デンソーの研究開発費は6,901億円で、収録524社のうち5番目に大きい。それでも運転支援の基盤モデルは、中国のホライズン・ロボティクスから供与を受ける側に回った。同社は2025年に売上の2.8倍の純損失を出している。

トヨタ自動車スズキが、中国のホライズン・ロボティクスが手がける車載システムオンチップ「征程6」を採る。日経クロステックが2026年2月5日に報じた。日米欧の供給元から調達するのが主流だった車載半導体で、調達先の地図が動いている。

報道の内容を、範囲と関係の方向の2点について確かめたうえで、日本側の体力を有価証券報告書の実数で置いていく。以下の日本企業の数値は金融庁の電子開示システムから取得した。売買の推奨や評価は示さない。

対象はトヨタが中国と他地域、スズキがインド向けである

ホライズンが供給する内容と、受け手および対象市場の関係
ホライズンが供給する内容と、受け手および対象市場の関係

採用の対象になる車両には範囲がある。トヨタは中国および他地域で販売する車両、スズキはインド向けの車両である。日本国内で販売する車に載るという報道ではない。フォルクスワーゲングループなども中国以外の市場で採用するとされる。

範囲を落とすと話が変わる。完成車メーカーは市場ごとに調達先を分けており、中国とインドという価格帯の厳しい市場に、その市場で成立する部品を充てる設計になっている。同じ車種の世界共通仕様を中国製に置き換えるという話ではない。

中核を供給しているのはホライズンの側である

関係の方向は、広まっている理解と逆になっている。ホライズンは2025年12月11日、「HSD Together」の名で自社の基盤モデルと運転支援アルゴリズムを外部に供与する枠組みを始めた。最初の顧客として挙がったのはデンソー、Carizon、neueHCTの3社である。Carizonはホライズンとフォルクスワーゲンの合弁、neueHCTはホライズンとコンチネンタルの合弁にあたる。

3社は同じ基盤モデルとアルゴリズムを受け取り、システムの統合と機能の作り込み、車両への搭載を担う。デンソーが日本側の技術としてソフトウェアを監修する立場ではなく、ホライズンが技術を出し、デンソーがそれを実装する側に位置している。ホライズンにとっては、チップを売る商売から、アルゴリズムを貸す商売へ収益の柱を広げる動きになる。

売上37億元に対して純損失104億元という価格の背景

研究開発費の売上比の比較と、ホライズンの損益
研究開発費の売上比の比較と、ホライズンの損益

安さの根拠を、技術の優位だけで説明することはできない。ホライズンの2025年の売上は37億5,800万元で前年から57.7%増えた。同じ年の純損失は104億6,900万元で、売上の2.8倍にあたる。研究開発費は51億5,400万元へ63.3%増えており、売上の137%を投じている計算になる。

出荷の実績は伸びている。「征程」シリーズの累計出荷は1,000万個を超え、先進向けのSoCは400万個超で39%増えた。中国国内の運転支援の占有率は、ADASで47.7%、国産ブランドの自動航法運転支援で44%、20万元未満の車両向けの先進機能で44.2%に達する。数量では中国市場の中心にいる。

数量が伸びながら損失が拡大しているのは、価格が原価と開発費を回収する水準に置かれていないためである。採用する側から見れば、価格の持続性は供給元の資金調達の状態に依存する。同社は2024年10月24日に香港市場へ上場し、6億9,600万ドルを調達した。当時の香港で最大の新規上場で、コーナーストーン投資家には百度とアリババが並んだ。創業者の余凱氏は百度の深層学習研究所を率いた人物で、2015年に同社を興している。

SoC(System on Chip)は:CPUやAI処理など、コンピューターに必要な複数の機能を1つの半導体チップに集積したもの。

「征程6(Journey 6)」とは、中国の自動運転技術企業・地平線(Horizon Robotics)が開発する車載AIプロセッサーシリーズだ。車載カメラなどから入ってくる大量のデータをリアルタイムで処理し、歩行者や車両、車線、道路状況などを認識する。ADAS(先進運転支援システム)や自動運転に必要な「見る・認識する・判断する」ための計算処理を車内で担う、いわばクルマの「AIの頭脳」に当たる。

征程6は単一のチップではなく、用途や性能に応じた複数の製品で構成されるシリーズだ。エントリー向けの「J6B」から高性能な「J6P」などまで展開され、Horizon Roboticsは従来世代から処理性能と電力効率を高め、より高度な運転支援への対応を進めている。

つまり、征程6の採用は単なる半導体部品の調達ではない。自動車の「目」となるカメラなどのセンサーから得た情報を、車内でAI処理する基盤をどの企業の技術に依存するか、という問題でもある。

リスク:中国製の車載SoCを採用する場合には、サイバーセキュリティやデータ管理、ソフトウェア更新、供給網への依存といったリスクも考慮する必要がある。特に車載SoCは車両のセンサーや通信機能と接続されるため、脆弱性が発生した場合の影響範囲が広い。日本の経済産業省も、自動車業界特有のサイバーセキュリティリスクへの対策を求めている。

ただし、これは「中国製SoCにはバックドアがある」という意味ではない。実際、Horizon Roboticsは自動車向けネットワークセキュリティ管理やISO/SAE 21434に関する認証実績も公表している。したがって問題は製造国だけではなく、ソースコードやファームウェアの管理、通信経路、データの保存・越境移転、脆弱性対応、アップデートの管理体制まで含めて評価する必要がある。

研究開発費が売上を超える会社は、日本の524社に1社しかない

有価証券報告書を収録した524社について研究開発費の売上比を算出すると、売上を超えたのは1社だけだった。宇宙開発のispace(9348)で118.8%、売上33億円に対し研究開発費39億円である。規模のある会社で売上を超える例はない。

半導体側で最も高いのはソシオネクスト(6526)の29.1%(585億円)、次いでルネサスエレクトロニクス(6723)の18.2%(2,403億円)である。ルネサスの営業利益率は15.2%で、収益を出しながら研究開発に投じている。ホライズンの137%は、日本の上場企業では売上33億円の小規模企業にしか例のない水準を、37億元台の売上規模で続けている状態にあたる。

6,901億円を投じるデンソーが受け手に回った

デンソー(6902)の直近通期は売上7兆5,400億円、営業利益5,525億円(7.3%)、研究開発費6,901億円(9.2%)、従業員154,716人である。研究開発費の実額は収録524社のうち5位にあたる。1位はトヨタ自動車(7203)の15,229億円で、2位が本田技研工業(7267)の9,763億円だった。

投下量では日本の車載系が劣っているわけではない。それでも運転支援の基盤モデルを外から取る判断になったのは、金額ではなく投下先の集中度の差による。デンソーの6,901億円は電動化、熱、安全、電子部品などに配分される。ホライズンの51億5,400万元は運転支援の基盤モデルとアルゴリズムに集中している。総合の強みと、単一領域への集中は、同じ物差しでは比べられない。

スズキ(7269)の研究開発費は2,704億円で売上比4.3%、営業利益率9.9%である。インド市場で戦う同社にとって、運転支援の基盤を自前で持つ選択は投下量の面で現実的ではない。

車載半導体で日本側が持っている数字

運転支援のSoCそのものではないが、車載半導体の周辺で日本の上場企業が確保している位置は数字に出る。ルネサスは営業利益率15.2%、ソシオネクストは受託設計で29.1%の研究開発比率を持つ。ローム(6963)は営業利益率2.3%、研究開発比9.7%で、パワー半導体への投資が利益を圧迫している局面にある。

部品側では村田製作所(6981)が営業利益率15.4%、TDK(6762)が10.9%で研究開発比11.6%だった。運転支援の演算基盤を握られても、受動部品やセンサーの層では収益性が保たれている。半導体の話を演算チップだけで見ると、この層が視野から落ちる。

調達先を市場ごとに分ける設計が意味するもの

車載半導体の調達は、これまで日米欧の供給元に集まっていた。市場ごとに調達先を変える方式は、価格への対応であると同時に、規制への対応でもある。中国は2026年1月6日に日本向けの両用品目の輸出管理を強化しており、部品や素材の供給には政策の変数が入る。中国市場で売る車に中国製の演算基盤を使う構成は、その市場の規制下では合理性を持つ。

一方で、供給元の価格が赤字によって支えられている以上、価格は資本市場と政策の状態に連動する。104億元規模の損失を続けるには資金調達が要り、それは政策金融や上場市場の環境に左右される。採用する側が確かめるべきは技術の水準よりも、供給が何年続くかという条件になる。

数字で追える確認点

この採用が定着するかどうかは、いくつかの数字で追える。ホライズンの研究開発費と損失が縮むか、売上が原価を回収する水準へ向かうか。日本のティア1が基盤モデルの内製へ戻るか、受け手のままで規模を取るか。デンソーの研究開発費6,901億円の配分が運転支援側へ寄るか。

いずれも有価証券報告書と各社の開示で年ごとに確かめられる。報道が「安い中国製を採用した」で止まると、価格の原資が赤字であることも、供与されているのがチップではなく基盤モデルであることも見えないままになる。