実験室の作業を自動化する試みは、これまで人の手の動きを機械の腕に置き換える方向で進んできた。米CyteSiが持ち込んだのは別の発想で、液体そのものを電気で動かす。管も弁もポンプも装置から消える。

CyteSiは2018年に設立された米カリフォルニア州の企業で、中核製品を生物処理装置(BPU)と呼ぶ。演算装置の呼び名になぞらえて「生物学のGPU」と位置づけている。この装置の基板を、ジャパンディスプレイが共同開発する。

電圧をかけた側へ、液滴が自分から移っていく

技術の中身は誘電体上の電気ぬれと呼ばれる現象である。絶縁膜で覆った電極に電圧をかけると、その表面の水のはじきにくさが変わる。隣り合う電極の一方だけに電圧をかければ、液滴はぬれやすくなった側へ引き寄せられて移動する。

電気ぬれの動作原理と、3社の分担、材料をたどった先
電気ぬれの動作原理と、3社の分担、材料をたどった先

電極を格子状に並べ、順番に切り替えれば、運ぶ・混ぜる・分ける・反応させるという操作がすべて電圧の制御になる。ナノリットル規模の液滴を1粒ずつ扱えるため、試薬の消費量が減り、作業時間が縮み、人による差が消える。1粒ずつが独立した反応容器として振る舞う点も特徴で、多数の反応を並行して走らせられる。

管や弁を持たないことの意味は、洗浄工程が要らなくなることにもある。従来の微小流路方式では液体が同じ管を通るため、前の試料が残る問題が付きまとった。液滴が基板の上を動く方式では、経路そのものが毎回書き換えられる。

画面を駆動する基板が、そのまま液滴を駆動する

ジャパンディスプレイが担うのは、この電極を並べた薄膜トランジスタ基板である。ガラスの上に微細な電極と駆動回路を作り込む工程は、液晶や有機ELの画面で使われてきたものと同じ系譜にある。画素を光らせるために電圧をかける仕組みを、液滴を動かすために転じる形になる。

同社とCyteSiが結んだのは基本合意書であり、確定契約ではない。共同開発と製造について合意した段階で、量産は2026年内を予定する。ソニーとTSMCが熊本で結んだような金額と持ち分の入った契約とは、拘束力の段階が違う。

装置の残りは異業種から集まる。エヌビディアは端末側の演算装置を供給し、液滴の位置を見ながら次にどの電極へ電圧をかけるかを実時間で決める。ツァイスは工業用の高精度レンズと光学的な検出を担い、反応が起きたかどうかを液滴ごとに見分ける。画面、演算、光学という三つの産業の技術が一台に集まる。

酸化物半導体をたどると、2025年2月の公告に行き着く

薄膜トランジスタの材料には酸化物半導体が使われる。低い消費電力で高い精細度を出せるため画面で広く採用されてきたが、その主要成分にインジウムが入る。

中国商務部と税関総署は2025年2月4日、公告2025年第10号として、タングステン、テルル、ビスマス、モリブデン、インジウムの関連品目に対する輸出管理を発表し、同日から実施した。指定された品目を輸出するには商務部の許可が要る。

この規制は、2025年4月4日にサマリウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ルテチウム、スカンジウム、イットリウムの7品目へ適用された中重希土類の輸出管理とは別の公告である。磁石をめぐる4月の措置は繰り返し取り上げられてきたが、その2か月前に別の枠組みが動いていた事実は、日本語の報道では扱いが薄い。画面の技術を他分野へ転じるとき、材料側の制約も一緒に付いてくる。

銘柄証券コードこの文脈での位置
JX金属5016インジウムを含む非鉄金属の製錬。原料側に最も近い
三井金属5706亜鉛製錬の副産物としてインジウムが得られる工程を持つ
住友金属鉱山5713非鉄の製錬と機能性材料。酸化物材料の供給側
第一稀元素化学工業4082希少元素の化合物を専業で扱い、規制対象品目の代替検討に関与する
双日2768政府系機関との合弁で豪州産の重希土類を日本向けに確保する枠組みを持つ

有価証券報告書には、この動きがまだ現れていない

金融庁の開示から抽出した財務データを当たったところ、ジャパンディスプレイの数字は本稿の手元にある収録範囲に入っていない。共同開発が基本合意の段階にとどまり、量産も2026年内の予定である以上、売上や設備投資として開示に現れるのはこれからになる。手元にない数字を推し量って並べるより、現時点で確認できる事実の範囲を明示するほうが判断の材料になる。

比較として、同じく基板や実装を手がける企業の直近の連結・通期を並べると、イビデンは売上高4,162億円に対し設備投資が643億円で比率15.4%、ディスコは売上高4,369億円に対し327億円で7.5%だった。AI半導体の需要が既に数字として現れている企業と、これから現れる企業では、有報の読み方が変わる。国内7社の投資の型を分けた比較は有報の実数字で賭け方を三つに分けた稿で扱っている。

手を機械に置き換えるのではなく、手を要らなくする

実験室の自動化は長く、人がピペットで行う動作を腕型の機械に真似させる方向で進んできた。動作を写すぶん、機械は大きく、遅く、高価になる。液滴を電気で動かす方式は、その動作自体を消す。

創薬の候補探索、遺伝子解析の試料調製、合成生物学の反応設計は、いずれも同じ操作を条件を変えて大量に繰り返す作業である。1回あたりの試薬が減り、並行して走らせられる数が増えれば、単価と所要時間の両方が動く。装置の性能表に現れる数字ではなく、実験計画の立て方そのものが変わる領域にある。