差になった。
代わりに採られたのが、平面エンコーダである。装置側に格子を刻んだ板を置き、読み取り部が回折した光の位相から位置を読む。干渉させる二つの光の経路がごく近いため、空気の温度や屈折率の揺らぎが両方に等しく効き、差し引きで消える。光路が短いこと自体が、環境の影響を減らす設計になっている。この置き換えによって、重ね合わせの誤差は4ナノメートルを下回る水準まで縮んだ。添付の図で「平面エンコーダによる位置計測」と記されている部分が、この仕組みに当たる。
同じ図には「液浸」の文字もある。投影レンズとウェハーの間を水で満たし、光の波長を実効的に短くして解像度を上げる方式で、深紫外線を使う装置の主力になっている。速く動く台の直上で、水膜を切らさずに保つという要求が、ステージの設計にさらに条件を足している。
日本が握っているのは装置ではなく、その手前と足元にある
露光装置そのものの競争で、日本の2社は最先端から退いた。だが、この機械が動くために不可欠な位置で、日本の産業は依然として急所を押さえている。
塗布と現像を担う装置では、東京エレクトロンが市場のおよそ9割を持ち、極端紫外線を使う工程に限れば実質的に全量を供給している。回路原版の下地となるマスクブランクスでは、AGCとHOYAの2社で9割を超える。感光材については、東京応化工業、JSR、信越化学工業を中心に、日本勢が極端紫外線向けの9割超を占める。ウェハーそのものも、信越化学工業とSUMCOで世界のおよそ半分を供給する。
ステージに近い部分では、材料が効く。ナノメートルの位置決めでは、温度が1度変われば材料が伸び縮みするだけで精度が崩れる。そこで熱膨張がほぼゼロのガラスセラミックスが使われる。ドイツのショットのゼロデュアが知られるが、日本のオハラも極低膨張ガラスセラミックスのクリアセラムを供給し、大型望遠鏡の鏡材と並んで、ナノメートル水準の精度が要る半導体の露光装置に使われている。京セラも低比重で熱膨張の小さいセラミックスの開発を進めている。
装置を組み上げる能力と、装置を成立させる材料を持つ能力は、別の産業だ。前者はオランダの1社に集約されたが、後者は今も日本に分散して残っている。そして材料側は、置き換えるのに10年単位の評価を要するため、いったん採用されれば動きにくい。
この機械の設計から、他の現場が持ち帰れるもの
最後に、半導体を作らない読者にとっての実利を整理しておく。この装置に使われている考え方は、どれも特殊な発明ではなく、速く正確に動かしたい機械すべてに移せる。
第一に、粗い動きと細かい動きを別々の機構に分けること。1つの装置に両方を担わせると、質量と剛性の要求が矛盾する。重い部分は大きく動かし、軽い部分で細かく正す。検査装置、基板の穴あけ、工作機械、いずれも同じ分割が効く。第二に、反力を外へ逃がさないこと。動く質量と反対向きに動く質量を用意し、運動量の交換を機械の中で閉じる。据え付けの基礎に力を渡さなければ、隣の工程を邪魔しない。第三に、測る枠と力がかかる枠を分けること。センサーを機械の骨格に直付けすると、その骨格のたわみを位置の変化として読んでしまう。第四に、繰り返す動作なら、前回の誤差を次回の指令に足し込むこと。反復学習制御は、高価な部品を使わずに精度を上げられる数少ない手段である。
原子数個分という数字が示しているのは、部品の精度ではない。動かす前に必要な力を計算し、反力を機械の中で閉じ込め、測る場所を力から切り離し、繰り返しから学ぶ。この四つを同時に成立させた結果として、その桁が出ている。人類最高峰と呼ばれる制御の中身は、魔法ではなく、分けて、逃がして、切り離して、学ぶという、地味な設計判断の積み重ねである。
本記事は、ASMLの技術者ハンス・バトラーらによる解説論文(Control of Wafer Scanners: Methods and Developments・2020年米国制御会議)を一次資料として、走査速度、制御周期、自由度、釣り合い質量、振動絶縁、枠のねじれ量などの数値を確認した。平面エンコーダへの転換と重ね合わせ精度はASMLの技術解説および学術文献に基づく。日本の供給網の位置づけは各社および業界資料、極低膨張材料はオハラと京セラの公表資料を参照した。株価や投資の数字は本稿の対象外とした。
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