スーパーコンピューター (スパコン)「富岳」と量子コンピューターを組み合わせる国の基盤を、理化学研究所 (理研) が2026年6月に整えた。組み込んだ量子コンピューター2台は米国製だ。富士通は次の国産機を2026年度に公開予定だ。
米量子コンピューター大手クオンティニュアムは、2025年の売上高の60%が理研向けだった。同社が理研の和光キャンパス (埼玉県和光市) に置いた量子コンピューター「黎明」は、国の連携基盤を支える2台のうちの1台だ。
報道によると、量子コンピューターとスパコンをつなぐ技術の開発が、実用を見据えて進んでいる。焦点は、量子コンピューターと従来型 (古典) のコンピューターそれぞれの強みを生かす「量子・古典ハイブリッド計算」だ。研究機関やIT大手が接続の仕組みとソフトの開発に本腰を入れ、2027年はこうした動きが加速する年になるという。報道は、日本がスパコン研究の実績を生かしてこの分野で「世界をリード」しているとし、企業・機関では理研と米エヌビディアが先行しているとする。主な企業・機関として米IBM、エヌビディア、クオンティニュアム、富士通、理研、産業技術総合研究所 (産総研) を挙げ、材料や創薬、金融ではアプリケーションの開発も進んでいると伝えている。量子コンピューターの市場規模は2027年に約69億ドル (約1兆円) になるとの調査会社の予測も引いている。
編集部は2026年10月20日、理研、産総研、富士通、ソフトバンクの発表資料を確かめた。富士通については、9月16日の投資家向け説明会の資料も読んだ。あわせて、クオンティニュアムが米証券取引委員会 (SEC) に提出した四半期報告書と上場申請書類、エヌビディアとIBMの発表、国の予算資料にも当たり、日本がどこで先行しているのか、「2027年」に何が予定されているのかを検証した。
理研の量子コンピューターとスパコンの連携基盤、2026年6月に整う
ハイブリッド計算は、計算の一部だけを量子コンピューターが担い、残りを従来型のコンピューターが受け持つ手法だ。量子コンピューターは、0と1を同時に表せる「重ね合わせ」という量子力学の性質を使う。情報の最小単位は量子ビットと呼ぶ。分子中の電子の状態のように、組み合わせが爆発的に増える計算を得意とする。ただし今の量子コンピューターはエラーが起きやすく、量子ビットの数も少ない。量子計算の前後の処理やエラーの訂正はスパコンに頼る。
理研とソフトバンク (9434) は2023年11月、この連携基盤を作る国の事業に着手した。経済産業省の事業で、新エネルギー・産業技術総合開発機構 (NEDO) が両者に委託した。全体のとりまとめは理研が担う。理研は、量子コンピューターとスパコンに計算を割り振るソフトを東京大学と、量子計算用のソフトを大阪大学と共同で開発する。ソフトバンクは事業化を担う。
量子ビットの作り方には、電気抵抗がゼロになる超電導回路を使う超電導方式や、電気を帯びた原子 (イオン) を閉じ込めて使うイオントラップ方式などがある。連携基盤の1台目は、クオンティニュアム製でイオントラップ方式の黎明だ。2025年2月から和光で稼働している。同社によると、米国外の顧客の施設に量子コンピューターを置いたのは、これが初めてだった。
2台目は、IBMの超電導方式の量子コンピューター (156量子ビット) だ。IBMが神戸の理研計算科学研究センターに設置し、2025年6月24日にスパコン「富岳」との連携稼働が始まった。IBMの当時の最新機種「量子システム・ツー」が米国外で稼働するのは初めてだった。量子コンピューターは計算機棟の1階、富岳は3階にあり、両者は低遅延の高速通信網で結ばれている。
2026年6月19日には、量子コンピューターとの連携に使う、画像処理半導体 (GPU) を積むスパコン (GPUスパコン) が神戸で稼働した。計算ノード (1台の計算機にあたる単位) 135台にエヌビディア製のGPUを計540基積み、計算性能は19.8ペタフロップス (毎秒1京9800兆回) だ。DTS (9682) が中心となって構築し、エヌビディアがGPUとCPU、通信機器を供給した。神戸の富岳、IBMの量子コンピューター、GPUスパコンと和光の黎明は、大学などを結ぶ学術情報ネットワークで東大、阪大、ソフトバンクとつながる。ソフトバンクは2025年9月、自社のAI用の計算設備と理研の量子コンピューターの接続を10月に始めると発表した。
理研はGPUスパコンの稼働に合わせ、富岳、IBMの量子コンピューター、黎明の3つを密接に結んだハイブリッド計算の実証が「本格化」すると発表した。報道は2027年を動きが加速する年とするが、理研は2026年6月の時点で実証の本格化を打ち出していた。
成果も出始めた。理研とIBMは2025年6月、神戸の機種とは別の、IBMの133量子ビットのプロセッサーのうち77量子ビットと、富岳の最大6400ノードを組み合わせて計算した成果を、米科学誌サイエンス・アドバンシズに発表した。対象は鉄と硫黄の化合物 (鉄硫黄クラスター) などの電子の状態だ。IBMは2026年3月、富岳の15万2064ノードと量子コンピューターを連動させた計算を公表した。5月には米医療機関のクリーブランド・クリニックや理研と共同で、最大1万2635個の原子からなるたんぱく質の複合体を、量子コンピューターとスパコンで計算したと発表した。
連携基盤の量子コンピューター2台は米国製、クオンティニュアムの売上高の60%は理研向け
クオンティニュアムの2026年4〜6月期の四半期報告書によると、同社の商用機は4台で、うち3台が米コロラド州に、1台が理研にある。売上高に占める理研向けの比率は2024年が63%で、2025年は60%だった。2026年1〜6月は16%に下がり、米政府向け (29%) を下回った。
同社の上場申請書類の訂正版によると、売上高は2024年が2298万ドル、2025年が3093万ドルだった。2025年の売上高に60%を当てはめると、理研向けは約1860万ドル (編集部試算) になる。クオンティニュアムは2026年4月、黎明の本体を入れ替えるため、56量子ビットの新型機を理研に納入した。新型機の稼働開始日は、10月20日時点で発表されていない。
エヌビディアはGPUと接続技術を供給、マイクロソフトはクラウドで提供
エヌビディアは量子コンピューターを作っていない。同社は2025年11月、理研の新しいスパコン2台にGPUを計2140基供給すると発表した。AI用が1600基、量子計算用が540基だ。量子計算用の1台が神戸のGPUスパコンにあたる。
エヌビディアは2025年10月28日、量子コンピューターとGPUを高速で結ぶ技術を発表した。10月の発表に日本の機関の名前はなかった。11月17日の発表では、この技術を採用するアジアと欧州の10か所超の計算センターに理研と産総研が加わり、エヌビディアは両機関が設計に協力したと説明した。同じ発表によると、遅延は4マイクロ秒未満 (マイクロは100万分の1) で、データ転送速度は毎秒400ギガビットだ。
理研は、量子コンピューターとスパコンを直接つなぐ接続ソフトを国の事業で開発した。このソフトには、エヌビディアの量子計算用の開発ソフトなども取り入れている。ただ、理研の発表には、エヌビディアの接続技術を使っているとの記載はない。
クラウドでは、米マイクロソフトが独自にハイブリッド計算の環境を提供している。同社のクラウド「アジュール・クォンタム」の説明ページ (2026年8月更新) によると、量子ビットの状態が保たれている間に従来型の計算を実行する機能と、量子計算の合間に従来型の計算を挟む機能がある。
富士通、富岳のCPUと量子コンピューターの両方を手がける
国産の量子コンピューターを外部に提供している上場企業の代表格は、富士通 (6702) だ。富士通と理研は2021年に共同研究拠点を設け、2023年10月に64量子ビット機を公開した。2025年4月には超電導方式の256量子ビット機を開発し、富士通のクラウド環境を通じて2025年度の第1四半期 (4〜6月) 中に企業や研究機関への提供を始めた。富士通は256量子ビット機を「世界最大級」とうたう。外部に提供されている超電導方式の機種と比べた、2025年4月時点の同社の調べによる。
次の機種について、富士通は量子コンピューターの紹介ページで、1000量子ビット機を「2026年度に設置・公開予定」としている。設置先は、川崎市中原区の富士通本店に建設する量子コンピューター用の建屋 (量子棟) だ。9月16日の投資家向け説明会の資料では1024量子ビット機とし、工程表では2026年12月に置いている。
富士通はさらに、物理量子ビット (素子として作る量子ビット) が1万個を超える機種を2030年度に完成させることを目指す。エラーを訂正するために複数の物理量子ビットを束ね、1個の論理量子ビットとして使う。論理量子ビットは2030年度の機種で250個、2035年度の機種で1000個を目標とする。
同じ説明会で、富士通は量子事業の売上高目標を2030年度に500億円、2035年度に3000億円とした。量子関連の投資額は個別に開示していない。2035年度までの成長投資のうち、技術を生かした新事業の創出に充てる3兆円の枠に、量子コンピューターの研究開発投資を織り込んでいるという。
富士通の強みは、量子コンピューターに加え、スパコンの中核となる中央演算処理装置 (CPU) も作る点にある。富岳のCPUも富士通製だ。理研が2025年8月に富士通、エヌビディアと始動させた後継機の開発体制では、富士通がシステム全体とCPUを、エヌビディアがGPUを受け持つ。後継機は2030年ごろの稼働を目指し、2026年度以降に詳細設計に入る。ハードウエアの性能で富岳の5倍以上、アプリケーションの実行速度で最大100倍程度を目指す。理研は量子コンピューターとの連携に使うソフト群を後継機でも使えるようにする方針で、富士通も次世代CPU「モナカ」を積むシステムと量子コンピューターを組み合わせて提供する計画だ。
ソフトでは、富士通は2026年9月15日、量子コンピューター向けアプリケーションの開発ソフトをオープンソースで公開した。量子アルゴリズムなど100種類以上の部品を組み合わせてアプリケーションを作れる。パソコンのほか、エヌビディアの開発ソフトを介してGPUでも動く。富岳と同じCPUを積む1024ノードのスパコンで量子計算を再現するシミュレーター (40量子ビット) にも対応する。報道は、量子と従来型の計算手法を切り替えられる開発環境と紹介している。2月からは、80を超える企業や団体に試験版を提供していた。
国産の量子コンピューターは産総研で外部提供、国の連携基盤には入らず
国産の量子コンピューターとGPUを積むスパコンを同じ拠点に置き、外部に使わせ始めたのが産総研だ。富士通は2024年5月、産総研から量子コンピューターを受注した。同社によると、国内メーカーが商用機を受注したのは初めてだった。産総研は2025年10月、エヌビディアのGPUを2020基積む量子研究用のスパコンの一般提供を始めた。2026年3月24日には、富士通製の超電導方式と米キューエラ製の中性原子方式 (電気を帯びない原子を光で並べて使う方式) の量子コンピューターを、国の事業で共同研究する企業などに提供し始めた。7月には新興企業OptQCの光方式の量子コンピューターも産総研で稼働した。
理研も国産機とスパコンの連携を試している。理研と大阪大学は2024年5月、富岳と国産の量子コンピューター「叡」の連携利用を実証した。2026年3月には144量子ビットの後継機「叡-Ⅱ」をクラウドで公開した。ただ、叡や富士通の機種など国産機を国の連携基盤に組み込む計画は、編集部が確かめた公表資料には見当たらない。
日立製作所 (6501) は、半導体の製造技術を使うシリコン方式の量子コンピューターを開発している。日立は2026年2月、国の作業部会に出した資料で、クラウドでの公開を2027年とした。2026年7月には、インテルの日本法人と共同で、NEDOの事業 (2029年3月まで) にも採択された。NEC (6701) は量子コンピューター本体の開発を2026年3月末で中止したと、9月に報じられた。同社の正式な発表は確認できていない。
量子コンピューターとスパコンの連携に取り組む主な企業と機関の役割を、各社・各機関の発表で確かめた範囲でまとめた。
| 企業・機関 | 担う部分 | 確かめた事実 |
|---|---|---|
| 理研 | 連携基盤の運用、接続ソフト | 富岳、IBMの量子コンピューター、黎明、GPUスパコンを結ぶ。2026年6月にGPUスパコンが稼働し、実証の本格化を表明 |
| 富士通 (6702) | 国産の量子コンピューター、スパコンのCPU、開発ソフト | 1024量子ビット機 (説明会の工程表で2026年12月)。開発ソフトをオープンソースで公開 |
| ソフトバンク (9434) | クラウドでの事業化 | 2028年度から連携基盤をクラウドサービスとして提供する計画 |
| 産総研 | 量子研究用スパコンと国産機の外部提供 | GPUを2020基積むスパコンと、富士通製などの量子コンピューターを提供 |
| 米IBM | 量子コンピューター本体、理研との共同研究 | 156量子ビット機を神戸に設置し、たんぱく質などを計算 |
| 米クオンティニュアム | 量子コンピューター本体 | 黎明を和光に設置。2025年の売上高の60%が理研向け |
| 米エヌビディア | GPU、接続技術、開発ソフト | 理研にGPU計2140基。接続技術の採用先に理研と産総研 |
| 米マイクロソフト | クラウドのハイブリッド計算 | アジュール・クォンタムで量子と従来型の計算を組み合わせる機能を提供 |
2027年度に理研は最後の公募と大規模実験、海外勢は2027年に新型機
報道は、2027年をハイブリッド計算に向けた動きが加速する年とみる。一次資料では、国内の予定は年度、海外の予定は暦年で示されている。理研とソフトバンクは2026年10月9日、企業などが連携基盤を試しに使う「試験利用」の第3期の採択結果を発表し、次の公募を2027年度の早い時期に実施するとした。この公募が最後となる。両者は、採択済みの課題のうち、2026年度末までの結果から規模を広げれば大きな成果が見込めると判断したものについて、同じ時期に大規模な実験を支援する。11月9日のシンポジウムでは、採択された提案の代表者が概要を説明する。
富士通は1万量子ビット超に向けた技術開発をNEDOの助成事業 (2027年度まで) で進めており、2026年7月には2026〜2028年度のNEDOの新しい事業にも採択された。産総研の量子研究拠点を広げる経済産業省の補助事業も、2027年度に終わる予定だ。
海外ではIBMとクオンティニュアムが2027年に新型機を投入する。IBMは、2つのモジュールをつないで1台として動かす機種を出す計画だ。2026年8月には、計算に使える量子ビットを2027年までに1000個以上にすると発表した。2029年には、エラーを訂正しながら実用的な計算ができる大型機 (論理量子ビット200個) を作るとしている。クオンティニュアムは、論理量子ビットで約100個を目指す次の機種「ソル」を2027年に投入する計画だ。
予定は2027年と2027年度に集まっており、報道の「加速」は日程の上では裏付けがある。
報道は、2027年の市場規模の予測を調査会社マーケッツ・アンド・マーケッツの推計としている。同社の報告書 (2025年9月発行) を日本で販売するグローバルインフォメーションが公開している要約では、量子コンピューターの市場が2025年の35億2000万ドルから2030年に202億ドルへ、年平均41.8%で伸びると予測している。2027年の値は要約に載っていない。2025年の値に年41.8%の伸びを2年分当てはめると、2027年は約71億ドル (編集部試算) となり、報道の約69億ドルに近い。市場の数え方は調査会社ごとに違い、予測の幅は大きい。
ソフトバンクは2025年2月の資料で、2026年度に試験提供を始め、2028年度から連携基盤をクラウドサービスとして顧客企業に提供する計画を示した。国の連携基盤が商用のサービスになるのは、計画どおりなら2028年度からだ。
量子コンピューターの応用は材料・創薬・金融いずれも試験段階
量子計算の応用ソフトは、一部が理研の試験利用で開発されている。理研とソフトバンクは第3期より前の募集で21件の提案を採択し、JSR、トヨタ自動車、三菱ケミカルなどを選んだ。第3期は20件で、三井住友銀行 (金融)、中外製薬 (医療・創薬)、IHI、宇宙航空研究開発機構 (JAXA) などが加わった。第3期の採択者は、黎明、IBMの量子コンピューター、富岳、GPUスパコンの4台を使える。
富士通と第一ライフグループは2026年4月から1年間、傘下の第一生命保険が運用する約30兆円の資産の配分を、量子計算で最適化できるか検証している。検証には、富士通のシミュレーターと量子コンピューターを使う。富士通の投資家向け説明会の資料には、共同研究先として、みずほ第一フィナンシャルテクノロジー (金融)、第一ライフグループ (保険)、富士フイルム (材料)、三菱ケミカル (創薬)、AGC (製造) が並ぶ。NEDOが2026年度から3年間で進める大規模な実証事業では、中外製薬が、医薬品候補と標的たんぱく質の結合を量子化学計算で調べるアプリケーションを開発する。
いずれも共同研究や試験の段階で、編集部が確かめた範囲では、三井住友銀行や第一生命保険の取り組みの成果はまだ公表されていない。事業で使われ始めているのは、量子コンピューターの原理を応用し、従来型のコンピューターで動かす最適化の技術だ。NECと日立が自社の製品として提供している。
「世界をリード」は運用の実績では当てはまり、量子コンピューター本体では言い切れない
報道の「世界をリード」を裏付ける事実もある。前述のとおり、理研はIBMの当時の最新機種を米国外で初めて稼働させ、富岳と同じ建物で連携させている。富岳のほぼ全体と量子コンピューターを連動させた計算の実績もある。スパコンのCPUと量子コンピューターの両方を手がける富士通の存在も、日本の強みだ。
一方で、先行とは言い切れない事実もある。理研は2024年と2025年、クオンティニュアムの売上高の60%を占める最大の顧客で、国の連携基盤の量子コンピューター本体は海外から調達している。エヌビディアの接続技術を採用した計算センターは、理研と産総研のほかに欧州や韓国、台湾にもある。経済産業省は2026年7月の資料で、量子分野への中国の政府投資は2025年までの累計で約2.3兆円と、日本の約5倍にのぼるとしている。日本の量子関連の予算は、2025年度補正予算で計1332億円 (うち経産省分1004億円)、2021〜2025年度の5年間で4711億円だった。政府の成長戦略は、国産の量子・古典ハイブリッド計算基盤の実現時期を2040年としている。
日本が先行しているのは、量子コンピューターとスパコンを組み合わせて動かす運用と、富岳を使った大規模な計算の実績だ。富士通の1024量子ビット機は年度内に設置・公開する予定だが、国の連携基盤に組み込む計画は公表されていない。国産機が加わらない限り、国の連携基盤の量子コンピューターは米国製の2台のままだ。
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