米インテルの買収先となるイスラエルのソフト会社クラシックには、ソフトバンクグループ、住友商事、NTTが出資している。国内ではNTTドコモビジネスと販売提携で基本合意したが、クラシックのソフトはインテルの量子チップに対応していない。
インテルは10月26日、クラシックを買収する最終契約を結んだと発表した。規制当局の承認などを経て、2027年1〜6月に買収を完了する見通しだ。29日の決算発表では、この買収で量子コンピューターの製造からソフトまでを自社でそろえると説明した。
クラシックの買収額は22億〜23億ドルとの報道
クラシックは2020年、イスラエルのテルアビブで創業した。ニール・ミネルビ最高経営責任者(CEO)、イェフダ・ナベ最高技術責任者(CTO)、アミール・ナベ氏の3人が共同で立ち上げた。2026年6月にはシンガポールに現地法人を設立した。
インテルは買収額を公表していないが、米ブルームバーグ通信やイスラエルの経済紙カルカリストは約23億ドルと報じた。カルカリストによると、代金は現金と株式を組み合わせて払う。同じくイスラエルの経済紙グローブスは、クラシックの手元資金を差し引いた実質的な買収額を約22億ドルと伝えた。
カルカリストによると、クラシックの従業員は約150人で、合わせて株式の約1割を持つ。インテルは人材を引き留めるため、1億ドルを超える株式報酬を用意する。インテルのリップブー・タンCEOは就任前の2022年、クラシックのシリーズBに個人として出資していた。同紙は関係者の話として、タン氏が買収の協議に加わらなかったと報じた。
インテルが買収後にクラシックの技術をイスラエル国外に移す場合、同国の規制を受ける可能性がある。ミネルビCEOによると、クラシックはイスラエル・イノベーション庁から補助金を受けてきた。同庁の規則では、補助金を受けて開発した技術を国外に移すには、承認を得たうえで補助金を返す必要がある。返済額の上限は、補助金と利息の合計の6倍だ。買い手がイスラエル国内で研究開発の人員を3年以上雇い続けると約束すれば、上限は3倍に下がる。
ソフトバンクG・住友商事・NTTがクラシックに出資
ソフトバンクグループは2025年7月、傘下の投資ファンド「ビジョン・ファンド2」を通じてクラシックに出資した。クラシックによると、出資は技術の精査を経て決まった。ソフトバンクグループは6月末時点でインテル株も保有しており、買収する側とされる側の双方の株主だ(図1)。
住友商事は2019年にイスラエルに設けた投資会社を通じ、2021年1月の資金調達(シリーズA)から出資している。NTTは2022年、子会社のNTTファイナンスを通じて出資した。クラシックは当時、NTTを顧客として紹介していた。日本勢の出資比率は公表されておらず、買収完了時に各社が受け取る金額も明らかになっていない。
表1 クラシックの資金調達の推移
| 時期 | 段階 | 調達額 | 主な出資者 |
|---|---|---|---|
| 2020年 | シード | 400万ドル | アントレ・キャピタル |
| 2021年1月 | シリーズA | 1050万ドル | イスラエルのチーム8、米ウィング・ベンチャー・キャピタル、住友商事の投資会社 |
| 2022年2〜9月 | シリーズB | 計4900万ドル | 米ヒューレット・パッカード・エンタープライズ、韓国サムスン電子の投資部門、英HSBC、NTTファイナンス、住友商事の投資会社 |
| 2025年5月 | シリーズC | 1億1000万ドル | アントレ・キャピタル、住友商事の投資会社 |
| 2025年7月 | シリーズCの追加調達 | 非公表 | ソフトバンク・ビジョン・ファンド2 |
| 2025年11月 | 前回を上回る評価額での増資 | 数千万ドル | 米AMDと米クアルコムの投資部門、米イオンQ |
出所:クラシックの発表、米テッククランチ
クラシックによると、2025年11月時点の累計調達額は2億ドルを超える。インドの調査会社トラクシンの集計では1億8000万ドルだ。
クラシックはこれまでに、みずほ、東芝、ソフトバンクのほか、独BMW、英ロールス・ロイス、米シティグループ、米コムキャスト、デロイトを顧客として公表している。利用する大学や研究機関は数百に上るという。2023年には東芝デジタルソリューションズと技術提携した。
量子回路を自動で組むクラシックのソフト
量子コンピューターで計算するには、量子ビットに加える操作の手順を「量子回路」として組む必要がある。量子コンピューターには超電導やイオントラップ、中性原子、光、シリコンなど複数の方式があり、機種ごとに使える操作や量子ビット同士のつながり方が違う。多くの機種では、2つの量子ビットにまたがる操作は、直接つながった量子ビットの間でしかできない。操作を1つずつ手作業で並べていては、回路が大きくなると手に負えない。
半導体の設計では、回路の動作を専用の言語で書くと、ソフトが自動で論理回路に変換する。クラシックは、この論理合成の手法を量子回路に応用したと説明している。利用者は同社独自の言語で、計算の中身を関数として書く。1つの関数を回路にする組み方はいくつもあり、組み方によって使う量子ビットの数や操作の段数が変わる。段数が多いほど誤りがたまりやすい。
クラシックのソフトは、使える量子ビットの数などの条件の範囲内で、段数の最小化など利用者が決めた目標に合うよう、各関数の組み方をまとめて選ぶ(図2)。動かす機種を指定すれば、その機種で使える操作と量子ビットのつながり方に合わせて回路を組む。つながっていない量子ビットの間で操作するには、量子ビットの状態を入れ替える操作が別に要る。入れ替えが多いほど段数がかさみ、誤りも出やすくなるため、ソフトは入れ替えの少ない組み方を選ぶ。関数同士のつながりをもとに、すべての条件を同時に満たす組み方を計算で探す手法について、クラシックは2022年6月に米国で特許を取得した。
デロイトトーマツグループと三菱ケミカルは、有機EL材料の探索に使う計算でクラシックのソフトを試した。量子位相推定と量子近似最適化の2つの計算手法で、精度を保ったまま量子回路をそれぞれ最大97%、54%小さくしたと発表した。クラシックによると、住友商事は2025年3月、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーの計算手法を使った実証で、モンテカルロ法で金融のリスクを計算する量子回路の段数を最大95%減らした。
ソフトバンクの先端技術研究所は2025年7月、理化学研究所(理研)にある米クオンティニュアムの量子コンピューター「黎明」で、水素原子が鎖状に連なる分子のエネルギーを計算した結果を公表した。黎明の量子ビットは20個だ。研究所は、黎明で実行できる2つの量子ビットにまたがる操作を約700回までと見積もった。水素原子2個の計算では、補助の量子ビットを6個に増やしても、クラシックのソフトで組んだ回路は上限に収まったが、クオンティニュアムの自社ソフトで組んだ回路は上限を超えた。
クラシックの技術文書によると、10月30日時点で同社のソフトから直接実行を指示できる実機は、米IBMと米イオンQの機種と、米アマゾン・ドット・コムと米マイクロソフトのクラウドで使える機種だ。方式はいずれも超電導かイオントラップだ。この技術文書に載るインテルの製品は量子ソフト開発キットのシミュレーターだけで、インテルの量子チップは入っていない。インテルは買収の発表で、通常の半導体の製造装置と工程で量子チップと極低温で動く制御回路を量産できるのは自社だけだと主張した。
インテルは買収後も、クラシックのソフトを方式や機種を問わず、引き続き他社の量子コンピューターに対応させる方針だ。量子ソフト会社と量子コンピューター開発会社の統合には前例がある。英ケンブリッジ・クオンタム・コンピューティングは、米ハネウェルの量子部門との統合を控えた2021年9月、自社の量子ソフトのソースコードを無償で公開した。統合で発足した米クオンティニュアムは、今もこのソフトを他社の量子コンピューターで使えるようにしている。一方、仏パスカルは2022年にオランダの量子ソフト会社と合併し、中性原子方式の量子コンピューター本体からソフトまで一貫して手がける方針を打ち出した。
日立とインテル、シリコン量子コンピューターの開発で国の事業に採択
インテルは2015年、オランダのデルフト工科大学の研究所などと量子コンピューターを10年間共同で研究し、5000万ドルを投じると発表した。現在はシリコン方式の開発に力を入れている。シリコンでつくった極めて小さな構造(量子ドット)に電子を閉じ込め、その「スピン」の向きで0と1を表す方式だ。インテルは、量子ビットの構造がトランジスタに近く、既存の半導体とほぼ同じ工程でつくれると説明している。
2019年には、極低温で量子ビットを制御するチップ「ホースリッジ」を発表した。2023年6月には、12量子ビットの研究用チップ「トンネル・フォールズ」を大学や研究機関に提供し始めた。チップは米オレゴン州の工場で、直径300ミリのウエハーを使って製造した。インテルによると、ウエハー1枚から量子ドットの素子が2万4000個超とれ、歩留まりは95%だった。
日立製作所とインテルの日本法人は2026年7月、次世代の量子コンピューターの開発を支援する新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の事業に採択された。両社が共同で提案していた。日立は産業技術総合研究所(産総研)とも組んで研究を進める。日立はインテルと組んで量子ビットのチップを設計する。製造にはインテルの最先端の製造技術「18A」をもとにした工程を使い、素子ごとの性能のばらつきを抑えるのが狙いだ。
事業の期間は2029年3月までの予定だ。日立は2027年度までに、産総研を通じてシリコン量子コンピューターの実験環境をクラウドで外部に公開する計画だ。2028年度には100量子ビットの試作機をつくる目標を掲げる。事業が終わった後の2030年度には、1000量子ビット規模まで増やす。どちらの試作機にも、計算の誤りを直す「量子誤り訂正」の仕組みを組み込む。
同じ事業では京セラもインテルの日本法人などと組んで提案し、採択された。方式を問わず極低温の量子コンピューターに使えるパッケージと、その設計の規則を開発する。富士通は、超電導方式で1万量子ビットを超える機種に向けた実装技術の研究開発で採択された。同社は2025年4月、理研と256量子ビットの量子コンピューターを開発したと発表している。一方、誤りを直しながら計算を続ける「誤り耐性型」量子コンピューター向けのシステムソフトを標準化する研究開発は、2件の応募があったが採択を見送った。
インテルの7〜9月期は21%増収、データセンター・AI部門が78%増
インテルの2026年7〜9月期決算は、売上高が165億ドルと前年同期比21%増えた。前年同期は137億ドルだった。デビッド・ジンスナー最高財務責任者(CFO)は、データセンター向けの売上高の伸びが過去15年で最も大きかったと述べた。
部門別では、データセンター・AI部門の売上高が78%増えた。半導体の受託生産(ファウンドリー)部門も自社製品向けを含めて58%伸びた(図3)。パソコンと、ロボットなどを動かすフィジカルAIを担当する「パソコン・フィジカルAI部門」は5%の減収だった。同部門の名称は1〜3月期まで「クライアント・コンピューティング・グループ」だった。データセンター・AI部門とパソコン・フィジカルAI部門の売上高は、合わせて22%増の154億ドルだった。その他の部門は30%の減収だった。前年同期の同部門には、2025年9月12日に株式の51%を売って連結対象から外れた米アルテラの売上高も入っていた。
部門別の営業利益は、データセンター・AI部門が約30億ドルと前年同期の約3.2倍になった。パソコン・フィジカルAI部門は15%減の約23億ドルで、データセンター・AI部門を下回った。ファウンドリー部門は約19億ドルの営業赤字で、赤字幅は前年同期の約23億ドルから縮小した。
表2 インテルの7〜9月期の主な指標(かっこ内は前年同期)
| 指標 | 米国会計基準 | 調整後 |
|---|---|---|
| 粗利益率 | 43.0%(38.2%) | 44.1%(40.0%) |
| 研究開発費と販管費 | 45億ドル(44億ドル) | 41億ドル(39億ドル) |
| 営業利益率 | 15.3%(5.0%) | 19.6%(11.2%) |
| 純利益 | 33億ドル(41億ドル) | 28億ドル(10億ドル) |
出所:インテルの決算発表。調整後は、インテルが株式報酬や買収関連の費用のほか、米政府に引き渡す予定の自社株にかかわる負債の評価損益、株式投資の損益などを除いて算出した値。
米国会計基準の粗利益率は前年同期から4.8ポイント、営業利益率は10.3ポイント上昇した。営業キャッシュフローは51億ドル、設備投資は約42億ドルだった。工場の共同出資先から受け取った資金などを足すと、調整後のフリーキャッシュフロー(純現金収支)は約16億ドルとなり、前年同期の約9億ドルを上回った。9月末の現金と短期投資は540億ドルと、有利子負債の501億ドルを上回った。
10〜12月期の売上高は150億〜160億ドルを見込む。売上高が見通しの中央値の場合、粗利益率は米国会計基準で37.1%、調整後で38.0%と、いずれも7〜9月期より下がる見通しだ。
受託生産では10月、次世代の製造技術「14A」向けの設計キット(0.9版)を公開した。製造では、オランダのASMLと最先端の露光装置「高NA EUV」の量産準備で協力したほか、米ラムリサーチ、米アプライドマテリアルズと生産能力の増強や共同研究のための新しい施設で組んだ。中国のガラス加工大手、藍思科技(レンズ・テクノロジー)とは先端パッケージで協業し、米国防総省が先端半導体の試作を支援する事業も終えた。製品では、米オラクルのクラウドで次世代のサーバー向けCPUを使うサービスを計画し、開発中のAI推論向けGPUでは米メタのAIモデルが動くことを示した。米AMDや独SAPとも協力する。インテルは、最新CPUを載せたグーグルの新しいノートパソコン「グーグルブック」の最初の機種として、台湾のエイサーとエイスース、中国のレノボの製品を紹介した。人事では、米マーベル・テクノロジー出身のディーン・ジャーナック氏が9月に執行副社長兼最高営業責任者に就いた。
米政府に引き渡す株で約10億ドルの評価益
米政府(商務省)とインテルは2025年8月、補助金の代わりに政府がインテル株を取得することで合意した。株数は4億3330万株で、当時の発行済み株式の9.9%にあたる。インテルはこのうち一部の株を第三者に預けており、国防向けの半導体をつくる計画「セキュア・エンクレーブ」の資金を受け取るのに応じて、商務省に引き渡す。
インテルは、この株を引き渡す義務を金融派生商品(デリバティブ)の負債として計上し、四半期ごとに時価で評価し直している。株価が下がれば評価益、上がれば評価損が出る。4〜6月期は株価が上がり、125億ドルの評価損を計上した。
7〜9月期は逆に約10億ドルの評価益が出た。株式投資でも約3億ドルの利益が出た。このため米国会計基準の純利益は33億ドルとなり、調整後の28億ドルを上回った。株の引き渡しが終わるまで、米国会計基準の純利益は株価しだいで四半期ごとに大きく振れやすい。
230億ドルの公募増資、ソフトバンクGの持ち株比率は1.65%に下がる計算
インテルは8月の公募増資で230億ドルを調達した。当初は150億ドルの予定だったが、200億ドルに増やした。引受証券会社も追加で株を買い取る権利をすべて行使した。新株は2億4210万株で、うち3158万株は引受証券会社が追加で買い取った分だった。手取りの226億ドルは設備投資や運転資金などに充てる。
新株は増資前の発行済み株式50億4300万株の4.8%にあたり、既存株主の持ち分は希薄化した。ソフトバンクグループは2025年9月、子会社を通じてインテルに20億ドルを出資し、8696万株を取得した。編集部の試算では、保有株数が変わっていない場合、持ち株比率は増資前の1.72%から1.65%に下がった計算になる。ソフトバンクグループは2026年4〜6月期決算で、保有するインテル株の評価益を計上した。2025年12月に50億ドルを出資した米エヌビディアの持ち株比率も、同じ条件なら下がった計算だ。
インテルは増資の際、7〜9月期の決算を発表する10月29日まで新株を発行しない「ロックアップ」を引受証券会社と取り決めた。ただし、買収や提携に使う株は、増資後の発行済み株式の5%まで例外とした。カルカリストは代金の一部を株式で払うと報じており、クラシックの買収を発表した10月26日はこの期間中だった。
クラシック、NTTドコモビジネスと販売提携で基本合意
NTTドコモビジネスは10月8日、クラシックの日本法人と業務提携することで基本合意したと発表した。NTTドコモビジネスがクラシックの開発基盤を企業に販売し、両社で量子コンピューターの活用事例づくりを進める。クラシックの日本法人は業界団体「量子技術による新産業創出協議会」の会員でもある。その18日後に、インテルが買収を発表した。
NTTドコモビジネスは発表で、クラシックのソフトが対応する方式として超電導、中性原子、イオントラップ、光の4つを挙げた。クラシックの技術文書で直接実行を指示できる実機は超電導とイオントラップの方式だけで、どちらの資料にもシリコン方式は入っていない。
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